誰が為に戦う
本日三話目です。
未読の方は77部からどうぞ。
「どういうことだ!」
メリィ・ウィドウの街の、マーヤの仕事部屋で、ヨルが満身創痍のジンゴに掴みかかっていた。
「ち、ちょっとヨルちゃん」
「落ち着いて?」
周りの女性が、おろおろとそれを宥める。
ヨルの眼は、とっくに赤く濁っていた。
「何が羊の毛皮だ。お前最初っから、ヒカリを嵌めるのが目的だったってことじゃねえか!」
「ふん。白澤羊の毛皮をモンドが求めたのは本当のことだ。それについての報酬も既に貰っている」
「そういうこと言ってんじゃねえんだよ!」
ヨルの手に力が入り、ジンゴの身を揺さぶる。
ジンゴが顔を顰めた。
「っ~。……お前に何か、損があるか?」
苦し気に息を吐きながら、ジンゴが問う。
「ああ?」
「大してものの役にも立たん小娘一人いなくなったところで、お前に何の損があるのかと言ったのだ」
その、瞬間。
「ひっ」「きゃ」「ひゃあ!」
その場にいた女性たち。
そして、離れた場所にいた、街の住人全員の背を、怖気が走り抜けた。
暗く、冷たい淵に、魂を引きずり込むような寒気が。
「じんご」
ず。
ずずず。
ヨルの艶なしの黒髪が、ずるずると伸びていった。
緋色の眼が、大きく見開かれる。
噛み締められる口から漏れる吐息には、血の香りが。
「コレ以上、俺ヲ怒ラセルナ」
部屋の女性の一人が尻餅をついた。
かろうじて立ったままの女性たちも、膝ががくがくと震え、口元を手で押さえている。
椅子に座ったマーヤだけが、厳しい眼で、二人の遣り取りを見守っている。
ヨルの異形を受けて、それでもジンゴは、顔色を変えなかった。
「ならば、ヒカリのためを思えばどうだ」
「何だと?」
ジンゴが息切れを交えながら、それでも迷わずに言葉を紡いでいく。
「春の森で、夏の里で、そして、今回の山で、あいつが何度死にかけた? あいつが普通の聖騎士ならば、この街での任務に何の危険もない。だがあいつは、ヒカリ・コノエは、明らかに普通の聖騎士ではない。いや、それどころか、この世界に生きるどんな人間とも違う」
「……どういう、ことだ」
「聖騎士が民を守るのは税収を得るためだ。傭兵が魔獣を倒すのは報奨を得るため。いずれも己が生きるための手段だ。仕事と己が命を比べれば、当然命を取る。しかし、ヒカリは違う。あいつは人を助けるために、平気で己が命を擲つ。
枯れた桜の木がどうした。自業自得の里の民が何だ。一人で勝手に飛び出した間抜けな吸血鬼を、どうしてあいつが命を懸けて助ける必要がある」
ジンゴの襟を掴むヨルの腕の力が、緩んだ。
「いずれあいつは、命を落とすぞ」
「…………」
「このまま聖騎士の仕事を続ければ、あいつは必ずまた己が命を擲つ。今まではたまたま大丈夫だった。この次も大丈夫かもしれん。だがその次は? 次の次はどうだ。また同じように、あいつの命が助かる保証がどこにある?」
「…………」
「あいつが生き方を変えん以上、あいつから聖騎士の任を取り上げる以外に、あいつの命を救う方法はない。このままコノエ家に戻れば、それなりの家格の男に嫁ぐか、婿を貰うか、いずれにしろ安全な家の中で平穏な暮らしを得るだろう。
ヨル。お前があいつの身を案じるのならば、ヒカリの幸せとやらを願うのならば、大人しく――」
「……関係ねえよ」
ぽつり、と呟かれたヨルの声に、ジンゴの言葉が止まる。
「なに?」
「関係ねえよ。あいつの幸せなんか。俺には関係ねえ」
「ほう。ならば――」
「シズクさんちの庭の手入れ」
「……何だと?」
「冬に入る前にやっとかなきゃいけねえんだ。けど、俺じゃ庭木の間に上手く入れなくってさ。あいつ小さいから、いると助かるんだ」
「何を言っている」
「サラさんとこの犬も、すっかりあいつに懐いちまってさ。もう俺の言うことなんか聞きゃしない。ハバキ食堂も、鵬文亭も、すっかり利用者が増えちまって。もうあいつがいないと回んねえんだ。シャオレイさんはヒカリが言うとちゃんと薬飲んでくれるから、最近じゃ大分具合もいいし、ハジメさんは酒の量控えてくれるし」
「…………」
ヨルの語りに、今度はジンゴが沈黙した。
「この街には、アイツを必要としてる人がいる。アイツは必ず、それに応える。アイツは、ヒカリは、そういう奴なんだよ。なら俺は、それを支えてやる。それが、俺の役目だ」
「しかし。それではまた――」
「死なせねえよ」
「…………」
「アイツは俺が守る。この次も、その次も、そのまた次も。あいつが誰かを助けるために命を張るなら、俺がそれを守ってやる。何度でも。何度でもだ」
「それが、お前の役目だからか?」
「違う」
ジンゴの眼が細められる。
ヨルの緋色の双眸が、真っ直ぐにそれを見据えた。
「俺がそうしたいと、願うからだ」
数秒、時が流れる。
ジンゴは静かに目を閉じ、息を吸った。
「その言葉に、偽りはないか」
鋭い眼光が、ヨルを射抜く。
ヨルもまた、緋色の眼でそれを見返す。
「俺には、人の心が分からん。お前が本心からそう答えているのか、この場だけの虚勢を吐いているのか、判断がつかん。だが、もしその言葉が真であるなら、まだ方法はある」
「方法……?」
「ヒカリを連れ戻す方法だ」
「出来るのか」
「俺には出来ん。お前がやるのだ、ヨル」
「俺が……?」
「お前にはもう一度、死に目にあってもらう」
周囲の女性たちが息を呑んだ。
「ちょっとジンゴ、どういう――」
「大丈夫ですよ、ミリヤさん」
身を乗り出した魔族の女性を遮って、ヨルが柔らかく微笑む。
そして、終始座りっぱなしだったマーヤに向き直る。
「マーヤさん。すみません、帰って来て早々なんですけど……」
苦笑いのヨルに、マーヤもまた、苦笑で応じた。
「しょうがないねえ」
「……はい」
「いいよ、ヨル。行っておいで」
「ありがとう、ございます」
かつ、と、ジンゴが松葉杖を突き、ヨルに向き直った。
「ならば、直ぐに支度をしろ。目指すのは聖都だ」
「おう」
「まずは、コノエ家の屋敷に乗り込む」
こうしてヨルは、再びメリィ・ウィドウの街を出たのだった。
……。
…………。
「ジンゴ君、大丈夫かしら」
「流石に悪いことしちゃったかしらねぇ」
「ふん。さっきも言っただろ。自業自得だよ」
「そりゃマーヤさんは真っ先に殴り掛かったから……」
「私なんか最後の方だったから殆ど無傷の場所なくって、遠慮しちゃったわ」
「いや、あんた竹刀で思いっきりど突いてたじゃない……」
「あの足折ったの、シャオレイさんよね?」
「ミシェルじゃなかった?」
「ミシェルは腕だよ」
「ああ……」
「カグヤさんは凄かったわよね」
「ちょっとやばい音出てたもんね」
「ヨル君より先に死に目に合ってたわよね」
「まさか本当に住人全員からやられるなんてねぇ」
「アイツがそう言ったんだ。仕方ないだろ」
「ううん……」
「まぁ、アヤちゃんがいなかっただけマシだったかしらね」
「それもそうね」
「ほら、あんたたち、仕事に戻んな。カグヤさんにどやされるよ」
「はあい」
「やれやれ。どうなることやら……」
……。
…………。
「教官、大変です!」
「……分かっておる。こちらにも先ほど、知らせが届いた」
「まさか、ヒカリ・コノエが……」
「お前、このことを既に口外したか?」
「いえ。ですが、恐らく相当の範囲に話は広がっているようです。今更……」
「そうか……」
「教官。ヒカリ・コノエは、確かに未熟な生徒でした。しかし……」
「分かっておる。あいつほど聖騎士らしからぬ……いや、誰よりも聖騎士らしかった生徒を、私は一人しか知らん」
「教官……」
「今回のことは、我らの未熟が招いたこと。私から、あの方に話を持っていこう」
「宜しく、お願い致します」
「うむ」
……。
…………。
「ちょっと、どういうことよ、ツグミ!」
「あんたあの子の助けに行ったんじゃないの!?」
「ごめん! ごめんなさい。でも、あの時はこうするしかなかったの!」
「はあ!?」
「お姉さまが何を言おうと、サイオンジ家はヒカリを追い詰めるつもりだった。だから、早いうちにヒカリを聖都に戻して、第二支部に匿う予定だったの!」
「ええ?」
「いや、でも」
「こんなはずじゃなかったんだよ。本当は、継続的な指導が必要だから、って理由で、お姉さまの隊に置いて、周りの眼を誤魔化すつもりだったの。どの道ヒカリに権力志向なんかないもの。どこに居たって、聖騎士として働けるなら、ヒカリにとっても悪くない話のはずよ。サイオンジ家の令嬢の下にヒカリが就いてしまえば、もう政治的にはヒカリを持ち上げる術はない。それで丸く収まるはずだったのに……」
「じゃあ、なんでヒカリが除籍処分なんて話になってんのよ!?」
「分からないのよ! 最初は、モンド様もお姉さまの案を受け入れてくれたわ。なのに、監査委員の場で、何故か、コノエ家から横槍が入ったのよ。身内の不始末を他家のものに押し付けるわけには行かない、って……」
「そんな……」
「じゃあ、ヒカリは実家に……」
「あれからジンゴさんには連絡がつかないし。もう、どうなってるのか……」
「と、とにかく、私たちに出来ることをしましょう!」
「え?」
「嘆願書よ! コノエ家に話を聞いてもらわなきゃ」
「そ、そうね」
「同期のコたち全員に連絡取るわよ。まだ処分は確定してない。今なら間に合うかもしれないわ」
「分かった。私、第三支部に行ってくる」
「私は第六ね」
「頼むわよ、みんな!」
「ヒカリ……」
……。
…………。
毎度拙作に御アクセス頂き、誠にありがとう存じます。
今週の更新は以上となります。
少しダウナーな話でしたので、ちょっと盛り返す所まで一気に投稿してみました。
今後とも宜しくお願い致します。




