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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
105/156

意思は捨て置け

 大陸に6つある国家の一つ、アイゼンガルド連邦。

 大陸北部の13の小国を纏めて作られたこの国は、平均魔力濃度の非常に高い土地柄から、強大な魔獣の発生が多い。

 そこに住まう民族はみな生まれながらに魔力の扱いに長けた人種―魔族であり、それをもってアイゼンガルドは魔国と俗称される。


 この魔国の南部に位置するいくつかの小村に、一つの言い伝えがある。


『乾風に露音あらば気を付けよ。意思は捨て置け、御霊を取らる。妖しの虹架かりなば、蛇は去りぬ。去りぬべし。追うてはならぬ。逃ぐるべし。背に白き意思をば提ぐるべし。蛇はただ、去りぬべし。疾く備えよ。蓄えよ。冬ぞ来る。常世の冬ぞ来るべし』


 これは、ある魔獣について説いた伝承だと言われている。


 ケロスの三頭蛇みずへび

 その名の通り3つの頭を持つ蛇型の魔獣で、計6つの眼がそれぞれ紫・青・緑・黄・橙・赤に光り、6種類の魔法を操るとされる。

 目撃例は非常に少ない。

 ただ、その数少ない記録によると、その魔獣が目撃されると決まってその土地は向こう10年間、不作に悩まされるのだという。


「な、なんだ、そりゃあ??」

 ジンゴの蔵書を借りて読んだ記憶を元にたどたどしく説明するヒカリの話を聞いた町民が、呆けたような声を出した。

 当事者である商人の男―サカキ・イヌイと名乗った―も、ぽかんと口を開けている。


「あ。あの、サカキさん。今回無くなった魔石は、何色ですか?」

 急に話を振られたサカキは、どもりながらそれに答えた。

「あ、ああ。ええ、っと、赤・青・黒の三色、だけど……」

「サカキさん、ひょっとして、白系の魔道具、持ってたりしませんか?」

「…………ある。確かに。護身用の、隠し武器だが……」


 ああ、やっぱり、と言って顔を俯かせたヒカリを、周りの人たちが訝し気に見る。

 隣でその話を聞いていたツグミは、急に人目を引き始めた親友を心配して肩に手を遣った。

「ちょっとヒカリ。どういうことなのよ。ちゃんと聞くから、ちゃんと説明して?」

 ヒカリは顔色を悪くしたまま、ツグミと、サカキ、町民たちを見渡した。

 少し、震える声で。


「伝承に言う“意思”っていうのは、“石”のことで、この場合は魔石のことなんだそうです。水の気配もないのに水が滴るような音がしたら、ケロスの三頭蛇が近くにいる証拠で、その蛇は魔石を持って行っちゃうそうなんです。もし魔石がなかったり、持ってる魔石を庇おうとすると、代わりにその人の命が持って行かれる。

 けど、おかしな虹が架かって見えたら、蛇は去った証拠。蛇は白の魔石にだけは手を付けないから、それをお守りにして早く逃げなさい、っていう伝承です」


「確かに、話はよく似てる。……いや、そのものずばりって感じね」

「白の魔石にだけは手を出さない、っていうのは……?」

「それは、ええっと……」

 町民からの問いに答えたのは、ツグミだった。

「『金克木』ね。ヘビは鱗の生き物だから、その本性は“青”。多分その魔獣は、それぞれの頭が青・赤・黄の三色の属性を持っていて、それぞれの混色魔法も使えるのね。だから“水生木”で黒の魔石は取り込めるけど、“白”だけは取り込めない……」

「「「は、はあ……」」」

「いや、なんでヒカリも一緒に感心してるのよ」


「あう。あ、あの。えっと! ホントに大事なのはその先で!」

「……常世の、冬が来る?」

 誰かが不意に呟いた、先のヒカリの説明にあった言葉に、町民たちはみな顔を見合わせた。


「それは、どういう意味なんだ?」

「馬鹿、聞いてなかったのか。不作になるんだよ、その土地が!」

「えっと、向こう10年間?」

「そんな!」

「畑が駄目になっちまう!」


 その時。


「一体何があったんですか?」


 騒ぎを聞きつけた、町長のカノ・タジマが、お付きの使用人を従えて現れた。

「あ、町長。それが……」


 気まずそうな顔をしたツグミが、幾人かの町民の助けを借りつつ、カノに事情を説明する。途中からはヒカリの説明も交えたその報告を聞くうち、カノの眉間に深い皺が刻まれていった。

「ですから、教会に草原と湿地の調査依頼をした方がいいかと――」

「馬鹿馬鹿しい」


 話を遮り、切って捨てた。

「なんですか、ケロスの三頭蛇? そんな魔獣の話など、聞いたこともありません。そもそも、この街に繋がる街道はみな安全で、地脈の筋とも大きく外れています。災害級の魔獣など湧くわけがない」

「あの、でも……」

「あなた、イヌイさんと言いましたね。おおかた、荷を失った言い訳に、どこぞで仕入れたその魔獣の伝承を元にして、それらしい話をでっち上げたのでしょう」

「そんな!」


 悲鳴のような声を上げたサカキを無視し、カノはツグミをきつく睨みつけた。

「ツグミさんも。このような流言に惑わされて、街のみなさんを不安にさせられては困ります」

「あ。……その、……はい」

「ち、違うんです! ツグミは悪くなくて、私が――」

「とにかく!」

 カノは詰め寄るヒカリに目線を合わせないように、また一つ大声で場を鎮めた。


「みなさんもよくご存じの通り、この街に繋がる街道は安全です。そして、みなさんが作り上げた茶畑は我が国に誇る立派なものです。たかだか変事の一つで駄目になる程やわではない。おかしな言葉に惑わされる必要などありません。さあ、解散しましょう。今日は風が強い」

 その言葉は力強く、町民たちはみな、夢から覚めたようなような表情で、あるいは中にはまだ腑に落ちない顔の者もいたものの、それ以上は何を言うでもなく、三々五々に散って行った。


 残されたのは、目に涙を浮かべたヒカリと、気まずそうな顔のツグミ、そして、蒼い顔をして震えるサカキと、憮然とした表情のカノ。

「あ、あの――」

「あなた方は、私の屋敷に来て頂きます」

 溜息と共に吐き出されたカノの言葉に、二人の聖騎士は揃って肩を落とし、項垂れた。

「あう」

「……はい」


 踵を返し歩き出したカノの後ろを三人はついて歩き、町民たちは様々な表情でそれを見送った。

 不安そうな顔。

 憮然とした顔。

 怒り混じりの顔。


 その全てを寒風が撫で去り、アタゴの街を冷たく重い空気で覆った。


 ……。

 …………。


「おい。三番の回路に淀みがあるぞ」

「む。……おお。確かに」

「……五番のバレルの濃度が高すぎるな。流れに支障が出ている」

「いやはや。流石はジンゴ殿だ。計器も使わずこれほど精確に魔力流を読めるとは」

「それをあてにしていたのだろう。今更何を言う」

「はは。手厳しいことをおっしゃる」


「ふん。しかし、良かったのか?」

「何がでしょう?」

「聖国貴族が自ら吸血鬼に接触するなど……」

「ははは」

「……成程、これが初めてではないわけだ」

「ヴラドとかいう鬼はおだてやすくて助かったのですが、最古の真祖に邪魔されたようでしてな」

「今回は?」


「恐らく、早晩サイオンジ家は襲撃されるでしょう」

「なに?」

「あのオロという個体は少々厄介でしてな。一度狙われたが最後、人の世の交渉事は悉く通じません。ならば、先にこちらから接触した方がまだしも都合がいい。恐らく、我らの言など端から信じてはいないでしょうが、先に襲いやすいターゲットを与えておけば先ずはそちらから当たるはず」

「ふむ。で、その後はどうするつもりだ?」


「は、は、は。さあて。どうしましょうかなぁ?」


 ……。

 …………。


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