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滅ぶ世界、綴られる世界  作者: ホロー
Ⅲ・時代の戦争
48/64

前日

さて間に合った(寝るまでは日曜日)

 宮殿内、ハルはだだっ広い謁見の間に膝をついていた。


 相対するのは帝の横に控えていた二人の男。

 聞いたところ、この二人は右近衛大将と左近衛大将らしい。帝直属の二人は天上人よりも高い権力を持ち、普段は片方が帝の側に控え、もう片方は都の巡回をしているという。


「内容は理解した。情報統制と戦力の増強ができるのならいいだろう。場所は南東にある闘技場を使え」

「南東の闘技場?」

「知らないか? 時折、ブルールが賭博に使っていた闘技場だ。この闘技場では珍しく違法な賭博はやってなかった」


 ほう、ブルールにしては珍しい。

 なんとなくブルールの性格を掴んでいたハルが感心する。


「用が済んだのなら下がれ。私もやる事が多い」

「はっ、それでは失礼します」


 闘技場の確保は完了。

 宣伝はシャル、ルアン、スピカうに頼んである。

 セティにも頼もうとしたら、少し申し訳なさそうにしながら断られた。何やら準備があるとか言っていたが、詳細は教えてもらえなかった。


「さて、やるか」


 ハルはこの上なくやる気を出していた。理由は単純。

 面白そうだから!

 何よりも勝る好奇心が、面倒だとかそういうのを凌駕していた。


「む、ハルか? 久し振りじゃのう」

「レイミーか、相変わらず綺麗な尻尾だな」

「っ……! サラッと照れるような事を……お主、ジゴロでも目指しておるのか」

「あー、そっか。そうだな、今のは忘れてくれ」

「それはそれで失礼じゃぞ」


 レイミーは溜息を吐きながら、いつかのように階段に腰を下ろした。

 その背中には、何も言わずとも分かるであろ? と言わんばかりに怪しく揺らめく尻尾が、ハルを待ちわびているかのように見えた。


「ま、少しならいいか」


 急いでいない訳ではないが、そこまで急を要する事でもないので、倣って腰を下ろす。


「ハルよ、随分と無茶をしたらしいな」

「ルアン達か」

「うむ。借金は払ってもらったが、あれはお主が?」


 ルアンとスピカには、傭兵団同様、先の戦いの働きに応じた報酬を渡していた。

 最初は断固として断っていたが、なんとか説得して渡した。

 現在はハルの屋敷に住んでいる為、レイミーに金銭は払わなくていいのだが、迷惑料と世話になった礼だと言って都でも有名な菓子を渡したらしい。


「しかし、スピカは姫君じゃったか、なかなか品位の高い女子じゃと思っておったが、当然と言うわけか」


 時間があれば隠密の技術も仕込んでやれたのにのう、と少し残念そうな顔をしたが、すぐにカラッとした笑みを宿し、冗談じゃ、と笑い飛ばした。


「あ、そうだ。話は変わるが、明日南東の闘技場で闘祭をやるんだが、誰か出さないか? 隠密でも腕っ節が強いのはいるんだろ?」


 因みに先程の宮殿内での会話は、シャルが傍受していた為、既に場所などは民衆を通じて広まっている筈だ。


「隠密じゃぞ? 姿がバレただけで動きにくくなる者もいるのじゃ。そう簡単にに許可は出せぬな」

「じゃあ、素性がバレなければいいんじゃないか」


 レイミーがやれやれといった様子で尻尾を揺らす。

 隠密とはその名の通り、闇に潜み、都の汚れ仕事を全うする役職であり、隠密衆は言わずもがなその複数形である。

 その用途は数多く、どぶさらいから、帝の命によって反逆の意思がある不穏分子の調査や暗殺まで。

 普段素性を隠している隠密衆に憎悪を抱く者も少なくなく、隠密衆だと発覚するだけで裏の情報は周り、ブラックリストに挙げられる事は間違いない。


「まあ、ハルが情報統制を完璧にこなしてくれるのなら、話は別じゃがのう」


 どことなく含みのある呟きに、ハルは少し警戒した。


「もしバレたら、その責任を、お主は取れるのか?」

「責任か……まあバレることは万に一つもないが、その計算に穴があったら、責任は取ってやるさ」

「そか」


 レイミーはそれだけ呟くと立ち上がり、宮殿へと歩いて行った。


「一人寄越すのじゃ、楽しみにしておるぞ」


 とんでもなく不味いことをしてしまったんじゃないか? という感情が胸中を埋め尽くすが、それを振り切り、仮面を外して街中へと溶け込んでいった。


 ◇


 闘技場に着いたハルは、再び仮面を装着し、闘技場を管理していた者を捕まえて事情を説明した。


 捕まえた青年は、なんだか凄く嬉しそうな顔をしながら握手やら色々求めてから、脱兎のごとく駆け出した。


「よし、これで後は……」

「我が君」

「うわぁ! なんだシャルか、心臓に悪いから気配を殺すのはやめてくれ」

「ふふっ」


 シャルはただ悪戯っぽい笑みを浮かべた後、優雅にお辞儀をし、謝罪した。

 手振りだけで気にしてない、と合図をし、再び向き合う。


「で、何かあったのか?」

「はい、闘祭に先駆け、なにやら不穏な動きが」

「不穏な動き……? ああ、もしかして、賭け事やら何やらを画策してるやつでもいたのか?」

「はい。潰しますか?」


 物騒な事を言い出すシャルを諌め、ついでに対策は問題無いと伝える。

 大きな祭りだ、裏で暗躍しようとする連中が出現するのは、予め分かっていた。なら対策は簡単だ。


「こっちが全て仕切って、合法に変えてしまえばいい。そうすれば暗躍している連中も、わざわざ手を汚さずに済むだろう」

「…………」

「まあ、逆に泳がせておいて一網打尽。でも良かったんだが、そうすると人海戦術になった場合、こちら側が不利になる。そういう連中は一度逃せば姿を眩ますからな」


 シャルは瞠目し、ただハルを見つめていた。

 その視線に気づいたハルが「なんだ?」と聞くと、シャルは頰を染め、無意識に目線を逸らした。


「いえ、我が君はその……うまく事が進んでいると、とても素敵な表情をするものだと、見惚れていました」

「表情……意識してないが、どんな表情だ?」

「ギラギラと光る瞳に、虎視眈々と獲物が罠にかかるのを待つハンターのような。とても、とても素敵でした! あの表情で迫られると、立っていられなくなる程です」

「マジでか」

「マジです」


 要するに野蛮な表情ということか? と心配になるが、いつものシャルと違って余裕がなさそうに感じる。その表情はシャルの好みだっただけだろうと結論付けた。


「それでも尚不正を働く輩は、分かっているな」

「はい、捻ります」

「……なんか、物騒だが概ねその通りだ。それと警戒にはスピカも加わってもらう」

「刻印、でございますね」

「ああ」


 スピカがフルステリアで受け継いだ刻印の名は“絡繰読心(からくどくしん)エモーシフト”フルート型の刻印で、感情の操作や感情を読み取る事が可能らしい。

 昨晩色々と話し合っている中で初めて知ったのだ。

 昨晩まではスピカも知らなかったらしく、声が聞こえたと言っていたので、イグナールやシャル然り、刻印には自我があると考えられる。


 感情の濃度が高いほど濃く見え、何も考えていない人間は微弱にしか見えないらしい。

 だが、なにかを画策しているものがいるならば、その負の感情は必ず濃く見えるだろうと確信している。仲間との会話、接触を試みた場合、シャルの聴覚がそれを探知出来るので、計画に抜かりはない。


「あとはどれだけの集まるかだな」


 方々に手は尽くした。どれだけの規模集まるか分からないが、闘祭が破綻するような事だけはしたくない。

 なにせ祭り事(まつりごと)。政(まつりごと)ならテンションは下がる一方だろうが、これは楽しまなければ損だ。

 どうせ都の金を引っ張り出せる立場になったんだから、引っ張りださなければ損だし、それに。


「この財務という役職の影に潜んでいる人物も突き止めておきたいしな」


 フルステリアへの派兵の間に誰かが手をつけたであろう帳簿は、かなり高性能にハルの筆跡を真似られていた。

 自分以外に気付けるものはいないだろうと断定できるレベルで。


「私もそれなりに警戒していますが、痕跡が残っていない上、ほんの微弱なのですが刻印が使われている痕跡もあります。本当に微弱なのでミスリードかも知れませんが」

「ミスリードだとしたら、相当な腕だ。刻印も使わずにこの隠蔽工作は流石に人間の域を超えているだろ」

「ですが、この時代では否定出来ないかと」


 言うまでもなく、この時代の平均身体能力と言ったら、五○メートル飛び降りても無傷だったり、剣を一振りするだけで爆風を起こして人を吹き飛ばしたりと、全時代の常識は参考にならない。

 さらに刻印なんて物もある上に検非違使(俗に言う警察)の能力が乏しい。産業革命はまだだろうし、外国との交流も怪しいところではあるので、当然といえば当然だが。


 元々詳しくは知らないので、教えられることが皆無なのが少し悔しいところではある。

 シャルなら知っているかもと聞いてみたが、シャルが作られた時には既に警察という組織は機能を失っており、その手腕、技術は文献でしか見たことがないという。


「ともあれ、今すぐどうこうなる訳じゃないし、今は準備に勤しむとしよう。オッズの算出は……任せていいよな?」

「はい。私の計算能力はスーパーコンピュータ並ですので」

「……そか。えっと、会場は問題なし、出場者もそれなりの数になるだろうし、他に用意するものは……あ、実況は必須だよな。然るべき実況と解説の手配を!」

「はあ、必要でございますか?」


 シャルの目がどことなく困った人を見る目になっている。セティもよくハルに向けている目だ。その目に温かく優しい感じが含まれているのが痛い。逆に痛い。


 一対一を演出する大会であっても、バトルロイヤルであっても、良い実況が会場を盛り上げるというのは常識だ。ハルの中では。


「ハルさーん!」

「ルアンか」

「先程、天上人お二方の出兵を確認しました」

「は? こんな時間にか?」

「はい。なんでも、少し規模の大きい派兵演習に見せかけるみたいで、堂々と民に見送られて出立しました」


 夜中や早朝に出れば欺瞞行動になると考えた訳か。

 堂々と演習だと言って見送りも付ければ、それ以上の噂は立たないかもしれない。


「それともう一つ、此度の闘祭において、天上人エリエラ様の私兵も参戦させたいと……」

「エリエラが? それはまあ良いが、わざわざ戦力を公衆の面前に晒すのか」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 背後から突然現れた気配に、ハルの背筋はゾッとした。

 振り返ると頬に手を当て、あらあらと微笑むエリエラがいた。


「……いたのか」

「はい。是非今回の参加表明と、最近入った若い子の実力を見てみたいと思いまして」

「なるほどな」

「それで、一応ルールは読んだのですが、一つお聞きしても?」

「なんだ?」


 エリエラはそっとハルの耳元に口を添え、なぜか吐息を多めに言った。


「刻印の使用は、制限されていないのですか?」


 確かにルールには書いていないが、そもそも刻印は機密事項のような物だ。

 使用を許してしまえばバランスが一気に崩れてしまうため、ルールに含もうとも思ったのだが、そもそも知らない概念を載せられても混乱するだろうと思ったという理由もある。


「答えが分かって聞いてるだろ?」

「ええ、当然ですね。新入りさんが、機密保持を怠っていないか、確認しただけですよ。では、当日を楽しみにしていますね」

「ああ、せいぜい盛り上げてみせるさ」


 エリエラは悠々と立ち去り、数瞬後にはそこにいたという痕跡すら消え失せる。


「……凄いですね」

「ああ、あの隠匿術は敵からすればやっかいだろうな」

「いえ。そうでは無く、ハルさんがです」

「自分が?」


 ルアンは改めてハルに向き合い、その闘志を灯した双眼を持って見つめる。


「ええ、天上人と対等の関係を気づき、そして、信頼されている」

「信頼か……そう言うのとは違う気もするが、そうだとすれば少しは様になってるって事か」

「ハルさん?」

「何でもない。早く仕上げに掛かるぞ。開催は明日だからな」

「はいっ!」


 そうして、日が暮れるまで準備を行った。


 ~三四日経過~

今度の投稿は少し先になるかも。

と言っても二週間てところかな。

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