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ifーうるとら・ぽじてぃぶ・桃太郎

作者: 絵南玲子

「おじいさんや」

「…ふむ?」

「はて。聞いておられますか?」

「…ん? そうじゃろう、そうじゃろう」

「…やれやれ」

おばあさんは、小さくため息をつきました。

「きびだんごとは、いったい、どんな代物でございましょう」


桃から生まれた桃太郎はすくすくと育ち、なんとまぁ、鬼退治という荒わざに挑む次第となりました。

旅立ちの朝、白地に桃印のはちまきをきりりと締め、つきたてのお餅のようにふっくらした頰を赤く染めなら、桃太郎は申しました。

「おばば様、どうかお願いです。わたくしにきびだんごというものをこしらえて下さい」

「はて、きびだんごとな?」

「はい。一口食べれば、力が倍増。鬼退治には欠かせぬものだそうでございます」


おばあさんは、あれこれと頭をひねってみましたが、いかようにも考えが及びません。おじいさんはと言いますと、縁側で、気持ちよさそうにひなたぼこ。

「…とにもかくにも、何かこさえてみるしかない」

くりやの中を引っかき回して、わずかに残っていた米の粉で、おだんごらしきものを作ってみたのです。


「…どうじゃ、桃太郎?」

「ーなかなかにおいしゅうございます」

左右の眉毛をぴくぴく動かしながら、口をもぐもぐさせている桃太郎の顔つきに、あばあさんは居ても立ってもいられません。

「元気がもりもり出てきたかい?」

「ー何しろ私は、いつも元気な桃太郎ですから」

「そうじゃ、そうじゃ。桃から生まれた桃太郎じゃ」

いつの間にやら顔を出してきたおじいさんは、うれしそうに言いました。

おばあさんは、やっぱり不安をぬぐえません。

「…なんとしよう。鬼退治の途中で、ぱったりと力が抜けてしまったらなんとしよう」

心配そうなおばあさんを見かねて、桃太郎はまず、だんごの真贋を確かめてくることにいたしました。


桃太郎が村の道をとことこ歩いておりますと、向こうから、しっぽをくるりと巻き上げた白い犬がやって来ます。

「この者に聞いても、知らんじゃろうな」

「ごきげんよう」とだけ挨拶して、普通にすれ違おうとしたその時です。

「もぉし、そこの若衆さま。お腰に付けた袋から、たいそううまそうなにおいがいたします。(わたくし)めにも、どうか一つご馳走あれ。さすれば、あなたに従いましょう。ワン!」

桃太郎はしばし立ち止まり、

「まぁええか。たいそう威勢が良さそうじゃ」

こうしてイヌどんは、桃太郎に召しかかえられることになりました。


次に出くわしたサルどんは、会釈をする暇もないうちに、キャッキャと素早く腰の袋に手を伸ばし、だんごを一つ平らげました。

「まぁええか。何かの役には立つじゃろう」


「ケ、ケ、ケーン‼︎ 私めもお忘れなく!」

最後に飛んできたキジどんも、桃太郎にだんごをねだります。

「まぁええか。これも何かの縁じゃろう」


風変わりな主従は道すがら、だんごの謎に迫ります。

「なぁ、イヌどん。きびだんごとやらはうまかったかい?」

「とてもおいしゅうはございましたが、何だか、米の粉だんごのようなにおいで…」

横から口を挟んだサルどんが、

「キジダンゴ、いや、キビダンゴと言うからには、きび粉で作るのではありますまいか?」

サルどんの方をキッとひとにらみしてからキジどんは、重々しく告げました。

「ここはひとつ、ようよう調べてみませんと」

こうして桃太郎たちは、きびだんごの秘密を探るために、あたり一帯の村里をくまなく歩き回ることになったのです。


よほどの日数が過ぎたというのに、桃太郎はいっこうに帰って参りません。

さすがのおじいさんも気が気ではなくなって、朝な夕なに柴の戸口に立ち、桃太郎の帰りを待ちわびております。

「おじいさんや、そろそろ家に入りなされ」

「おばあさんは、何ゆえそんなに落ち着いてござる?」

「……落ち着いてなどはおりませぬ」

「いや、まるで、桃太郎が帰って来んでも良さそうじゃ。きびだんごの作り方など、分からぬ方が良いかのようじゃ」

「……それは、それは……」

おばあさんの顔は、みるみる曇っていきました。

「……きびだんごなんぞができてしもうたら、あの子は本当に鬼退治に出かけてしまいます。…鬼ヶ島へ渡る船の中で、もしも、水当りにでもなったらどうしましょう」

「…ふむ」

大風(おおかぜ)に吹きまくられて、天竺のあたりにまで流されてしまったらどうしましょう」

「…ふーむ」

「なんとか鬼ヶ島に渡れたとしても、……もしも、もしも、大鬼が百匹もおったらどうしましょう」

「…うーむ」

おじいさんも返す言葉がなくなって、二人とも、縁先にぼーっと座り込んでしまいました。


ケ、ケーンと遠くで響く甲高い声。

はっと我に返ったおじいさんは、言いました。

「…桃太郎はきっと、子供のいない私たちに、天神様がつかわされた、大切な贈り物ではなかったろうか…」

おばあさんも目を細めます。

「そうですねぇ。おじいさんは、山へ柴刈りに行くたびに、天神様のほこらをきれいにそうじしていなさったから…」

「おばあさんが持たせてくれたおむすびをひとつ、いつもお供えしておったから…」

おじいさんはしみじみと語り続けました。

「天神様の申し子じゃから、あんなに心根(こころね)優しく育ったに違いない。年に一度の刈り入れ時にやって来て、さんざん悪さをして行く鬼めが、許せなかったに違いない」

「そうですねぇ。このあたり一帯の村々の民が、そうしてこの私たちが、これ以上悲しい思いをせぬようにと…」

おじいさんもうなずきます。

「そうじゃから、なおのこと……」

と言いかけて、おばあさんは口をつぐみました。おじいさんの目も、かすかにうるんでおりました。

どちらからともなく、二人は、山のほこらの方に向かって、一心に手を合わせるのでした。


やがて、にぎやかなお供の衆を引き連れて、桃太郎が帰って参りました。

挨拶をするのももどかしそうに、

「おじじ様、おばば様、きびだんごの秘伝を得ましたぞ!」

なんとも晴れやかな顔つきで、桃太郎は一枚のおみくじを差し出したのです。

「天神様のおみくじでございます」

と、イヌどんはうやうやしく頭を下げ、

「大吉にのみ、秘伝が記されておりまする」

と、サルどんが得意げに申しました。もったいをつけたキジどんが

「ただし、ありがたい大吉のおみくじは、ゆめゆめ他人ひとに見せてはなりませぬ」

「ーじゃがしかし、もしも大吉でなかったなら…」

「おじじ様、私は、桃から生まれた桃太郎! 大吉以外のみくじである気がいたしません。村々で分けてもろうたきびの粉も、ここにたんとありますほどに」

おじいさんは、思わず息をのみました。


「……桃太郎、きびだんごができたあかつきには、まことに、鬼退治に行くのじゃな……?」

「はい、おばば様! いかに荒ぶる鬼とても、私がさんざんにこらしめてやりましょう」

桃太郎は力強く言いました。

「大鬼が、真っ赤な口を開けて襲いかかってきたら、いかがする?」

おじいさんの心配をよそに、

「その時は、鬼の顔をキャッキャと爪でひっかいてやりましょう!」

「どんぐりまなこを、くちばしでつついてやりましょう!」

「思いっきり、しっぽに噛みついてみせましょう!」

「はてさて、おじいさん。鬼にはしっぽがありましたかな?」

「ーうーむ、どうじゃろう、どうじゃろう?」

一同は、思わず笑いに包まれました。


桃太郎たちは、高らかに寝息を立てている頃です。

おばあさんがおそるおそる開いたおみくじには、くっきりと「大吉」の文字が見えました。そして、さらに

「探しもの。

天神の方に向かいて、思いのたけを三たび

唱うべし」


おばあさんは、きび粉を丁寧にこねながら、天神様の方角に向かって唱えます。

「つつがなくあれ」

さらに、腰を折るようにして続けます。

「……なにとぞ、なにとぞ、つつがなくあれ」


物陰から、かたずをのんで見守っていたおじいさんは、思わず声を出しそうになりました。

「つつが…、あっ、いかんいかん‼︎ 余計なことをしてしまうところじゃった」 


ただ一点、山のほこらの方角だけを見すえたおばあさんは、床に頭をひれ伏すようにして、三度目の祈りを捧げます。

「……つつがなくあれ、桃太郎」



夜が明けると、いよいよ鬼ヶ島への旅立ちの朝。空はまぶしいほどに晴れ渡り、うず高いきびだんごの山が出来上がっておりました。

「それでは、ひとつ」

ぱくりとだんごをほおばった桃太郎は、

「これはうまい!」

あまりにおいしそうに食べるその姿を見て、お供の衆たちは、つばを飲み込みます。

「そなたたちも、たんとお食べ。だんごは山ほどありまする」


一つ目のだんごを口にしたとたん、おいしさのあまり、みんなの顔がほころびました。

もう一つ食べると、なんだか体中から元気が湧き上がるような気がしてきました。

そして不思議なことに、三つほど平らげたところで、皆、むしょうに笑いたくなってしまったのです。

「いっそのこと、鬼の口に、つぶての代わりにだんごを投げ込んでみてはどうじゃろう。笑い転げて、戦う気も失せる()に違いない!」

と、桃太郎は申しました。

「そうしよう、そうしよう‼︎」

イヌどんは、気勢を上げました。


「鬼ヶ島の鬼とても、これほどうまいだんごなど、食うたことはありますまい。いや、ひょっとすると、いつも腹をすかしておる故に、暴れまわるしかないのかもしれませぬ」


「鬼の腹が重たくなって…」

とサルどんが言いかけると、甲高い声でキジどんが、

「もう動けん、かんべんじゃ、かんべんじゃ‼︎」

とすかさず割り込みます。

気を取り直してサルどんは、

「…とまあ、そんな風に言うぐらい、きびだんごを放り込んでやりましょう」

桃太郎は、にっこりとして申しました。

「これぞまさしく、日本一のきびだんご‼︎」

おじいさんとおばあさんは、小さく息をつきました。

そうして、きびだんごを山のように携えて、桃太郎たちは出立して行ったのです。


ちょうどその頃、天神様のほこらの上の青い空には、桃太郎のほっぺのようにまん丸い雲が、ぷかぷかと浮かんでおりました。

今は昔、もしも、もしも…のお話です。 ーおわりー









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