闘祭
当日は天気に見舞われた快晴。
そもそも目覚めてから一月程経っているが、雨など見たこともない。
会場は満員。立ち見の客もいる。
目が血走っている連中は恐らく、今日の賭けに命を賭しにきた者達だろう。
はっきり言ってそこまで気合を入れず、ちょっとおこずかいを稼ぐくらいの気持ちでやってほしかった。
少し予想外だったのは、参加者の数だ。
参加者の数はざっと数えて一○◯人を超えている。
一試合に一つずつ賭けをしていくつもりだったが、ダラダラとやっていては何日かかるか分からない。
と、言うわけで。
「急遽、大会ルール変更ォー! 参加者を四つのグループに分け、バトルロイヤルで戦ってもらう! 各グループで勝ち上がった四人のみが、決勝リーグへと進めるようになる!」
ちなみに、今回雇った実況だ。
顔中刺青にサングラスをかけた、むしろ参加者として出ていそうな風貌の男。
「尚、賭けについては、変更なく、一試合につき一回となる」
やたらとテンションが高い。解説席に座っているハルとゲストのエリエラがなんとも言い難い表情になっていた。
「そして実況は、皆さんご存知、ミルディオルグが抜擢されました! どうぞよろしくぅ!」
ミルディオルグ(以下ミルド)の実況に、会場が沸き立つ。
「そして、今回の闘祭においての主催者は天上人のハル殿。天上人の名において、不正は許さないとの事だ! 選手観客共々、節度を持って楽しんでくれよ」
突如沸き立つハルコール。
身体中に虫が張り付いたようなむず痒さを覚えながらも、拡声器に手を当てる。
「あー……皆、よくぞ集まってくれた。此度、天上人ハルの名を持って、この闘祭を開幕出来たことを嬉しく思う。そして急遽の開催に際し、臨機応変に立ち回ってくれたものたちへ、今再びその労を労わせてほしい」
先程の会場とは打って変わって、シンと静まる会場に冷や汗を流し、背後からセティの生暖かい視線を感じ、尚恥ずいと思いながらも、手を広げて続く言葉を紡ぐ。
「本日の狂乱に、各々。好きな楽しみ方をするといい……あ、節度は守れよ」
観客達は今か今かとその言葉を待っている。
フライング気味にはしゃぎ、つんのめる人間もチラホラいる中、ハルは宣言した。
「今ここに、闘祭の開催を、宣言する!」
おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!
地鳴りのような歓声と共に、それは幕を開けた。
◇
「さあ、早速、第一試合。選手のォ……入場だァ!」
第一試合は総勢二七名の戦いだ。
ハルの知っている人物は、ヤシャとジン。
後は直接の面識は無いが、エリエラ曰く、それなりに強豪が固まったらしい。
「いちいち選手の名前を呼ぶのも面倒だから省くぜ、紹介されたきゃ、その実力を示せよォ!」
盛大に銅鑼が響き、至る所で戦闘が開始された。
「おいおい、なんだこれは!? 一気に五人吹っ飛ばした猛者がいるぞ!」
「あれは傭兵団のヤシャだな。棒を振り回すだけであの威力だ。この囲まれた闘技場内なら、かなり厄介だろうな」
「あらあら、豪快ね」
ヤシャに飛ばされた五人は、ぐったりと動かなくなった。
「ついでだ、失格のルールを明確にすると、気絶と降参だ。やられたフリもありだが、そんなことをしていると無抵抗のまま流れ弾でやられるから、覚悟しろよ」
ハルの解説に、飛ばされた五人の内一人が目を覚まして、その場からそそくさと離れた。
「あら、面白い組み合わせですね」
エリエラがあらあらと微笑ましいものを見る目を、闘技場の中央辺りに向けていた。
そこには褐色で正に筋骨隆々を、その身をもって体現する女剣士と、見た瞬間から、僧だと分かる身なりの男が相対していた。
「面白い、とは?」
「単に欲望をさらけ出した方が強いのか、欲望を抑え込んだ方が強いのか、そう言う意味です」
あまりピンときていないハルに、闘技場を興味深く覗き込んでいたセティが細くした。
「あの女の人は娼婦だね」
「娼婦? 戦えるのか?」
「うん、あの人強いよ。多分大陸の方から来たイーサンローズって言う戦闘娼婦の一族だと思う」
「戦闘……娼婦……? なんだそのパワーワード」
そんな雑談をしている間に、観客からの歓声が響く。
観客の注目の的となっているのは、ヤシャとやたら影の薄そうなフードを被った男ローブだった。
最早災害の域に達しているヤシャの攻撃を紙一重で躱し、反撃までしている。
無傷とはいかず、ところどころローブが破けたり、血を流したりしているようだ。
「おーッとォ!? 北側では、強者達の三つ巴が始まろうとしている!」
「ふむ、全員知らん。エリエラ、解説頼む」
「あらあら、まずあの老人、あの方は既に引退して隠居生活の筈ですが、ノラさんのとこの元私兵ですね。今の侍大将に比肩する強さだったと。そしてあの女性、右近衛大将直属の精鋭部隊出身の方ですね。なんらかのトラブルがあって除隊したそうですが、実力は噂でしか聞いたことがありませんが、かなりの手練れだそうで……はぁ」
最後の解説を前に、あからさまに溜息を吐くエリエラ。
見ているのは三つ巴で一番劣勢を演じている、大男だが、力任せに剣を振るうその戦い方は、素人のハルから見ても、見切れそうなほどだ。
オベロン皇の戦闘を見たせいもあるのだろう。
「あれはあの糞狸……失礼、ブルール殿の所の侍大将の型枠ですね。強豪といっても、他の二人と比べれば見劣りしますね」
「あぁ……ブルールの……通りで。イメージしやすい主従だな」
「言いたい事は分かりますが、あまり天上人の名を地に落とさぬようお願いしますよ」
糞狸と口走っていたこいつに言われたくない。と内心でツッコミ、闘技場内を見渡す。
「その七人から、決まりそうだな」
「だろうね、私もそう思う」
「あらあら、では、私達も賭けてみますか? 賭けはもう終了していますので、金銭は抜きにして」
「いいだろう」
「こちらもヒートアップしてある参りましたァ! 闘技場に残るは九名……いや今相討ちで決まった! 天上人方の予想通りの七名が、今なお戦っているゥ!」
その中で最も早く勝敗が着いたのは、ヤシャとローブの男の戦いだった。
ヤシャが地面を抉り、浮き上がった礫を薙ぎ、まるで砲弾のように殺到させた。
ローブの男は身を翻し、回避に全集中力を注ぎ込んだが、ローブは無残にも破け散り、その姿を明らかにした。
「あの方は……知っているはずなんですが、どうしてでしょう、頭に靄がかかったように……」
「自分もだ、確実に見た顔ではあるが……どこでだ」
少々黒ずんだ紅い髪を短く切りそろえ、どこか裏のある様な表情をした青年。
その不思議な感覚を覚える青年と、ハルは一瞬だけ目があったような気がした。
青年は少しだけヤシャと言葉を交わし、その直後に両手を上げて降参した。
「なんだったんだ?」
妙な既視感のようなものを覚えながらも、ハルは歩いていく青年の背を見送る。
ヤシャは少し手持ち無沙汰になったように、棒を握って離してを繰り返し、やがて次の戦場へと走った。
次に決着が着いたのは戦闘娼婦と僧の戦い。
これに関しては特に語ることはなく、乱入したヤシャに纏めて一薙され、仲良く錐揉みしながら壁へと激突した。
結局煩悩を抑えようが解放しようが、戦いにおいてその違いは差異の無いものなのかも知れない。
そして戦闘も佳境。既に満身創痍のブルールのとこの侍大将が倒れ、乱入してきたヤシャの突きで壁に身体を減り込ませ、リタイアした。
睨み合う三人は傭兵団ヤシャ、老兵タウロ、元精鋭部隊トーリャ。
馬鹿みたいに突っ込んだりする間抜けがいなくなったせいか、三人は互いの間合いを測るかのごとく、隙を伺っている。
その優れた戦闘能力故に、分かってしまっているのだ。一番最初に動いた者が先に倒されると。
三人が睨み合う周囲は正に極限状態の戦場。小動物が近くを通りかかっただけで気絶であろうその三角形は、視線、相手の動き、足運びによって、刻一刻と戦況が変わっているようにも見える。
そして、決着の時は来た。
タウロがヤシャに向かって強襲をかけた。
仕掛けるとやられる確率が高くなると分かっていて動いたのは、歳のせいか、極限状態の維持に限界が来たのだろう。
当然夜叉は迎え撃つ。トーリャへの警戒も怠っていない。
ヤシャはこれまでに無い完璧なタイミングで、タウロを捉えた。
獲った。
そう思ってしまったのか、視線がトーリャへと向く。
そしてその行動は、目の前の老兵に対しては、愚行でしかなかった。
「甘いわい」
そんな呟きが、ハルには聞こえた気がした。そして当然、ヤシャにも聞こえているだろう。
タウロが行った特殊な歩行方は、相手との距離感、接近速度を狂わせることのできる、まさに熟練の技。
背後に回ったタウロの掌底に、骨が悲鳴をあげ、ヤシャが次に見た光景は、刀を納刀し、抜刀術の構えをとるトーリャの姿だった。
「決着! 第一試合勝者はァ! 元精鋭部隊所属、ケイル・トーリャ!」
正に一閃。素晴らしいとしか言えない。抜刀術でヤシャの意識を刈り取り、もう一度鞘に納めて抜刀し、突撃してきたタウロの意識までもを刈り取った。
「あらあら、やはり元精鋭部隊というのは伊達ではありませんか。とにかく、賭けは私の勝ちですね」
ハルたちとの賭けに勝ったエリエラは、ただゆるふわに微笑んだ。
会場も諸手を挙げて喜ぶ者や、あからさまに地面に手をついて落ち込む者、余裕の傍観を決める者まで様々だ。今のところ怪しい動きをする者は出ていない。
「はい、会場の皆様静粛にィ。これより五分程の休憩のち、第二試合を開始するぜェ。厠には行っておくように、以上」
ミルドの的確な指示で、会場がまばらに動き出す。ハルたちは第一試合の余韻に浸りながら、次の試合を待った。
◇
第二試合。
闘技場を手早く片付けた後、待ちきれないとばかりに選手達が顔を出した。
エリエラが言うには、この試合にもそれなりの強豪が揃っているらしく、どうなるか楽しみだという。
ちなみにハルが知っている選手はいない。
せてぃは何人か顔見知りがいるらしく、手を振りながら応援していた。
「第ニ試合、開始ィ!」
ミルドの合図で一斉に広がる金属音。剣と剣、刀と刀が生む火花は地に落ちて鎮火する。
その闘技場の中央に、全てを見下すような視線を投げる者がいた。
その男は小さく「所詮、お遊びカ」と呟くと、闘技場を歩いて一周した。
最初の位置に戻ってきた男は、いつの間にか抜き出していた刀を鞘に納めていく。
その動作は、時が凝縮されているかのようにゆっくりであり、されど力強さは消えない。オベロン皇の技量と同等か、それ以上の業を見せつけ、闘技場の上に存在するもの全てを、ただの一撃で……。
斬り捨てた。
身体を這う汗が止まらなくなった。
呼吸も満足にできず、動悸は弱まることを知らず、ひたすらに細かく刻み行く。
セティもエリエラも瞳孔を開き切り、ハルと同じく息切れを起こしていた。
それは一重に、幻視してしまったからだ。
あそこに立っていると、アレと相対すると、間違いなく自分は死んでいたと。
「全員気絶ダ。殺してしまっては失格らしいからナ、次の試合では、楽しませてくれることを祈っていル」
そんな言葉が響いた。
老若男女どれとも取れない、ただ無機質な、機械のような声。
控え室に戻っていく後ろ姿は、この世の狂気を孕んだような、気味の悪い雰囲気を放っていた。
「しょ、勝者……アビス……」
正に深淵のように何も見えぬ全き奈落。一度吸い込まれれば落ちることしかできない暗闇に、その場にいる全員が、同じ夢を見ているような奇妙な心地になっていた。
一応期日通り……のはず