表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/156

ブームが切り替わるとき

「そ、そんな……ジンゴさん。い、一体何が……」


 わなわなと震えるヒカリにジンゴが呆れた声を出す。

「只の正装だ」

「いや、でも、でもぉ!」

 何故かきょろきょろと辺りを伺い、半端に伸ばされた手が宙を彷徨う。

 いつも皺だらけ染みだらけの作業着で街中を徘徊し、会う時の半分は目の下に隈を作り、無精髭が当たり前、髪は常にぼさぼさで乱暴に頭の後ろで結わえるだけのジンゴしか知らないヒカリにとって、目の前に突如現れた映画俳優のような男は完全に別人だった。

 

(ていうかジンゴさん、ちゃんとしたカッコしたら滅茶苦茶カッコいいじゃん!!)

 

「今日の行く先がドレスコードのある店なのだ」

 すっかりフリーズしてしまったヒカリに、つまらなそうな声でジンゴが言う。

「み、お店……? 遠出ですか?」

「いや、明日の夕には帰ってくる。ああ、そうだ。ヨルに、例の件は明後日出発だと伝えておいてくれ」

「例の件?」

「そう言えば分かる」

「はあ……」


 そう言ったきり、ジンゴはヒカリたちに一瞥もくれることなく、すたすたと街の入り口へと歩み去っていった。

 それを茫然と見送るヒカリに、目に胡乱な光を灯したツグミが問いかける。

「ヒーカリー。何よ、今のダンディなオジサマは」

「はうっ」

 低い声音と共に肩に置かれた手に、ヒカリの体がびくりと跳ねた。

 思い出したのだ。

 養成校時代、次から次へと浮名を流した目の前の友人の性癖を。

 厨房の料理人、行商隊の若頭、流しの傭兵、etc、etc……。

 一体何人の中年男性が、彼女の上目遣いに陥落したことか。


「いやっ。あの、あのね、ツグミ。今の人は、その、ちょっと変わった人で。いや別に悪い人じゃないんだけどその、なんというか、迂闊に手を出すと火傷というか凍傷というか」

「ぷっ」

「?」

「あっはははははははは」

「ふええ?」

 腹を抱えたまま、ツグミがヒカリの肩をばしばしと叩く。

「何焦ってんのよ、ヒカリ。おっかしい」

「だってツグミがぁ!」

「大丈夫よ、シブメン趣味は卒業したから」

「ええ?」


 困惑するヒカリに、悪戯っぽい笑みを浮かべたツグミが、隣のハズキの腕に自らの腕を絡める。

「今の趣味はコッチ。ねー、お姉様♪」

「えええ!?」

 先ほどから、えええ、しか言えないヒカリである。

「……お姉様?」

 そこでツグミが、初めてハズキが、上の空でジンゴが歩み去った方向を見つめていることに気が付いた。

「あ、あのー」

 くいくいと袖を引っ張ると、ようやくハズキが我に返る。

「え、ええ。そうね。……いやそうじゃなくて。馬鹿なことを言わないでください、ツグミさん。ヒカリさんも真に受けないで」

「は、はあ」

「えと、お姉様、今の人が何か?」

「いえ、何でもありません。何というか、随分と洗練された格好をしていらっしゃいましたので。ええと、その……」

「あはは。確かに、この街じゃ浮いちゃいますね」

 ハズキが言い淀んだ先を察したヒカリが苦笑する。


「ていうか、普段はあんなじゃないですよ。もっとこう、ワイルドというか、気を使わない感じというかなんというか」

「あは。休日はだらけるタイプってやつ?」

「それそれ。それで、基本毎日が休日って感じで」

「あっはは」

「陰口はおやめなさい、ヒカリさん」

「はう」

 唐突に冷たい声に射抜かれ、ヒカリが固まる。

「品性が疑われますよ。それで、ヒカリさん。あの方はどういった方なのですか?」

「え。ええと、何というかすごく曖昧な方でして……」

「何よ、それ」

「うぅーん」


 その後、マーヤに会いに行くまでの道すがら、ヒカリはジンゴを含め、メリィ・ウィドウの街の住人について二人に語った。

 話せば話すほど次から次へと話題が出てくるヒカリの語りは、半年間、ヒカリが決して無為な時間を過ごしてきたわけではないことを、二人に十分伺わせた。

 そして当然、そうなると避けては語れない人物が一人いるわけで……。


「それで、そのさっきからちょくちょく出てくるヨル君、ってのはどんな人なのよ?」

「ふえ?」

「いや、ふえ? じゃないでしょ」

「全く、誉高い聖騎士が、いくら新米とは言え田舎町の雑用係の手伝いとは……」

「ざ、雑用係じゃないです! 便利屋ですよ!」

「何が違うのですか?」

「それは、その……」

「その怪しげな名前の少年も、大方何か後ろ暗いことがあって、この街に流れ着いたのでしょう。確かにこの街は、逸れものが身を隠すにはお誂え向きですしね。ヒカリさん。あなた好いように利用されてるんじゃ―」


「ヨル君はそんな人じゃありません!!」


「…………え?」

 急に声を荒げたヒカリに、ツグミとハズキがびくりと肩を震わせた。

「ひ、ヒカリ?」


「ヨル君は、そんな、誰かを騙すような人じゃないです。街のみんなに信用されてて、頼りにされてて、でもそれは、ヨル君が自分で信頼を掴みとったからで、それは、すっごい大変なことで、みんなそれを知ってるから、ヨル君は、街のみんなに好かれてて」

「え、ええっと」


「年上のお姉さんには愛想良くして可愛がられてて、でも私にはいっつもお説教ばっかりで、なんでもそつなくこなしちゃうから頼りになるし、でもそのせいで私のやることがなくなっちゃうし、人のこと散々馬鹿にしておいて急に心配してくるし、そのくせ自分は内緒で危ないことして心配かけさせるし」

「あの、ヒカリさん?」


「人にはお菓子の食べかす舐めるのみっともないとか言う癖に、自分は川海老の天麩羅の尻尾まで食べてるからそのこと言ったら何故か本気で怒り出すし。自分はちょいちょいお酒飲んでる癖に私には絶対飲むなとか言ってくるし。アヤさんが外行きのオシャレした時は普通に褒めてたのに私が服変えても何にも言ってこないし! ホント、酷いんですよ、ヨル君は!」

「………ええっと、つまり、酷い人、なんですか?」

「酷い人なんですよ!」


「誰が酷いって?」

「はう!?」


 滝のように流れ落ちるヒカリの声が、底冷えのする声で固まる。

 ぞくり、と。

 三人の背筋に悪寒が走る。

「「!?」」

 その感覚に慣れないツグミとハズキが弾かれたように後ろを振り返り。

「「…………ぁ」」

 それ(・・)を見て、言葉を失った。


「あ、あの。あの。あのですね。ヒロい。ヒロいと言ったんですよ。ヒーローみたいにカッコいいという意味です。やだなぁ、ヨル君。私がヨル君の悪口を言うわけないじゃないです……か……………え?」

 ぎぎぎ、と効果音が聞こえてきそうなほどぎくしゃくとした挙動で後ろを振り返ったヒカリが、今度こそ本当に固まった。


 墨を流したような艶なしだった髪は、さらさらと風を含み柔らかに揺れ、そこに見事な天使の輪が形作られる。

 いつもよれよれのワイシャツには当然のようにぴっちりと糊がかけられ。

 そして、何より。


「初めまして。ヨルといいます。ようこそメリィ・ウィドウの街へ」


 にっこり笑った、その顔。

 初対面の人全員に不気味と恐れられる青白い肌が、唇が、うっすらと桜に色づき、輝くような張りに満ちている。

「話は伺ってます。街の代表者がお待ちですよ。どうぞこちらへ」

「え、ええ。恐れ入ります」

 突如現れた絵に描いたような美少年を前にポカンと立ち尽くしていたハズキが、慌ててその後に着いて行く。

 それを見てツグミとヒカリも我に返り、一歩後ろに追いつく。


 一体何が起きたのか愕然としたままのヒカリが、隣を歩くツグミの様子がおかしいことに気付いたのは、街の行政所兼寄合所の建物の門を潜る直前だった。

「ねえ、ヒカリ」

「……ツグミ?」

 先ほどまで、同じようにぽーっとした顔で歩いていたツグミの目が、いつしか胡乱な光を宿している。

 ぺろり、と、舌なめずりを一つ。


「やっぱさ、恋愛は男女でするものだよね」

「ええええ」


 ……。

 …………。


 その日の夕刻。

 聖国領、ワカサの街。

 森閑とした老舗の高給料亭の個室にて、二人の紳士が向き合って座っていた。


「遠路遥々、よく来てくださいました」

「要件を聞こう。長居するつもりはない」

「そう焦らずとも宜しい。実は少し、困ったことになりましてな」

「いつものことだろう」

「はは。これは手厳しい。今回も、貴方の手をお借りしたいのですよ。曖昧屋殿」

「ふん」

「まあお聞きください―」

「その頼み事はひょっとして、今メリィ・ウィドウにいるお前の娘が関係しているのか?」

「……ほう」

「なあ、サイオンジ家の当主殿?」


 ……。

 …………。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ