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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
93/156

対決の日

 そして、翌日。

 

「こ、こたつだー!!」


 メリィ・ウィドウの街の外れに建つボロ長屋に、ヒカリの声が響き渡った。

 ジンゴの所有するアトリエの、その中央。

 縁のついた真四角のテーブル台から、濃茶色の布団が伸び広がっている。


 手に風呂敷包みを提げたままのヒカリが、目を輝かせてそれに駆け寄った。

「ホントにこたつだ! こたつですよ、ヨル君。こたつ!」

「おう」

 苦笑混じりのヨルが見下ろす中で、ヒカリは躊躇いもせずにその中に足を入れた。


「すごい! あったかい! ちゃんとあったかいです!」

 すっかり興奮したヒカリがばしばしと天板を叩くのを見て、ヨルは少し気まずそうに頬をかいた。

「いや、その、一応出来たには出来たんだけど、ちょっと色々上手く行かなくて……」

「えー? ちゃんと出来てるじゃないですか。あったかいですよ。ほら、ヨル君も入りましょうよ」

「いや、だから……あんまり魔法紋が綺麗に出来なくって……あと水平もちょっと……」

「ふへぇ~。幸せですぅ~」

「…………まあ、いっか」

 躊躇いの言葉を微笑と共に消し去って、ヨルもまたヒカリの対面で炬燵に潜り込む。


「で、お前の方はどうだったんだよ、ヒカリ」

「え??」


 ヨルの問いかけに、蕩けた表情のヒカリが固まった。

「え、じゃねえよ。何さり気なく包み隠してんだよ」

「い、いや、隠してないですよ? 別に隠してないですとも!」

 対面のヨルに目線を合わせないまま、ヒカリが自分の背後に押しやっていた風呂敷包みを、おずおずと炬燵の上に乗せる。

 その包みを開けようと結び目にかけた手が躊躇うように固まった。

 ヒカリの目が、あっちこっちに泳ぎながら瞬きを繰り返す。


「どうした?」

「いや、あの、あのー、ですね? 一応、作るには作ったんですけどね? き、期待しないでくださいね?」

「分かった分かった」

「ホントですからね? 駄目ですからね?」

「いいから見せろって」

「ああっ!」


 素早く包みを手繰り寄せたヨルが、追い縋るヒカリの手を躱して包みを開けた。

 内側の耐熱布をさらに解く。

 すると、そこに—。


「え?」


 黄金色の花が、咲いていた。

 真白い陶器の深皿に、薄くスライスされたリンゴが、渦を巻くように並んでいる。

 その一枚一枚の背に残った赤い皮は香ばしい焦げ色。

 所々に覗くレーズンの粒からはブランデーの香り。

 それに混じって、小麦、シナモン、バター、微かな苦みを予感させるブラウンシュガー。

 まだ幾ばくか残る熱が、冷えた空気に柔らかな湯気を上げる。


「これ、お前が作ったのか……?」

「あ、あうぅ……」

 ヒカリの顔がみるみる赤く染まっていく。

 ヨルは愕然とした顔で、目の前のクラフティを見下ろす。


「いや、これ………………すげえじゃん」

 途中で言葉を見失いながら、なんとかそれだけを紡ぎ出したヨルの声に、ヒカリの肩がびくりと揺れる。

「いや」

「いや?」

「いやいやいやいやいや。そういうのいいですから。分かってますから。大丈夫ですから。お世辞とかいいですから。ホントいいですから」

「俺がお前にお世辞言う訳ねえだろ……」

「それは言って下さいよ!」

「何でキレてん……あー、何だ、ヒカリ。取り合えずこれ、食べていいか?」

「は、はい。()うぞ……」


 風呂敷に一緒に包まれていたナイフで八等分にクラフティを切り分け、自分とヒカリの分の皿にそれぞれあける。

「いただきます」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 ヨルの手を、目に薄っすら涙を浮かべたヒカリの声が遮った。


「何だよ……」

「や、あの。私的にはですね? 上手くできた方だと思うんですけど。やっぱりその、カグヤさんとかと比べるとまだまだっていうか」

「いや。いいって。取り合えず食ってみるから」

「だからその、何度も言いますけどあんまり期待しないでほしいっていうか」

「わかったって」

「ホント、いいですからね。感想とか言わなくていいですから。分かってますから」

「食いづれぇなぁ、もう!!」


 その時。


「やっほー! 来たわよー! 私にもちょうだーい!」

 

 がらり、と勢いよく引き戸を開けて、桜色の髪がはためいた。


「「アヤさん!?」」

 ヨルとヒカリが固まる。


「おお。ちゃんと出来てるじゃない。やるわね、ヒカリちゃん。どれどれ私もお一つ……」

「ああ!」

「美味しい! え、これホントにヒカリちゃんが作ったの!? すごいすごい。私が作るより美味しいわよ、絶対。うわー」

「あ、……はい。ありがとうございます……うぅ」

「んん? そういやこの変な卓袱台は何、布団がくっついてんの? へー。いいわね、あったかそ……って何これ!? ホントにあったかい! え? どうなってんのこれ。……あ。発熱の魔道具! へぇ~よく出来てるわねぇ。これヨル君が作ったんでしょ? すごいじゃない。もう曖昧屋なんか要らないわね」

「いや、そんなことは……」

「?? 何よ、二人して変な顔して…………あら?」


 そこで、ようやくアヤは、ヨルの前に置かれたクラフティが、まだ一口も欠けていないことに気づいた。

 ヒカリが何のために自分の取材にくっついていき、カグヤのキッチンを借りてこのお菓子を作ったのかを思い出し、改めて自分の取った行動の意味を考えた。

 つう、と、冷や汗が一筋。 


「あ、ああ~…………………ゴメンネ?」


「ぷふっ」

「あっはは」

 ヨルとヒカリが同時に吹き出した。

「ちょっと、何よ、二人して」

「あっははははは」

「い、いいんです。いいんですよ、アヤさん。ほら、ヨル君も、早く食べてください」

「お前が邪魔してたんだろうが」

 すっかり綻んだ表情で、ヨルが改めてフォークを掴む。


 今度こそ、香ばしい一口を頬張り。

 その目が大きく見開かれる。


「うまい!」


 そのシンプルな感想に、ヒカリも破顔する。


「えへへ。よかったです」

「ありがとな、ヒカリ」

「はい!」


 その名の通りに、光り輝くような顔で、ヒカリが笑った。


 ……。

 …………。


「こりゃ、随分派手にやられたなぁ」

「オロか。何しに来た」

「何ってお前さん、見舞いだよ。ほれ、我が君から」

「……すまんな」

「おうおう。素直で宜しい」

「茶化すならすぐに帰れ」

「そう言いなさんな。……被害は?」

「第三が一人、第四が五人、やられた。それと、第六が一人行方不明だ」

「そりゃあ…………こう言っちゃなんだが、よくそれで済んだな」

「我が君は、末端の眷属でも我が子と同じに心配される方だ。第五以下は全員即時に避難させた」

「賢明だ。お前さんさえよけりゃ、ウチのしのぎを、しばらく分けてやってもいいが……」

「いや。そこまで世話になるわけにはいかん。申し出には感謝しよう」

「はは。そう言うと思ったよ。まあ、あんまり肩肘張りなさんな。あとはウチでやっとくよ」

「オロ」

「あん?」

あれ(・・)はヤバい」

「あれ?」

「俺は油断などしていなかった。並みの戦力でないことは一目見て分かった。それでも、あれはこちらの予想を更に上回っていた……」

「おいおい。脅かすねぇ」

「気をつけろよ、オロ。お前といえど、まともにやり合えば危ういぞ」

「くひっ」

「おい!」

「ふひひひひひ。そうかぃそうかぃ。んんん。まあ、取り敢えずはその、行方不明とやらの第六の子を探すとしようかねぃ」


 ……。

 …………。


「馬鹿な、見つからないだと!?」

「は、はい。痕跡を辿りましたが……」

「ぬう。戦闘自体は記録できたのだろうな」

「はっ。交戦した相手は、真祖カルミラの第二世代の眷属、ギムリと呼ばれる個体の群れに間違いありません」

「『鬼公子』か……流石にまだ早かったな。全く、マサナの奴めが大人しく引っ込んでおれば事を急く必要もなかったというのに。どこまでも忌々しい男よ……」

「ギ、ギムリには、相当のダメージを与えた様子でした。ただ、早い段階で弱い個体を退けさせていたため、群れ全体へのダメージは軽微とのことです。一応、収穫は一つありましたが……」

「それは既に報告を受けた。その後は?」

「それが……両者の力の激突の余波に、観測班が耐えられなかったようで。気づいた時には戦場は蛻の殻であったと」

「全員罷免しろ」

「…………ぎ、御意」

「引き続き捜索にあたれ」

「はっ」

「ようやくここまで作り上げたのだ。こんなところであれ(・・)を失うわけにはいかん……」


 ……。

 …………。


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