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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
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始まりは林檎のクラフティ

 空気が、張りつめているのである。

 薄く空を覆う引き延ばされた綿のような雲を透かして、南天から陽が指している。

 降り注ぐ鈍色の光はそれ自体が冷気を持つように、メリィ・ウィドウの街全体を、芯から凍えそうな寒気で包み込んでいる。


 時折微かな風が流れる街の大通りを、曖昧屋・ジンゴが歩いていた。

 かつ。かつ。

 底の厚いブーツは石畳を踏む度、乾いた空気に硬質な音を響かせる。

 傍目には何の獣で作られたものだか伺い知れないファー付きの外套を首元まで留め、革の手套には、複雑な文様の入った酒壺を提げている。

 その足取りは心なし速く。

 吐息が、規則正しく白い蒸気となって後ろ髪に溶けて消えていく。


 やがて通りの一角にあるクリーム色の建物の前で足を止めると、濃茶に塗られたドアを開ける。

 からん、と、温かみのあるベルの音と共に。


「おや、ジンゴ君。いらっしゃい」


 めし処『ハイビ』の美貌のマスター・ミシェルが、ジンゴを出迎えた。


 ……。

 …………。


 今日は、月に一度のメリィ・ウィドウ男子会。通称『秘密のお茶会』の日。

 今回ジンゴは元々参加する予定ではなかったが、街の外部から依頼された魔道具の納品が思ったよりも早く済んだため、アトリエを貸してほしいというヨルの代わりに飛び入りすることになったのである。


 外と壁一つを隔てた室内は、別世界であった。

 赤々と燃える暖炉。

 テーブルには暖色のクロス。

 既に漂っている酒精の匂い。

 先にテーブルに着いていた中年男たちからの声に、ジンゴは無言で酒壺を掲げて応じると、それぞれ持ち寄ったボトルの山にそれを置き、酒盛りに加わった。


「お? ミシェル。なんでえ、そりゃ」

「何が付いてんだ?」

「ふふ、これはね―」

「チョウチンか。珍しいな」

「流石ジンゴ君。知ってたか」

「獣国の珍味だろう。よくこれだけ手に入ったな」

「ああ。ほら、ユサカの街から貰った鶏なんだけど、誰も引き取り手が付かなかったから、僕が貰ったんだ。ちょっと贅沢だけど、偶にはいいかな、って」

「お、おい。それ、その玉のとこまで食えるのか?」

「当然だ。食わんのなら俺が貰うぞ」

「あ、てめえ! 二本はずるいだろ!」


 湯気と酒精が溶け合い、暖かな部屋に満ちていく。

 外界の厳しい寒さを忘れるように、男たちの酒盛りは続いた。


 今日は酒に加わるつもりはないらしいミシェルは、厨房とテーブルを絶えず行き来し、ときたま雑談に加わりながら料理と空き皿を入れ替えている。

 やがて用意していた料理を出し終え、男たちの持ち寄った酒瓶もあらかた空になると、ミシェルは熱い湯気の立つマグカップを皆に配り、自分もエプロンを外して席に落ち着いた。


「へえ、ヨル君が自分で魔道具を」

 故郷のハーブティーを啜りながら、ミシェルが対面に座ったジンゴに興味深げな視線を向ける。

 それを聞いた男の一人が話に口を挟んだ。

「なんでえ、ジンゴ。おめえが手伝ってやりゃいいじゃねえか」

「あやつが自分一人で作りたいと言ってきたのだ」


 ぶっきらぼうにそれに答えるジンゴに、ミシェルが苦笑する。

「それで、どんな魔道具を作るつもりなんだい?」

「さあな。暖房器具のようだが……」

「はあん。まあ、こう毎日寒くっちゃあなあ」

「ヨル君は、魔道具の技師でも目指すのかな。確かに、便利屋ってだけじゃ、よその街でたつきを立てるってわけにもいかないしねえ」

「あん? なんだ、ヨル坊。街を出るつもりなのか?」


 それを聞いた周りの男たちも、話に加わり出した。

「おいおい。そりゃ困るよ」

「あいつがいてくんなきゃ、誰が女衆のご機嫌取るってんだ」

「けどなあ。ここは元々、将来ある若者が居つくような街じゃあねえ。あいつだって、ジジ臭えこと言っちゃあいるが、いつ外の世界に目を向けたって可笑しかねえわな」

「ふうむ」

「ジンゴ。おめえ、何か聞いてねえのか」


 水を向けられたジンゴが、鬱陶しそうに答える。

「俺が知るか。しかし、今回のことだけについて言うのなら、別に大層な理由があるわけではあるまい」

「へえ?」

「何でそう思うんだい?」

 数人が身を乗り出して続きを急かしたのを見て、ジンゴは大したことでもないように、マグを啜りながら言った。


「どうせまた、ヒカリと一悶着あったのだろう」


 ……。

 …………。


 かり。

 かり。


 窓を閉め切った薄暗い室内に、硬質な音が小さく響いている。


 かり。

 かり。


 簡素な作業台に置かれた薄い金属板の上で、先の尖った鉄筆が、赤い光を引きながら文字を刻んでいく。

 指先の布が切り取られた手袋をつけた細い腕が、赤く光る筆を器用に操り、金属板に文字を彫っているのである。

 手元に置かれた燭台の炎はちらとも揺るがず、ただ黙々と進められる作業を仄かな明かりで照らし出している。


 やがて、金属板の端に、最後の文字が彫り込まれると。


「あ~~終わったぁ……」


 桜色の髪を揺らし、筆を放り出したアヤが大きく伸びをした。

 手袋を外したアヤが首を回して凝り固まった肩を解すと、丁度部屋の扉が開き、盆の上に湯気の立つ湯呑を持った人族の女性が入ってきた。


「あら、いいタイミングね。お疲れ様、アヤちゃん」

 若草色の髪の女性はアヤの前に湯呑を置くと、仕上がったばかりの元版をチェックしていく。


「相変わらず綺麗な字ねえ」

「ふい~。まあ、淑女の嗜みとやらの一環ね。ホント、こういう時は親に感謝だわ」

「じゃあ、取り敢えず刷ってみるわね」

「おねがいしまーす」

「はあい」


 そう言った女性が、元版の金属板を別の作業台の上の木枠に嵌め込む。

 女性の目と、綺麗に切りそろえられた爪が白い光を帯びると、金属板がそれに呼応し、うっすらと光を放つ。

 やがて光が消えると、女性は金属板の下に半紙を滑らせ、木枠に備え付けられたローラーを転がした。


 半紙を取り出し、刷り上がった紙面を見て、満足そうに頷く。


「はーあ。いい加減誰か自動筆記の魔道具とか開発してくれないかしらねえ」

 湯呑を啜りながらそんなことを言うアヤに、若草色の髪の女性が笑って答えた。

「あはは。そんな御伽噺みたいな。大体、この印刷機だって、昔に比べたら大分便利になったのよ?」

「でも、白魔法使える人限定でしょ?」

「この街ならそれで困らないわ」

「まあねえ」


 お互い気のない会話を挟みながら、若草色の髪の女性が次々と半紙を刷っていく。

 アヤはそれを、頭上に張られた紐に一枚ずつ提げて、乾かしていく。


「そういえば、この記事にある森国の新作スイーツ。美味しかった?」

「私は好きよ? タルト・タタンよりは簡単に作れるしね。でも、凝り性の人には物足りないかも」

「あはは。じゃあ、カグヤさんには不評かもね」

「分からないわよ? 今、ヒカリちゃんがキッチン使わせてもらいに行ってるから。また春の時みたいに、町中いっぱいになっちゃうかも」

「あらやだ。でも、ヒカリちゃんはなんでまた?」

「ううん。それがねえ。よく分からないんだけど。今回の取材、ヒカリちゃんも一緒に着いてきたでしょ? このレシピを紹介された時に、『これだ! これなら私にも!』とか言って急に張り切っちゃってさ。何でも自分一人でお菓子を作りたいとかで……」

「へえ。どうしたのかしら」

「さあねえ。まあ、あらかた予想は着くけどねえ」

「うん?」


  首を傾げる女性に、アヤが苦笑混じりに答えた。


「どうせまた、ヨル君と一悶着あったんでしょ」


 ……。

 …………。




毎度拙作に御アクセス頂き、誠に有り難う存じます。

一月近く間が空いてしまいましたが、更新休業中も日に何件かの御アクセスを頂きましたこと、重ねて御礼申し上げます。


今後も更新は不定期になるかと思いますが、取り合えず本日は計三回の投稿を予定しております。


今後とも宜しくお願い致します。

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