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滅ぶ世界、綴られる世界  作者: ホロー
Ⅲ・時代の戦争
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凱旋

「見えてきたッスよ、あれが都直轄の港町ポーレン。到着ッス。ふふふ、やっぱり驚いてるッスね、船が無事に到着してるから当然ッス」


「そうですね。フルステリアからだと、早馬でも四日は掛かりますから、情報が来ていない分動揺も大きなものでしょう」


 エドラとスピカの何気ない会話を聞きながら、ハルはポーレンを眺めた。


 白を基調とした建物が多く、なかなか幻想的な港町。船は停泊しているが、動く気配は無いが整備はされていたようで、出航は問題なく出来そうだ。

 港にそびえ立つ灯台が、この港町の存在を強調するかの様に圧力にも似た存在感を感じさせる。


 エドラが船を停泊させると、集まってきた人々から拍手喝采が送られた。フルステリアの国旗が掲げられていることから、航海を成功させたのだと理解したのだ。

 船から降りたエドラは、早速質問責めに遭っていた。大方、船乗り達は怪物が出現しない航路を見つけたと思っているのだろうが、真実は知る由も無いだろう。


 そろそろ助け舟を出してやろうかと仮面をつけたところで、エドラが慌てた顔をしてハルに詰め寄った。


「ちょちょちょ! ハル様! なんであの人がいるんスか!? 聞いてないッスよ!?」


「…………? 何をそんなに」


 指を指す方向をみると、船に上がってくる人物が見えた。

 ローブの様な服を着た、中性的な顔立ちの男。目は閉じているが、ハッキリと物の在り方等が分かっているようで、的確な足運びでハルの眼前まで歩み寄ってきた。


「お久しぶりですね、ハル殿」


「喋るのはこれが初めてだよな……こっちはあんたの名前を知らないんだ」


 ハルはその人物に見覚えがあった、セティ達も正体を知っているようなので、口を挟まずにいる。


「ああ、これは失敬。私とした事が、自己紹介を忘れていました」


 男は閉目したまま、懐から鳥の羽で出来た扇を取り出し、頭を下げる。その一連の挙動には、何人も立ち入れない空間を作り上げているような気さえした。邪魔をすれば死ぬ。そんな予感がし、背に冷や汗が垂れる。


「帝直属の軍師、天上人が一人、ロカ・クウレンです。ロカでもクウレンでも好きに読んでくれて結構です」


「天上人が一人、ハルだ。よろしく、ロカ」


 二人は握手を交わす。

 すると辺りから「おお」というどよめきが走る。どうやら普段は姿を偲んでいる天上人同士が会うことなど、あまり無い機会なのだそうだ。


「貴方がフルステリアに向かったと言う情報は知ってましたが……船に乗って帰ってきたということは、何らかの功績を上げてきたのですね」


「ああ、海に住んでた怪物は死んだ。他にあんな奴がいないのであれば、海はもう安全と言えるだろう」


「それは素晴らしい」


 ロカはまるでそれが分かっていたかのように、冷静に驚いたような素振りを見せる。

 そして天上人のハルが言い切った事によって、ポーレンの船乗りや漁師が、諸手を挙げて喜んでいるのが分かる。


 その後、海の安全を各所に知らせる為に、ロカは灯台の方へと向かっていった。どうやって知らせるのかは見当もつかないが、めんどくさいことが自分に回ってこなくて良かったと心の底から思った。思っただけなのだが、セティに溜息を吐かれた。解せん。


 傭兵組が手早く馬車の用意を済ませ、ハル達は都への帰路に着いた。


 ◇


「ふふ……ふふふふっ……」


 灯台の中にそんな妖しげな笑い声が響いていた。


「やはり、本物。あれは、あの人は……本物のアイスマン。古の時代の生き証人」


 机にかじりつくように、山と置かれた書類を寸分違わず仕上げていく。

 その様は正確無比な機械のようだ。


「あんな紛い物共とは違う、本当の〝持たざる者〟。それ故に刻印の力を全て引き出すことのできる、使役者」


 瞬く間に書類を終わらせ机の隅に追いやり、入れ替えるように取り出したのは一冊の古い本。

 古文書と言う雰囲気がピッタリな本。表紙のタイトルにはただ『記録』と書かれているだけだ。


「あの人さえ、この刻印で取り込むことが出来れば……」


 ロカは愛おしそうに灯台の内壁を撫ぜる。


「この世界すら、僕のものに」


 この発言を帝を最上と考える天上人やその上の人物が聞けば、すぐさまなんらかの罰が下るだろうが、生憎ここには誰もいない。


「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい……」


 ロカは自らが世界の王であるという妄想を夢想し、血走った目を剥いて狂ったように叫び続けた。欲しいものを手に入れる為の子供の駄々とは一線を画す、禍々しさすら感じる欲望の渦。

 荒れ狂っているロカの脳内は、欲望を発散できているという証拠の快感が支配していた。もはや人では無い、奈落の如き深く暗い執着心が生み出した獣。


「あれは、僕の物だ」


 取り繕う意味も無い灯台(空間)の中で可能な限りの暴虐を尽くす。

 誰も立ち入ってはならない灯台には、もはや原型を留めていない動物達の死骸が、無惨に置かれている。そして翌日には綺麗さっぱり消えているのだ。

 まるで、樹木が養分を吸うかの如く、灯台に吸われるように。


 ハル達は……いや、この世の誰も知らなかった。

 この出会いが、近い未来。都を二つに分かつことになるとは。


 ◇


 日が傾きだした頃、ハル達は屋敷の前に到着していた。


「今回ばかりは流石に死ぬかと思ったが、無事に戻れて何よりだ」


 クジンが肩を回しながら呟くように言った。その姿から、先の戦いから数日が経っているとはいえ、それなりの疲労感が見て取れた。クジンの場合は訓練のし過ぎだと思うが。


「ああ、今回は助かった。また何かあったら頼むからな」


「おう、あんちゃんの頼みならどこへでも着いていくぜ」


 握手をしようと、手を伸ばすが、ふと見た時にはクジンの姿が正面から消えていた。


「……あれ?」


 ハルがクジンを探して横に目をやると、何かに組み付かれて身動きの取れなさそうな状態のそれが目に映った。

 よくよく見ると、その物体は少女であることが分かった。


「……ランか?」


 その少女はピクッと肩を揺らすと、まるで幽鬼の如き足取りで立ち上がり、こちらへ迫ってくる。

 完全にホラー映画とかで出てくる怪物や幽霊の類だ。ハッキリ言ってあのタコよりも怖い。


「私の兄上を数日も振り回した罪、万死に値する。死ね」


 ランの目にはハイライトが無かった。完全に病んでらっしゃる。


「ちょ、待っ」


 ノーモーションで苦無を投合。セティやシャルが介入してこないことから、実際に殺す気で投げているわけでは無いと判断できるが、正直止めに入ってほしい。

 必死になって避け続けるハルに満足したのか、ランは投合をやめて再びクジンに這い寄る。猫撫で声でスリスリと密着するランを取り敢えず放置し、乱れた服装を元に戻して屋敷へと帰還した。


 ◇


 その夜。溜まっている仕事を確認しようと帳簿を開くと、見知らぬ字が書き足されていた。

 誰かにいじられたとしか思えないが、わざわざいじる理由がないのだ。

 そう判断出来たのは、仕事が溜まっていなかったからだ。

 ブルールが財務をしている時にも同じ文字が度々入っていることがあった。


「天上人とは違う、裏で本当の財務を担っている人間がいる、か」


 こちらとしてはおおいに助かるが、少々心臓に悪い。


「一応その正体だけでも突き止めておくか」


 仕事が溜まっていない事で少し上機嫌になったハルは、船旅の疲れもあったのかそのまま熟睡した。


 〜三二日経過〜


「呼び出し? 帝からか?」

「はい。明朝、使者が来られまして、我が君に伝えてくれと」

「何かやらかしたか……?」


 怒られる要素はない……ということは安心していいのか? と疑り深く考えるが、分からない事をいつまでも考えていても結局は分からないままだ。


「何かあるとしても褒美の類だろうか?」

「分かりかねます」


 ハルは流れるように上質な羽織ものを着せに来るシャルに抵抗せず、着付けを任せ、セティに一言断ってから馬車で宮殿へと向かった。




 宮殿内、謁見の間。そこには人はほとんどおらず、いるのは天上人のノラとエガルテ、そして遠目で顔はよく見えないが、帝の影の前に立つ二人の男。


「控えろ」


 片方の男が声を張る。

 叫ぶでなく、誰かに話しかけるように発せられた言葉がそのまま増大したような声に、ハル、ノラ、エガルテは膝を付く。


「まずはハルよ、此度の討伐。ご苦労であった」

「……ありがたきお言葉」


 ゆっくりと話す帝の言葉が途切れてから、一拍おいて礼を言う。


「本来ならば褒美をとるところだが、しかし今は状況が好ましく無い」

「……と、言いますと?」

「その方だけでなく、ノラとエガルテを呼んだのは、対処して欲しいのだ」


 ノラとエガルテが顔を上げ、傾聴を続ける。


「この都を脅かす蛮族が最近勢力を増して進行中である。この私に牙を向けることがどれだけ愚かな行いか、思い知らせるがいい」


 そう言うと、帝の影が消え、帝の側についていた二人の男が降りてくる。


「今回の騒乱は民には知らされていない。だが、噂の出どころ全てに蓋をする事は出来ない。注意しろ」


 首から深紅の勾玉をかけた長髪を束ねた男が見下しながら放つ。

 ハルはこのタイミングで既に目の前の男たちと天上人の力関係を悟った。

 こいつらは遥か上の存在だと。


「今回の総指揮はノラが取れ、それと、都の衛兵は出せん。各々の私兵で事に当たれ。以上だ」


 腰から無骨な剣をぶら下げた男が言い終わると、勾玉が紅く光り、その光が収まる頃には二人の姿が消えていた。


「さて……今回の戦に先駆け、各地で諜報を行なっていた某の人員から連絡があった」

「蛮族の数は」

「およそ十二万程。某とエガルテの私兵を合わせたとしても半分にも満たない程だが」

「ちょっと待て、自分は私兵なんていないぞ」

「無論知っている。手伝ってくれる者がいることもな」

「……ああ、そういうことか」


 ハルは理解した。

 今回の戦において、ハルたちの役目は敵の首魁を討ち取る事。その為の少数精鋭。

 ハルの周辺事情を理解した上での人選。


「といっても、ハル殿の役目はまだ先。某達はこの平原を主戦場にすべく、戦を誘導する。戦が本格的に始まれば、首魁も出てこらざるを得なくなるだろう」

「戦までは正味どのくらいだ?」

「十日程だろう。それまでは何をしていても構わん」


 エガルテもノラも特に異論は無いらしく、ただ頷く。


「それでは某達は出兵の準備がある。会議は以上だ」


 ◇


 会議を終え、ハルは一人で都の大通りを歩く。

 これだけ人が多いと、この都が世界の中心だという事を理解させられる。


「それにしても、戦か……」


 否が応でも見ることになるのだろう。死という現象を。


「一番良いのは、誰も死なないことなんだけどな。味方も、敵も」


 そういう訳にはいかない。それは分かっている。

 話し合いや他の事ではどうにもならないから戦を行う訳で、人史とは戦さの繰り返しなのだ。一人の人間に、歴史の流れを変えられるわけがない。

 勝てば正義を手に入れ、負ければ悪に堕ちる。


「はぁ……」


 憂鬱に思わずため息が出る。


 前を向かずに歩いていると、小さな衝撃を感じた。


「たたた……」

「あ、すまん。大丈夫か?」


 ハルはぶつかって転倒している少女に手を伸ばす。

 ネコ科のそれっぽい尻尾を携えた少女は、ハルの手を取って起き上がり、コロッと笑った。


「前見んと走っててごめんな〜。堪忍してな」

「いや、こっちも前を見てなかったからな。お互い様だ」

「こんな人通りの多いところで前みーひんって、お兄さん、何か悩んでるん?」

「お兄さん? ……まあいいか」

「うちでいいなら相談に乗るよ?」

「……いや、遠慮しとく。見ず知らずの人に聞かせる話じゃないからな」

「そうけ? ん〜振られてしもた〜」


 再びコロッと笑みを浮かべると、少女は走り去っていった。


「……帰るか」


 そうしてハルは帰路に着く。

 その少女と出会った時の小さな棘が、胸に引っかかるような違和感を拭えぬまま。

かなりあいだがあいてしまってすいません。

これからまた上げていく予定です。

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