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色違いの街

「おやヨル。体はもう大丈夫なのかい?」

「ええ。お陰様で。すいませんでした、丸一週間も」

「いいんだよ、たまにはゆっくり休めば」

「渋皮煮、美味しかったです」

「そうだねえ。また来年も食べたいよ」

「いやあ、すみません。多分次はもう勝てません」

「あー。聞いたよ、随分危ないことしたみたいじゃないか」

「ええ、まあ……なんというか」

「栗が手に入ったって、ヨルが怪我しちゃしょうがないんだから」

「その辺はヒカリとアヤさんにこっぴどく怒られましたんで……」

「そうかい……ああ。そうだ。そうだった」

「マーヤさん?」

「ううん。ヒカリのことでねえ。ちょっと困ったことになってて……」

「ヒカリが? 何か壊したんですか?」

「違う違う。まあ、立ち話もなんだ。時間あったら、ちょっとウチに来てもらえるかね」

「……ええ。構いませんけど」


 ……。

 …………。


 どこからともなく、菊の香が漂ってくる。

 乾いた空気が僅かに潤うように、鼻の奥に抜ける香りが、風に乗って運ばれてくる。

 日もまだ昇り切らない時刻、メリィ・ウィドウの街の入り口に、二人の旅人が辿り着いた。

 馬に騎乗したその人物はどちらも女性である。

 一人は陽光を弾く金髪に金眼。白磁の肌。

 もう一人は緋色の髪をポニーテールにした、まだ幼さの抜けきらぬ顔立ちの少女。

 二人とも、流れるような白いローブの上から、これもまた純白の簡素な防具を身に着けている。

 聖騎士であった。


「思ったより早く着きましたね、お姉様」

「ええ、そうね。田舎田舎と聞かされていたので、どんな僻地なのかと思いましたが……」

 下馬した二人は辺りを見回すが、特に人影は見当たらない。

「お姉様、まずは腹ごしらえといきませんか?」

「町長への挨拶が先に決まっているでしょう。それよりツグミさん。その……この街にいる間は『お姉様』というのは止めていただけないかしら。良からぬ誤解を受けるかもしれません」

「えー。大丈夫ですよぉ。お姉様はほら、いかにもお姉様! って感じのオーラが滲み出てますし」

「いえ、ですから―」

「あ、ほらお姉様、第一街人発見ですよ。……すいませーん!」

「はあ、全く……」

 言い返されたセリフを気にすることもなく、緋色の髪の少女―ツグミは、目抜き通りで道の掃除をしている年配の女性に駆け寄っていく。

 金髪の女性が、額に手を当て、頭を振った。


 街の代表者なら今は寄合所にいるはずだが、ヒカリなら今日はハバキ食堂にいるはずだ、という掃除の女性の話を受け、ツグミにねだり倒された金髪の聖騎士―ハズキは、渋々行く先を食堂に向けた。

 隣を歩くツグミの顔が綻んでいるのが分かる。

 自分の隊に彼女が配属されて早半年。まだまだ注意不足の感はあるが、向上心のある有望な新人だ。何より、人との付き合い方が上手い。

 聖騎士の社会で上へ昇っていくには必須の才能、そして、自分が恵まれなかった才能を自然と備えている彼女が、これほど屈託のない笑顔を見せるのは、ひょっとしたら初めてのことかもしれない。

 旅程でさんざん聞かされたヒカリ・コノエの話を思い出し、それを自分に託された任務で塗り替え、ハズキは表情を引き締めて案内された食堂の前に立った。


 一方で、ハズキの前に立ったツグミは、内心で緊張していた。

 ヒカリは何故こんなところにいるのだろう。食事には中途半端な時間だ。

 ひょっとして用心棒?

 概ね平和な街だと聞いていたけど、意外と治安が良くはないのかもしれない。

 でも、あのヒカリが鹿爪らしく侍っているところなど丸で想像できない。

 ましてや、乱暴な客相手に毅然とした態度を取っているところなど、とても……

 もしも困っているようなら、自分が手助けをしてあげなくては。

 すこし冷や汗を滲ませて、ツグミが扉のドアノブに手をかけた。


 そして―


「ごめんくださーい」

「あ、いらっしゃ…………え?」


 躊躇いがちに扉を開けたツグミ。

 そしてそれを出迎えたヒカリ―膝上丈のミニスカートにフリッフリのエプロンドレスを身に着け、頭にはメイドカチューシャを着けた―の視線が交わる。


「…………ヒカリ??」

「…………ツグミ??」


 一瞬時が止まり。

 がしゃん。

 今月一枚目の皿が割れ。


「「ええええええええ!!!???」」


 二人の少女の絶叫が響き渡った。


 ……。

 …………。


「いいですか、コノエさん。私たちにとっては教会から賜ったこのローブこそが正装であり、誇り高き聖騎士であることの証。仕事中に他の衣服を身に着けるなど、もってのほかです」

「うぅ。すびばせん」

「備えるべき品位というものがあるのです。たとえ新米であろうと、あなたはもう教会の一員としてこの街に来ているのですよ」

「まあまあ、お姉様。可愛かったじゃないですか」

「可愛いかどうかは問題ではありません。なんですか、あのスカート丈は。全くはしたない。あんなにフリルをふんだんにあしらって、布の色遣いもシンプルでありながら可愛らしさを兼ね備えていましたね」

「「え?」」

「ごほん。さ、参考までに聞いておきましょう。あの服はどこの店で購入した代物ですか」

「え!? ……い、いえ、手作りなんです。カヤノさ……その、食堂の従業員の方の」

「ええ!? お店で売ってるみたいな服だったよ!?」

「あ、ええっと、昔は服屋さんで働いてたそうなんです。確か、カサゴ屋って、帝国の地方都市の」

「カサゴ屋……って、超大手じゃない! 聖都にも支店出してるよ。ショウウィンドウ越しにしか見たことないよ……」

「あの会社で働いていたのなら、どこに行っても仕事には困らないでしょうに。何故こんな街で食堂の手伝いを……」

「え、ええと、すみません。ここの人たちはみんな……」

「……ああ。そうでしたね。失言でした」


 ハバキ食堂での再会の後、ぽろぽろと涙を流して抱き合うヒカリとツグミを見かねた食堂の店主―スミレがヒカリに暇を出し、しばし呆気に取られていたハズキをいち早く平常運転に戻ったツグミが引っ張り、今は三人で連れて街の寄合所兼行政所を目指して歩いている。

 街のいくつかの家に植えられた菊の花の匂いが、澄んだ空気の中に薄らと漂っている。

 ハズキの小言にヒカリはひたすら恐縮し、それをツグミがやんわりと宥めながら、三人は日も昇り始めた大通りを歩いていく。


「おや、ヒカリちゃん」

 その時、通りの反対側から、ヒカリを呼ばう声がかかった。

 褐色肌に、滅紫の髪。

 その特徴的な外見に、ツグミとハズキの顔が強張る。

「魔族………!」

「あ、セルカさん!」

「え?」

 あっけらかんとその女性に近づいていくヒカリに、二人の聖騎士が間の抜けた声を上げた。


「どうしたの、今日は。お客さん?」

「はい。私の養成校の同期と、その先輩なんです」

「ああそう。用事が済んだら、後で寄ってきな。今日届いたリンゴ、お裾分けしたげる」

「わあ! ありがとうございます!」


 ぴょこんと大きなお辞儀をすると、ヒカリはとてとてと二人の元に帰ってくる。

「ツグミ! ハズキさんも! 後でリンゴくれるそうですよ!」

「え、ええっと……」

「ヒカリさん。今の方は……」

「あ、セルカさんって言って、八百屋さんみたいな仕事をしてるんですけど。実際は―」

「そ、そうじゃなくて!」

「はい?」

「ま、魔族………よね?」

「はい、そうですけど」

「えええ……」

「??」


 その後も、道行くヒカリに街のあちらこちらで声がかけられ、それに律儀に丁寧な挨拶を返すヒカリを、ツグミとハズキは呆気に取られて見つめていた。

「今の、獣人でしたよね、お姉様?」

「そ、そうよね。あの尻尾、作りものじゃないわよね」

「大丈夫なんでしょうか。獣人って、聖騎士の天敵じゃないですか」

「う、狼狽えてはだめよ、ツグミさん。御覧なさい、ヒカリさんも普通に接しているわ」

「で、でもぉ」

「二人ともどうかしましたか?」

「「ひゃい!??」」

 話を終えたヒカリに後ろから声をかけられ、二人の肩が飛びあがった。


「あ、あの、ヒカリ。その大丈夫なの?」

「何が?」

「だって、その、今の人、獣人なんでしょ? もし襲い掛かられたら―」

「やだなぁ。何で襲い掛かるのよ。私、悪いことなんかしてないよ?」

「……ヒカリさん。私は正直、困惑しています」

「え……と。何が、でしょうか」

 不安げな顔をするヒカリを、ハズキは気持ち引き気味に見下ろした。


「この街が4人種の集った街だということは事前に聞いていました。私は、街がきっちり4区画に分かれているものと思っていたのです」

「え? 一応居住区、工業区には分かれてますけど」

「ですからそうではなく。何故みな、一様に同じ場所で生活しているのですか?」

「みんな? ええ、っと、みなさん、仲良しですよ?」

「ですが、魔族・獣人と、人族・エルフが、同じ生活を送るなど……」

「で、でもでも、同じ人間です。そりゃ、魔族の人はゆったりした服が好きとか、獣人の人は濃い味付けが好きとか、エルフの人はのんびりさんが多いとか、色々違いはありますけど、そんな、別々に暮らさなきゃいけないほどじゃないですよ」

「そ、そうなのですか……?」


 困惑する二人にヒカリも困惑し、気まずい空気が流れる。

 そこに、


「ふむ。珍しい顔がいるな」


 それまで四方八方からかけられた女性の声とは明らかに違う、低い、男の声がかけられた。

 そのぶっきらぼうな声色に、ヒカリの顔が輝く。

「あ、ジンゴさ…………え?」

「………わぉ」

 その顔が凍りつき、反対に、隣のツグミの瞳が妖しく光った。


 長身痩躯を深い黒のスーツに包み、流れるようなロングコートを羽織っている。

 胸元には複雑な折り目のついたネクタイ。上品なタイピン。

 艶のある黒髪は真っ直ぐにパーマがかけられ、ぴっちりと撫でつけられている。

 丁寧に剃刀をあてられた肌には無精髭の一つもなく。

 堀の深い顔立ちと、鋭い眼光。

 今にも王侯貴族の集う夜会に出席しそうな装いで。

 曖昧屋―ジンゴが現れた。


 ……。

 …………。


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