本領
投稿を忘れていた……
「さあ、気を取り直して、第三試合ィッ! 選手の入場だァ!」
第三試合に関しては、都の外から来た者が多く、エリエラも誰が強いのかは分からないと言っていた。
「ただ、強いていうならばあの少女……」
「少女……? あの金髪のか?」
「ええ……確か一度……」
第三試合の銅鑼が鳴り、一斉に動き出した。第一や第二試合とは違い、探り合いと体力の削りあいのような試合に、観客達も野次を飛ばし、大いに盛り上がっていた。
そして件の少女はと言うと。
「速いな、目で追うのがやっとだ」
二振りのナイフで、殺さない程度の傷を負わせ、的確に相手の戦闘継続能力を削ぎ取っていた。
その少女の戦闘を見た者達が何人殺到しようと、同じように斬りつけ、確実に戦意ごと削ぎ落としていく。
まるで自分が道具だと思い込んでいるような戦い方だ。自分の損傷は度外視で的確で最短な戦闘を徹底している。
「ああ、思い出しました。あの子、レイミーのところにいた隠密の……」
「へぇ、あれがレイミーの送ってきたやつか」
「私は見たこと無いけど……あんな子居たっけ?」
セティは覚えがないようだが、レイミーの隠密部隊のエース級。名前はソアレ。太陽のように煌めく髪を纏い、戦場を疾駆する姿は全ての人間の度肝を抜いていた。
戦闘能力だけは、隠密部隊一の腕を持ち、他の追随を許さぬ程の圧倒的にな速度をもって、敵を制圧する尖兵。
それ故に問題も抱えているようだが。
「このブロックは決まりかな」
セティの言葉に異議を申す者はいなかった。
そして数分後、ミルドの勝者コールが響いた。
予想に反せず、ソアレが中央で空を仰ぎ、佇んでいた。
◇クジン◇
「さぁて、そろそろ出番か」
ヤシャが負けたのは予想外だったが、相手がそれだけの強者だったという事だろう。
今からあいつとやりあうのが楽しみだ。
「第四試合、選手のォ、入場ォッ!」
「行くか」
入場のコールと同時、俺は闘技場へと姿を表した。
はちきれんばかりの声援、狂気を感じるほどに歓喜している観客の熱に浮かされ、俺自身も熱く興奮していくのがわかる。
視線を感じ、そっちを向くと、高いところから見下ろしてくる兄ちゃんと目があった。
その目は言外に、負けるなよと言っているようだ。
「フッ、偉くなりやがって」
兄ちゃんへの返答は、勝ってからにするとしようか。
刀を握る手に力を込め、瞑目する。
周囲に四人、これ見よがしに殺気を放っている者達がいる。恐らく傭兵団のクジンだと知り、裏で話を合わせて数で強者を叩こうという腹らしい。
「この闘技場で群れる奴が、勝てるわけねぇってのに」
この呟きは誰かに言った言葉ではない。ただの独り言だ。
そして試合開始の合図が為された。
予想通りに四方から切りかかってくる四人。
そのうち一人の刀の先を刀で絡めとり、もう一人にぶつける。その隙に別の二人を真一文字に斬る。当然殺してはいない、峰打ちだ。
そしてぶつかりあって転倒した二人の首にも刀の背を当て、気絶させる。
今のクジンには、ヤシャやアビスのような派手さは無く、ソアレのように機械仕掛けの人形のような、ただ敵を倒すだけの道具になることもできない。
だがそれ故に、洗練された剣技はその一瞬の攻防だけで闘技場を魅了した。
「先程の剣技、見事である。是非、立ち会い願いたい」
バトルロイヤルにも関わらず、話しかけてきたのは白髭を伸ばした、いかにも達人という風貌の老人だった。
「いいぜ、傭兵団クジン。いざ尋常に」
「感謝する。私はオーゼン。いざ尋常に……」
「「参る!」」
大上段からの振り下ろしに、刀を這わせ、いなす。
オーゼンの曲刀が地面に突き刺さり、硬直したところで刀を横一文字に振るうが、それを寸での所で躱され、蹴りを放ってくる。
「ぐぅっ……」
流れるような動作からの蹴りは鳩尾に命中し、苦悶の声が漏れる。
その勢いを利用して距離を取るが、既にオーゼンは曲刀を捨て、徒手空拳による追撃を選択していた。
掌底、足払い、発勁等、むしろ曲刀をもっていない方が強いとさえ言える、その熟達した技の猛攻の中で、クジンは思い出していた。
オベロン皇と相対した時のプレッシャー、自分の反射行動さえ上回る、知覚外の速攻。
あの時の戦闘に比べれば、この程度なんでもねぇッ!!
突き出してくる拳先に刀を這わせると、空を切る拳の周囲の空気さえ誘導し、攻撃をいなす。
その拳が地を割った瞬間の爆風を利用し、距離を取る。
「恐ろしいな。風さえ操る繊細な剣捌き。まるで、蛇が私の腕に纏わりつくかのような幻覚さえ見えた」
「こちとら、ただ黙ってやられるのは性分じゃ無いんでな。本気でいかせてもらうぜッ!」
オーゼンも曲刀を拾い、再び構え、斬り合いに入る……が。
「チッ」
オーゼンの背後、そして自分の背後に殺気が現れた。
振り返って切っても間にあわねぇか……クソッ一人に集中し過ぎた!
内心歯噛みしたが、目の前の敵と目があった瞬間、反省や後悔は出なかった。むしろ口元に獰猛な笑みすら浮かべ、突進の速度を緩める事なく、オーゼンの顔の横に刀を伸ばし、横槍を入れた人物の肩を貫いた。
一方、クジンの顔の直ぐ横を曲刀が走り、背後の敵に暫く動けなくなるほどの傷を負わせていた。
「なんとォ! 互いが互いを守るという、バトルロイヤルではあまり見ない光景だァッ! 素晴らしいスポーツマンシップ! やはり決着は自分たちの手で、そういう気概でなければ、勝ち上がれる訳もなしィッ!」
意思を汲み取れたのは、一合でも斬り合ったおかげだ。斬り合っている筈の相手と感覚が同調するような感覚……
「楽しいねぇ、これだから戦いは辞めらんねぇ!」
「同意だ。だが、ここに立つ勝者は一人のみ。決着といこうか、クジン」
再び曲刀が振り下ろされると、まるで四方から殺気を感じた。だが先程のように横やりではなく、正真正銘オーゼンの戦闘技術から発せられる物だった。
「秘剣、四気。これでも躱せるか?」
「はっ! 舐めんなよ、結局やる事は変わらねぇんだ。全部捌いてぶっ倒す!」
一番右の殺気を絡めとり、刀で一薙。金属と金属がぶつかる甲高い音を発し、オーゼン身体が仰け反った。殺気を発しているだけで曲刀が増えたわけではないのだ。
とはいえ、膂力だけで弾き飛ばされるとは思っていなかったオーゼンは一瞬の硬直を見せてしまった。
「見事。次に合間見える時、楽しみにしていよう」
クジンの刀が意識を刈り取り、一つの戦闘の幕を下ろした。
どこか清々しさのある顔を浮かべて気絶したオーゼンから視線を外し、瞑目する。
自らの気配を殺し、周囲を索敵する技術は都広しと言えど、クジンと同じレベルで出来るものは少ないだろう。
次の獲物を見つけ、走り出す。途中側面から襲ってきた敵を殴り飛ばし、辿り着いたのは闘技場の端。気絶している者を重ねて腰を下ろし、笑っていた。
「なかなか強そうな奴がきたな」
「なんだ? まだガキじゃねぇか」
まだ幼さの残るその少年は、茶色い髪に碧い瞳を持っており、この辺りの人間でないことが容易に理解できる。
そして背に背負うのは刀というよりは剣だ。両刃で幅広な剣を振り回すその姿は、子供の遊びなどではなく、かなり様になっていた。
「いくぜ」
「ッ!」
あまりの接近の速度に、いなす事なく受けてしまった刀は刃こぼれを起こし、後退を余儀なくされた。だが、その隙すら与えずに追撃してくる。
剣を振るう少年を見て感じた印象は、キレた獣だった。厄介なのは獣のように感覚で動く事なく、いやらしいところを的確に攻撃してくる。完全に戦い慣れしている動きだった。
「へぇ、反応できるのか。ハハッいいな、久々に本気を出してもいいかな」
少年は背負っている剣をもう一本抜き、二振りの剣を構えた。
「酔狂……って訳じゃなさそうだな。ヤバイ感じがビンビン伝わってくる」
「受け方間違ったら、怪我だけじゃ済まないよッ!」
片手の初撃はいなしたが、対の剣までは間に合わずに身を屈めて躱し、振り下ろしを避ける為に距離を取る。
服が十字に破れ、歯噛みしながらも笑みを浮かべる。
「本気でヤバイな、その攻撃力。そして何よりその判断力と反応速度、刀で受けたらこっちが保たねぇし、まるで剣と脳が同化した一つの武器って感じだな」
「この剣はオレの魂と誇りだ。折れる事はないし、オレ自身にも死角はない。だからって降参はやめてくれよ。せっかく強そうなのを見つけたんだ。あんたも、オレみたいなガキに驚かされたまま終わりたくないだろ?」
「そうだな、自信満々のガキの鼻っ柱折ってやるのも、大人の役目だからな」
地を蹴り、接近して刀を切り上げる。ただし闘技場の砂をも一緒に巻き上げ、目潰しを図る。
少年は剣を振り払い、砂埃を吹き飛ばすが、そこにクジンの姿はない。
辺りは戦いの名残が残る岩石地帯の様になっており、身を隠す場所には困らない。
上には人影が無く、飛んだわけではないと考えた少年は、岩石地帯に目を凝らす。
僅かでも音がすれば少年の耳がそれを捉えるだろう。僅かでも殺気が漏れれば、少年の体は即座に反応するだろう。
だが、そのどちらも無くその戦場どころか、闘技場内を包むのは観客の熱狂だけだ。
「逃げた……わけじゃ無いよな。何を狙って……ッ!」
微かに気配を感じた少年は、その場から跳び退こうとしたが、一瞬遅かった。
地面から這い出てきた手がその足を掴み、逃げ場のない地中へと埋まった。
「よっと……足が封じられたんじゃ、もう動けねぇだろ」
岩石地帯の一角、そこに開けられた穴から出てきた埃だらけのクジンは、刀を肩に担ぎながらニッっと笑った。
「クソッ! クソッ! クソッ!! お前ェェェェェェッ!!!」
「どうした? 大物ぶって余裕ぶっこいてた割には、短気なんだな。今なら剣が何本だろうが見切れそうだ」
悠々と歩を進め、振るってくる剣をいなし、弾き、丸腰の少年の首元に刃を這わす。
「分かったろ? 戦場じゃ冷静さを欠いた方が負ける。これは道理だ。負けを、認めろ」
「ぁ……オレは……勝ち続けなきゃいけないのに……負ける事なんて、許されないのに……」
「お前に何があったかは知らねぇが、ここはルールの無い戦場じゃ無く、ルールに縛られた闘技場だ。ここでの負けは、敗北という結果だけで、死という結果には繋がらない。だが、それ以上強くなりてぇなら、いくらでも相手になってやる」
少年はしばらく沈黙した後、やがて口を開いた。
「……参った。遅くなったけど、オレの名前はアラタ。あんたは?」
「傭兵団のクジンだ」
大いに盛り上がった観客の声に負ける事なく、ミルドの勝者宣言が木霊した。
「勝者ァ! 傭兵団! クジン! オッズ通りの強さを見せつけたァッ!」
拳を天高く掲げたクジンは、思い出したかのようにハルの方を向き、拳を突き出した。
◇
第四試合まで終了し、少し長めの休憩に入った実況席。そこにはハル、セティ、エリエラ、二スパ(エリエラの護衛)、ミルドの他に、シャル、スピカ、ルアンが揃っていた。
「見応えあったな。本当にクジンが勝つとは……」
「でも、オベロン皇と斬り合える人が負けるとも思わないけどね」
その会話にエリエラと二スパが驚きの声を上げる。それ程までにオベロン皇の武功、武勇は広まっているのだろう。彼が武神と呼ばれる所以だ。
そんな人物と斬り合えるというだけで、クジンが未だ本気を出していないのでは無いかと思ってしまうのは当然なのかもしれない。
「シャル、取り敢えず報告を」
「はい。今のところ、怪しい会話を何度か傍受したものの、行動に移す人影はありません。その会話も九割は酔った勢いや、少し過激な盛り上がり方をしている人達のおふざけでしょうが」
「残り一割は本気である可能性があると?」
「間違い無いかと」
シャルの報告を聞いて少し思案していると、おずおずと手を挙げた者がいた。
「私も、ひとつだけよろしいでしょうか……」
「スピカ? 何か気になる事でも?」
「はい、明らかな敵意、負の感情が闘技場に向けて放たれていたのです。第四試合でした」
傭兵団であるクジンは方々からそれなりに恨みを買っているようなイメージはある。だがそんな事で報告してくるほど、スピカはバカではない。
「うまく言葉に出来ませんが、長年で積もっていった恨みのような、ドロドロしたおぞましいものでした」
監視をつけるにしても圧倒的に人手が足りない。本来ならシャルの指示のもと、スピカとルアンを動かす手筈だったが、行動を起こす者の候補が別れた以上、二人を別々に動かすのは危険な気がした。
そんな時、扉がノックされた。
「遊びに来てやったぞ、どうじゃった? うちの秘蔵っ子は……ん? なんじゃこの空気」
尻尾をユラユラとはためかすレイミーが、軽いノリで入ってきたにもかかわらず、部屋の空気の重さに息を詰まらせる。
「……人手不足解消」
「な、なんじゃ?」
「あらあら、ここにきてしまったのが運の尽きでございます。少々お時間を頂きますよ? レ、イ、ミー」
手をワキワキさせて迫るエリエラに威嚇するように、レイミーが尻尾を逆立てる。
小さな抵抗虚しく、レイミーはエリエラに組み敷かれた。
レイミーに事情を話し、すぐに動ける人員を手配してもらった。数人の隠密の中には、クジンの控え室になぜかいたランも、無理やり連れてこられていた。
「そういう事なら先に言え、危うく全力で逃げるところであったぞ」
「まあいいじゃないか」
多少不機嫌なレイミーをなだめていると、セティが訝る様な茶化す様な視線を向けてきていたことに気づく。
「ハル、いつの間にかレイミーと仲良くなってるね」
「そうか? 前からこんな感じだったとは思うが」
「そうじゃの、妾も昔のことは覚えとらんのう……もしやセティ、嫉妬か? 恋人ではないと明言した以上、そんな感情を寄せる事もおこがましいと、妾は思うが」
セティはうーんと何かしら考え込む。
少し前までのセティであれば、慌てながら否定していたが、少し変わった様だった。
「嫉妬というよりも安心……みたいな感じかな。ほら、私ってハルの保護者みたいなものだし、恋愛感情に発展するには……ちょっと、ねぇ」
困った様な表情を向けられ、ハルはジトッとした目を返す。
「それはそれで傷つくな。歳もそう変わらないやつが保護者か……」
「まあ、男の人を連れて歩く事なんてなかったから、最初はからかわれてちょっと動揺してたけど、冷静になって考えてみると、特に慌てることもなかったかなって」
「なんじゃ、つまらんの。じゃ、ハルは妾が貰おうかの」
「やめてくれ、馬車馬の様に働かされる未来しか見えん」
軽口を叩き合って少し和んだ雰囲気を前に、もはや我慢できないとばかりにランが話を切り出した。
「そろそろ指示を貰えませんか? さっさと終わらせて兄上のところに行きたいんだけど」
「ああ、そうだったな。次の試合が始まる前に終わらすぞ。とりあえずはシャルとスピカで二班に分けて行動する。会場が騒ぎになると面倒だから、自分とエリエラはここで待機、有事の場合に備えてセティと二スパも待機だ」
ハルの指示に各々が頷きを返す。
シャルに護衛はいらないし、スピカにはルアンが付いている。指揮官の身辺は問題ないだろう。
「隠密の班分けは妾がやろう。ついでじゃ、妾も久々に動くとするかの」
「助かる」
準備体操をするレイミーは、心なしか生き生きとしている様に見える。
そんな彼女を見ていると、チラッとこちらを向き、艶やかで怪しい笑みを浮かべた。
「妾が動く代金は、お主自身に払ってもらうとするかの」
「ん? ああ、まあ相応の金銭は用意しよう」
「違うのじゃ、妾が所望するのはマッサージじゃ。最近書類と睨めっこが多くてな、色々と凝っておるのじゃよ。それに、セティ曰く、気を失いかけるほど気持ちいい、らしいからの」
「ちょっ……! レイミーッ!」
ふがー! と猫の様に尻尾を逆立て憤慨するセティは顔を赤くしてレイミーに詰め寄る。
そんな和やかな場面を尻目に、ハルは号令を出した。
「もう一度言うが、次の試合が始まるまでに終わらせろ。以上、作戦開始だ」
◇おまけ◇
第一試合、その闘技場の上にはジンがいた。
ジムとジロが仕事でいないのをいいことに、一人でセティにアピールしようという魂胆らしい。
盛大に銅鑼が響き、至る所で戦闘音が鳴り響く。
「よし、サクッと勝ち上がって、セティさんにアピールだっ!」
そんな彼の決意虚しく、開始の合図と同時に繰り出された、豪腕による棒の一振りによって、付近にいた四人と同じく、まるでゴミの様に宙に投げ出された。
辛うじて意識を保ったジンは、寝たふりからの奇襲を画策しようとした。
「ついでだ、失格のルールを明確にすると、気絶と降参だ。やられたフリもありだが、そんなことをしていると無抵抗のまま流れ弾でやられるから、覚悟しろよ」
あんにゃろう! リアルにそう言いたかった。ハルがそういったのは寝たふりに気づいたからなのかはわからないが、ヤシャは間違いなく寝たふりに気付いている。そしてトドメを刺そうとしているに違いない。
……こうなったら、あの手しかない!
ジンは起き上がって走り出した。闘技場の出口へ。
正体がセティさんにバレる前に、撤退してやるぜ! あばよ!
ハルとセティがそんなジンの姿を見て、揃って苦笑いを浮かべていることは、ジンの知るところではない。
ちょっと長くなったけどこれぐらいがちょうどいいかも?
次回も多分二週間後ぐらいですかね