勇者ロイ
午後のチャイムが鳴るとしばらくしているとグループ長のロミナリアが帰ってきた。
席につくなり眉間にシワを寄せため息をついて
「今日は昼から出勤ですか?」
「アルさん、どうやら、一度粉々に分解されたいようですね?」
眼鏡越しの目でこっちを見ながら、ちょっとした殺気が漏れてくる。
笑っていれば、可愛らしい顔立ちの美人が真剣な顔で帰ってきた言葉だ。
アルトスはお構いなしに話を続ける。
「また何か言われたんですか、グループ長?」
一つため息をついた後に
「大半はお前の後始末に対する小言ですよ。」
「後の半分はなんです?」
「そんなに分解されたいのですか?」
先ほどよりも強い殺気が流れてくる。
前の席のシルヴィがビクビクしながら、俺とロミナリアの会話に聞き耳を立てている。
「・・・遠慮しておきます。」
無言で、首を左右にふる
あれだけ殺気をかもしだし、メガネ越しの目が笑ってなかったという事は、グループ長会議の時に結婚関係の事をネチネチと他のグループ長会にいわれたんだろうなぁ…と考えていると。
「不本意だけどそういうことよ。」
「えっ!!・・・・こわ!!」
心の中読めるの?という顔をしていると
「そういえばアルトスさん、この間の赤い髪の勇者…なんて言ったっけ?」
「あ、ああ『炎の勇者、エミリア』ですか?自称ですが。」
「そう、その勇者さんの判定をBまで上げといてちょうだい。」
「Bですか?」
「そう、Bに。そして、みんなも聞いて頂戴、半年ほど魔の森に関する素材集め系の依頼は出さない様に」
すぐに反応したのは目の前にいるディルトルトだ。
「え、その勇者にですか?」
「そうよ。あくまでうちのグループではね。」
「うへっ!!」
変な声をあげたディルトルトをじろりと睨むロミナリア
とその視線を感じ、肩をすくめる仕草をするディルトルトだった。
まあ、判定Bに設定されされればそうなるだろう。
判定とは、依頼を達成するまでの間でなんらかの事件や事故を起こす可能性を指していて判定が高いほど起こしやすい、つまり依頼を渡すときは考えて渡さないと、後で尻拭いがひどくなるというものだ。
SS級からE級までの7段階あり、普通の冒険者がE判定だとすると、ちょうど真ん中辺りだが、どんなによく揉め事を起こすパーティーでもD判定がいいところで、B判定は最近では滅多に聞かない。
そして、S級やSS級になるとうちでは依頼を出さない様にしている。
なんでか?
尻拭いがめんどくさいからである。
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《ゔぉぇーーーーーん、ゔぉぇーーーーーん》
窓口の方から、『希望の光』というカエルに似た冒険者ギルド公式マスコットの鳴声が響く。
「この鳴き声どうにかなんねぇのか?」
と呟きながらアルトスはカウンターに向かう
「アルトス先生!!」
「おお!!ロイじゃないか?」
カウンターにつくと、冒険者から声をかけてきた。
青い鎧に、両手剣を腰に刺しいかにも好青年って感じがする20代前半の若者である。
「久しぶりだな、3週間ぶりくらいか?」
「そのぐらいですね、今回は結構奥まで潜ってましたので。」
「依頼は達成か?頼んでた素材はどうなった?」
「依頼は達成できました。今回の素材は第2グループの素材窓口に渡しております。」
爽やかな顔で報告をしてくる。
こういう爽やかな笑顔ができるやつは、美女が寄ってくるんだろうなと考えながら。
「今回のは結構難しい魔獣の討伐と素材確保だったけど、ロイならこなせると思ってたよ。」
「さすがに、最初にこの依頼を勧められた時は迷いましたが・・・。
先生が勧めてくれるなら、こなせると思いまして。」
「さすがだな、これでAランクパーティーも決定だな。」
「まだ、決まったわけではないですが。」
聞き耳を立てていた、レーネがひょっこりとカウンターに顔を出す。
「すごいわね、アルのアドバイスでAランクまで行くなんて・・・」
「恐れ入ったか?」
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべると
「アルの戦い方を半面教師にしたのが良かったのかしら?」
クスクスと悪戯っぽく笑うと
「お?!その喧嘩買おうじゃないか。今日の夜にでもアルの祝いもかねて飲み比べしてやるよ。」
「前回もベロンベロン酔っぱらってたのはどなたかしらね?」
「前回は体調が悪かっただけだ!!今日は、この季節で一番体調がいい日だからな、ちゅんちゅんに巻き上げてやるよ」
「結果は同じだと思うけど?今日はやめとくわ。
あ、それとこっちのAランクパーティー昇格申請書にも記入しておいて。」
と、ロイに申請書を渡す。
「明日からシルヴィ達と調査なのよ」
「そういえば、明日からだったな。気をつけていけよ。」
「ありがと。それと今日は、明日のために鋭気を養うからこれで帰るからね。申請書の提出諸々よろしくね〜」
「おい、ちょっと待て…B級討伐素材クエストが帰還した直後だぞ!!」
俺が捕まえようとした手をスッと掻い潜り、レーネは目の前にいたシルヴィアの手を引っ張って逃げていく。
「手伝わなくていいんですか?」
「いいのよ、アルに任せておけば。」
申し訳なさそうにこちら見るシルヴィアを見ながら、残業確定の仕事にため息をつくしかなかった。
今回ロイ達がこなしたのは、B級クエストだ。
B級クエストだと、魔の森の奥の方まで素材を採取、または討伐するため、その道中の魔物などの素材を沢山回収できる。
回収した素材は、値段によって回収できる大きさが異なる便利な魔道具『魔法袋』で持って帰ることになる。
ロイのパーティーは今回の遠征のため、はりきって良質の魔道袋を購入したと道具屋から噂を耳にしたし、ロイの満足そうな顔で依頼を達成してきたのだ、かなりの素材がありそうだ。
「すまん。素材の代金は、時間がかかりそうなんだが、後日クエスト達成料と一緒でいいか?」
「わかりました。しっかり吟味して値段を上乗せしてください。」
「一丁前なことを言うようになったな。」
苦笑いしている俺に、にこやかな笑みを返す。
「それじゃあ、恒例の飲み会をいつものところで始めてますので、先生も仕事終わりに来てくだいね。」
「やさし〜いね、涙が出ちゃう。」
そう言い終わると、本部が誇る食堂の方へ向かっていく
その後ろ姿を見ながら、今日の仕事の算段を始める
「ふむ…ディルトルト、仕分け場の方に応援行ってくれないか?」
「あいよ、アル一人でこっちは大丈夫かよ?」
「大丈夫かどうかで言ったらしんどいけど、レトック親子と今日中に素材の査定終わらせといて。」
「相変わらず、厳しい事言うぜ。」
そう言うと、そそくさと荷物をまとめて仕分け窓口に向かう準備を始めた。