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過去より響く雷鳴

「………何を、しているんですか?」

 ハタガミの里の長―イブスキ家の屋敷の裏手。

 日が昇り始め、徐々に気温が上がり始めるのが肌で感じられそうな頃のこと。

 拳を握り締めた『曙の貴妃』のリーダー―セイカが、声を低く震わせて目の前の男に問いかけた。


「ただの水浴びだが」

「少しは隠そうとしてください!!!」


 井戸の水を汲み、泥と血に塗れた衣服を洗い、ついでに自分の体を清めていたジンゴが、迷惑そうにセイカを睨め上げる。

「見たくなければ目を逸らせ。大体、男の裸などとうに見飽きているだろうに」

「誤解を招くようなこと言うのやめてもらえます?」

 セイカの額に青筋が浮く。

 その脳裏に、自分が修行時代に所属していた傭兵団―『夜明けの酒樽』の中年オヤジ共の酔いどれた裸体が浮かびかけ、セイカは慌てて頭を振った。


「言っておきますけど、ウチの子たちにその卑猥なものを見せたら、いくらジンゴさんでも叩っ斬りますよ?」

「身内の過保護は身を滅ぼさせるぞ?」

「耳に痛いことを言うのもやめてください」

「自覚があるなら結構だ。で、何か用か?」

「イブスキ殿がお呼びです。取り敢えず服を着て下さ、……こっちを向いて立つな!」

「服なら今干しているところだ」

「……浴衣借りてきます」


 ……。

 …………。


 数分後。

 屋敷の洋間に通されたジンゴとセイカを、里長のチュウヤ・イブスキが迎えた。

 その後ろには、老齢の使用人が侍っている。


「ジンゴさん。傷は大丈夫なのですか?」

 やつれた顔の里長が心配げに声を掛ける。

「問題ない。で、要件はあの魔獣の件だな?」

「………はい。お疲れの所、恐縮ですが」

 質素なテーブルを挟んでチュウヤとジンゴが座り、セイカは少し悩んで、ジンゴの隣に腰を下ろした。


「魔力量で言えば間違いなく災害級だ」

「なんと……」

 端的な報告にチュウヤの顔に悲壮な色が宿る。

「青と白の混色だが、比率で言えば青に寄っている。獣というよりは、竜種であろうな」

「そうなのですか?」

 隣で首を傾げたセイカにジンゴが呆れたような声を出す。

「お前はその目で見ただろうが」

「魔獣の生物学的分類なんて分かりませんよ」

「それで、その魔獣はどうなりましたか?」

「取り逃がした」

「ああ……」


 頭を抱え込みそうなチュウヤに、セイカが慌てて声を掛ける。

「ご、ご安心下さい。装備を整えて挑めば倒せない相手ではありません。援軍も期待できますから」

「そう、ですか。やはり、里の伝承にある青き獣、なのでしょうか」

「それについて、お前に聞きたいことがある」

「は……?」

「ちょっと、ジンゴさん」

 不躾な物言いに気色ばんだセイカに構わず、ジンゴは淡々と告げる。


「お前は昨日、こう言ったな。里の伝承は脚色された部分も確かにあるが、山の頂上に青き獣が棲んでいるというのは本当のことなのだ、と」

「……はい」

「そしてこうも言った。それは古くからこの山に棲む一体の魔獣で、魔力の濃い頂上付近から降りて来ることはないものなのだ、とな」

「イブスキ家の書物には、そう記されております」

「だとすると、おかしな事になる」

「おかしな事、というと……」


「確かに、魔獣は人の世の理から外れた存在だ。強力な魔獣程、その寿命も永い。だが、裏を返せば魔獣の強度とその寿命は比例して然るべき。奴らには奴らの理というものがあるのだ。里の勃興以前から既に山に在った魔獣が、たかだか傭兵団一組相手に逃走する程の規模であるというのは考えられん」

「……しかし、現に撃退には成功したのでしょう。皆様のお力が、その魔獣の力を上回っていたということなのでは……」


 チュウヤの弱々しい声での反論に、セイカの顔が顰められた。

 里に入り、その伝承を初めて聞いた時、確かに違和感は覚えたのだ。

 もし本当にそこまで古い時代の魔獣が生き残っているのだとすれば、自分たちの手に負える相手では全くない。その情報を最初に知っていれば、そもそも『曙の貴妃』だけで先行しようなどとは考えなかったはずだ。

 自分たちの実力は、自分たちが一番良く分かっている。

 しかし、実際に相対した彼の魔獣は、自分たちが苦戦を強いられる程度(・・)の規模でしかなかった。

 セイカは溜息混じりに、里長に返答した。


「いえ。お恥ずかしい限りですが、ジンゴさんの言う通り、私たちだけの力で伝説級の魔獣と渡り合うのは難しいでしょう」

「それでは、その魔獣は、里の伝承とは無関係だと……」

「そうは言わん。しかし、どうやら情報に齟齬があるのは確かなようだ」

 そう言って、ジンゴは懐から布包みを取り出すと、テーブルの上でそれを広げた。


「うっ」

「……これは」


 その瞬間解き放たれた血の臭気に、チュウヤが顔を顰め、セイカが驚きの表情を作る。

 それは、赤黒い染みのこびり付いた、藍鉄色の鱗であった。


「奴の体から削ぎ落としたものだ」

 事も無げに言い放つジンゴに、言葉を失っていたチュウヤが、何とか口を動かす。

「こ、これで、何かわかるのですか?」

「分かることもある。竜種とはつまり爬虫類の一種だ。鱗相を見れば、その持ち主のある程度の年齢を推し量れる」

「そんな、……ことが」

「前から思ってましたけど、あなた何者なんです?」

「俺は曖昧屋だ」

「……そうでしたね」

 呆れたようなセイカを気にすることもなく、ジンゴは続けた。


「見てみろ。所々に罅割れはあるが、根元付近の鱗相の密集具合から見ても、多くとも20年以上生きているということはない」

「済みません。私にはよく……」

「ふむ。まあいい。兎に角だ。この鱗の持ち主が里の伝承にある青き獣と同一個体であるということは、少なくともありえん」

「ならば、一体……」


「いいか。魔獣には生物種として生まれる先天のものと、突然変異によって生まれる後天のものとの二種類がある。一般に、伝説級以上の長命な魔獣は後者であることが多いが、これは個体としての存在であり属や種を持たん。対して前者の魔獣は魔力量に劣る分、繁殖能力を備えているため、一体倒してそれで終わり、ということがない。人から見た際の脅威度はどっちもどっちという感じだがな」

「つまり、あの雷獣は、種として存在する魔獣だと……?」


 顎に手をあて、セイカが考え込む。

 成る程、それならばあの違和感にも納得できる。しかし、もし自分たちが接触した個体と同じ存在が複数いるのだとしたら、むしろそちらのほうが厄介なのではないか、と、そこまで考えたところで、セイカは目の前に座るチュウヤの顔色が青ざめていることに気づいた。

「イブスキ殿。どうか、されましたか?」

「……いえ、いいえ。私は、何も」

「??」


 眉を顰めたセイカの横で、ジンゴは魔獣の鱗を再び布で包むと、淡々とした口調で続けた。

「ただな、こんなことは実際に相対すれば自ずと分かること。別に大した推測でもない。俺が気になったのは、何故俺はこんなことをわざわざ考える必要があったのかということだ」

「……仰っていることが、よく…」

 震える唇で何か言いかけたチュウヤを、ジンゴが遮った。


「里長。何か隠していることはないか」


 その、端的な問いに、チュウヤの表情が凍りつく。

「俺に里の伝承をくどくどしく語ったのはお前だ。まるで、件の魔獣は伝承にある青き獣そのものであるというバイアスをかけようとしているようにな」

「…………」


 話の雲行きが怪しくなってきたのを感じ、セイカは口を挟むのをやめた。

 そこで、それまで黙って後ろに侍っていた老齢の使用人の男が、チュウヤの肩に手をかけた。

「旦那様。顔色が……」

 チュウヤの青ざめた頬を、つう、と汗の一筋が垂れた。


「ジンゴ様。恐れながら申し上げますが、これ以上は……」

「いい」

「旦那様?」

 使用人の手に、自分の掌を重ね、チュウヤが声を絞り出した。

「いいのだ。モトベ。私が間違っていた」


 チュウヤは立ち上がり、ジンゴとセイカの顔を交互に見た。

「プロの傭兵であるあなた方に、小賢しい真似を致しました。非礼をお許し頂きたい」

 深々と、頭を下げる。


 それを受けて慌てたのはセイカである。

「イブスキ殿。頭をお上げください。一体どういうことなのか、事情をお聞かせ頂かなければ……」

 たっぷり数秒使って顔を上げたチュウヤは、一層青ざめた顔で、萎れるように座り込んだ。


ジンゴが腕を組み、椅子に深く座り直す。

「俺の仕事は里の現状を把握することだ。何か有益な情報であるならば聞かせてもらおう」

 その横柄な口調に鼻白んだセイカがジンゴを睨みつけるが、まるで意に介さない態度を受け、溜息と共に目を伏せる。

 心配げに見つめる使用人の男を手で制したチュウヤは、暫く呼吸を整えるように黙り込み、やがて訥々と語りだした。


「そもそもの話から始めましょう。実のところ私は、里長でも何でもないのです」


 チュウヤの耳に、遠く響く雷の音が鳴り始めた。


 ……。

 …………。

申し訳ありませんが、次回の更新は来週となります。

宜しく御願い致します。

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