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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
96/156

これまでのことと、これからのこと

「「かんぱーい」」


 からん、と、薄暗い部屋の中でグラスの触れ合う音が鳴った。

 飴色の液体が揺れ、二人の女性の口へと運ばれる。


 肩口で切り揃えられた桜色のショートカットと、ゆったりとした三つ編みに結わえられた若草色の髪が、朱色に点る灯に照らされている。

 雑多に資料の押し込められたいくつもの棚と、大型の印刷機。

 使い古されたテーブルには、紙とインク、削れた鉄の匂いが染み込んでいる。

 かたかたと震える窓の外には、世界を塞ぐような曇天と、強風に身を晒す葉の落ち切った木の枝。


「今回もお疲れさまでした~」

「久々に余裕の入稿だったわね~」


 メリィ・ウィドウの街に外の世界の情報を伝える新聞屋。

 その仕事場にて。

 記者のアヤと、編集者の女性―カズエが、打ち上げの酒盛りをしているのである。


「んー。流石、森国のお酒は美味しいわねえ」

「カズエさん、秘密にしてよ? この一本しか持って来れなかったんだから」

「分かってるって。輸出は禁止されてるんでしょ。この部屋を出たら、お口にチャック」

「ふふん。感謝してよね。ヒカリちゃんに気づかれないようにするの、大変だったのよ?」

「悪いお姉さんがいるわねえ」


 作業台をテーブル代わりにグラスを突き合わせ、互いに手酌でちびちびと飲み続ける二人の女性。

 つまみに置いた干した木の実を一粒、手の中で弄びながら、ほんのり紅潮した頬に手を突いたカズエが、呟くように言った。

「ヒカリちゃん、今日出発したのよね?」

 アヤが窓の外に目を遣りつつ、それに答える。

「ええ。朝早かったから、いつ出たのかは知らないけど」


 カズエもアヤの視線を追うように、冬の風が吹き抜ける大通りを見遣る。

「アヤちゃん、ヒカリちゃんの実家、行ったのよね? ヒカリちゃん、大丈夫かしら」

「大丈夫よ。大丈夫過ぎ。みんな、あの子のこと、大好きだから」

「そう……。ならいいんだけど」

「ヒカリちゃんもすっかり、メリィ・ウィドウの一員になっちゃったわねえ」

「そうね。うふふ」


 頬を緩めたカズエは、不意に口元を引き締めると、探るような目でアヤに向き直った。

「ねえ、アヤちゃん」

「うん?」

「これから、どうするの?」

「んー?」


 アヤはカズエの視線を横目で見ると、またすぐに窓の外へと視線を戻した。

「どうするって?」

「もう、契約は済んだでしょ?」


 カズエの目が、俯いた。

「今回の仕事で、カグヤさんへの借りは帳消しになったはずよね?」


 アヤの横顔が、困ったような笑みを作る。

「なんでカズエさんが覚えてるかなあ」


「忘れないわよ。今日で丁度、二年目」

「早かったわねえ。最初は、こりゃ厄介なおばさんたちに捕まっちゃったわと思ったもんだけど」

「うふふ。今でも覚えてるわ。『果物の世話も蚕の世話も、私には無理』って、マーヤさんとカグヤさん相手に正面から啖呵切って……」

「やめてやめて。いいでしょ。こうしてちゃんと自分の仕事見つけたんだから」

「そうね。『こんな新聞しかないなら、私がもっと面白いこと書いてあげるわ』、よね?」

「もおお……」


 くすくすと、静かに笑い声が響く。


「ま、そうね。潮時っちゃ潮時かな。あんま一つ所に長くしてると、実家に見つかっちゃうし」

「アヤちゃん……」

「ま、ま、ま。今日の明日出てくってこともないわよ。マーヤさんにも相談しなきゃ」


 とくとくと酒を注ぐアヤを、カズエは少し沈んだような顔で見つめ、やがて何かに気づいたように、はっと顔を上げた。


「アヤちゃん!」

「え?」


 思わずアヤの手が止まる。


「それ、5杯目よね。私まだ3杯しか飲んでないの。ちょっと待って。ずるいわよ。半分こでしょ」

「あああ。はいはい。今日は飲みましょ」

「ええ。勿論。おつまみは一杯あるからね」


「「かんぱーい」」


 朱色の灯を透かしてグラスが光を零し、ふうわりと、飴色の酒の香りが舞った。


 ……。

 …………。


 ヒカリとジンゴが聖都に到着した、翌日。

 ヒカリはとある茶屋の奥まった一室で、四人の同窓生たちに囲まれていた。


「はい……。はい。どうぼ、すびばせんでした……」


 涙目で、囲みこまれていた。


「ほんっとにアンタって子はいっつもそう。いっつもいっつもいっつもいっつも危ないことばっっっっっかりして」

「私らがどんだけ心配したか分かってんの? それなのにアンタときたら全っ然便りもよこさないで!」

「『みんな久しぶり~』じゃないってのよもう。相変わらず可愛いわねえ!」

「この頬っぺたか! このぷにぷにの頬っぺたが悪いのか!」

「あうあうあう」


 前回聖都にいた時はほぼ軟禁状態で外出も出来なかったヒカリが、今回の帰省に合わせて前もって同窓生の一人と連絡を取っていたのだ。

 報せを受け取った同窓生はすぐさま回状を放ち、それに応じて都合のつけられた四人は、待ち合わせに普段御用達の茶屋(個室が多く、内緒話には最適である)を指定した。

 何も知らずにのこのことやってきたヒカリは、哀れ四人の手に捉えられ、問答無用で最奥の一室に押し込まれたのである。


 やがて、雨霰と降り注ぐお説教と全身を捏ね繰り回す手にヒカリが青息吐息となった頃、ようやく若い女性騎士たちはヒカリを解放した。


「みんな、本当、ありがとね? みんなが、コノエ家に嘆願書送ってくれたんだよね」

 すっかり小さくなり、目元を腫らしたヒカリが上目遣いにそう言うのを聞いて、全員の頬が赤く染まる。

「な、何言ってんのよ。当たり前でしょ」

「そうよ。アンタが危なっかしいのなんて、いつものことなんだから」

「私らが助けるのだって、いつものこと、でしょ?」

「うん。…………うん。みんな、いっつも助けてくれて、ありがとう」


「やめて、やめて。調子狂うなぁ。分かったわよ。もうおしまい。それよりヒカリ、あんた大丈夫なの、処分の方は?」

「うん。全然平気だよ。一年間減俸なんて、私、別にお金使わないし」

「ええ?」

「でも、生活品とか……」

「ううん。大概は街のみんなから分けてもらえるし。食費もそんなにかかんないし」


「へえ。……えっと、『メリィ・ウィドウ』、だっけ?」

「すごい田舎なんでしょ?」

「全然だよ。確かに都みたいなお店はないけど、別に生活に不自由することはないし。ご飯は美味しいし。街のみんなもいい人ばっかりだし」

「ヒカリにかかると、みんないい人になっちゃうからなぁ」


 呑気な様子のヒカリに苦笑する一人の横で、別の少女の目がきらりと光った。

「いい人。……成程、『いい人』ねえ」

「え?」

「ヒーカーリー。何か私たちに、報告するべきことがあるんじゃない?」

「え? え?」

「聞いたわよー? ツグミから。まさかあのヒカリにねー。先越されちゃうとはねー。お姉さんショックだわー」


 ヒカリの顔が真っ赤に茹で上がった。

「ち、ちがっ。ちがうちがうちがう。あの、あの。別に私、ヨル君とはまだそういうんじゃなくて!」

「はーい、お名前頂きましたー」

「はうぅ!?」

「成程、ヨル君ていうのねー。噂の吸血鬼君は」

「………え!?」


 その、何気なく漏らされた一言に、ヒカリが固まった。

「か、カナデ? え? 何で、ヨル君のこと、知ってるの?」

 混乱するヒカリに、カナデと呼ばれた少女はきょとんと首を傾げる。

「え、何でって……」

「みんな知ってるけど」

「ナナカまで!?」

「あ。あー。ヒカリ。ひょっとしてアンタ、アレ、知らないの?」

「ふえ?」

「ハズキ様よ」

「ハズキさん!?」


 何でも、あの秋の日、ハズキはヒカリだけでなく、メリィ・ウィドウの街のことも詳しくレポートとして報告をしたのだという。

 かねてよりメリィ・ウィドウの街に吸血鬼が住み着いているという噂は密かに知られており、サイオンジ派の貴族たちからは、ヒカリを攻撃する恰好の口実となっていた。

 その噂の真偽を確かめる、というよりは真として確定させるのが、ハズキに与えられた任務の一つであったのだ。


 ハズキは務めを果たした。

『確かに、メリィ・ウィドウの街には吸血鬼が一人棲みついている。一人だけ(・・・・)、棲みついています。私は街の住人全員に当り確認致しました。かの吸血鬼は、街の中にあって眷属を全く作らず、街の民と共生しています。保有する魔力も微々たるものであり、聖騎士の脅威にはなりえない。寧ろ、現状、街の民と良好な関係を築いていることを鑑みれば、こちらからこの個体を攻撃する意義はないものと思われます』


 この報告は、はっきり言って貴族たちにとって満足のいくものではなかった。しかし、それと同時に提出されたヒカリに関する報告(ヒカリの能力が通常の任務の遂行に対し著しく欠如している云々)と併せて、それを当のコノエ家が支持し承認したことから、この件に関しては有耶無耶のまま流されることとなったのだ。


「ハズキさんが……」

「だから、聖都の聖騎士の間ではもう常識よ。メリィ・ウィドウの街には、サイオンジ家の令嬢から直々に無害認定された吸血鬼が棲んでいる、って」

「それで私たちも、嘘でしょ、って思ってツグミを問い詰めたのよ。そこでまあ、色々とね? 聞かせてもらったってわけ」

「そ、そうだったんだ。……あれ、そういえば、今日はツグミ、来れなかったんだね。私、ツグミにも直接お礼、言いたかったんだけど……」

「あれ、アンタ、それも聞いてないの?」

「ええ?」


「ツグミなら、自分から地方の駐留任務に志願して、今はアタゴの街にいるわよ?」

「駐留、任務……? 志願して? え、でもツグミ、ずっと聖都で働くのが夢だったって……」

「まあ、あの子にも心境の変化があったんでしょ。誰かさんのおかげでね」

「え、私のせい!?」

「それは分かんないわよ。でもねえ、あの子が出発する前日、みんなで壮行会開いてあげたんだけどね?」

「『久しぶりに本気になったのに、あっけなく失恋しちゃった』、って」

「えええ!?」

「そしてぇ? そのお相手はぁ?」

「ヒーカーリーのー?」

「あうぅ、話が逸らせないよぉ……」

「あったりまえでしょ。覚悟しなさい。こっから第二ラウンドだから」

「今日は日が暮れるまで帰さないからね」

「ふええぇぇぇん」


 ……。

 …………。



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