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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
プロローグ
6/156

ヨル対ヒカリ

「おい、ジンゴ………気い失ってる」


 今日この日のためだけに魔国領とエルフ領まで遠征し、二日間まともな睡眠も食事も取らずに準備を重ね、最高純度に高められた緊張の糸を無残に断ち切られた男は、現実から目を背け、意識を手放すことを選んだようだった。


「離れなさいと言ったでしょう! その人に何をしたんですか!?」


 狩猟弓―陽光の色に光っている―を構えた聖騎士の少女―ヒカリが、じりじりとにじり寄ってヨルを問い詰める。

「いや、俺は何もしてな―」

「嘘です! 私、見たんですから、陰魔法でその人を襲おうとしているところを!」

「あああ……」


 確かに、先ほどの自分たちの姿を遠目から見たら、影を伸ばしてジンゴを捕らえようとしているようにも見えたかも知れない。

 ヨルは一先ず両手を挙げて少女に敵意のないことを示そうとする。

「いや、違うんだ。誤解だよ。俺たちは友人で、ただ一緒に釣りを―」

「友人の振りをして気を許してもらったところで血を吸ったのでしょう!? そうやって街の人たちを何人食い物にしてきたんですか!?」

「食い物……って、いや確かに街の人たちから血はもらってるけど、それはあくまで合意の上で―」

「出ましたね。『合意の上で』! その言葉を男の人が使うときは大体無理矢理だって、私知ってるんですから!」

「それ意味合いが違ってるから!」


「大体、何もしてないなら何でその人は倒れてるんですか?」

「こいつ、今日のために二日間寝ないで準備してきたんだよ……」

「釣りの準備で二徹する人なんているわけないです!」

「そりゃ俺だってそう思うけども!」


 噛み合わない。

 どうもこの少女は自分のことを端から悪者と決めつけているようだとわかったヨルは、兎に角この場を穏便に収めようと、話の組み立て方を考える。


「わかった。取り敢えず、一回落ち着いて、話を聞いてくれ。君と敵対する気はないんだ。何なら抵抗できないように拘束してくれていいから。その上で街のみんなからも話を聞いてくれよ」

 ヒカリは大岩から飛び降り、さらに一歩踏み出してきたヨルに、びくっと反応して後ずさると、再び目に涙を浮かべた。

「こ、来ないでください」


「あああごめんごめん、大丈夫。争う気はないんだ。近づかれたくなかったら、これ以上は行かないよ。じゃあ、どうしようか。俺が先に街に歩いていくから、君は俺の後ろから着いてきてくれよ。何か怪しい素振りをしたらそれで撃てばいい。な、それでどうだい?」

「だ、……騙されません」

「ええ?」


「そう言って私を騙して逃げる気かもしれません。私、馬鹿だから、気を付けないと」

「……どうすりゃいんだよもう」

「や、やっぱり、ここでやるしかない」

「え?」

「そうだ。それしかない。落ち着いて。落ち着くのよ、私。訓練を思い出して。焦らず、真っ直ぐ相手を見て……」

「ちょ、ちょっと待て。聞けって、俺は争う気は―」

「お願い! 当たってえええええ!!!」

「おいいいいいいいいいい!!!!」


 ちゅどん。


 一瞬にして危機を察したヨルが全力で横っ飛びをすると、先程まで自分がいた地面の、遥か彼方の(・・・・・)森の木が消し飛んでいた。


「…………え?」


 その威力。

 煙を上げる木の幹は大人が二人手を回せる程。

 それがまるで落雷によって倒木したかのように焼け焦げている。

「ちょ、おま―」

 ヨルの青白い顔がさらに青褪める。

 ヨルは瞬時に理解した。自分があれを食らったら跡形も残らず消滅する。


 この女は、ヤバイ(・・・)


「ああもう、外しちゃった。大丈夫。まだ大丈夫。試験はクリア出来たんだから、今度こそ、落ち着いて。良く狙って―」

「待て待て待て。頼む。ちょっと、ちょっと待って」

「お願い! 当たってえええええ!!!」

「ふざけんなああああああ!!!!」


 そして、地獄の鬼ごっこが始まった。


 ……。

 …………。


 光が弾ける。

「うおおおお!」

 轟音と共に地面が抉れる。

 爆風に吹き飛ばされたヨルの体が宙を舞う。


「はっ。今がチャンス! いい加減、当たって、ください!」

 光が弾ける。

「ふぬっ」

 ヨルが影を伸ばし、自身の体を引っ張ってよける。

 影が千切れ、勢い余ったヨルの体が転がる。


「あ、危なかった。今のはマジで危なかった」

 ヨルの膝が震えている。

 ヒカリが弓を構える。

「何で当たってくれないんですかあー!」


「くそっ。『這蕨(はいわらび)』!」

 川辺に生えた木の影がぐんにゃりと形を変え、ヒカリに迫る。

「きゃあっ」

 その鎌首がヒカリに触れるやいなや、空気に溶けて消えていく。


「ああ、もおお!」

 足止めにもならない。

 ヨルの頭の横を光の矢が走り抜ける。

 轟音と共に岩が砕け散った。


「これなら、どうだっ。『垂曇(しずりぐも)』!」

 ヨルが自分の指を噛み切り宙に血を撒くと、血飛沫が増殖し、赤黒い霧となってヒカリに襲いかかる。

 拘束魔法が効かないなら幻惑魔法による目隠し。

 とにかく一度、少女の足を止めなければ。

 しかし。


「いやああああ!! キモいいいい!!!」

 大音量の泣き声に、文字通り霧消した。

「声に魔力を乗せてるのか。くっそ」


 かれこれ十数発。

 ヒカリは光矢を放っている。

 右に逸れ、左に逸れ、手前に逸れ、上に逸れ、一発もヨルには当たらないが、その度に起きる背筋が凍る自然破壊の嵐に晒され、狙われるヨルはたまったものではなかった。


 これがある程度ちゃんと狙いをつけてくれるならまだしも、少女は矢を撃つ度に何故か叫びながら目を瞑っているので、何処に矢が飛ぶかまるで見当もつかない。

 一発でも食らったら死んでしまう恐怖。

 それでいて、こちらの魔法は何一つ役に立たないという絶望感。


 本来であれば、陰陽二極の魔法は互いに相克する関係だ。どちらか片方が一方的に勝つことなどありえない。

 それなのに。


「『沈守渦襲(ちんじゅうずがさね)』!」

「ひいいいい!!」

 ちゅどん。


 これである。

 現在のヨルの魔力で出来る最大規模の魔法。

 元々は半径2メートルの円を描く影の渦に相手を沈み込ませ封印する、大型の魔獣を仕留めるための大技が、悲鳴と共に放たれる光の矢の一発で消し飛ぶ。

 その理不尽な光景に、最早ヨルは声を出すこともできなかった。


(まずいな。このままじゃ埓があかない。というか、こっちの魔力がもう持たない。転移で逃げるか。けど、その隙がない……!)


「ううっ。ひぐっ。大人しく討伐されてよおお」

「調子狂うなあ、もう!」


(駄目だ。いい加減避けきれない。イチかバチか、やるしかな―)

「駄目だ。ぐすっ。このままじゃ当たんない。イチかバチか、やるしかない!」

「え?」

 ヨルが転移の魔法を手中に編み上げたと同時、ヒカリが何か不穏なことを口にした。


「天の瞬き! 清心にあれ! 不浄を平らげよ!!」

 ヒカリの狩猟弓が二倍の大きさに膨れ上がり、その番えた光矢がみるみる膨らんでいく。

 周囲の空気が震え、川面が波打つ。


「『降御徴ふるみしるし』!!!」


 目を覆う眩い陽光が膨らみ、膨らみ、膨らんで―

「え? ちょっと」

 一向に、放たれる様子がない。


 ヒカリの顔に狼狽が走る。

「やだ、うそ、こないだは上手くできたのに。だめ。待って今はだめ。だめだって―」

 あたふたと矢尻を引っ張り回すが、吸い付いたように手が離れない。

「だめ。あ―」


 きゅごっ


 ヒカリの体が、陽光の爆発に包まれた。


「ええええ……」

 爆風に晒され、腕で顔をかばったヨルが恐る恐る目を開けると、川辺の草原に隕石でも降ってきたようなクレーターができ、その中心で大の字になって倒れる聖騎士の少女の姿があった。


「きゅうぅぅ」

 ヒカリは、目を回して気絶していた。


「どうすんだよ、これ……」

 途方に暮れるヨルの声に応えるものはいなかった。


 ……。

 …………。


 


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