便利屋見習いヒカリ
その日は朝からぽかぽかと暖かく、陽光の中に蝶の踊る、穏やかな日であった。
玉砂利と芝生が形作る落ち着いた雰囲気の庭に並んで生える白樫の木に、脚立が立てられ、その上から藍色のズボンが覗いている。腰には黒い外套が巻かれ、ところどころに落ちた葉っぱが付いているのが見える。
上半身はこんもりと茂った枝葉に隠れて見えないが、時々、ぱちり、ぱちりと音が聞こえると、木の根元に細かな枝が落ちていく。
「お茶入れたわよ。休憩にしない?」
「ああ、ありがとうございます、マーヤさん」
庭木の剪定。便利屋ヨルの、今日の仕事であった。
「まあ、さっぱりしたわ。ありがとうね、ヨル」
「秋頃に、真ん中切りすぎちゃいましたかね。随分横に広がっちゃいました」
「あんまり高くなっても困るから、これくらいがいいわ」
「あとちょっと形整えたらおしまいですね」
「もう便利屋やめて庭師になりなさいよ、ヨル」
「なんでみんな俺に便利屋を辞めさせようとするんですか……」
庭の縁側に、冷えた焙じ茶と干菓子の乗ったお盆を挟んで、マーヤとヨルが並んで座る。
日差しは暖かく風もないので、ヨルの首筋には汗が浮かんでいる。
「そういえば、サラさんのとこはホントに大丈夫だったんですか?」
元々、今日のヨルの仕事は、用事で遠出するエルフの女性の代わりに、飼い犬の散歩をすることだった。それが朝、そっちは大丈夫になったので、予定がなければウチに来て欲しいと、マーヤからの『遠文』を受け取ったのだ。
「ああ、心配ないよ。それよりヨル。この間ジンゴが騒いでた、あの、何とかいう魚は捕れたのかい?」
「総角鯉ですね。大変でしたよ。最後は森の奥まで探しに行っちゃって。何とか一匹手に入れました」
「ふうん。そんなに美味しいのかい」
「いえ。味は最悪なんですけど、髭に魔力導体の性質があるんです。それさえあれば、陰魔法が使える魔道具が作れるかもしれなくって。ホントにできたら大発見ですよ」
「魔道具なんか、あいついっつも作ってるじゃないか」
「五色の魔道具とは違うんです。陰の魔力っていうのは、『欲望』を表して『束縛』を司る力です。普通の導体に力を流しても他の魔力を吸着しちゃってすぐ色が着いちゃうんですけど―」
「その、表すとか司る、ってのは何だい」
「ああ。そっか、帝都の学説ですもんね。ええと、『性命理論』っていうんですけど、例えばマーヤさんが今朝使った『遠文』は青魔法ですよね。青の魔力は『純心』を表し『変化』を司ります。こんな風に魔力に限らず全てのものには『性』と『命』があって―」
「ちょっとちょっと、こんな田舎のおばさんにそんな話されたって分かりゃしないよ」
「あああ、すいません、つい」
「全く、こういう時は男の子なんだから」
「あはは」
「ああ、そうだ。この間港都のお偉いさんから珍しい生地をもらったんだよ。丈夫なんだけど通気性がよくってね。何とかいう魔獣の毛から作るらしいんだけど、忘れちゃったねえ。それでね、浴衣を作ってみようと思うんだ。染色も簡単らしくてね。ヨル、どんな柄がいいかね」
……。
…………。
「待って待って待って。待ってくださいぃぃぃぃぃ」
三本のリードを腕に絡みつかせたヒカリが、街の中を走り回っていた。
それを引っ張るように、柴犬の成犬が三匹、眼を爛々と輝かせ石畳を疾走している。
「あ、キナコ、そこはおしっこしたらダメ! ああ、アンコ、ちょっと待ってまだ行かないで……ってあああボタン! そんなの拾って食べちゃだめえええ!!」
その日一日、街の至るところでヒカリの悲鳴が聞こえたという。
……。
…………。
別の日には―
「この建物を解体するんですか?」
「ああ、戦前からあるんだけど、そろそろガタが来ちゃっててねえ。廃材は活かせるから、取り敢えずシジマさんの言うとおりに柱を折ればいい。危ないから気をつけてね」
「そ、そういうことならお任せください!」
「え?」
「下がっていてください!」
「ちょっと? ヒカリ?」
ちゅどん。
「おいいいいいぃぃぃぃ!! 廃材を、活かせるように、って言ったでしょうが! 全部吹っ飛ばしてどうすんだい!!」
「ふええ!? す、すいませぇぇぇん!!!」
……。
…………。
「ヒカリちゃん! 次3卓にこれ持ってって」
「はいい。ふぐっ」
「次ジョッキ割ったら承知しないよ!」
「はい! すみません!」
「あらあらヒカリちゃん。落ち着いてでいいのよ」
「ヨ、ヨーコさん、やっぱりこの服、ちょっと短すぎませんか……?」
「とっても似合ってるわあ」
「カヤノさあん!」
「あんた、ちんちくりんだからそのくらいしないと色気が出せないんだよ!」
「ふえええん」
……。
…………。
「邪悪な吸血鬼! 今日こそ退治してあげる!」
「その、カッコでか……?」
「ふぐっ。えっぐ、うええええん」
「ばかばかばか、おいやめろ、おい!」
きゅごっ
「きゅううう」
「何しに来たんだよ、お前……」
……。
…………。
「やっほーヨル君。お疲れー」
「……『硯樹』」
「……あれ? ヨル君? なんで私磔にされてるの?」
「どうせアヤさんが焚きつけたんでしょ」
「いやいやいや! 何言ってんの!? 街の人に仕事を割り振るのはマーヤさんの仕事で―」
「マーヤさんがこんなこと思いつくわけがないです。どうせ手伝いが一人いればその分俺の負担も少なくなるからとか言って唆したんでしょ」
「察しが良すぎて気持ち悪い!」
「頂きます」
「いやああああああああ」
……。
…………。
また、別の日には―
「お野菜くださいな」
「あら、ヒカリちゃん。いらっしゃい。お使いかい?」
「はい。『鵬文亭』で、ネギと大根が切らしてしまって」
「ああそう。はい、これ、っと、これね。お代は……ああ、丁度だね」
「ありがとうございます! あの、それでなんですが……」
「あれ? 今『鵬文亭』って言ったよね」
「う……はい」
「何で、反対方向から来たんだい?」
「あの……ええと、それはですね」
「……帰り道、分かるかい?」
「ひぐっ。地図を…描いては頂けないでしょうか……」
……。
…………。
「あの! これも、便利屋の仕事なんですか!?」
「そうよぉ」
「ウチで出荷した生糸で作った服だからね、品質を確かめるのもお仕事のうちよ」
「でもでもでも、着るなら何も私じゃなくたって」
「子供服なんだからしょうがないだろ。ほら早くおし」
「ほらヒカリちゃん」
「うんと可愛くしてあげるわねえ」
「あら、可愛い顔して意外と……」
「きゃあっ」
「おや。こっちはお子様だね」
「ぎゃあああああああ」
……。
…………。
「今日こそ。ひぐっ。退治してあげるんだから!」
「その、カッコでか……?」
「うえええええええん!!!」
「泣くな!!」
きゅごっ。
……。
…………。
「……アヤさん」
「えええ!? 今日は私何もしてないわよ! あの服はカグヤさんたちが悪ノリして―」
「あのリボン、アヤさんが髪伸ばしてた頃に使ってたやつですよね」
「!? や、やだなあヨル君てば、そんな昔のことよく憶えて―」
「『這蕨』!」
「いやあああ! ちょ、ヨル君このカッコは恥ずい! ちょっと、待って。無理無理無理、今日は無理。ホント無理! 私、あの、あの日近くて、……ああああああ!!!」
……。
…………。
「明日こそは!」
「……ヒカリちゃん。明日はちょっとお休みしよっか」
「ふえ?」
……。
…………。




