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メリィ・ウィドウの便利屋

 ヨルたちがハタガミの里に辿り着いたのは、山の端の空が僅かに白み始めた頃のことだった。

 疲労と安堵から崩れ落ちそうになった一行は、それでもまず、一足先に里に入っていたジンゴの案内で里長に面通しを行った。


 三十後半の、いかにも気弱そうな顔をした里長の男はまずジンゴの無事を慶び、『曙の貴妃』の面々に篤い感謝の意を表した。ヨルとヒカリにも、里からの荷が届いていない件を丁寧に侘び、メリィ・ウィドウの住人の従姉妹である、キクの家を案内してくれた。

 正式な依頼を受けているジンゴとセイカたちはそのまま里長の屋敷に逗留し、ヨルとヒカリ、そしてアヤの三人は、キクの家に泊めてもらうことになった。


「あれまぁ、あんたがヨネちゃんとこの。話は聞いてるよぉ。大変だったねぇ」

 キクは三人を快く迎え入れ、三人は彼女から里の詳しい現状を聞くことになった。

「今年はねぇ、やけに雷様が近くで聞こえるって、みんな不気味がってたんだよぉ」


 そんな折、這々の体で逃げ帰ってきた行商隊から魔獣の出現を聞かされた里長は慌てて救援依頼を送ったものの、一向に救援が来る様子もない。

 里の備蓄は十分備えてあるが、山に入れないのではいずれそれも尽きるのは、皆分かっている。

 ところがようやく救援が来たと思ったら、彼は里からの依頼を受け取った訳ではなく、ただ里の様子を見に来ただけの一般人であった。しかし露骨に肩を落とした里の住人から話を聞いた男は、皆が止めるのも聞かずに山に入ってしまう。

 そして、昨晩から更に激しさを増した雷鳴と、断続的に聞こえる地獄からの呼び声のような遠吠え。

 皆、寝るに寝られず、夜通しジンゴの帰りを待っていたのだという。


「ほんに、帰って来てくれてよかったよぉ。おまけに傭兵の皆さんも来てくれて。これで一安心だねぇ」

「すみません、大変なところ恐縮ですが、お世話になります」

「いーのいいの。どうせ今は私しか使ってない家だから。狭いとことだけどゆっくりしてってねぇ」

「あの! 私、ヨネさんにはいつもお世話になってて……」

「手紙で聞いてるよぉ。ヨネちゃん、最近孫が増えてたみたいで嬉しいって」

「ヨネさんの作ってくれる牡丹餅、とっても美味しいです!」

「そうかぃそうかぃ」

「キクさん。タダで泊めてもらうわけにもいきません。俺はメリィ・ウィドウで便利屋をやっています。何か手伝えることがあれば何でも言ってください」

「そうかぃ? そうだねぇ。それなら……」


 ……。

 …………。


「ああ、車軸が割れちゃってますね。直すよりは、ここを新しく替えちゃった方がいいでしょう」

「ううん、しかし替えの木材はないしなぁ。この状況で里の人に頼るというのも……」

「なんだい、木が要るのかい? いいよいいよぉ。使ってって。困った時はお互い様だぁ」

「いいのか? すまんなぁ。すっかり世話になっちまって」

「こっちこそ、済まんこったなぁ。いつもはこんなことないんだけんど」

「じゃあ俺は、木材貰ってきます。車軸、外せるようなら外しといてください。難しそうなら、無理しなくていいですからね」

「ああ。助かるよ、ヨル君」


「ふわぁ。美味しいです。これが噂の、ハタガミの夏蜜柑……。マフィンにしてもしっかり蜜柑の香りと甘みがあって……」

「一杯あるから、たぁんとお食べ」

「ありがとうございます!」

「あらぁ、キクさん。いつの間にお孫さん増やしたの?」

「ふえ?」

「いんやぁ。この子はヨネちゃんトコの子だよぉ」

「ああ、じゃあその子が聖騎士の」

「随分可愛い子が来たねぇ」

「ヒカリ・コノエといいます。宜しくお願いします!」

「はい。よろしくねぇ」

「キクさん、そんなマフィンばっかり食べさせて。ゼリーが作ってあるけどどうだい、ヒカリちゃん」

「いただきます!」


「それは、ひょっとして屍蟻かばねありの巣があるのでは?」

「なんだね、それは?」

「最近の研究で発見された虫なんです。一応、魔獣の一種ですね。それにしても、まだこちらまで情報が回ってないのか……」

「ここはド田舎だからねぇ」

「もしそれが原因なら、対処は簡単です。台所にあるもので、薬剤を作れますから…」

「いやあ、なんでか今年に限って糠床が上手くいかなくってねぇ」

「まあ、虫に腐敗と発酵の区別はつきませんからね」

「一応聞くけども、それ、気持ち悪い系のやつかねぇ?」

「………苦手なら、見ない方がいいでしょうね」

「お任せするよぉ。何を用意すればいいかねぇ」

「そうですね、まずは大蒜と……」


「へええ。そっちじゃそんなハイカラなもんが流行ってんのかい」

「ハイカラというか、色んな種族の方がいますから」

「あたしはエルフの人なんか見たことないよぉ」

「そんな街じゃあ、ヨネちゃんもすっかりハイカラさんになってるかもねぇ」

「いえ。私、此処に来てからずっと沢山のヨネさんに囲まれてるみたいな気がします」

「あっはっはっは」

「それにしても、ヒカリちゃんが来てくれて助かったよぉ」

「ふえ?」

「夏蜜柑。いつもならとっくに出荷してるのに、すっかり余っちゃって。赤字はどうしようもないけど、捨てるのも勿体無いしねぇ」

「あの傭兵のお姉ちゃんたちも、もりもり食べてくれて助かるよぉ。あたしらはとっくに食べ飽きてるしねぇ」


「ぴきーん」

「うん? どうしたぃ、ヒカリちゃん」

「私、閃きました! ここ、製氷の魔道具はありますか?」

「製氷? ああ、確か、カナタさんとこにあったような……」

「スムージー! みんなで食べましょう!」

「すむ……何だい?」

「スムージーです! メガスト……森国のスイーツなのですよ!」

「へええ。おもしろそうだねぇ。ヒカリちゃん、作れるのかい?」

「ふふふ。お任せください。……ヨルくぅぅぅぅぅん!!!」


 ……。

 …………。


「……呼ばれてるんじゃないのかぃ?」

「……あいつ、何やってんだ」

 害虫駆除の後始末を里民の男に教えていたヨルに、通りから呼ばうヒカリの声が届いた。


「こっちはもう大丈夫だから、行ってあげな」

「すいません。じゃあ、暫くは3日置きくらいに今と同じ処理をして下さい。念のため、隣の家にも、同じように。乾いても色が変わらなくなったら、もう大丈夫です」

「ああ。有難う。ホントに助かったよ」

「いえ。お気になさらず」

「ヨォォルくぅぅぅぅん」

「聞こえてる!!」

 面倒臭そうに立ち上がり歩き出したヨルだったが、その足が、不意に止まった。

「………ん?」


 ヨルが視線を感じ振り返ってみれば、そこに、離れた小屋に隠れるように、二人の子供がこちらをじぃっと見つめているのが見えた。

 それは、5、6歳くらいになるかと思われる、男の子と女の子であった。


「……こんにちは」

「………」

「………」

 ヨルが声を掛けると、二人は互の手を握り締め、一歩下がった。

 それでも無言で、再びヨルの顔を見つめ続けている。


「ごめんな。煩くして。お菓子、食べてくか?」

「………」

「………」

 返答はない。

 二人はただ、無言でヨルを見つめている。


 そこでヨルは、男の子の方が、手に何か青い花びらのようなものを持っているのに気づいた。

「……それは?」

 ヨルの視線に気づいたのか、男の子が、手にした花びらと、ヨルの顔を交互に見る。

 おずおずとそれを差し出しかけた時、手を繋いでいた女の子の方が、それを遮った。


「………」

「………」

 二人は無言で互の顔を見つめ合い、何かしらの意思疎通が為されたのか、踵を返して小屋の影に隠れると、それきり姿を消してしまった。


「……怖がらせたかな」

 子供の扱いはどうも苦手だな、と独りごちると、ヨルも踵を返して、騒がしい声のする通りの方に向かった。


 ……。

 …………。


「それはきっと、アオイ君とアカネちゃんですね」

「へえ」

「駄目ですよ、怖がらせちゃ」

「……いや。何もしてねえんだけど」

「まあねえ。ヨル君は見た目が不気味だから、子供受けはしないわよねえ」

「……やめてくださいよ。ちょっと気にしてるんだから」


 その日の夜。

 丸一日里長の屋敷にいたジンゴから呼び出されたヨルとヒカリ、アヤの三人は、里の中にある東屋で、ランタンを囲んで屯していた。呼び出した本人のジンゴはまだ来ていない。

「里長さんのお子さんだそうですよ。何でも、一昨年にお母さんを亡くしてしまって、それ以来殆ど喋らなくなってしまったそうで……」

 ランタンと共に置かれた籐籠には干した木の実が盛られ、めいめいそれを摘んでいる。


「……そうか」

「二人は双子なんですけど、とっても仲良しさんで、何処に行くにも一緒なんだそうです。悲しみを分け合う相手がいるのは、不幸中の幸いだったんじゃないか…って」

「……そうだな」

「ヒカリちゃん随分里の人と仲良くなったのね」

「えへへ」


「お前は甘味ぱくついてただけだろうが」

「失敬な! 情報収集ですよ、情報収集!」

「ていうか、何でそのスムージー祭りの時に起こしてくれなかったのよ」

「起こそうとしたら思い切り蹴飛ばされたんですけど何か?」

「………ごめん」

「あ、アヤさんお疲れでしたもんね」

「はあ。夜通し索敵なんて二度とやんないわ。私は新聞屋なんだっての」


 そこで、暗闇の中からジンゴが現れた。

「遅かったな、ジンゴ」

 首を巡らせ声をかけたヨルに、いくらかうんざりした様子のジンゴが答える。

「あの猪娘を撒くのに手間取ったのだ。つまりお前のせいだ、ヨル」

「………いや、それは」

「そこですぐ反論できない時点で有罪ですよ、ヨル君」

「ホント、気まずくなるからやめてよね」

「……味方がいねえ」


「ふむ。肴はあるようだな」

 ジンゴは手に握っていた酒瓶を卓に置き、どっかりと座り込んだ。

 そのまま懐から土器かわらけを取り出したのを見て、アヤも自前のそれを取り出す。

「中々気が利いてるじゃないの」

「……まあいいだろう」

 喜々として瓶に手を伸ばしたアヤに一瞬顔を顰めたジンゴだったが、それ以上のことは言わなかった。

「俺は今日はやめとくよ」

「あ、私も―」

「お前は絶対に飲むな、ヒカリ」

「飲みませんよ!!」


「それで、あの魔獣のことは何か分かったか?」

「まあ、分かった部分と分からん部分が両方増えたという感じだな」

「何よ、それ。はっきりしないわね。流石曖昧屋だわ」

「そちらはどうなのだ、新聞屋。さぞや有力な情報を集めたのだろうな?」

「ふふん。甘くみないことね。……言ってやって、ヒカリちゃん!」

「ええ!?」


「してたんでしょ、情報収集?」

「それは俺も聞きたいな。俺が汗水流して働いている間、一体どんな情報を集めてくれたのか」

 悪戯っぽく微笑むアヤと、腕を組んで半眼にこちらを見るヨルの視線と、あからさまに期待していなさそうなジンゴの態度に囲まれ、ヒカリが小さくなる。

 仕方なしに、ぽつぽつと語りだした。


「え、ええと、ですね。何でも、キクさんの作るマフィンは偶に通る行商の人たちにも好評で、商売に出来るとまで言われたそうなんですけど、保存料も使えないし数も作れないから、結局その話はなしになったそうなんです」

「「「………」」」


「あ、あとですね、酸味の強い果実を使う料理は、あんまり甘みのあるものを混ぜすぎると却って酸味が強調されちゃうから、逆に別の酸味を足して上げたほうが味がまろやかになるそうなんですよ。やっぱり柑橘類の名産地だけのことはありますよねぇ」

「「「………」」」


「はう。えと。えと。二つお隣のサカキさんチの息子さん夫婦がイマリの街に住んでるらしいんですけどね。この間ついに三人目のお孫さんが生まれたそうなんですよ。女の子女の子と来ての男の子だったから、サカキさんの旦那さんがすっかり舞い上がっちゃって、お祝いの品を何にするか皆で考え……」

「「「………」」」


「じゃなくて! あの。ええっと、最近雷が近くで聞こえるせいですっかり寝不足になっちゃって、この間畑の溝に足を取られて危うく怪我しかけた人がいるとか、里の外れに咲いてる木槿が何故か今年青い花びらを付けたとか、最近山羊の乳の出が悪いのはやっぱり雷のせいでストレスが溜まってるからじゃないかとか……」

「……待て。今何と……?」


 そこで、完全に興味を失い酒を呷っていたジンゴが、不意に手を止めてヒカリの話を遮った。

「あうう。……すびばせん。お菓子が美味しくて、つい……」

「今何と言ったと聞いたのだ。木槿の花が何だと?」

「ふえ? ええと、何でか今年だけ、花びらに薄い青っぽい色が着いてて、これはこれで綺麗だけど、今思えばこれは凶兆だったのかもねぇ、なんて……」

「ふむ。調べてみる価値はありそうだな」

「ええ?」


 口元に手を遣り考え込んだジンゴに、ヒカリが恐る恐る問いかける。

「あ、あの……お役に立てそうですか?」

「うむ。丸一日惰眠を貪っていたどこぞの娘よりはな」

「あらぁ? 私が索敵してる最中に荷車で寝っこけてた奴が何か言ってるわねえ?」

「まぁまぁ。で、ジンゴ? お前が集めた情報ってのは?」

「ふむ。まあ大した内容ではないが、一応教えておこう」


 そしてジンゴは、今日一日の、里長の屋敷でのあれこれを語りだした。


 ……。

 …………。

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