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いつもと違う旅

 月の赤い夜であった。

 満月を過ぎ、いくらか身を細めた月が、大気に漂う砂塵の影響で赤く染まっているのである。

 宵の口。

 一面芥子色の平原に伸びる街道から少し離れた林の中で、月の光と呼応するような、赤々とした焚火が燃えていた。

 その周囲に、6つの人影がある。


「ヨルさん、器取ってもらっていいですか?」

「ああ、すいません、ツグミさん。全部やってもらっちゃって」

「いえいえ、そんな。お口に合うといいんですけど」

「ツグミは同期の中で一番料理上手だったんですよ、ヨル君」

「や、やだな、ヒカリ。実家が料理屋だっただけだってばぁ」

「へえ。聖都の料理はあんまり馴染みがないんですよ。よかったら今度教えてもらえますか?」

「!? は、はい! 私でよければ喜んで!」

「うふふ。よかったですね、ヨル君。可愛い女の子に手料理振る舞ってもらって」

「……ヒカリ。やめろ聖気が漏れてる」

「えー。そんなことないですよー。ほーら、ヨル君。私がよそってあげますねー」

「待て。おい。お前今聖気混ぜただろ。ふざけんな殺す気か、おい!」

「えー。やだなぁ、ヨル君。折角ツグミが作ってくれたのにー。食べない気ですかー?」

「ちょ、ツグミさん、助け……」

「えへへ。何がいいかなー。聖都料理といえば天麩羅だよね。それとも湯葉料理? うふふふふ」

「……」

「……」


「あいま……ジンゴさん。獣避け置いてきますから、頂けます?」

「??………ああ。四か所でいいだろう」

「ジンゴさん! 私、教会謹製の結界符を持ってます。こっちの方が―」

「不要だ」

「え!?」

「ちょっと、あ……ジンゴさん。それだけじゃ分かりませんよ。ああ、ハズキさん。この辺りは魔獣が殆どいないんですよ。どちらかというと魔力を持たない獣や虫に厄介なのがいるんです。ですから、陽のま……聖気よりは、普通の獣避けの方が有効でしょう」

「そうでしたか。すみません、ジンゴさん。私、獣国領は初めてで……」

「構わん」

「あー。と、取りあえず設置してきますね」

「いえ! 私が行ってきます! ついでに哨戒もしてきますので、どうぞごゆっくりしてらしてください!」

「あ、あはは。そう、ですか、それなら、お言葉に甘えさせてもらおうかなー」

「はい、行ってきますね、ジンゴさん! ツグミさん。ちょっと付き合っていただけるかしら?」

「…………」

「…………」


「「はあああ」」

 二人の聖騎士の姿が木陰に見えなくなると、ヨルとアヤが盛大に溜息を洩らした。


 椀によそられたスープを啜りながら、ジンゴが口を開く。

「おい、新聞屋。さっきから何だ、その気色悪い喋り方は」

 ぎり、と擬音が聞こえそうなほど顔を顰めて、アヤがジンゴを睨み付ける。

「あたしがあんたに懸想してるって誤解されてるだけで、こっちは鳥肌立ちすぎて飛んできそうなのよ! 精一杯他人行儀にしてるんだからあんたも合わせなさいよ!!」

「俺が人によって態度を変えたらそちらのほうが不自然だろうが」

「大体なんなのよ、あのお花畑女! 何か変な薬でもやってんじゃないの!? 全っ然話が噛み合わないんですけど! 何であんなの連れてきたのよ!?」

「太いパトロンの娘なのだ。無下にはできん。この仕事も、元はといえばサイオンジ家からの依頼だ」

「曖昧に断りなさいよ、いつもみたいに。……あ。ていうかあんた何私の本名ばらしてんの!? 実家に見つかったらどうしてくれんのよ!?」

「……それについては、素直に謝ろう」


「おいヒカリ。何怒ってんのか知んないけど、いい加減機嫌直せよ。ほら、生姜飴やるから」

「だから何でヨル君はそうやって直ぐお菓子を出してくるんですか! 頂きます!」

「食うのかよ」

「甘いものに罪はないのです」

「俺にもねえよ」

「いいえ、あります。ギルティです。ドラゴンインストールです」

「せめて日本語で説明してくれ……」

「カイ派ですか。そうですよね。ヨル君なんか8歳児を内縁の妻にしちゃえばいいんですよ」

「お前何言ってんの!?」

「つーん」


「ねえ、ヨル君。胃薬持ってない?」

「……どうぞ。水で飲んでください」

「あるんだ。用意いいわね」

「なんか、今回は必要になる気がして……」

「「はあああああ」」


 ……。

 …………。


 獣国領タンシャンはタンラー山脈の麓に位置する小規模な街である。

 特産品は牛や山羊の角細工。

 普段は人の行き来は少ない街だが、毎年この時期には白澤羊の狩猟目的で訪れる人たちで俄かに活気づく。

 メリィ・ウィドウを出た一行がタンシャンの街に到着したのは、出発から数えて6日後の午後のことであった。


「ああーーーやっっっと着いたぁ」

 乾いた空気の中で大きく伸びをしたのはアヤである。

「アヤさん。止まりきらない内に降りるのやめてくださいってば」

 御者台から手綱を握ったヨルが声をかける。

「お、市場はっけーん」

「アヤさん……」

 

 呆れた声を出しつつ、ヨルも初めて来たタンシャンの街を車上から見渡してみる。

 建物は全て石造りで、入り口の大門以外はあまり高くない。

 埃っぽい空気の中に、何処かの露店から漂ってくる甘い匂いが混じっている。

 街の外縁を半周するようにタンラー山から流れる川の支流が通っており、街の喧噪に混じって、さらさらと水音が聞こえる。

 獣国特有の、濃い色遣いの織物がそこかしこで風に揺れている―。


「おい、ヨル」

 しばし時を忘れたヨルに、車内のジンゴから声がかけられた。

「今朝話した通りだ。俺は一度町長の屋敷に行く。夕刻に合流しよう。他にも話を通しておく所が2、3あるのでな」

「了解。その間に宿を取っとけばいいんだな」

「ああ。この時期は臨時の宿が幾つか立つ。値段も質も似たり寄ったりだ。お前に任せよう」

「待ち合わせ場所はどうする」

「街の中央広場でいいだろう。市場に沿って歩けば行き着く」

「あいよ」


「じゃあ、それまでは自由行動ってことかしら?」

 こころなし浮かれた声でアヤが問いかけた。

「いいんじゃないですか? 宿は俺が探しときますから」

「よっし。ヒカリちゃん。一緒に露店廻らない?」

 馬車の窓から、ヒカリが顔を出す。

「はい! ツグミも行こう?」

「うん! ……あ、でも荷物-」

「俺一人で大丈夫ですよ。どうぞ、行ってきてください」

「いいんですか? じゃあ、済みません、お言葉に甘えて……」

「ジンゴさん。私はジンゴさんに着いて行きますね!」

「不要………いや。聖騎士が連れだと不都合な場所がある。俺一人の方がいい」

「そう……ですか。それでは、仕方ありませんね」


 結局、女性陣四人連れで街中を観光することになった。

 アヤの笑みが引き攣り、ヨルとジンゴが安堵したように溜息を吐く。

 早く合流してね、というアヤの低い声に適当な応えを返し、ヨルは馬を曳いて宿を探した。


「ふう」

 二人の聖騎士の姿が雑踏に消えたのを見計らい、ヨルの顔から血の気が失せ、本来の顔色に戻っていく。

「マーヤさんに血ぃ貰っといて正解だったな」

 そう独りごちるヨルに、言葉を返すものはいない。


 高い空を見上げ、深く息を吸う。

 獣人族の毛と汗の匂い。血肉の匂い。濃い味付けの料理の匂い。水の匂い。風の匂い。

 渾然となった街の匂いで肺を満たし、長く吐き出すと、いくらか気持ちも軽くなったような気がする。

 ヨルはここに至るまでの苦難の6日間に思いを馳せ、頭を振ってそれを払った。


(ハズキさんは何故か俺を監視してるし。ツグミさんは社交辞令が通じないし。ジンゴは頼りにならないし。アヤさんは禁酒して機嫌悪いし。ヒカリは、………謎だし)


 本当は一人で6人分の荷物を預かることに不満がないわけでもないのだが、それ以上に今は聖騎士3人から距離を取りたかった。

 同じく心労に神経を擦っていたアヤも誘って二人で宿探しをしてもよかったのだが、当の本人がイの一番に観光に行こうと言い出してしまったせいで、そういうわけにも行かなくなってしまったのだ。


(ちゃんと段取り決めておけばよかったかな。ちょっと悪いことした)


 心の中でアヤに謝りつつ、それとは別の所で、出来るだけゆっくり宿を取った上で、しばらく一人で街を回ろう、などと薄情なことをヨルが考えていた時だった。


「おい、ヨル。ヨルじゃねえか!」


 大通りの反対側から、大きな声が呼ばわった。

「え?」

 振り返ったヨルの目に、ぶんぶんと揺れる山吹色の尻尾と三角に尖った耳が映る。

「ガオ!」

 逞しい体つきのキツネ系獣人の男が、大きな手を振ってヨルの元に駆けてきた。

「何だよ、ヨル! また来たのかよ、嬉しいじゃねえかこの野郎!」

 ばしばしとヨルの背を叩く獣人の男は、大きな口を開けて呵呵と笑う。

「仕事だよ、仕事」

 背の痛みに顔を顰めたヨルも、少し声が弾んでいる。


「仕事だぁ? ひょっとして、白澤羊か?」

「ああ。まあな」

「おいおい。お前この前も仕事だとか言って結局タージンの篝火栗かっぱらってったじゃねえか。人族の癖によ! おかげで俺の面子丸潰れだよ畜生! 今度はお山の羊全部狩ってく気か?」

 ガオと呼ばれた男―ひと月前の『象追い祭り』で終始先頭に立って走り、最後の最後でヨルに逆転負けした男は、恨み節の台詞と裏腹に屈託のない笑顔でヨルの頭を叩く。

 思いがけない戦友との再開に喜ぶ気の良い青年に、ヨルもまた相好を崩した。


「宿探しだ? 何だ、丁度いいや。俺の親戚が宿屋だよ。2部屋くらい空いてんだろ」

「いいのか? 悪いな」

「気にすんねぇ。ああそうだ。ここは初めてだろ? 俺が案内してやら―」


「ガオ。何をしている」


 上機嫌で話すガオの上から、低い声が降ってきた。


「あ、兄貴……」

 冷や水を浴びせられたようにガオの声が縮こまる。

 そこに立っていたのは、長身のヨルをして見上げるほどの巨躯をした獣人の男だった。

 黒い丸耳。

 太い腕。

 鋭い眼光。

 重圧。


 思わず唾を飲んだヨルの頬を、冷や汗が伝った。


 ……。

 …………。


「あれ? この髪止め、こないだアヤさんが着けてたのじゃないですか?」

「うん? あらホント。うわ、しかもこっちのが全然安いし。うわー、ぼられた」

「ねえヒカリ。これ可愛くない?」

「あ、いいよツグミ! 似合ってる!」

「ホントね。髪の色によく合うわ」

「えへへ。よし、要チェックね」

「買わないの?」

「え、やだなー、アヤさん。後でヨルさんと来て、さりげなくアピールして買ってもらうんですよ。そうしたらそのお礼にー、また美味しい料理作ってあげてー、また次に買い物に行く口実を作ってー」

「あ、あああ。が、頑張ってねー……」

「全く、何を言っているのですか、はしたない。髪止めなど、髪が結わえればそれでいいのです。それを殿方を引き留める口実に使うなど、…………詳しく教えてもらえますか」

「い、いやー、あい……ジンゴさんは、あんまり女子の買い物には付き合ってくれないんじゃないかなー、なんて」

「つまり実践したことがあるのですね!? うう、やはり侮れません。ツグミさん、少し相談に乗って頂けますか?」

「いいですよー。その代わりお姉様にも手伝ってもらいたいことがありまして……」

「……」

「……」


(ヨルくうぅぅぅん、早く来てえぇぇぇぇぇ)


……。

…………。

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