裁き
世界は矛盾で溢れている。
人は表向きでは平和、平等を求めている、それを全てとするものがいることを私は否定しない。
ただ人はどこかで待っている。
絶対的な力で裁きを下す救世主を。
*
私は、戻ることのできない世界へと足を踏み入れた。死神の世界、完全なる弱肉強食の世界。その世界に私は踏み入るための取引をたった今終えたのだ。
「どうだ?死神になった気分は?」
奴が聞いてくる。
「ああ…最高だよ…まだ世界も捨てたものじゃなかった。」
「それはよかったぜ…ただ、絶対に忘れるなよ。お前には灼熱と痛みが伴うことをな。」
「わかっているさ。だが、それもいずれねじ伏せてやるさ…なぁ、ヴァドス。」
「ほう…早速力を使ったか…」
死神の力の一つに相手の本当の名前を見ることができるというものがある。私はそれを使って、取引をした死神の名を探ったのだ。そう、こいつの名前はヴァドス。この長身の死神は、退屈な死神界を抜け、人間界この世界へと足を踏み入れたのだ。私もまた退屈な人間としての生活を捨てた。つまり、こいつと私はあるところでは同種なのだ。
「どうだ、早速力を試すか?影は、貴様にもわかるだろうが、まだ近くにもいるぞ。」
「いや、今夜はいい。まだ体が万全じゃない上に力を得たばかりだ。何事も、走りすぎは良くない。」
「ほう…賢明だな。」
まだこの力を使うには体が万全ではない。これを使う時は、明日の夜、私の体が万全に動く時だ。今夜はゆっくり休もう。そして明日暴れまくってやろう。早く力を行使したいという欲望を必死に抑え、私は床についた。
取引をして一夜が明けると、すでにヴァドスは消えていた。代わりにテーブルには置き手紙が添えられていた。
「今晩が、貴様の暴れ時か。期待しているがくれぐれも、暴走だけはするなよ。貴様の身の程を知ることだな。」
「言われなくてもわかってるのに…」
私は余計なお世話だと、その手紙を捨てた。戦闘以外でこの力を行使するつもりはない。そんなことをした無駄に体力を消耗するという阿保をしたくはない。使える時に思いっきり解放するからこそ、その時が楽しいのだ。
私は今日も昼間は普通の黒崎麻衣を演じる。ホロウの能力など得ていない、普通の人間として生きる。夜になって初めて、
死神、黒崎麻衣は降臨するのだ。
昼間はとにかく退屈だ。またしてもつまらない講義を聞き、馬鹿の会話が嫌でも耳に入るこの時間は、私をどんどん苛立たせた。気晴らしのため、いつもタバコを吸っている大学の裏庭に生えている木に蹴りを入れる。するとそれは跡形もなく砕け散った。この時ばかりは、私は死神なのだとつくづく感じる。人間ではあり得ないようなことが容易にできてしまう。建物を飛び越えることなど朝飯前だし、少し握るだけで缶コーヒーを握りつぶしたりすることもできる。本気で走れば車なんていらない。普通の人間とそもそもの運動能力から変わってしまった。私は人と違う個性があって喜ぶような人間ではないが、これほどまでに優れてしまうと少しは優越感を覚えてしまう。これが日常になると思うと、多少は楽しめた。
タバコの火を消して、もう一度講堂に戻る。タバコの匂いに周りも私を訝しそうに見る。ただし、誰も文句は言わなかった。もともと文句は言われないのだが、周りがこうも避けてくることはなかった。おそらく目つきが違うのだろう。人ならば射殺すことすらできるほど、私の目つきは鋭くなっていた。死神の力を持つと、人相まで悪くなるとは…少々不便なこともあるものだな。
適当に講義を聞き流し、私は大学を後にした。今日はバイトのシフトが入っている。私は、家の近くのファミレスでウエイトレスのバイトをしている。家族づれから強面の奴らまで様々な人間がやってくるこの仕事は多少面倒ではあるが、まかないが出るため食に困らないだけまだマシだ。
ファミレスにつき、制服に着替えると私は早速、客の注文を取りに向かった。サラリーマンの中年男性と、普段はもっとお高い食事をしているのであろう、老夫婦と、若い学生のグループからそれぞれ注文を受けた。学生グループが多少うるさかったが、まあいいだろう。奴らには青春とやらを謳歌させておくほうがいい。周りの客が迷惑がるほどではなかったため、止めることはしなかった。程なくしてサラリーマンの男性が頼んだ料理が出来上がった。それを彼の下まで届けるのは、私ではなく私の後輩の高校生の女の子だった。私は老夫婦が頼んだ方を届ける。人数が一人な分、彼女に任せたほうが手間がかからないと思った私の采配だ。彼女もどこか有難そうに私を見て、届けに向かった。老夫婦にテキパキと料理を運び、持ち場へ戻ろうとしたとき、男の声がした。
「おい!この店はどうなってるんだ?料理のメニューが違うじゃねえか!」
見るとさっきのサラリーマンが女の子に対してクレームをつけていた。女の子はおどおどとしている。埒があかないと思い、私はすぐにそこへ向かう。
「お客様、どうかいたしましたか?」
「この女が俺の頼んでいない料理を運びやがったんだ!」
「失礼ですが、伝票を。」
「ほらよ。」彼は素っ気なく伝票を渡す。
だが、今出されているメニューと伝票のそれに違いはなかった。
「お客様…どちらが違うのでしょうか?」
私が尋ねると、彼はさらに顔を真っ赤にして言った。
「お前も違うというのか!この店はどうなってやがる!?」
となりの女の子がさらに怯える。「先、下がってて」と声をかけて、彼女を下げる。
「おい!持ってきたのはあのウエイトレスだぞ!?」
「いえ、ここは私が責任を持ちましょう。注文を取ったのは私です。」
私は敢然とその場に残った。店内は異常に気づいた客たちが、私とサラリーマンを見ていた。さっきの学生グループはスマホでその模様を取っている。誰かが「老害」だの言ったが、おそらくそのグループのうちの一人だろう。まあ、うなづける。正直、たかがメニューの取り違えくらいでここまで騒がれると五月蝿く、耳障りである。理性を保ちながら私は言った。
「お客様…他のお客様のご迷惑ですし、もう少しお静かに願います。それと、なんども確認しておりますが、あなたのご注文になられたメニューとこちらの伝票とに違いはございません。」
「なにぃ…!俺がボケてるってのか!?」
「いや、そうだろ」、またしてもあのグループから声がした。てめえらもうるせえなぁ…聞かれたら面倒なんだよ、黙れ。眼光でそのグループを睨むとそいつらも何かを察し黙った。依然、スマホで撮影はしていたが、それ以上はほっておいた。
「おい!いい加減にしろ!責任者呼べ!」
サラリーマン、いや老害野郎はとうとう自制もせず当たり散らしてきた。だから違いもねえっての…タダ飯食らいつもりか?
「ですから…お客様…」
最後の理性でもって、こいつをなだめようとした瞬間、
「ふざけるな!客のいうことにゃ従え!ウエイター風情が!」
と言って、突然立ち上がり私の胸ぐらを掴んできた。店内も騒然となる。
はぁ…ばーか。
「おい、見たな、お前ら…こいつから手ぇ出したよな!」
私は制裁のための最後の確認をする。学生グループがうなづく。さっき圧されたためか反応が早かった。他の客もうなづいた。ならいい。やるか。
私はこいつの掴んである腕を握る。そのまま力を加え、そいつを投げ飛ばした。床にそいつのハゲ頭が叩きつけられる。
「…っ!客に手を出すか!」
懲りずに殴りかかってくる。警察もんだな、と私は感じたが、大ごとにはしたくない…そいつの遅い拳を避ける。
「戦闘のせの字も知らねえ小物が、粋がってんじゃねえよ!」
私はそのまま避けた反動で中年の太った腹に蹴りを入れる。みぞおちに綺麗に入ったそれで完全にそいつは戦意を失った。
「こっ、この暴力女!」
売ったのてめえだろ…最早呆れてしまっていた。走って逃げていくそいつに私は憐れみの目を向けた。店内では学生グループが拍手をしてくる。茶々も入れてくるが、五月蝿え。もう一度そいつらを睨むとまた黙った。おもむろに近づいて忠告しておく。
「撮ったもん消しとけよ…」
するとすぐにカメラアプリを開き写真を消していた。証拠は隠滅か。私は持ち場へ戻った。他の店員には事情を説明しておいた。店長も来ていたが特に私が責められることもなかった。まあ、あの状況で私に非があると言われてもね…客が神なんて時代はもう終わったんだ。
私はさっきの女の子の元へ向かう。彼女は泣いていたのか、目が赤かった。
「大丈夫。もう怖くないよ。」
さっきまで軽く暴れてた自分とは別人のような声で彼女を落ち着かせる。彼女もしきりに礼を言ってきた。学生の皆はあれは応えただろう。店長とも合意して、今日は彼女を帰らせた。バイト代は明日支払うとのことだ。
「すまないな…毎度のことお前に助けてもらって…」
店長は申し訳なさそうに言う。何度かこの手のことはあったが、さすがに手を出されることはなかった。そのおかげで溜まっていたストレスを発散する口実はできたが。
「いえいえ、大丈夫ですよ。あのハゲ、雑魚だったんで。」
店の評判は多少下がるか…まあ大切なのは従業員の健康だ。そう自分に言い聞かせておいた。
バイト帰りにコンビニに寄る。今日は苦労費ということでいつもより多くバイト代が出た。粋な店長だ。そのバイト代を持ってコンビニに入った。昨日と変わらない、男性の店員もいた。私はコーヒーとタバコを買う。昨日の男性が同じく対応をしてくれたが、タバコを買うと聞いて少し意外そうな反応をした。まあ、女でタバコってのもおかしいと思うかもしれないが…顔に出さなくてもいいだろ…少し気分が悪くなった。
コンビニを出て、コーヒーを飲んで帰路につく。一悶着あったが、今日は狩の日だ。のさばる影どもを駆逐する日だ。胸の高鳴りが止まらなかった。
「遅かったなぁ…何かあったのか。」
家に帰ると、すでにヴァドスがいた。来るとは聞いていないが…まあいいか、契約したのもこいつだ、私のプライバシーに関わることを多少は認めてやろう。
「バイトで少しトラブルがあってな。まあいい準備運動になった。早速いくんだろう。そろそろ影の匂いがしだす頃だぜ?」
「貴様…すっかり死神だな。」
「お前には言われたくない…」
小さな会話をして、私たちは狩りに向かう。闇夜にのさばる欲望の権化どもを狩り尽くす時間だ。せいぜい楽しませてくれよ。
南の方で気配がした。あまり大きくはないが確実に人間のものではない。現れたか。
「察したか…いくか?」ヴァドスが問う。
「もちろん。」
迷わずそう答えた。初めての狩りだ。そう簡単に手を逃すわけにはいかない。南へ向かうが、私は一つ彼に聞いた。
「死神って、翼はねえのか?」
「…馬鹿を言え、人間の勝手な幻想を押し付けるな。」
「…飛べないんだな。」
少し期待したが、期待はずれだ…まあいい、超人的な脚力のおかげで、すぐに気配の場所までつくことができる。翼が生えるのは夢として残しておこう。そんな会話をしているうちに、すぐに気配が大きくなった。どうやらすぐそこにいるようだ。
「さて、そろそろだな…」
「準備はできてるか?」
「早く狩ろうぜ。血が疼いて仕方ない。」
私は着ていたコートを脱ぎ捨てる。体が戦闘で疼いて熱いのだ。さあ、出てこい。
程なくして、奴らは現れた。長身の、顔のない影たち。群れていたらしく三体出てきている。周りで断末魔も聞こえなかったため、まだ殺しはしていないようだ。
「出てきたか…化けもんが…」
敵を見据えると、いよいよ私は戦闘の準備に入ろうとする。そこで、ヴァドスが声をかけた。
「軽く念じてみろ。適当でいい。」
「何か起こるのか…まあいい…ハアッ!」
言われた通りにやってみる。すると、周りに青い炎が上がる。そうか、私の得たホロウは炎。今、私は炎を操るというわけか。
「それで戦える。せいぜいやってみろ。」
「ああ、楽しませてくれよ!」
私は勢いよく影に向かい走り出す。拳に炎を纏い、蒼炎が光り出す。狩りの始まりだ。
せいぜい、私を楽しませるものだといいが!
どうも!Asukaです!
いよいよ、死神の力を手に入れた麻衣が戦闘を開始します。能力を得てからの彼女は戦闘狂としての一面を見せ、気性がより荒くなった危険な人物となりつつあります。これで戦い始めたら一体どうなるのか…ゾクゾクしますね…皆さんのお気持ちに応えられるような作品にしていこうと思います!
最後になりますが、いつもご愛読ありがとうございます!