家族の団欒
「そういや、ヒカリ。カツミさんに頼まれた木材の買い付けはどうなった?」
ぱち。
「ばっちりです。多分明日か明後日には届くと思います。あ、伝票はカツミさんに渡してますよ」
ぱち。
「ああ。ならいいんだ」
ぱち。
「木材って、マルセラさんのとこの修繕の? なんでわざわざ森国から」
ぱち。
「ええっと、何だったかな。確か……」
ぱち。
「俺が何度注意しても魔道具を点けっぱなしにして寝るせいで壁面が侵食されているのだ。金毘羅檜でも使わなければまともに修繕出来ん」
ぱち。
「あぁ~。マルセラさんも相変わらずねぇ。……あ、それポン」
「ちっ」
「ああ! 飛ばされちゃいました……」
「うふ。ごめんね、ヒカリちゃん」
手作りの炬燵を囲み、四人の人物が向かい合って座っていた。
ヨル。
ヒカリ。
アヤ。
ジンゴ。
炬燵の天板はひっくり返され、緑色の布地を貼られた面を見せており、その上に牛骨を四角く削った牌が並んでいる。
ジンゴが自分の手元に並んだ牌から一つ選んで中央に置いたそれを、アヤが向かいから手を伸ばして取る。
それを見たジンゴの眉根が、深い皺を刻んだ。
「待て。おい、何故お前がそれを二枚持ってる」
「え? 何故って?」
「さっき俺が一枚捨て…………貴様河拾ったな!?」
「なーんのことかしらねー」
「ふざけるなよ。おい、罰符だ罰符」
「ジンゴ。現場を押さえなきゃ無理だ」
「おのれ……おいヨル。覚えてるだろうな」
「ああん? しょうがねえな。この局だけだぞ?」
「ふん。よし、チーだ」
「ちょ!? コンビ打ちは駄目でしょ!?」
「何のことだ?」
「まあまあアヤさん。お互い様でしょ」
「あ、私リーチです」
「ひ、ヒカリちゃん? 大丈夫なの?」
「ふえ? はい。大丈夫ですよ。三つずつ。三つずつ。……そっか、千点棒ですよね」
「いや、この状況でリーチかけんなよ……」
「おい、ヨル」
「はいはい」
「うむ。チーだ」
「あ、ごめんなさいジンゴさん。それロンです」
「なに!?」「はぁ!?」
「えへへー。一発ですよ、一発」
「う、そだろ。スジ引っ掛け? おいヒカリ。お前麻雀やるの初めてとか言ってなかったか?」
「?? はい、実際にやるのは初めてですけど……。あの、すいません。これ何点ですか?」
「跳満だよ……」
……。
………。
昼間。
クラフティの甘い匂いで満ちていたジンゴのアトリエに、所有者本人が顔を出した。
すっかり炬燵の力に取り込まれ、顔を蕩けさせていたアヤは珍しく突っかかることもなくジンゴを迎え入れ、ジンゴは訝し気な顔で余っていた一辺に入り込み、クラフティの最後の一切れを摘まんだ。
しばしのんびりと茶を啜っていた所、真四角のテーブルを四人が囲んでいるその光景を見たアヤが、ぽつりと呟いたのだった。
「これってさ、……アレできるんじゃない?」
ヨルとジンゴは顔を見合わせ、やがてその意図を察してにやりと笑った。
何が何だかわからないヒカリを他所にヨルが天板をひっくり返すと、深緑色の布地が張られた裏面が現れる。さらに隣の部屋からジンゴが持ってきた箱の中身を見て、ヒカリの目が輝いた。
「家族麻雀ですね!」
「いやいや、ヒカリちゃん。家族って」
「えー、いいじゃないですか。家族ですよ!」
「複雑な家庭環境だな……」
「ヨル。点棒を配れ」
「はいはい」
こうして、ボロ長屋での麻雀大会が始まったのだった。
「うぅん。進まないわねえ」
「新聞屋。二度は見逃さんからな」
「ふふん。な・ん・の・こ・と・か・し・ら~」
「アヤさん! 次、あれやって下さい。燕返し!」
「え~、あれは流石に無理よ~」
「「ヒカリ……」」
「ロンです。二千点」
「ちょっと。あと二手で満貫だったのに! 安上りしないでよ!」
「あ、欲しかったの、ヨル君が二個持ってたんですね! ずるいです!」
「えええ」
「次からクイタン禁止だから」
「ええええ」
「ジンゴさん。お団子集めてます?」
「うむ。スーピンをくれ」
「えへへ。持ってないで~す」
「ほのぼのしすぎでしょ……」
「ロンだ。新聞屋」
「はあ!? 全っ然言ってること違うじゃない! ざけんな!」
……。
…………。
そして、日も暮れて。
冴え冴えとした十日夜の月が、雲一つない夜空に浮かんでいた。
真白い光に照らされた夜の道は手元に明かりの必要もなく。
ただ二組の足音が、のんびりと石畳を叩いていく。
「それにしても、こっちの世界にも麻雀があったなんて、びっくりですね」
「俺はお前のドラ爆にびっくりだよ」
「私、牌に愛されてるのかもしれません」
「また訳わかんねえことを……」
麻雀の結果は、ヨルの一人負けであった。
ペナルティとして全員分の晩飯を用意させられたヨルは、現在ヒカリを自宅まで送っていく道の途中である。
しんしんと冷えた空気に、二人の吐息が柔らかな蒸気を上げる。
もこもこに着ぶくれたヒカリが、鼻の先を赤くしてヨルを見上げた。
「楽しかったですね、ヨル君」
「ん。まあ、そうだな」
「またやりましょうね」
「おう」
正面を向いたままのヨルの口元に柔かな笑みが浮かんでいるのを見て、ヒカリもまた、相好を崩した。
「ヒカリ。来週里帰りするんだって?」
「あ、はい。年末は帰るって、約束ですから」
「いつ出発だ?」
「ええと、今度製糸工場の大掃除を手伝うので、それが終わったら出発するつもりです」
「そっか」
不意に、ヒカリの足が止まった。
気づかずに一歩先に進んだヨルが振り返ると、そこに、上目遣いにこちらを見上げるヒカリの、何かを躊躇ったような顔がある。
「ヨル君は、その……」
「俺は、帰る場所がねえんだ」
「え?」
ヒカリの問いに先んじて発されたヨルの言葉に、ヒカリが戸惑いの声を上げる。
「それって……」
「戦災孤児、ってやつらしい。気づいた時には何だかよく分かんねえ連中に売りもんに出されてて、何だかよく分かんねえ連中にいつの間にか買われてた。で、買われてまもなく買い主が傭兵団に壊滅させられて、今度はそいつらにもらわれた。それが『夜明けの酒樽』だった。俺は、こっちで俺を生んだ親の顔も知らねえんだ」
「そう、だったんですか……」
ヨルの口元には、変わらず微笑があった。
「最初、前世の記憶を思い出した時はふざけんな、って思ったよ。ウルの野郎、何が『気楽に生きてみろ』だよ。滅茶苦茶ハードじゃねえか、ってな。
けどさ、最近分かったんだ。気楽に生きるってのは、楽して生きるって意味じゃないんだな」
「ええ?」
「何ていうのかな。気持ちの問題なんだろうけどさ。俺もこんな性分だから、『静かに暮らしたい』ってのは、なかなか難しいみたいなんだけど。それでも、『気楽に生きる』ってのは、何だか出来てる気がするよ」
ヒカリが、一歩踏み出した。
再び、ヨルの隣に立ち、歩き出す。
「ヨル君は、生まれ変わって、好かったって、思いますか?」
ヨルも歩きながら、それに答える。
「ああ。好かったよ」
「そっか……」
二つの影が、並んで歩く。
「私も……」
「あん?」
「私も、好かったです。この世界に来れて。この街に来れて。それに……」
「それに?」
「…………内緒です」
飲み込んだ言葉が、ヒカリの頬を熱くした。
少し、俯いて。
やがて小さな石造りの家が見えるまで、二人はそれきり無言で歩いた。
ただ月影だけが、それを柔らかな光で見下ろしていた。
……。
…………。
「そういやジンゴ。あんたもヒカリちゃんに着いてくの?」
「ああ。聖都に用事があるのでな」
「あんまこういうこと言いたくないんだけどさ。あんた、ハズキのことちゃんと考えてんでしょうね?」
「何故お前がハズキのことを気にするのだ」
「うっさいわね。女の仲を詮索すんじゃないわよ」
「ならば、お前も余計な詮索をするな」
「ねえ。私、割とマジで言ってるんだけど」
「…………ちゃんとかどうかは知らんが、何も考えてないわけではない。それ以上は言えん」
「あっそ。ま、ならいいわ」
「分からん奴だな」
「お互い様でしょ。で、用事って何、また何かよく分かんない仕事?」
「いや。私用だ」
「へえ?」
「長いこと、貸しっぱなしにしていたものがあるのでな」
「あっそ。帰りは?」
「さあな」
「曖昧ねえ」
「……」
「何よ」
「いや。そうだな。曖昧だ」
「はあ。ハズキがかわいそ」
「だから、何故お前が……」
……。
…………。




