予兆
まあ知ってましたよ。遅れると言うことはね
屋敷に帰るでもなく、ぶらぶらと散策していたハルは、見覚えのある建物の前に辿り着いた。
傭兵団の詰所だ。
「そういえば、クジンが得物を見繕ってくれてたな」
いつかのクジンとの会話を思い出し、ハルは我が物顏で裏口から入った。
そして案の定止められた。
「あの〜こちらは裏口なので、何かご入用の場合は表からお入りください」
明らかに言葉の端々から面倒くさいオーラを放つ垂れ目垂れ耳の女性が、表の扉を指差す。
指先からはさっさと行け、と嫌なほど言外に伝わってくる。
「あ〜……クジンいないか? ハルだと言えば分かるんだが」
「……少々お待ちくださいね」
めんどくさいオーラを隠そうともせず、女性が詰所の一室をノックする。
何度か口を開いて喋るうち、女性の表情が青ざめていき、チラチラハルを見ては慌てている様子だ。どうやらハルの素性を遅まきながら知ってしまったらしい。
「た、大変失礼しました! て、天上人様とは知らず……何卒ご容赦を……」
それはもう物凄い勢いで謝ってきた。
だが、特に気にしてはないし、仮面がない状態で天上人と呼ばれるのはやめてほしい。
「別に気にしてない。それよりクジンは?」
「あ、ありがとうございますっ! あちらのお部屋になります」
「ああ、分かった」
そう言って二度三度深呼吸をし、クジンが居る部屋の扉をノックし、待つ。
……待つ。
二分後、クジンが扉から出てきた。その後ろにはランが着いている。
「おう、あんちゃんじゃねえか。どうした?」
「何をしてたのかは聞かんぞ」
「……頼む、そうしてくれ。で、どうした?」
明らかに何か困った顔をしているクジンは、ちらっと背後にくっつくランを見る。
ランは射殺さんばかりにハルを睨みつけてくる。何故か毛を逆立て、完全に威嚇のポーズを取っている。
「ああ、得物を見繕ってくれるって言ってたからな。どんな感じかと、近くを通りかかったのもある」
「用意できてるぜ、ちょっと待っててくれ」
クジンは足早に先程の部屋の中へと入っていった。
「……クジンに着いていかなくていいのか」
「一つ聞きたいことがある」
その場に残ったランは、幾分か柔らかくなった視線で、ハルに問うた。
「フルステリアで、兄上に何かあったのか?」
「何か、か。まあ何かはあっただろ」
「あの時以来、兄上は変わった。表面的には変わっていないように見えるけれど、私には分かる。明らかに纏うオーラみたいなものが強くなった」
「何か問題があるのか?」
「問題は無いが、心配なのだ。どこか遠くへ行ってしまうのではないかと」
気のせいだろ、と心の中で思ったが実際には口に出さない。
身内だからこそ感じられる予感のようなものも存在するからだ。特にランのクジンに対する感受性は、並大抵のものではない。超感覚と言っても差し支えないほどだろう。
「まあ、次の機会に注意してみてみるか」
「今はそれでいい。頼んだぞ」
その言葉に少し面食らってしまった。
「お前に、そんなことを頼まれるとは思っていなかった」
「何を言う。私も、お前の事は認めているのだ。まだまだ弱いがな」
「なに、強くなくても良いんだ。守りたいものさえ守らればな」
「……違いない」
二人は小さく笑い合う。
男女の友情と言えばそれっぽい雰囲気だ。
「あんちゃん! すまねえな。ちょっと時間食っちまった……ん? なんか話してたか?」
「いや、ちょっとな。で、どんなのだ?」
実は少し楽しみにしていたハルが食い入るように見る。ランの目が少し冷たくなった気がする。
「ああ、これだ」
「これは……」
扇子だ。
……うん。どこからどう見ても扇子だ。
「おいおい、そんな露骨にがっくりすんなよ。そんなに捨てたもんじゃねえぜ」
「これがねぇ……」
クジンからそれを受け取ると、直ぐに気づいた。
「なるほど、鉄扇か」
全てのパーツが鉄で出来た鉄扇だった。中骨や親骨は愚か、扇面まで。
カシャンという音とともに開くと、美しいと思えるほどに磨かれた鉄扇は、観賞用と言っても良いほどだ。
少し重いが、振れないわけでは無い。
手にも馴染む。
「あんちゃんにはぴったりだろ。頑丈さは折り紙付きだ。身を守るのにも当然、そして攻撃力もなかなかだぜ」
「攻撃力?」
「ああ、ちょっとした仕掛けがあんのさ」
クジンがスナップを効かせて手首を捻ると、先端から針のようなものが射出された。
「あの麻痺針は射程距離が大体一○メートルってとこだが、かなり強力な代物だ。人間なら数分間は動くことができなくなる。血とか苦手そうなあんちゃんでも扱える武器って訳だ」
使い方を考えればかなり強力だ。
誰かが来るまでの時間稼ぎにもなるし、場合によっては囲まれても対処出来るかもしれない。
この鉄扇は、考え得る限り最上の答えなのかもしれない。
「それと、あんちゃん。そろそろ戦なんじゃねえのか?」
「なんで知ってる?」
「うちはそういう情報には敏感でな、何人か集めて待機してたんだが、お呼びがかからねぇからよ、あんちゃんに着いていくかって事になったんだよ」
「確かに傭兵団を雇うのは禁止されてないが、そもそも隠密での敵大将の撃破だぞ? 沢山来られても困るんだが」
実際は身内だけで行こうとしていたのだが、クジンがその気なら着いてきてくれるのは有難い。
だが、最近傭兵団使いすぎじゃないか? とも思っていた。
「ま、最終的に決めるのはあんちゃんだ。数は揃っていると覚えてもらってりゃそれでいいが、出来れば早めに返答が欲しいな。あの地震以来、救助活動とか各地の治安維持の仕事がひっきりなしでな、あのタコみたいなのが出たら一般人じゃ手に負えねぇだろ」
「そうか……どれくらいなら待てる?」
「三日だ」
意外と時間はない。現在の戦力は自分を含めて五人。
隠密といったが、十人くらいは欲しいと思っていたハルはある事を思いついた。
「じゃあ二日後、ちょっと催し物をしよう。そこで自分で見て決める」
「催し物? 一体何をする気だ?」
「何、戦争のカモフラージュを兼ねて、ちょっとした武闘大会でも開こうと思ってな。勿論帝には許可を貰うし、優勝者には賞金も出そう」
「成る程、傭兵団に所属してない一般の人や旅人も参加できるんだろ?」
察しがいいな、と笑みを返す。
今思いついた武闘大会は、人材発掘も兼ねている。めぼしい人材がいれば、自陣に引き入れればいいなという打算もある。勿論スパイ等は警戒するが、それはシャルに目を光らせておけば大丈夫だろう。
「分かった。今回の作戦にぴったりのやつを、自分の目で見て決めてくれ。じゃ、取り敢えず手の空いているやつには声掛けとくぜ」
「ああ、頼む」
ただ、参加するのが傭兵団だけなのはちと面白くない。
ハルは急いで都中を奔走するのだった。
◇セティ視点◇
ハルの屋敷のセティの部屋で、セティは窓から庭園を眺めてポケーっとしていた。
やる事がない。ハルは宮殿へ出頭し、シャルは気付かれないように尾行。付き合いたてのルアンとスピカはレイミーのところへ行った。
ルアンとスピカの仲睦まじい間に入るのは気が引け、着いていくわけにもいかず、特にすることがなかったセティは今のようにポケーっとするしかなかった。
「はぁ……嫌な仕事を回されてなきゃいいけど……。ハルはすぐにサボろうとするし」
何もしていないときはいつもハルのことを思ってしまうのだが、それ自体セティは自分では気づいていなかった。
なんとなく視線を上に投じると、そこには一羽の鳥。
ただの、どこにでもいるタカだ。
だがそのタカを目に捉えた瞬間、セティはバッと起き上がり、窓の枠に頭をぶつけた。
「ったたた……」
頭をさすりながら、指を回してタカを呼ぶ。
タカの脚には木の筒に入った文書が巻かれている。
セティはそれが目に入り、故郷からの手紙だと確信したのだ。
「私を見つけるの大変だったでしょ〜」
タカを撫で、文書を開く。
手紙には身内の話や、他愛ない世間話が書かれていたが、最後の文を見て顔を引きつらせた。
『都の帝に謁見す。それに際し、ライラとリブトを遣わす、二人もお前に逢いたがっている。都でも案内してやれ』
「ま、まさか……ライラ姉様と、リブト兄様が……」
嬉しいといえば嬉しいが、二人は今の状況をどう見るだろう。
男が所有する屋敷に住んでいるこの状況を。
「まずい……特に私に対して特に過保護なあの二人が……まずい」
思わず手に力が入り、紙をクシャっとするが、そんなことはもはやどうでもいい。
「姉様たちの性格からして、恐らくもう既に出発してる……時間稼ぎは無理!」
紙とペンを取り出し、できるだけ丁寧に返信を書き、タカの脚に着いた筒に入れて飛び立たせる。
もはやバレるのは時間の問題だ。
「姉様たちがハルの存在を知ったら……」
想像するだけで寒気がする。なんとかしてごまかさなければ。
位置はタカが案内するだろうから、今更レイミーの宿に行っても遅いだろう。
「私が外に連れ出すか、ハルが外に行くか……いや、ハルは仕事で屋敷にいる可能性が高い……かな? なら私が外に連れ出すしかない。でも、姉様たちの性格からして、〝私が住むところに値する屋敷か!〟って屋敷の中を探索しかねない……ううん、確実にやる。あの人たちならやる」
余談だが、セティの故郷では娘の恋人への辺りが強い風潮があり、その傾向は歳が離れているほど強い。つまり、親もさることながら、娘のようにかわいがってきた妹の恋人ともなると弄りたくてたまらなくなるらしい。
ハルは恋人という訳では無いが、それは受け取る側がどう見るかで話は一八〇度変わってくる。
狂信的な程のシスコン兄と全く話の通じない姉は、間違いなくハルに攻撃を仕掛けるだろう。
比較的常識人な母がいなければ収集が付かなくなるほどに。
ハルは天上人。つまりこの都、引いては国全体における要人だ。そういうことを問題にするような人ではないと分かってはいるが、どこかから噂が広まる可能性もある。噂が広まってしまえば、国際問題になりかねない。
さすがに他国の使者としてくるならそこら辺の常識は分かっていると思うが、妄信的な程のシスコン兄と全く話の聞かない姉の事だ、警戒しておかねばならないだろう。
自分の対応では戦争に発展しかねないこの状況に、セティはプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「ハル達にそれとなく話して協力してもらった方がいいかな。多分シャルが我慢できなくなるだろうし、屋敷で姉様たちが暴れるとロクな事にならないのは目に見えてる。それだけは絶対に避けないと」
セティは再び窓枠に頬杖をつき、ため息がちに呟いた。
「……憂鬱だなぁ」
〜三三日経過〜
次回はできれば、できれば日曜日くらいに上げたいと切に願う。




