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01



トラックのクラクションの音が響き渡る。


歩道は赤信号なのに、トラックが突っ込んでくるとはこれ如何に。

いや、赤信号だから突っ込んでくるのか。


そんなくだらないことを考えながら、僕はトラックに跳ね飛ばされた。


───トラックの運ちゃん、信号無視してごめんなさい。



気がつくと、僕は見知らぬ部屋にいた。

壁は汚れ一つない白で染め上げられていて、どことなく神聖な雰囲気が漂ってくる。

……のだが、それは目の前の女性によって打ち砕かれた。


「うぉぉおおおぉぉおお!? 美男子キタコレええぇぇぇ!!」


最初に思ったことを素直に述べるとするならば、なんだこのキチガイ、僕だってここまで発狂しないぞ、だった。


叫び終えた女性は、白目を剥き、そのまま後ろへとひっくり返った。

ピクピクと痙攣したように動く手足がなんとも哀れだ。


トラックに轢かれ、目覚めれば、神聖な雰囲気が漂う真っ白な部屋にいたことから、異世界転生を期待していたのだが、この様子を見る限りその可能性は無さそうだ。


「……この人、どうしよう」


通常であれば、女性を抱き起こし、気付けをするのが正しいのだろうが、先程の様子を見た僕にそんな勇気はない。


しかし、真っ白な壁に出入口らしきものは見当たらないため、この女性を起こすしか手がかりはない。


恐る恐る女性に近づき、その顔をそーっと覗きみる。


「うわぁ……」


余りの惨状に、思わずそんな声を漏らしてしまう。

白目を剥いたままの瞳は、興奮からか限界まで見開かれていて、口からはヨダレと思われる液体が伝っている。


───もう既に近寄りたくない。


しかし、僕だって男だ。

意を決して彼女にジリジリと近づき、極限まで伸ばした足で腹部をつつく。


つんつん、つんつん。


何度足でつつこうが、彼女の体は痙攣したように動くばかりで、一向に目覚める気配はない。

しかし、これ以上近づくのは身の危険を感じるので却下だ。


「……」


つんつん、つんつん。


無言のまま、何度も何度も腹部をつつく。


つんつん、つんつん。

ぴくぴく、ぴくぴく。


つんつん、つんつん。

ぴくぴく、ぴくぴく。


つんつん、つんつん。

ぴくぴく、ぴくぴく。


つんつん、つんつん。

ぴくぴく、ぴくぴ───


ガツンっ!


「ほぐえっ!?」


いい加減じれったくなった僕は、女性のスネを思いっきり蹴飛ばした。

その甲斐あって、彼女の目は覚めたようだ。

女性に対する行いとしては、好ましくないものだとは思うが、流石に、僕の姿を見て発狂して涎を垂らしながら気絶した人に、優しい行いをするというのは無理があった。


「いたい……この鈍い痛みは……破瓜の痛み?」


もういっちょ蹴飛ばしたくなるような妄言が聞こえたが、そこはなんとか堪えることができた。

仮にも、相手は一応女性である。

これ以上の無体な真似は、男としての矜持が許さない。


「ああ……君が私の初めてを貰ってくれたのね……」


ガツンっ!


「ほぐえっ!?」


前言を撤回しよう。これは女性ではない。

女性の形をした何かだ。

もしこれが女性だと言うのならば、僕は男としての矜持を投げ捨てよう。


冷たい瞳で彼女……いや、それを見下ろしていると、ノロノロと立ち上がり、言葉を発した。


「おお……美男子ハスハス……尊い……無理……しんどい……」


またもや前言を撤回しよう。

それは言葉というものを発することが不可能なようだ。

今の僕の視線は冷たいどころか、絶対零度まで低下していることだろう。


「あ、あっ。ご、ごほん!」


流石にまずいと感じたのか、身なりを整え、嘘くさい咳をして空気を切り替えようとしている。

もはや既に手遅れですけどね。


「私は女神イシュタル! 愛と美を司るものよ!」


……女神? これが?

確かに、容姿は絶世の美女といっても過言ではないほどに整っている。

輝くような金髪にスラっと通った鼻筋。

ふっくらとした唇は艶やかで、瞳は大きく宝石のように美しい光を兼ね備えている。

細すぎず太すぎず、出るところは出ていて引っ込むところはしっかりと引っ込んでいて、女性らしさが感じられる。


これが、女神か────などとは思わない。

確かに容姿は整っている。しかし、内面が酷すぎる。

ヒトを呼び出したかと思えば、雄叫びを上げ、白目を剥き、ヨダレを垂れ流した後に失神。

苦労の末に、ようやく目覚めたかと思えば妄言。

立ち上がったかと思えば人語を解さない。


これの……これのどこが女神なのでしょうか?

総合的に見れば、地球上にいる女性達の方が遥かに上だ。


そんな思いを視線に込め、じっと見詰めてやる。


「なっ、なによ……? そんな目で見たって、欲情なんかこれっぽっちもするんだからっ!」

「……はぁ」


己の体を抱きしめ、もじもじと内股を擦り合わせる自称女神様。

お父様、お母様、神は……神はおりませんでした。


深刻そうに溜め息を吐いてみれば、自称女神はシャンと背筋を伸ばし、真面目そうな表情を作った。

不意に、纏う空気が変化した。


「私はこの度、貴方を導くためにこの場へ現れました。貴方の死は予定に無いものであったがため、女神として見過ごす訳にはいかないのです」


ぞわり、と肌が栗立った。

彼女の纏う雰囲気は一変し、神々しく侵しがたいものになったように感じられた。

先程の知性の欠片もないものと同じ存在だということを信じることが出来ない。


平伏しそうになる体を押さえつけ、神に問を投げ掛けた。


「僕の死が予定になかった……? ならば、僕の死はそちら側のミスということですか?」


不評を買うことは承知の上だ。

しかしそれでも、問を投げ掛けるのを止めることが出来なかった。


「あら、平伏さないのね? ……ふふっ。流石は知識欲の子、と言ったところかしら」


慈愛の篭った微笑みを向けられたはずの僕は、その妖艶さに目を惹かれてしまっていた。

愛と美を司る女神、とは聞き間違いではなかったようだ。


「……そうね、こちら側のミスで間違いないわ。だからこそ愛の女神たる私は、貴方に恩情を与えに来たの。 貴方に、私の世界で生き直す気持ちはあるかしら?」


意識を切り替え、彼女の言葉の意味を考える。

───生き直す。つまり、彼女の世界でもう一度生を送ることが出来るということ。


───そんなの、一つしか答えはない。


「ありますっ!」


僕の返答に彼女はもう一度笑い、僕の頭に手を(かざ)した。


「では、良い人生を」


その言葉と共に僕の意識は遠のいていった。



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