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それぞれの仕事

「待って待って待って。ダメだって。今日は私取材で来てるんだから……いや逃げようなんてしてないわよ!? ただ、ちょっと退路をかくに……待って。分かった。分かったから目ぇ赤くしないで! 今吸われたら死んじゃうから! 分かったわよ、もう! 行けばいいんでしょ行けば!!」

「??」


 長刀を正眼に構えたセイカの耳に、遠く後方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 一瞬気を取られた隙に、青黒い獣が跳躍の姿勢を取っている。


「まずっ……」

「リーダー!」

 その横っ面に矢が飛び、藍鉄色の鱗に弾かれる。

 慌てて獣の正中線から離脱したセイカの横にジンゴが立つ。

「ぼさっとするな、猪娘」

「!? ですから、私の名前はセイカです! 何度言ったら覚えてくれるんですか!?」

「大丈夫ですか!? リーダー!」

「だ、大丈夫よ! ありがとうミドリ!」


 獣を挟んだ反対側からかけれた声に返事を返しつつ、セイカは長刀を下段に構えて走り出した。

「待て」

 その腕を、ジンゴが掴む。

「何を……!?」

「うるさい奴が増えたな」

「え?」

 呟くようなジンゴの台詞にセイカが戸惑う間もなく。


 ひゅいいいいいいいいい。


 風を切る音と共に。


「ぜぃやぁ!!!!」


 赤い翼が降ってきた。


 夜天に尾を引きながら飛来した光が獣の右肩に命中し、その巨体をぐらつかせる。

 その影から、革のブーツが生え。

 ぎゅぶっ。

 獣の顎を蹴り上げた。


 ぐるぅああああ!!!!

 獣の怒声と共に紫電がはためく。

 赤い光と黒い影が同時に離脱し、離れた位置で着地する。


「ヨル君! アヤさん!?」

 驚愕するセイカの横をジンゴが走り抜ける。


「ぬん!」

 放電の収まる一瞬の隙を突き、横薙ぎの一撃。

 ざしゅ!

 獣の脇腹から、鮮血が舞った。


 獣が懐に入り込んだジンゴを逃すまいと、体勢を入れ替え前足を振り上げる。

 しかし。


「『裂英さくはなぶさ』!」

 ずるり、と、その体が滑った。

 見れば獣の右後ろの地面に、光を飲み込む闇の沼が現れ、その足を飲み込んでいる。


 その隙にジンゴが離脱。

 ぐぅぅぅぅぅぅ。

 足を引き抜こうともがく獣の、右からアヤが、左からジンゴが、正面からセイカが迫る。

 それを見た獣の一角が、眩く輝いた。


「……まずい!」

 地に手を付き封印魔法を維持していたヨルが叫ぶ。


 ごろろろろろろろろろろ。


 低く轟く雷鳴。

 そして。


 ぎゅがああああああああん!!!!!


 閃光が弾け、その場にいた全員の身体を衝撃が走り抜けた。

 白煙が立ち上り、草の焦げる匂いが充満する。


 ぐるぅああ!!

 巨大な落雷に怯んだセイカとアヤの間を、青黒い巨体が走り抜けた。

 攻撃に備え回避の姿勢をとった二人は目の前を通り抜けた巨体に呆気に取られ、次の一瞬でセイカの顔色が変わる。


「みんな!!」

 セイカの叫び声の先には、自分たちの荷馬車と、後方待機のメンバー。そして、それを守るように立つ魔法使いの少女。

 必死に風刃魔法を放つも、突進する巨体には効果がない。


「逃げて! ユウキ!」

 悲鳴のようなセイカの叫び声を受けて、金髪巻き毛の魔法使いの少女―ユウキは、杖を下げ、転身し。

 そして、自分の後ろ―自分が避けた後で次に狙われるであろう、後方待機の仲間の姿を見た。


 一瞬の躊躇いの後。

 後ずさる足を無理矢理前に踏み出し、震える歯の根を噛み締め、櫟の杖を握り直した。


(せめて、一太刀!)


 全身から魔力を絞り出す。

「断てよ天風(てんぷう)! 『下巨禍爪おろしおおまがつめ!!』」


 今の自分の最大攻撃魔法。

 研ぎ澄まされた巨大な風の大鎌が、敵を押し潰す。


 ごぅああああ!!!


 獣の咆哮と突風の爆発が混じり合い。

 粉塵か立ち込め。

 そして、

 紫電がそれを打ち晴らした。


 肩口から鮮血を滴らせ、獣が襲い来る。


(だめか……!)


 体から力が抜ける。

 恐怖を感じる心が、薄くなっていく。

 秒読みで迫る死。

 獣の足踏みが。


 三歩。

 二歩。

 一歩。


 後方に、必死で追い縋るセイカの姿。

 涙の膜で視界が滲み。

 そして。


「だめええええええええ!!!!!」


 不意に背後から聞こえた叫び声と、

 真昼の太陽のような光の爆発が、ユウキの意識を消し飛ばした。 


 ……。

 …………。


 五日程前のことである。

 帝国領のとある街の酒場で、こんな会話があったのだった。


「だから、その子供が見たというのさ」

「何をだ」

「雷獣さ」

「雷獣?」

「採取用の安全な森の中で、青く光る熊より大きな獣を見たらしい」

「それだけでは分からん。青系の魔獣なのか」

「こちらもそれ以上は分からんのだ。それを調査してもらいたい」

「おい。順を追って説明しろ。何を言い渋っている」

「……すまん。そうだな。らしくもない」


「お前は余計な事を考えすぎる。だから隊長などやらされるのだ」

「不名誉職のような言い方をするな」

「不自由職とでも言えばいいか?」

「……やめろ。今の俺に、お前の皮肉は効き過ぎる」

「口を軽くしてやろう。おい、ボトル追加だ」

「すまんな」

「いいから話せ」


「順を追ってと言うなら、俺の部下が、ハタガミの夏蜜柑が届いていないと言い出したのが始まりだ。駐留期間中にこの街に届くよう、手配しておいたらしい。それが届かん」

「ふむ」

「何分辺境の里だ。そういうこともあるだろうと言ったんだが、同時に気になることを言っていた。馴染みの行商の丁稚の少年が、ハタガミの里に至る街道の森で、青い獣の姿を見たというのだ」


「それが、雷獣だと?」

「ハタガミの里に伝わる伝承は知っているか」

「無論だ。だがあれは、里興の際にでっち上げた代物だろう。夏場に山の上の方で雷鳴が聞こえるのは確かなようだが、それはただそれだけのものだ。珍しい自然現象にかこつけて、自分たちの里に伝統の箔を付けただけなのではないのか」

「身も蓋もない言い方をするな。だがまあ、それで正解だろう。ただし、山の上層部に青き獣がいるという点は、あながち法螺とも言い切れんのだ。実際、帝都の観測隊が、ハタガミの山の頂上付近に大きな魔力を観測したことがある。その時は麓からの調査だったから、確実なことは言えんが、何もないということは、少なくともない」


「ふむ。その青き獣とやらが、今年は麓に降りてきていると?」

「可能性、いや、憶測の話だ」

「しかし、救援依頼も届いてはいないのだろう?」

「そもそもそれすら出来ない状況なのもしれん」

「心配性なやつだな。だからお前は…」

「俺のことはいい。しかし、それでなくとも、荷が遅れているのは事実なのだ。何か里に異変があったのではなかろうか、と、俺は考えた。ただ、あの辺は土地の魔力が不安定でな。遠文が上手く届かん。確認しようと思えば、直接出向くしかない」


「ならば、お前の隊から人を遣ればいい。ここからなら二日とかかるまい」

「俺の隊は、一昨日から別の場所に遠征しているのだ」

「ならば他の隊に依頼すればいいだろう」

「却下された」

「何?」


「申請を出したが、却下された。今度の遠征は大捕物でな。ウチだけでなく、白の騎士団全隊の主力がみな出撃する。他の隊は待機が仕事だ。動かせん。ならば他の色の団に、と言ったのだが、不確かな情報だけでそれは出来ないと言われた」

「成る程。ならば……」

「俺単騎ならば一日で往復できると言ったら、副団長に殴り飛ばされた」

「……成る程」

「久しぶりに死に目を見た」


「流石の『迅狼』も、『赤銅の虎』には敵わんか」

「今代の『愛染明王』だぞ。そもそもあの人が団長職についていないことがおかしいんだ。人の勝てる相手じゃない」

「恐怖を擦り込まれてるな」

「何とか頼み込んで、俺個人からお前に依頼を出す許可までは貰った。正規の傭兵に頼もうと思えば騎士団の名義を使うしかないが、この状況でそれをしては貴族院に目を付けられる。今奴らに弱みを見せるわけにはいかん」


「面倒な話だ」

「……全くだ。入団当時なら、野営を抜け出して一走り。翌日営倉行きと一年間の減俸で済んだ話なのだ。しかし、今の俺は小隊五つを預かる身だ。彼ら全員に迷惑をかける勇気が、俺にはない」


「ふむ。ならば、俺は取り敢えず里の様子を見てくればいいのだな」

「頼む。何もないなら、それに越したことはないのだ」

「何かあった場合は?」

「お前の判断に任せよう」

「………いいのか?」


「不安になる言い方をするな。言っておくが、魔獣を討伐するなら証拠の部位は残せよ。緊急依頼として申請すれば騎士団から金を引き出せる」

「ケチくさいことを言うな」

「俺のポケットマネーで魔獣討伐の報奨金など払えるか!」

「すまじきものは何とやらだな」

「……お前の立場が羨ましいとは言わんぞ、曖昧屋。騎士隊長には騎士隊長にしか出来んことがある」

「ならば、それを果たすがいい」

「そうするとしよう」


「そういえば、ヨル君は元気か」

「……何だと?」

「あの『夜明けの酒樽』にいた少年だよ。懇意にしているのだろう」

「懇意という程でもないが」


「去年は世話になった。彼の知恵がなければ、『ゴロウ組』の検挙は成り立たなかった。まさか架空の商会との取引をでっち上げて金貨の出所を隠蔽していたとはな」

「あいつは理外の存在だからな」

「ん? 吸血鬼であることか? 俺なら気にせんが」

「そうではない。あいつは吸血鬼としても異端なのだ。凡そ、この世の理から外れている」


「どういうことだ」

「上手く説明出来ん。それに、最近もう一人、理外の存在が街に増えた」

「先に言っていた、聖騎士の少女のことか?」

「まあな。あいつらには、あまり関わらん方がいい」

「危険思想があるようには思えんが……」

「確かなことは分からん。あいつらがこの世に何を為すのか。或いは何も為さんのか……」

「……お前はどうなんだ」

「俺は曖昧屋だ。意味のあることなど、何も為せん。だからせいぜい、間近で見物させてもらうのさ」


 ……。

 …………。

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