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人間とは―常に矛盾を抱えているものである。
「えーっと、メガジャンボチーズバーガーとポテトのXL、あとそれからダイエットコーク!」
例えば―アメリカ人は、ファストフード店でメガジャンボチーズバーガーとポテトのXLと、それからダイエットコークを注文する。
待て待てアンタ何ナチュラルに横入りしてんだ。
「あのー」
「Oh!にーはお!」
目が真ん丸に開かれ、明るい水色の瞳が露わになる。
「僕は日本人だよ。あと横入りダメ、絶対。」
「横入り?いなかったじゃないか君。」
「...いたよ...。」
「じゃああれか!ニンジャってやつだね!ファンタスティック!!」
ちげえよただ影が薄いだけだよ喧嘩売ってんのか。
「でももう注文しちゃった。今度からは目立つTシャツ着て来なよ!星条旗柄なんてどうだい?」
着ねえよそんなの...。アンタみたいな蛍光ピンクのTシャツ着たやつの言葉なんて信用できん。その純粋な瞳やめろ。
「次の方どうぞ。」
ポニーテールの店員さんが僕に目配せをする。
「良かったね君の番だ!」
何もよかねえよ。
「良い一日を!」
水色の瞳の青年は馴れ馴れしく僕の肩を叩き、ウインクをした。
こんにゃろ...。
「ハンバーガーとコーラのSとポテトのS。」
「ダイエット中かい?」
青年は僕の伝票を覗き込み、わざとらしく顎を指でつまむ。
「ダイエットの極意はダイエットコークに頼り過ぎないことだよ。」
「なんてこった!俺も来週からそうしよう。」
絶対しないだろうなあ...。
齧る時に顎が外れるんじゃないかというボリュームのメガジャンボチーズバーガーと、ほぼ袋からはみ出しているポテトのXLが乗ったトレイを受け取り、青年は上機嫌に去っていった。
「Bye!」
「はいはいバイバイ。」
結局僕より先に席についてるじゃないか。横入りダメ、絶対。
僕は遅れてトレイを受け取った。
「ありがとう。」
―いや...
見間違えじゃないよなあ...。
僕の受け取ったトレイの上には、遠近法では説明がつかないほど不自然にデカいコーラが乗っていた。
「あのーこれ僕n...おぶっ」
「ビッグナゲットとダブルチーズバーガーとそれからコーヒー!シロップも付けて!」
見知らぬおばちゃんのデカい尻に弾き飛ばされ、挙句人の波に流され、気付けば僕は店員さんが見えないほど遠くにいた。くっそ、そんなに影薄いのか僕は。
まあいい、十中八九このコーラの注文主はアイツだ。今頃Sサイズコーラに「おぉう...おぅ...(絶望)」ってなってるだろう。
僕は蛍光ピンクの背中を探した。すぐに見つかった。窓際のカウンター席で案の定項垂れていた。
「おぉう...おぅ...(絶望)」
本当に言っていた。
「やあ、僕のSサイズコーラそっちに行ってない?」
僕が声をかけると、青年は今にも泣き出しそうな顔で振り向いた。そして僕を見て、それからトレイの上のダイエットコークXLを発見し、子供のようにぱっと顔を輝かせた。
「メシア!!」
分かった、分かったから肩を揺すらないでくれ。ポテトが落ちる。
「ありがとう親切な少年!!俺のランチタイムが台無しになる所だったよ!」
「さいですか。」
...少年じゃないし。多分君より年上だし...。
「俺のことはザックと呼んでくれよ!」
「さいですか。」
なんだ、なんで隣の椅子を引いているんだ。座れと?座れと言いたいんだなザック?
僕は視力2.0で店内を瞬時に見渡したが、どこも満席だった。
しょうがない、座るか...。さっさと食べてさっさと帰ろう。仕事もしなきゃいけないし。
「僕の名前はレンだよ。」
「レン!会えて嬉しいよ。ダイエットの極意はダイエットコークに頼ること、だったよね!!」
ちげえわ逆だわ。絶対話聞いてねえなコイツ。
「こんな昼間にこんなところにいて大丈夫なのかい?学校は?」
「大丈夫だよ。」
「なるほど、今日は早く帰れる日なんだね!ラッキーじゃないか。」
そもそも学生じゃないし。
説明するのも面倒だから曖昧に頷いておく。
「君のハンバーガーも美味しそうだね。一口交換しない?」
ザックが大きく口を開けてメガジャンボチーズバーガーを頬張る。反対側からソースがボタボタ落ちた。
「やだよ。君の『一口』で半分くらい持っていかれそうだから。」
「日本人はケチだな。」
「全世界の人が君の一口を見たら同じこと言うよ。」
「ハハハ!面白いなレン!」
ザックのツボはよく分からない。
「食べてる途中に大口開けないでくれる?ピクルス飛んできたんだけど。」
「なんだか初対面なのに当たり強くないかい?」
「横入りする奴に良い奴はいない。」
「悪かったって。でも3分くらいのもんだろう?」
「3分あれば日本人はラーメン作れるよ。」
「なんてアメイジングなんだ!」
僕は近年稀に見るスピードでハンバーガーを平らげた。ファストフード店というのはこのように利用するんだ。
「速いね。」
「そうかな。僕はSサイズだからね。」
「そうだね、身長も低いし、股にぶら下がってるのも小さいんだろうね!」
「うるせえ。」
ザックのチューリップ頭を軽く叩き、僕はトレイを返却し行った。
「レン!」
「まだ何か用?」
「また会おう!あと眉間にシワよせてちゃ捕まるよ。この町には笑顔でいないと豚箱にぶち込まれる法律があるんだ。」
僕は目の力を抜いて引きつった笑顔を作る。
「...マジ?」
「冗談だよ。」
ゲラゲラ笑うザックに勢いよく中指を立ててやった。
アメリカ人はみんなザックみたいな奴なんだろうか。もしそうなら早急に仕事を終わらせて帰りたい。
僕は昼下がりの少し落ち着きを見せる町を歩く。キャップを深めに被り、足早に。
そして僕は、捜していた男を見つけた。スーツを着て、髪をオールバックに固めたおっさんだ。丁度高層ビルのロビーから出てきたところで、手には四角い革のカバンがぶら下がっている。
何気ない風を装って男の方へ歩いていく。
「おっと。失礼。」
男はすれ違いざまに僕にぶつかった。―まあそうなるように調節したわけだけど。
「失礼。」
僕は、そう言いながら男の脇腹に刺した小型ナイフを抜き取った。
ナイフには即効性の毒が塗ってある。数分後には死ぬだろう。男は目を見開き、カバンを取り落とした。
脇腹に手をやり、膝を地面につく男。
僕は血のついたナイフをパーカーのポケットにしまい、何事も無かったように昼下がりの風景に溶けた。
雑踏に紛れて、質量を持った物がレンガの地面に倒れる音が背後で微かに聞こえる。間もなく無数の悲鳴が続いた。
さて―今日の仕事終わり。
帰ってゲームしよ。