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夜の王は静かに暮らしたい  作者: lager
冬の話(前編)
102/156

茶摘みの街にて

「明けましておめでとうございます、ジンゴさん」

「ハズキか。どうした」

「新年のご挨拶ですよ」

「…………うむ」


「その、いいんですか? 折角の元旦なのに、ご自宅に戻らなくて……」

「俺に故郷と呼べる場所はない。メリィ・ウィドウは、ただの仮住まいだ」

「そう、……ですか。あの、あの街の方は、私のことを何か――」

「ハズキ。この間の件を、お前が気に病む必要はない。お前はただ、自分の務めを果たしただけだ」

「いえ。それでも、私は……」

「お前にそんな顔をさせるつもりはなかった。……俺の気遣いが足りなかったのだ」

「ええ!?」


「何を驚いている」

「ジンゴさんは、その……変わりましたね」

「変わった? 俺がか」

「以前のジンゴさんは、『俺の気遣い』なんて言葉を使いませんでした」

「ふむ。かもしれん」

「やっぱり、あの街にいたせいでしょうか?」

「さあな」


「私は最初、あの街が不気味でした」

「不気味?」

「どこもかしこも好意と善意に満ちていて、私には何というか、作り物めいて見えました」

「成程」

「おかしいですよね。彼女たちの在り方こそ、人の本来あるべき姿のはずなのに」

「あの街は、疲弊した街なのだ。隣人と争うことに、最早力を回せんのだ」


「妬ましかったんだと、思います。あんな街があるのなら、あんな、ヒカリさんのような聖騎士の在り方が認められるのなら、私が今まで悩んできたことは、一体何だったんだろう、と」

「ハズキ。お前は――」

「でも。今ならもっと、あの街の人たちと向き合える気がするんです。今更、私を受け入れてはくれないでしょうけど……」

「あの街の住人は、そんなことを気にしない」

「はい?」

「吸血鬼の小僧を受け入れるような街だぞ。それに、秋の一件でお前に責がないことは既に承知させてある。何度も言うが、お前がこれ以上気に病む必要はない」

「ありがとうございます。やっぱり、ジンゴさんは変わりました」

「ああ。そうかもしれん」

「でも、今のジンゴさんの方が素敵ですよ」

「そうか……」


「あの、ジンゴさん」

「何だ」

「その、私、振袖を新調したんです。も、もしよかったら、この後、一緒に礼拝に……」

「この後は、実験の経過を看ておく必要がある」

「そ、そうですよね。すみません、私……」

「……午後からなら、時間を取ろう」

「は、はい! ありがとうございます!」

「うむ」

「じゃ、じゃあ、お昼が済んでから、ですね! 私、準備しておきますから! 一旦失礼します!」

「ああ」


「…………すまんな、ハズキ」


 ……。

 …………。


 聖国領アタゴの街は聖都から見て南東の丘陵部に位置する、所謂地方の田舎街であり、茶葉の産地としても有名である。

 人口の規模はメリィ・ウィドウの街と大して変わらない程で、普段は日向で欠伸をする猫のように緩やかな時が流れるその街の、唯一存在する大食堂が、その日はいつもより少しだけ賑わっていた。


「それにしてもびっくりしたよー。ヒカリってば、いきなり来るんだもん。手紙くらい寄越してくれたっていいのに」

「ツグミだって、こないだウチに来たときはいきなりだったもん」

「それはそうだけどさー」

「うわ。これ、おいしい!」

「でしょでしょ。この焙じ茶プリン、私がレシピ作ったんだから」

「ううん。やっぱり料理じゃツグミに勝てないなー」

「ふふん」


 日も中天に上り、穏やかな陽射しの差し込む食堂の片隅で、緋色の髪をポニーテールに結った聖騎士の少女―ツグミと、ふわふわとした栗毛を揺らすヒカリが、古びたテーブルを挟んで向かい合っているのである。


「私だって、びっくりだよ、ツグミ。あんなに聖都の仕事に憧れてたのに」

「うーん」


 亜麻色のスイーツを匙で掬いつつ問いかけたヒカリに、困ったように笑いながら、ツグミが答える。

「そりゃね。思った以上だったわよ、聖都は。半年くらいだったけどさ。私、聖騎士になってよかった、ってホントに思った。お姉様にも会えたしさ」

「じゃあ、どうして……」

「あんたのせいに決まってるでしょ、ヒカリ」

「あうぅ。……やっぱり?」


 ヒカリの手が止まり、顔が俯く。その栗毛が萎れたように下がるのを見て、ツグミが苦笑した。

「違う違う。ヤな意味じゃなくてさ。私、あのタンシャンの山で、正直言うとね、ヒカリに嫉妬したの」

「ええ?」

 ヒカリが、素っ頓狂な声と共に顔を上げる。

 その手から匙を掠め取ったツグミが、ヒカリの食べかけのプリンを一口掬って食べた。

「ああ!」


「だって、あのヒカリがだよ? みんなに助けてもらってばっかで、聖術の一つもまともに使えなかったヒカリがだよ? あんなおっきな魔獣を倒しちゃうし、こわーい獣人のおじさんとは対等に渡り合うし。あれがヒカリの半年間の成長なら、私のやってきたことって何? おしゃれな街で、おしゃれな隊舎で仕事教わって、お偉いさんにコネ作って、先輩の後ろニコニコしながらついて歩いて。私とヒカリ、どっちがホントの聖騎士に近づいてるんだろう、ってさ」

「ツグミ……」


 ツグミは話しながらもう一口匙でプリンを掬うと、今度はヒカリに向かって差し出した。

 ヒカリは一瞬躊躇った後で、おずおずとそれを咥える。

「それで、お姉様に相談したらね、この街の駐留任務を紹介された、ってわけ。そりゃ、本来の出世コースからは外れちゃうけど、お姉様だって、最初は地方の駐留任務からスタートしたって言うし。ヒカリもお姉様も経験したこと、私もしてみたいな、って、そう思ったの」

「そう、だったんだ……」


 そしてツグミは、今は街で諸々の雑用をこなしながら、食堂を営んでいる家に居候させてもらっていること、時々その仕事を手伝っていること、街の住民何人かと既に仲良くさせてもらっていることなどを語った。

 ヒカリはそれを真剣な表情で聞き入り、そして少し恥ずかし気な様子のツグミの後ろから、声がかかった。

「ホント、ツグミちゃんが来てくれてよかったよ」

 お盆に急須を乗せた中年の女性が、ニコニコと笑顔を浮かべて立っている。


「女将さん」

「この子が来てから、街も前より明るくなってさ。ウチの仕事まで手伝ってもらっちゃって。大助かり」

 二人の湯呑にお茶を淹れ直した食堂の女将は、隣の卓の椅子を引いて自分も座に加わった。

「手際はいいし、味付けは私より丁寧だし」 

「ツグミは、同期の中でも一番料理上手だったんですよ!」

「ちょっとヒカリ。それ毎回言うつもり?」

「ええー。いいじゃない。ホントのことだし」

「うふふ。あなたが、ツグミちゃんがいっつも話してた同期の子ね?」

「ふえ?」

「聞いてるわよ、色々と」

「あ。ダメダメ。女将さん、ストップストップ」

「ええ~?」


 そして、女将は街でのツグミの様子をヒカリに語って聞かせ、お返しにヒカリも養成校時代のツグミの話を披露した。その度にツグミは顔を赤くしたり青くしたりと忙しく、その内に店内の他の客も話に加わって、賑やかにお茶を囲んだ。

 すっかり話し込んでしまった女将が仕事に戻ると、げんなりした様子のツグミに、ヒカリがニコニコと笑いかけたのだった。


「やっぱり、ツグミはすごいよ」

「はい?」

「もう、すっかり街の人にも受け入れてもらってるじゃない。私なんか、最初は全然上手くいかなかったのに」

「ううん。それが上手く行ってばっかでもないんだよねぇ」

「そうなの?」

 きょとんとした顔のヒカリの視線を苦笑いで躱し、ツグミはすっかり冷えたお茶を啜った。


「それに、ここ、ホントに平和でさ。私が来るまで聖騎士の駐留なんて殆どなかったもんだから、訓練施設もなくってね。腕が鈍っちゃいそう。ヒカリはメリィ・ウィドウの人たちに稽古してもらってるんでしょ?」

「うん。結構凄い人、いっぱいいるんだよ。シャオレイのおばあちゃんもそうだけど、魔族の戦士だった人には剣術教えてもらってるし」

「いいなあ」


 頬を潰してヒカリを睨め上げるツグミ―養成校時代、サボりの常習犯だった友人のそんな言葉に、今度はヒカリが苦笑した。

 そういえば、と、ツグミがヒカリの荷に目を向ける。

「あの木剣魔道具。あれってどうなの?」

「ふえ? どうって?」

「ヒカリ、聖気のコントロールすっごい上手くなってたじゃん。ひょっとしてあれ使ってるおかげとかなんじゃない?」

「あ、あ~。うん、それはある、と思う」

「ちょっと使ってみていい?」

「え? いいけど……」


 ヒカリは荷を解き、中からジンゴ謹製の木剣を取り出した。

 嬉々とした顔でそれをツグミが受け取る。

「いや~。実はこないだから気になってはいたんだよねぇ。どうやって使うの?」

「どう、って。ええっと、普通に聖術使う時みたいに、握った手に聖気を巡らして……」

「んん??」


 何も起こらない。

 首を傾げるツグミが両手で掲げた木剣は、ただ白木の剣身で陽を反射するだけである。

「え、これ、ヒカリじゃないと使えないの?」

「ええ? そんなことないと思うけど……。いや、でも、そういえばジンゴさんがそんなこと言ってたような……」

 ヒカリは頭を抱えて、この木剣を初めて授かった時の記憶を必死にほじくり返す。


『この魔道具はこの娘にしか使えん』


 そうだ。確かそんなことを言っていた。

 その理由を、彼は何と言っていたのだったか……。


「ええ? でも、魔力契約なんかしてないでしょ。五色の魔道具じゃないんだから。ううん。力の込め方が足りないのかな。確かにヒカリ、聖気量は昔っから多かったもんなあ。よーし」

 そう言って立ち上がり、改めて木剣を構えたツグミの台詞が、ヒカリの記憶を刺激した。


 そうだ。


『常人がそれを使ったところで――』


「これ、で、……どう、だ…………あれ?」

「つ、ツグミ、待って――」

「あれ? あ、なんか凄い光って、ちょ、これ、どうやって止め――」


『――干からびるだけだ』


 びっかああああああ!!!!


 食堂に朝焼けのような陽光が爆発し。

 一瞬で晴れる。

 そして。


「きゅうぅぅ」


 目を回したツグミが、大の字になって倒れた。


「つ、ツグミぃぃ~~!!」


 ……。

 …………。


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