#1 告げられた者
初執筆です。
宗教のもつどこか悲劇的な世界間を描いて行きたいと思います。
ダークファンタジーでは無く、あくまで冒険ものとして書きます。
よろしくお願いします。
神様はいつもそうだ
優しい顔で僕らを助けてくれるけど、それよりも酷い方法で僕らを苦しめてくる。
だってそうでしょう?
みんなが言う通りに神様が世界を作り、世界の平和を望んでいるなら、僕らの成長を願うなら
なんで神様は争いや戦いなんてものを作ったのだろうね
黙示録 第5章第3節 「アルゴ司祭の説話」
町が夕陽に染まる。地平の山々は影の中に沈み、空は鮮やかなオレンジの中に雲の白を浮かべる。頬にうっすらと感じる熱は、太陽が一日の終わりに見せる最後の輝き、西陽の熱
町の通りが人々の賑わいで活気づく、ある人は夕食を買うため、ある人は家路につくため、ある人はこれから仕事を始めるため、ある人は酒を飲むため。聖都と呼ばれるこの町に夜が来る。人々は夜に向けての備えに必死だ。
人々の合間を、一人の青年がすり抜けるように歩く。まるで彼はその場にいないかのように、誰とも、何にも干渉する事なく通りを歩く。青年が向かうのは町外れにそびえる丘だった。
町外れの丘、そこは墓地になっていた。軍用墓地、今日に至るまで、その身をもって聖都のため、祖国のため、我らが信じる神のために戦い、命を落とした兵士達の慰めの地である。青年は一つの墓の前に立つと自らの首にかけていた認識標を墓に飾り付けた。墓の横には、錆び付いた剣が地面に突き刺さっていた。
「ここまでだ。今までありがとう。僕をここに置いていく、その代わりに君の剣を貰っていくよ。これからも、元気で」
青年は剣を引き抜くと、墓に供えられていた鞘に納めた。サビがボロボロと地面に落ちる。今にも折れそうな弱々しい剣、青年はそれを腰に携えると墓地を後にした。町には夜を告げる教会の鐘が鳴り響く。空はオレンジから、夜の黒へと変わろうとしていた。
翌日、青年は教会にいた。青年に起きた出来事、そして青年のこれからの事について、司祭に告げるためである。
「そうですか。御告を受けましたか。」
「はい。夢の中で。今までは義賊と名乗り、多くの罪を重ねて参りましが、これからは贖罪のために世を回ろうと思います」
「あなたが為したことは、罪かもしれません。ですがあなたが罪を負うことで、多くの人が救われたのも事実なのです。御告とは言え、これ以上あなたが罪を負うことはないのでは」
「司祭、ありがとうございます。ですが、主の御子はその身をもって罪を贖い、主の怒りを鎮めたのです。その子たる私達ですから、御告に従います。司祭、私の名をお取り上げ下さい。」
「…そうですか。分かりました。今より、あなたはただ神に従う者。もし、名を問われたら、告げられた者「受告者」と答えなさい。最早、引き止めることはできません。どうか、健やかにあられますよう。」
御告とは、夢、あるいは啓示、あるいは預言として告げられる神からの命令。それに従うか、抗うかは人に委ねられる。抗ったとしても、咎められること、神の怒りを買うことはない。ただ、自らの信仰にのみ従い判断するものだった。受告者は別離の意味する手印を司祭に示すと、教会を後にした。
空は晴れていた。風は穏やかであり、草木の音が耳に心地よかった。受告者は街道を歩く。地平の向こうまで続く街道だった。馬車、騎兵、配送人とすれ違う。贖罪の旅、だが明確な目標がある訳ではない。終わらない旅、自らの命が尽きた時、それが旅の終わりだった。あるいは死しても終わりではない、死は落伍なのかも知れない。世直しの旅、そのような単純明解な旅でさえない。旅の意味そのものを探し出す事も必要だった。受告者は、ただ、道に従い歩く。まるで、それこそが目的かのように。
水の音がした、街道に20箇所ある内の最初の橋だ。受告者は川縁に降りると水を汲み、喉を潤した。目をやると、橋の下でうずくまる兵士がいた。足からは大量の出血が見えた。
「大丈夫ですか?」
「…あぁ、旅の者か。見ての通りだ。昨日の夜、巡察中に狼に襲われてな。追い払ったが、この傷だ。もう助からないだろう。今日の夜にでも狼の餌になるだろうな。狼に喰われながら死ぬ位なら、自ら死のうと思っていたが、情けないことに覚悟が決まらずここで悶々としていた訳さ」
「助けを呼びましょう。街道に近いこの場なら、まだ望みがあります」
「…いや、良い。死にたい理由が他にもあるのだ。俺がここにいるのも助けを求めたいからではない。」
「しかし、会った以上、黙って死を認める訳にはいきません。」
「はは、確かにそれもそうだ。そうだな、ならば、この街道の先にリシュリーの森があるだろう。そこの林内に野苺が群生しているから、それを取ってきてくれないか。子供の時によく食べたものだ。最期に、その野苺を食べたい。」
「分かりました。夕までに戻ります」
リシュリーの森は、受告者がいた町バルペダから街道沿いに約15km程に位置する森であり、現在地からでも10km程の距離があった。さらに、現在では野生動物の巣窟となっており、適切な装備無く、一人で森へ入ることは危険だと言われていた。
森は鬱蒼としており、場所によっては陽の光が無く、暗闇に包まれていた。受告者は獣道を歩き、野苺を探した。当然、直ぐに見つかるものではない。探しながら、受告者はある違和感を覚えていた。死を控えた兵士の最期の願い、の筈なのだが、彼からは何か死を覚悟したような決意が見えなかった。まだ大きな怪我をしただけであり、言葉だけで死を理解している。そんな気がしていた。
野苺は、森の中、林縁から約300m程入った中に群生していた。受告者はひとしきり採り終えると、兵士の元へ向かった。だが、リシュリーの森は、受告者を容易に外へ出そうとはしなかった。
「…?景色が歪む…なんだ?」
受告者の目の前の景色が僅かに歪んだ。すると、今までの獣道は姿を消し、新たな道が現れた。
「これは…森の精霊の悪戯か、悪魔の仕業か…、早く戻らなければならないのに。」
受告者は剣を抜きながら、新たな獣道を進んだ。道の先、そこに狼の群が現れた。どうやらリシュリーの森は、受告者を良からぬ者と判断したのかも知れない。狼達は受告者を見つけるや、一斉に襲い掛かってきた。
二方向への分散、木の合間からの突進、明らかに狼達の方が有利であった。木々の間の生えた植物に身を隠しながら、狼達は波状的に受告者へと襲いかかる。受告者はそれらを何とかかわすが、攻撃へは転じれない。剣が木々にぶつかり、効果的に剣を振り回すことができなかったのだ。
「くっ!?このままでは…」
徐々に体力が奪われていく。狼達は、おとぎ話のように激しく攻撃をしてこなかった。しかしながら、決して逃すことは無い。獲物を弱らせ、確実に仕止めるための戦法だった。
「仕方ない。死んでは元も子も無い」
受告者はそう呟くと、地面を蹴り上げ、木々を蹴り上げながら一気に樹上へと登った。義賊時代に練り上げた技、敵から一気に逃げ出す為、建物の上へと避難する技だった。狼達は木の下で、まるで下りて来いと言わんばかりに吠え続けている。
「さて、しかしながらやはり奴らを倒さなければ道は無い…」
周囲は木々が鬱蒼としているため、他の木へ飛び移ることが難しかった。また、人の体重に耐えられるような太い枝が見当たらなかった。
「殺すのは忍びないが…すまない」
受告者は枝から飛び降りると一気に狼の一匹に剣を突き立てた。喉を貫いた剣はそのまま地面に突き刺さった。狼は笛のような音を立てた後、そのまま生き絶えた。あと、3匹、興奮した3匹の内、1匹が噛みかかる。受告者は木の木端を力強く投げつけた。狼が怯む。受告者は狼が怯んだ隙に全力で殴り付けた。狼は3m吹き飛び、立木にぶつかると気絶したのかそのまま動かなくなった。剣を引き抜く、錆び付いた剣に付いた狼の血が怪しく光る。折れてしまうかと思ったが、あながち頑丈なものだな、あんなに戦場では直ぐに曲がったり折れたりしたものなんだけどな、受告者は戦いの最中、ふと考えた。残り2匹、数の上ではまだ狼が有利、まだ襲ってくるだろう、予想通りだった。1匹が正面から襲いかかる。残り1匹はその影から、受告者の側面へと回り込んだ。大きく開いた狼の口へ全力で剣を突き立てる。剣は狼の喉から頭を貫いた。
剣を引く抜くと同時に、最後の1匹を睨みつける。狼は先程まで威勢を無くし、森の奥へと消えて行った。
「…ふう。さぁ、早く戻らなくては」
狼の血を払い、歩き出そうとした瞬間、景色がまた歪んだ。
受告者の周囲は、野苺を取った場所に戻っていた。狼達は、死体も含めて消えていた。
「…」
どこか感じる気味の悪さ、しかしながらそれが何なのかをおぼろげながら理解しているような感覚を覚えながら受告者は森を後にした。
「戻りましたよ、野苺で…」
橋の下に兵士の姿を見つけ、かけた声は途中で消えた。兵士は既に息をしていなかった。座り込んだまま、眠るように死んでいた。
受告者は集めた野苺を兵士の亡骸の前に静かに供えた。その時、手に何か握られていることに気がついた。
「…手紙…か」
辺りは夕闇に落ちかけていた。涼しい風が一陣、辺りを吹き抜けた。
愛するあなたへ
あなたがこの手紙を読む頃、あたしは主の御元へ召され、永遠の責苦を受けるか否かの際にいることでしょう。ごめんなさい、あなたに苦しい思いをさせて。
あなたが軍に入隊して、もう何年になるでしょう。戦争が終わる気配はまだ無いのでしょうか。
あなたがいなくなって、そして命を落とすかも知れないと思うと、毎日が不安と恐怖でいっぱいになります。私は、もうこの気持に耐える事ができそうにありません。
心の平安は、どのようにして手に入れるのでしょう。あなたがいた時、あんなに日々が優しく穏やかだったのに。今では毎日が不安で、色の鮮やかさえ感じません。
私は、もうこの陰鬱な日々に疲れてしまいました。
今、アルピーネ川のほとりにいます。あなたと初めてデートをした、あの川です。少しでも幸せな気持ちを取り戻すために、そして幸せの中で死ねるように。
どうか、あなたは生きて。
少し長いけど、向こうで待ってます。
愛を込めて。
この手紙を拾った方は、どうか(兵士の血で以下は読めない、手紙の下部は破かれている。)
「死にたい理由が他にもあるのだ」、兵士の言葉を思い出した。受告者が兵士に感じた違和感、それは死と生、その狭間の中にいる人間だけが放つ異様だったのかもしれない。生きても死んでもいない、未知に対する不安が放つ異様だったのかもしれない。受告者は兵士の亡骸に哀悼の手印を手向けるとその場を後にした。死に場所を求め、そして得たから穏やかな顔だったのだろうか。受告者は歩きながら兵士の穏やか死に顔を思い出していた。
辺りは夜になっていた。次の街までは進まなくては。受告者は、暗闇の中の街道をひたすら歩いた。
朝はまた来る
朝をどう考えるかは人それぞれだが
新しく、光がある
それだけは事実だ。
黙示録 第20章1節「人の詩」85首「朝」