12時に魔法は溶ける
れみちゃんが学校の教室に落ちていた。
図鑑で見たことがあるから、れみちゃんがれみちゃんだということはすぐに気がついた。
「だめじゃない。教室に落ちちゃ。」
「ごめんなさい。私、落ちていたの?」
私の声に気がついたれみちゃんが、不思議そうに、やや申し訳無さそうな顔をする。
無意識のうちに落ちてしまったらしい。
れみちゃんはミルフィーユ帝国の上の層に生息してる生き物だ。ここ、ティラミス皇国に来るには、ミルフィーユ帝国のパイ生地の端から落ちなくてはならない。
「そうね。とにかく、まずは学校から出ましょう。ミルフィーユ帝国に返さないと。」
「ありがとう、あの、でもね、私、学校で落ちていたのなら、落とし物箱に入らなきゃだめじゃないかしら?」
れみちゃんは、教室の後ろの忘れ物箱を指差して私に聞く。
「落とし物箱で待っていたって、誰も迎えにこないわよ。誰も落とした事なんて覚えていないんだから。それにれみちゃんは誰かに落とされたわけじゃないもの」
私はれみちゃんの手を引いて教室を出る。
落とし物箱の中の鉛筆たちが「ぼくたちは覚えられてる!ぼくたちは必要だから買われたんだ!ぼくたちは愛されてる!」と煩いからだ。れみちゃんは落とし物箱の中の鉛筆の話も真剣に「そうね、わかるわ」って聞いてしまうし、はやく出るに限る。
私とれみちゃんが教室から出て行った数秒後、れみちゃんを探しにミルフィーユ帝国から信号機が教室にやってきた。「れみちゃんはどこ?」と、長い管を曲げて、落とし物箱を覗く。
彼、もしくは彼女は、中にれみちゃんが入れられてない事を確認して、不安そうに黄色ランプをチカチカさせて帰っていった。
れみちゃんを連れて、私がやってきたのはケーキ屋さんだ。ここは食べ放題の店なので、ミルフィーユ帝国への手かがりがあるかもしれない。私とれみちゃんは店員のお姉さんに案内されてテラス席へと座る。
色とりどりのお皿を見て、れみちゃんが楽しそうなので私も楽しい。
「お皿、かわいいわ。丸くて白くて」
れみちゃんに褒められたお皿は、こんなに褒められた事がなかったのか、真っ赤になってしまった。
れみちゃんは真っ赤なお皿を、私はピンクのお皿を持って、ケーキを選びにいく。
なのに、店の中にはほとんどケーキがなかった。私は、もしやと思って店の中の時計を見る。今は夜の11時50分。閉店10分である。
「れみちゃん!あと10分なの!どれでもいいから食べて!10分で食べて!12時まで、あと10分なの!」
私たちは残りちょっとのケーキをたくさんたくさんお皿に盛った。苺のケーキ、チョコのケーキ、さくらんぼのケーキ、ブルーベリーのチーズタルト、たくさんたくさん。
そして、ケーキを持ってテラス席に戻ったところで、大きな鐘の音がごーんごーんと鳴り響く。
たくさんのケーキは土に、店員さんは埴輪に、店長は土偶へと戻ってしまった。
私たちは土になったケーキのお墓を作る。
れみちゃんは私の頭をなでなでして「大丈夫よ、ケーキは絶滅したわけじゃないもの。」と優しく慰めてくれた。
私たちは次のケーキ屋さんを探す旅に出た。
もう、私は「ケーキを食べる気分」だったのだ。今更ケーキを食べないなんてわけにはいかない。なにかそれよりも大事な目的があった気もするが、今はそれよりケーキだ。
私はケーキが食べたい。
「12時に魔法は溶ける」おわり