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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
プロローグ
2/156

便利屋ヨル

 ある世界に、大きな戦争があった。

 世界は二分化され、あらゆる種族を巻き込んで、戦争は続いた。

 戦争に終止符を打ったのは魔王と勇者だった。決戦の地で両者は相討ち、大地の盟約により戦争は集結した。


 戦後の復興の最中、一つの街が出来た。

 戦死した兵士たちの伴侶が寄り集まって出来た互助組織が、戦災により荒廃した街に根を張り、新たな街を興したのだ。

 そこにはあらゆる種族の未亡人たちが集った。

 争いはなかった。


「誰に何の恨みもない。私たちはただ寂しいだけ。悲しみに蓋をしよう。ここは『メリィ・ウィドウ』の街」


 復興の街『メリィ・ウィドウ』

 その街の大通りを外れた、街を覆う外壁の目と鼻の先に、一棟の長屋が建っている。建物自体は最近のものでも廃材をかき集めて建てられたこの長屋の雰囲気は雑多な街の中にあってなおどこか荒れた様相である。住人は現在三名。その中の一室、向かって左端の部屋の入口には、『便利屋―萬相談承リマス』の文字が見える。


 その入口、建付の悪い引き戸をガタリゴトリとこじ開けて這い出てきたのは、なんとも顔色の悪い長身の少年である。顔立ちは美形といえないこともないが、目の下の隈と不健康そうな顔色のせいでいささか魅力に欠ける。


 頭髪は墨汁で染めたかのような艶のない黒。長さは耳に掛かるほど。ところどころが跳ねているのは寝癖であろうか。藍で染めた麻のズボンによれたYシャツ。手には襤褸の外套がくしゃくしゃと丸めて握られている。

 時は日の出前。季節は春。風が吹かないせいで澱んだような冷たい空気にさらされ、少年は身震いをした。


「アヤさんは……帰ってないっぽいな。ジンゴは、まあいいか。さて…と」


 少年はボロ長屋を一眺めしてからそう独りごちると、外套を二三度叩いて埃を落とし、背中に羽織った。長屋の前に置かれた、これまた廃材で組み立てられた簡素な掲示板に張り紙を留める。

 ぐぅ、と伸びをすると、少年は俯きながらとぼとぼ歩き出した。


 人々の生活が始める前の時間。朝靄に差し込む光もない、ぼやけたような街を少年は進んでいく。慣れた足取りで小路を通り抜け、猫のしっぽを跨ぎ、家家の合間をくぐると、やがて石畳の大通りに出る。


 民家や商店が立ち並ぶ目抜き通りである。

 どこかでがらがらと戸の開く気配がする。

 湯を沸かす匂い。

 井戸水を汲む音。

 少年は目をしょぼしょぼと瞬かせ、欠伸を噛み殺しながらとぼとぼと歩いていく。

 やがて四ツ辻に差し掛かると、その角の大きな平屋の前で歩みを止め、控えめに戸を叩いた。


「毎度―、便利屋でーす」


 どたばたと床を走る音。

 サンダルをつっかける音。

 ガラリと引き戸が開けられ、玉蜀黍色の髪を高く結い上げた女性が現れる。


「あら、ヨルちゃん。早かったわね」

「おはようございます、ヨーコさん」

 少年の一日が始まろうとしていた。


 ……。

 …………。



「ニラレバ上がります!」

「定食よ」

「すいません、ヨーコさん、味噌汁とご飯お願いします」

「はーい」

「きのこスパは!?」

「あと……15秒ねぇ」

「五目焼きそば上がります!」

「あいよ。6卓オッケー」

「待ちは?」

「きのこスパ上がりー」

「あいよ。待ちは……ない!」

「そっちの伝票は?」

「えーっとぉ、」

「ヨルちゃん、こっち手伝って」

「はい」

「味噌カツ丼おねが、ってちょっとぉ!」

「早い者勝ちよ」

「ヨーコさん。カツだけ入れといたんで、後お願いします」

「ありがとぉ!」

 ……。

 …………。


「いやーホント助かったわ、ヨルちゃん」

 すっかり人が捌けた食堂で、洗い物をしながら店主の女性が言う。


「大変でしたね、いつもこんなでしたっけ?」

 卓の掃除をしながら、長身の少年―ヨルが返事をすると、別の卓を片付けていた女性―ヨーコと呼ばれた、玉蜀黍色の髪を高く結い上げた―がのんびりとそれに応える。

「今日は異常よぉ。スミちゃん、何かやったでしょぉ」

「あら、ご挨拶ね。ウチが繁盛して何か不思議があるかしら?」

「スミちゃあん?」


 スミと呼ばれた店主がカウンターに肘をおいて身を乗り出す。

「うふふ。ホントはね、今日ヨルちゃんが手伝いに来るって、昨日から街中に言いふらしておいたの」

「ええ!?」

「あー、そーゆうことしちゃうんだぁ」

 思わず手を止めてヨルが振り返る。


「だって、評判いいのよ? ヨルちゃんの料理」

「おいしいもんねぇ。でもスミちゃん、それは反則じゃなぁい?」

「反則って。そんな大した料理じゃないでしょうに」

 呆れたように言うヨルは、先程より強くテーブルを拭き始める。

「それがそうじゃないから今日みたいなことになってるのよぉ、ヨルちゃん」

「カヤノには悪いけどね、ピンチをチャンスに変えさせてもらったの」

「俺はカヤノさんの料理好きだけどなあ」

「それ、帰ってきたら本人に言ってやんなさい。ヘタなこと言うより、よっぽど元気出るわよ」

「カヤちゃん、大丈夫かしらねぇ」

「ヨーコは手を動かして」

「はあい」


 メリィ・ウィドウは製糸と酒造の街である。

 街を興した未亡人たちがそれぞれの故郷の産業を持ち寄った結果、この二つが街の産業の基軸となった。街の人口の9割は女性であり、労働者も当然女性が殆どであるとはいえ、住民は殆どが一人暮らしであるため、余計な家事を厭って食事は外で済ませるものが意外と多い。


 街に食事処は三軒。その中の一軒、『ハバキ食堂』は本来女性三人で経営する定食屋であったが、ある日、従業員の一人であるカヤノの元に帝国騎士団から手紙が届いた。曰く、先の大戦で亡くなったカヤノの良人の遺留品と思しきものが見つかったので、確認と引き取りに来てもらいたい、とのこと。


 何故十年以上も経って、と本人も周囲の人間も訝しんだが、昨年の地震により水脈の途切れた涸れ沼の中に鎧が埋もれているのを、開拓団の一行に発見されたのだという。その沼地は戦線の前後していた合間に位置しており、確かにカヤノの良人が消息を絶った戦場に近い。


 今更とは思ったものの、周囲の勧めもあり、カヤノは開拓団の駐屯地まで赴くことに決めた。行くとなれば日帰りというわけには行かない距離である。往復三日の旅程の内、一日を食堂の定休日に当て、残り二日の、最も混雑する朝時間のピンチヒッターとして選ばれたのが、街の便利屋―ヨルというわけだった。


「まいどー!」

 日もすっかり昇り、徐々に気温も上がってきた頃、ハバキ食堂にて従業員プラス一名がのんびりお茶をしていると、引き戸を勢いよく開け放ち、一人の女性が入ってきた。


「アヤさん」

「やっほーヨル君。お疲れ様」

 ヨルの背にも届きそうな長身とぱっと目を引く桜色の髪を肩口に切りそろえた年若い女性―アヤは、軽い足取りで三人の座るテーブルに近づくと、許可も求めずどっかと座り込む。


「ほい、ハバキさん。これお土産」

 風呂敷に包まれた荷物をテーブルに広げた。

「あら、枇杷」

「初物よん♪」

「どうしたのぉ、アヤちゃん」

 長く伸びた足を優雅に組むと、胸を反らしてそれに応える。

「戦利品よ」

「戦利品?」

 ヨルの顔が曇った。


「アヤさん、確かこないだから例の商会に取材に行ってたんじゃなかったですか? 何で戦利品なんて言葉が出てくるんです?」

「なあに、あの腐れジ……おじ様があんまりお盛んなもんだからさ、麻雀で勝ったらお好きにどうぞって言って差し上げたの。傑作だったわぁ、あの血走った目! 還暦過ぎの……おじ様がよ? はんっ。全員まとめて飛ばしてやったわよ」

「それでついでに初物の枇杷までかっぱらってきたって? 相変わらず剛毅だねぇ」

「決まり手はぁ?」

「九蓮宝燈」

 ヒュー、っと二人の中年女性がはやし立てる。


「アヤさん。あんまり危ないことは……」

「何言ってんの。ヨル君が教えてくれたんじゃない」

「まさかホントに身につけると思わなかったんですよ! バレたらただじゃ済まないんですからね!」

「それこそ何言ってんの、よ。ヨルちゃん。商会のジジイ相手にサマ働くくらいの度胸がなきゃ、このババアたちの街で好き好んでブン屋なんか出来ないわ」

「いやですわ、おばさま。私、こう見えて幼い頃から淑女の嗜みというものを―」

「胡散臭い笑顔浮かべてないで、要件をお言い」

「二日酔いで死にそうなの。なんか頂戴」

「はいはい」


 店主が店の裏の戸棚からガサゴソと取り出した生薬を豪快にかっこんだアヤは、深く深呼吸をすると、椅子の背もたれに深くもたれかかった。


「カヤノさん、エナンの街に行ったんだって?」

「旦那さんの遺留品の検分にね。涸れ沼から鎧だけが見つかったって」

「……成る程。気を使ったのか、後ろ暗いところがあるのか」

 声音を低くしたアヤに、三人が怪訝そうな顔を向ける。

「どういうことだい、アヤ?」


「大事な情報が隠匿されてるわ。涸れ沼から出たのは、鎧じゃなくて、石化した傭兵団の遺体よ」

「!?」

「石化した、遺体?」

「ええ、小隊丸々のね」

「敵方の魔族にやられちまったってことかい? でもそんな、小隊全員なんて……」


 青ざめた顔をする二人の女性に、なお暗い顔をしたヨルが言った。

「スミレさん、魔族の戦士は石化魔法なんて使いませんよ」

「え?」

「そうなのぉ?」

「人間の騎士団と違って、魔族の魔法は狩猟のために進化したものです。獲物を石にしちゃったら食べれないじゃないですか」

「はぁ、そういうもんかい」


「流石ヨル君。正解、私の知ってる限りじゃ、石化魔法を使うのは石を食べる高位の魔獣か、黄の騎士団の一部だけ。戦争もその頃には誰が味方で敵だかわかんないくらいにぐちゃぐちゃしてたらしいから、何か騎士団にとって不都合なことでもあるのかもしれないわ」

「アヤさん、言っときますけど―」

「分かってるわよ、いくらあたしでも帝国に喧嘩売る気はないわ」

「ヨルちゃんはいい子だねぇ」


「そんなことより、今はもっと面白そうな特ダネがあるのよ!」

 不意に目に火を点したアヤががばりと起き上がる。

「特ダネ?」

「教会から派遣されてきた聖騎士! もう着いてるでしょ?」

「あー、あったわねぇ、そんな話」


「ヨーコさん、何呑気に言ってるんですか、三年ぶりでしょ、この街に聖騎士が派遣されるなんて。二人はもう見た?」

 興奮気味に聞くアヤに、スミレとヨルは顔を見合わせる。

「そういえば、見てないねぇ」

「まだ着いてないのでは?」

「そうなの? だって、ジジ…おじ様の話じゃ、こないだの十日夜に聖騎士養成校の卒業式があって、それと同時に赴任先に出発させられたらしいから、もう二三日前には着いてておかしくないはずなんだけど……」


 がっかりしたように言うアヤに、スミレは意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。

「もう満月じゃないか。逃げちまったんじゃないのかい? こんなド田舎の斜陽の街、貧乏籤引かされたようなもんだろう。というか、わざわざ籤作るほどのもんでもない、そいつ、体よく僻地に追いやられたんじゃないのかい?」


「三年前までいた聖騎士のおじいちゃんも、隠居するまでの時間潰しみたいなもんだったしねぇ。それから先、後任なんか全然よこさなかったんだもの。いくら領土上は聖国内って言っても、元々あってないような街だしねぇ」

「俺は好きですよ、この街」

「私もヨルちゃんのこと大好きよぉ。今晩泊まってくぅ?」

「出たよ、マダムキラー。ジンゴにも一割くらい見習ってほしいわ」

「ジンゴはまあ、……あれはあれでいてくれて助かってるからね」

「私はちょっと苦手ねぇ」


「せっかくですけどヨーコさん。今日はこのあとクーネさんのとこ行かないと」

「忙しいわね」

「倉庫整理だそうです。そろそろ遺品も処分しようかって」

「あらそう。ヨル君、掘り出し物があったら―」

「横流しはしませんよ。直接交渉してください」

「この優等生!」

「どういたしまして。じゃ、スミレさん、御用の際にはまたお願いします」

「あいよ」

「またねぇ」


 ……。

 …………。


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