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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
107/156

赤と黒の再会

 時と所は変わって。


 帝国領のとある宿場町。

 年明けから数日が経ち、徐々に街道を行き来する人も増えており、この小さな町もそれなりの賑わいを見せている。

 町にいくつかある宿の内の一つ、その一階の酒場で、一人の女性が静かに杯を傾けていた。


 飾り気のないニット帽から、肩口まで伸びる薄い金糸の髪が零れている。

 卓は半分ほどが埋まっており、金髪の女性はその中の一番隅の席に座り、一人ちびちびと、無表情に酒を飲んでいる。

 時折漏れる吐息からは、隠しきれない無聊が見て取れる――。


「ここ、空いてます?」


 そこに、鈴を転がすような声で、話しかけるものがあった。

 足音を殆ど立てない動きでするすると金髪の女性の卓に近づいた、目深にフードを被った、小柄な人物。

「悪いけど、一人で飲みたい気分なの。遠慮してくれる?」

 声をかけた人物の方を一瞥もせずに答えた女性に、フードを捲り上げたその少女(・・・・)は、くすりと小さな笑みを零し、気にせず対面に座った。


「ちょっと…………え?」

 鼻白んで顔を上げた女性の表情が固まる。


「まぁまぁ、釣れないこと言わないでくださいよ、アヤさん?」


 二つお下げにした青みがかった黒髪が、薄暗い笑みを浮かべた顔に揺れる。

 細い首には、艶を放つ黒革のチョーカー。

 金髪の女性―メリィ・ウィドウの街の()新聞屋・アヤが、思いっきり顔を顰め、吐き捨てるように言った。


「何であんたがここに居んのよ、アズミちゃん」


 アズミ・アタラシ。

 黒の魔法使いにして、傭兵団『曙の貴妃』の元構成員。

 そして、昨年の夏、アヤが仲間と共に悪事を暴き、その手で騎士団送りにしたはずの少女であった。


「アヤさんこそ、どうしたんです、その髪?」

「変装してんだから話しかけてこないでくれる?」

「あは。ごめんなさい。つい嫌がらせしたくなって」

「で? あんたは。どうして。奴隷労働もせずに。こんな酒場にいるのかしら? 何なら近くの駐屯所に通報に行ってあげるけど?」


 お互い、口元に微笑を浮かべて(ただし、目元は全く笑ってない)言葉を交わす。

 アズミは酒場の給仕に麦酒を頼むと、頬杖を突いてアヤを睨め上げた。

「ふうん。いいんですかあ? 騎士団に連絡なんかしちゃって?」

「どういう意味」

「そのまんまの意味ですよぉ。私、最近騎士団の内部事情にはちょっと詳しいんですよ。何でも、赤の騎士団で現役最古参の隊長の一人娘が出奔して、ここ数年行方不明になっててぇ。それを彼女の魔法の師である第四大隊の隊長さんが血眼になって探してる、って」

「…………」


 ジョッキを受け取ったアズミが、邪悪な笑みを浮かべて前に乗り出す。

「ねえ、アヤさん。ホントに駐屯所になんか行っちゃって大丈夫? ほらぁ、私って、嘘がつけないタイプじゃないですかぁ。あ、因みに私は、全然大丈夫ですよ、駐屯所でも、騎士団の本部でも」

 くい、とジョッキを呷ったアズミを、アヤは無表情に見つめている。

「あは。黙っちゃった。ア・ヤ・さん。実は私、最近ちょっと手持ちが少なくって。もしアヤさんが、顔馴染みの誼で私にお小遣いくれたら、ちょっとはお口、固くなるか――」


 その言葉が、途中で途切れた。

 目にも留まらぬ速さで突き出されたアヤの右手の指が、アズミの首筋のチョーカーに引っ掛けられている。

 アズミの顔色が、一気に蒼くなった。


「ねえ、アズミちゃん。これ、随分良い革使ってるわね、ちょっと外してよく見せてくれる?」

 くい、とその指に力が込められ。


「分かった。分かりました謝りますごめんなさい!」

 アズミが引き攣った声で、両手を挙げた。


 指を放したアヤが鼻息を漏らして椅子に座り直す。

 冷や汗を拭うアズミの手からジョッキを奪い取ると、一息に干した。


「『帰順の消印』。術者の命に背いたり、術者以外が外そうとすると即座に命脈が断たれる首切の首枷、だっけ? 確か、犯罪者の逃亡を許さないために開発されたはいいものの、戦後になって人道的な問題で使用がかなり制限されたって、聞いたけど」

「うぅ……」

 恨みがましい目で睨みつけるアズミを、アヤは呆れ顔で見返した。

「つまりあんた、司法取引かなんかで奴隷労働の代わりに騎士団の裏仕事やらされてるのね? 成程。それで最近の騎士団の内部事情とやらに詳しいわけだ」


「私が知ってる限りの裏稼業の情報と引き換えに、ですけどね。おかげでもう、前みたいな仕事は出来なくなっちゃいました」

「あら、よかったじゃない。これを機に真っ当な生き方してみたら?」

「よかないですよ。これ、後二十年は外れないんですよ? 散々騎士団で裏仕事やらされた挙句、アラフォーになってほっぽり出されて、それからまともな仕事なんて出来ると思います? どうせその後も騎士団の厄介になるしかないじゃないですか。真っ暗ですよ。真っ暗」

「自業自得」


 連れないアヤの態度にアズミは頬を膨らませる。

「ねえ、アヤさん。ちょっとヒカリさんにクチ聞いて、これ、何とか解除させてくださいよ。あのお人好しならそのくらい聞いてくれるでしょ?」

「馬鹿ねぇ。その首枷、黒の騎士団の団長、いえ、今は副団長だったかしら、あの妖怪爺ぃのお手製でしょ。聖術くらいで解けるような代物なわけないじゃない」

「はあぁ……。ですよねえ」

「大体、私が(よし)なんて言う訳ないでしょ。あんたの存在はヒカリちゃんの教育に悪いわ」


 アズミは深々と溜息を吐くと、さっきのお返しとばかりにアヤの酒器を奪い一気に飲み干すと、給仕に二人分の酒の追加を頼み、アヤは何も言わずに小鉢に盛られた煎り豆を摘まんだ。

 そこでアズミが、「ああ、そういえば」と再び恨めしそうな目でアヤを見る。


「どの道アヤさんに頼んだって駄目じゃないですか。ホント、性格悪いなぁ」

「はあ?」

 不快気に眉根を寄せたアヤに、アズミが言う。

「だって、アヤさん、どうせもうメリィ・ウィドウの街には戻んないつもりでしょ? じゃあヒカリさんにだって取り次げないじゃないですか」

「いや……確かにそのつもりだったけど。何であんたがそんなこと……」


 アズミの眼が細められ、声が一段低くなる。

「だーかーら。私、騎士団の内部事情には詳しいんですってば。あれでしょ? 今、例の第三分隊の隊長さんが直々にメリィ・ウィドウの街に向かってるんですよね? そっから逃げてるんじゃないんですか?」

 その何気なく発されたアズミの言葉に、アヤは一瞬目を見開き、次いで気が抜けたように首を後ろに反らした。


「ギリギリだったか……。まあ、何とかなったわね」

「え? 知らなかったんですか?」

 思わず伏せていた顔を上げたアズミに、アヤは真顔で頭を下げた。

「貴重な情報、ありがとうございます」


 アズミががっくりと肩を落とす。

「うわぁぁ。やらかした~」

「ふふ。ここのお酒くらいは奢ってあげるわよ。情報料として」

「おばちゃーん。一番強いお酒持って来て!」


 苦笑しながら酒器を呷るアヤに、アズミは溜息交じりに言った。

「じゃあ、やらかしついでにもう一個教えてあげます」

「うん?」

「件の隊長さん、別にアヤさん捕まえるためだけにわざわざ国境跨ぐんじゃないんですよ」

 アヤの眉根が寄せられる。


 アズミは両肘をテーブルにつき、口元を手で隠しながら、上目遣いにアヤの眼を見た。


「狙いは、ヨルさんです。聖国はヨルさんが新たな真祖の吸血鬼であることを暴き、無害認定を解除。帝国騎士団に討伐の助力を求めました。ついでにアヤさんがメリィ・ウィドウの街に潜伏していることを密告して、件の隊長さんを引きずり出したんですよ」


「…………え??」


 アヤの手から酒器が零れ落ち、小さく、乾いた音を立てた。


 ……。

 …………。


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