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ヨルの戦い

「うああ。……酷いことしますねぇ。絶対折れてますよ、肋骨」

「あら、目ぇ覚めたの」

「若い女の子をこんな格好で拘束して。犯罪ですよ、アヤさん」

「あんたの持ってる物騒なモノ全部取り上げたら、それしか残んなかったのよ」

「えええ。……うわ。含み針まで取られてる。やだ、アヤさんに口の中まさぐられちゃった」

「……歯ぁへし折るわよ」

「あ。あ。待って待って。待って下さい。取引しましょう、アヤさん。取引」

「はぁ?」

「ですから、私の他にもう一人、里の人間の内通者がいますから、その人の情報を教えます。だからちょっと、ちょっとでいいんで、騎士団の人に口利きしてください。この年で奴隷労働とかキツすぎますよぅ」

「あなたね、その軽々しく仲間を裏切るクセをまず改めなさいよ」

「いやいや。仲間っていうか、取引先ですから。私だけ捕まってあっちは無罪とかありえないです。道連れですよ。もうあることないこと喋りまくりますから」

「せめてあることだけにしときなさい」

「あは。ええっとですね。実は里の―」

「あの使用人のおじいちゃんでしょ?」

「ええ!? 何で知ってるんですかぁ!?」

「ちょっと反則しただけよ。お生憎様だったわね。兎に角、そっちにはもうヨル君が向かってるから……」

「……え。ヨルさん一人で行ったんですか?」

「そうよ?」

「あーあ」

「何よ」

「ご愁傷様です」

「はあ?」

「あのおじいさん、めっちゃ強いですよ」

「ええ?」

「めっちゃ、強いです。私、魔法使っても手も足も出ませんでした。多分、ウチのリーダーでも難しいんじゃないですか? ちょっと聞いちゃったんですけど、ヨルさん、今殆ど魔法使えないんですよね? 事情はよく知りませんけど。そんな状態で勝てる相手じゃないです。ご愁傷様です」

「あっはは。それなら心配ないわ」

「な、何でですか」

「ヨル君も、めっちゃ強、だから。本人は隠してるつもりみたいだけどね」

「え、でも、魔法……」

「ふふ。ヨル君はね、魔法なんか(・・・・・)使わないほうが(・・・・・・・・)強いのよ(・・・・)


 ……。

 …………。


「うおらぁ!!」

「ぐぅっ」


 ヨルの全体重を載せたドロップキックを、モトベが苦悶の表情でガードする。

 インパクトと共にヨルは半回転し、腹を下に着地。

 二歩分の距離を後退させられたモトベは、それを見て前進。

 短刀を翻す。

 ヨルは背中を向けたまま、振り返りもせずに駆け出す。

 六歩目で跳躍。

 目の前にあった庭木の枝に捕まり、鉄棒の要領でその上に登る。

 追いついたモトベに向け、落下。

 腰のナイフを抜きざま、斬りかかる。


 ぎぃん!

 硬質な音が弾け、掲げられたモトベの短刀と、振り落とされたヨルのナイフが競り合う。

 落下の勢いを支えられず、モトベの膝が崩れる。

 そのまま押し込むように、ヨルが体重をかける。

 歯を食いしばるモトベが片手を腰にやるのを見て、ヨルはモトベの立膝を抱え、投げた。


「うぉっ」

 仕込み武器を抜く間もなく転がされたモトベは素早く体勢を立て直し、ヨルが先ほど飛び降りた木の幹に背を預ける。

 すかさず、ヨルの前蹴り。

 回転して避ける。

 その勢いで振るわれたモトベの短刀を、今度はヨルが回転して避ける。

 一拍置いて。

 木を挟んで互いに視線を交わしたヨルとモトベが、反時計回りに木の幹の周囲を駆ける。

 土煙が舞い。

 先に足を踏ん張ったのはヨル。

 その背に振り下ろされた短刀をナイフで弾く。

 続く横薙ぎの剣閃。

 左。

 右。

 切り上げ。

 その全てを上半身の動きだけで躱し、僅かに空いた隙に前足を踏み出す。

 右肩に体重を乗せ、モトベの左脇にぶつけ、距離を離す。

 

 空いた距離は三歩分。

 モトベは右足を前に、短刀を順手に握り、掌を上に向け、鋒を揺らめかせる。

 ヨルは右に握ったナイフを逆手に構え、肘の内側に左手を沿える。

 互いに一歩ずつ踏み出し。

 再び鍔迫り合い。

 橙色の火花が。

 ヨルとモトベの瞳に映る。

 弾く。

 踏み出す。

 短刀とナイフの斬撃が空を切り合う。

 死線の応酬。

 その明暗を分けたのは、僅かなリーチの差だった。

 

「ぬぅん!」

 ぎゃりぃん!

 裂帛の気合と共に放たれたモトベの一撃に、ヨルのナイフが弾かれる。

 遥か彼方へ落下するナイフの音を聞くより早く、モトベが足を踏み出す。

 止めの追撃。

 モトベの眼が殺意に燃える。

 

 くい。

 と、その動きに僅かな制動を覚えたモトベが、それが自らの右腕の袖先に引っかかったヨルの左手の小指だと気づいた時。

 モトベの視界が、ぐるりと回った。


「がはっ」

 背中から地面に叩きつけられたモトベの肺から、空気が絞り出される。

 それでも咄嗟に起き上がり、後ずさったモトベを、酸欠による頭痛と目眩が襲う。

(今、何が起きた……!?)

 霞む目の先に、無手で腰を落としたヨルの姿。

 後ろ足にかかる重心。

 掌形は開手。

 顔の前で揺れる。


(何だ、あの構えは)


 赤騎士の拳術でもなければ、獣人国の武術でもない。

 先程までの、荒々しい攻撃スタイルとも違った静かな威圧感に、モトベが気圧される。

「ヨルさん。あなたは一体何者ですか」

 息切れ混じりの口から、思わず問いが漏れ出ていた。

「ただの便利屋さ」

 静かな声で、ヨルが答える。

 モトベの眉間に皺が寄る。

「ならば、その技は」


 赤く濁った血色の瞳が、雲間から漏れた月光を宿す。


「俺の、夜ノ森流(誇り)だ」


 その姿が、かき消えた。

「!!??」


 いや、違う。

 モトベの呼吸を盗み、意識を外すタイミングで低く駆け出したヨルの姿を、モトベが見失ったのだ。

「うおぉっ」

 気づいた時にはあと一歩の距離まで詰められていたモトベが、その魔手から逃れようと、後ろに飛びつつ短刀を振るう。

 ヨルが首の動きでそれを躱す。

 モトベの足が強く地面を踏み、急停止した。

 短く、鋭く。

 短刀を翻す。

 思考を回転させる。


(落ち着け。飲まれるな。相手は無手。先程よりも間合いの差は広がっている。近寄らせるな!)


 結界を張るように。

 己の間合いのギリギリで、モトベが短刀を振るう。

 それを躱したヨルの足が止まる。

 一歩後ろへ。

 斬撃は当たらない。だが、確実にヨルの前進を止め、動きを阻んでいた。

 変幻自在で襲いかかる短刀の閃きを、ヨルは紙一重で躱していく。

 その足が更に一歩後退する。


「しっ」

 鋭い剣閃が、ヨルの鼻を掠めた。

 スウェーバックで横薙ぎの一撃を躱されたモトベの胴が空く。

 ヨルの腹筋が絞められ、その体がモトベの懐に飛び込む。

 モトベの左腕が、いつの間にか腰元に回されている。

 仕込み武器。

 敢えて大振りの一撃を外し、ヨルを懐に呼び込んだモトベが、腰のベルトに隠された仕込み刀を抜き、振り抜いた。

 必殺の一撃。


「……な!」

 それが、空を切る。

 ヨルの姿が、何故かこちらに踏み込もうとする体勢のまま後退している。

(夜ノ森流柔術―『陽炎亘り』)

 今度こそ空いたモトベの懐に、ヨルの手が伸びる。

 襟元を掴まれたと、モトベが自覚したと同時。

 重力が逆転し、モトベの体が再び地面に叩きつけられた。

 

「ごっはぁ」

 仰向けに倒されたモトベの体が、苦しげに悶える。

 ヨルがこちらも息を切らしながら、それを見下ろす。

「ぐ。……うぐ、ぐ」

 背中を丸め、うつ伏せに体勢を入れ替えたモトベが、口から涎を垂らし、目を血走らせてヨルを睨め上げた。

「……まだやる気かよ」


 ぞり。

 その、布を断ち切る音をヨルが聞いたと同時。

「があぁ!」

 矢庭に立ち上がったモトベが、自身の上着をヨルに投げつけた。

「!?」

 ヨルの片腕に、その布が絡みつく。

 モトベはうつ伏せになった腹の下で、自身の服を脱ぎやすいように切っていたのだ。

 上半身裸になったモトベの、老齢に似合わぬ引き締まった体が月光に晒される。

 その右手がヨルの腕に絡まった服の残骸の、反対側を掴み、ヨルの動きを制している。

 ぎらつく眼が、ヨルを睨みつける。


「おいおい。ジジィのストリップに興味はねえぞ」

「……掴む服がなければ、その妙な技も使えますまい」

 ぎりぎりと、力が拮抗する。

 モトベの筋肉が膨らみ。

「ふんっ!」

 逆の手で、仕込み刀を投擲する。

「うっ」

 それを避けたヨルの姿勢が崩れ、力が抜ける。

 モトベが布を引き、それをさらに崩す。

 足を突っ張り耐えた所に、モトベの前蹴りが突き出される。

 鳩尾に食らう。

「んぐ」

 苦悶の声。

 さらに布が引かれ、足刀がヨルの眉間へ。

 腕を上げてガード。

 膝が崩れる。

 回し蹴り。

 脇腹に喰らう。

 ヨルの体が転がり、木の幹にぶつかる。

 布が解けた。


「……が。…がふ」

 呼吸に異音が混じる。

 ゆっくりと、モトベが近づいていく。

 その手には、月光を映す刃。


「ここまでするつもりはありませんでしたが、貴方は危険すぎる」

 白刃を構えたモトベを、顔を上げたヨルが不敵に笑って見返した。

 その手には、いつの間にか懐から出したのか、琥珀色の液体が詰まった小瓶が握られていた。

「そいつはどーも」

 くい、と、それを呷る。

「何を……」

 ヨルの取った意味不明の行動にモトベが困惑する。

 

(何だ? 回復薬? この状況で?)


 モトベには分からなかった。

 ヨルの握るそれが、ただの酒瓶であったことも。

 ヨルの前世にあった、ダーティファイトの定番のことも。


 ぶぅぅっ!!


 散蒔かれた、高純度のアルコールの飛沫を避け損なったモトベの視界が、赤く灼ける。

「がぁぁ!!」

 思わず目を覆ったモトベの喉元に、鋭い衝撃。

「っっ!!??」

 息が詰まる。

(何をされた!? こ、呼吸がっ)

 錯乱し短刀を振り回したモトベの腰が、がっしりとホールドされ。


プロレス技(こいつ)は俺の、若気の至りだ」

「ぐ。ぐぉぉぉぉぉ」

 本日三度目の、重力の逆転。

 脳天に重い衝撃。

 モトベの意識が、闇に沈んだ。


 毒霧からの地獄突き。

 フィニッシュは、ジャーマンスープレックス。

 スリーカウントは、鳴らなかった。


 ……。

 …………。

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