第7話 Act 相笠静歌part3
太陽が沈み、辺りが薄暗くなると、辺りではイルミネーションが光り輝きだした。白い息を吐き出しながら彼女は上空に広がるレールを見上げている。
「紘君、楽しかったね! 此処のジョットコースター」
笑顔の彼女に対し、俺は青ざめながら乾いた笑みを浮かべた。
「そ……うだね。直角九十度で地下のトンネルに落ちていくのが最高だったよね……」
「言ってる事と表情が一致してないよ、紘君」
「そ、そりゃ仕方ないだろ! 俺、ジェットコースターとか苦手な……」
思わず漏れてしまった本音に、俺は咄嗟に口元を押さえた。
(しまった! 静歌はジェットコースターが得意な設定で、楽しかった事を即興しなくちゃいけなかった)
「そうだったね。付き合ってくれてありがとう」
俺と目線を合わせずに千紗はそう言った。
(俺が静歌になりきって正しい返答が出来なかったから落胆してるのか!? まずい、あの時の歌を思い出せ、思い出すんだ俺!)
思考回路をフルに回転させ、俺は歩き出そうとした千紗の細い腕を思い切り掴んだ。
「き、君と一緒に乗ったのは~直角九十度で大迫力の~ジェットコースターラブ、ラブ。ああ、このままずっと二人で乗り続けていたあひ」
最後の最後で噛んでしまった。
噛んだ事も恥ずかしいだけではなく、横を通り過ぎていくカップル達の視線が痛い。
少しの間の後に、千紗はお腹を抱えながら笑い声を上げた。
千紗は目に浮かんだ涙を拭いながら、
「本当なら、その歌を聞いて切なくなるシーンだったけど、これはこれで紘君らしくて面白かったから花まるだよ、紘君」
ブイサインを此方に向けながら千紗が笑顔で言った。羞恥心は消えないが、千紗が喜んでくれたので良しとしよう。
「ところでさ、紘君」
俺の名前を呼んだかと思うと、千紗はある乗り物を指さした。そちらへ目を向ければ俺の全身の動きが止まり、言葉を失う。
「観覧車のイルミネーション、綺麗だね。私、最後にあれに乗りたいな」
◇◆
「それでは、夜の空中散歩、楽しんできてくださいね。いってらっしゃい」
バタンと音を立てて、観覧車の扉が閉められた。俺達を閉じ込めているこの球体の乗り物は徐々に地面から離れ、俺の冷汗がありとあらゆる穴からは溢れ出した。
――観覧車。それは、俺にとって水と油……つまり最も相性の悪い乗り物だ。
幼い頃に全面硝子張りの観覧車に乗ってから、恐怖を覚え、観覧車に乗る度に繋ぎの部分が壊れて勢いよく地面に落ちるんじゃないかと思ってしまう。
恐怖から顔を上げられず、一瞬だけ目で千紗を見やれば、綺麗な夜景を目の前に口元を緩めていた。
本来ならば、静歌は夜景を一緒に見つめながら『夜景も綺麗だけど、俺にとって一番綺麗なのは君だよ。本当は離れたくないんだ』と言って、主人公を抱きしめているのだが、現実の俺にとっては甘すぎる台詞は勿論、今の場所を動いて千紗の方へ移動する事さえハードルが高くて実行に移せない。
なんて、情けないんだ。
自分の靴を見つめながら自己嫌悪に陥っていると、不意に千紗が俺の手汗だらけの手を握ったので驚いて顔を上げる。手汗が気になり、咄嗟に手を離そうとしたが、千紗が俺の手を離そうとしない。
「千紗……?」
強く握られた手から目の前の彼女に目線を戻せば、彼女は切なげに俯いていた。
「紘君、本当は高い所苦手なのにジェットコースターも観覧車も付き合わせてごめんね。ううん、それだけじゃない。恥ずかしいのに静歌君を一生懸命再現しようとしてくれて嬉しかった」
今まで女王様のようだった千紗の態度が急変したので戸惑いが隠せない。
「何で急に……その、謝ってきたんだ?」
疑問を投げかければ、千紗は作り笑いを浮かべて言葉を紡ぐ。
「……だって、『最後のデート』だからだよ。この観覧車が終わったら――」
千紗の言葉に俺は一気に青ざめた。観覧車の恐怖も正直、今は混乱していて感じない。
「ちょ、ちょっと待てよ、千紗! 俺はお前と別れるつもりなんて!」
そこまで言い掛け、気がつけば俺の体は千紗を思い切り抱きしめていた。
「嫌だ! 俺は千紗と離れたくない。これからも千紗と居たい。俺から離れていくなよ!」
声を荒げながら、そう告げれば、千紗も俺を抱きしめ返した。どんな無茶ぶりを言われようとも、もう俺にとって千紗は呼吸の一部で、手放したくない大切な存在なんだ。
不意に千紗が俺の胸を両手でそっと押したかと思うと、
「紘君……私と紘君は別れないよ?」
千紗の発言に首を傾げ、何が起こったか理解に苦しむ。この現状に拍子抜けしていると、
「紘君を試すような事してごめんね。紘君が静歌君とのデートを一生懸命再現してくれて、凄く嬉しくて、欲が出ちゃった。静歌君が主人公に言う、離れたくないって言葉を――紘君にも言ってもらいたかったの」
「だ、だからってあんな別れ話みたいに言わなくても良いだろ!」
「ちょっと待って紘君。私そんなつもりじゃなかったんだよ」
「だって千紗、『最後のデート、だからだよ。この観覧車が終わったら――』って言ってたじゃない……」
そこまで言って俺はハッとした。
(千紗のあの台詞、君ハモの主人公が言っていた台詞だ……)
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、千紗を見れば嬉しそうに微笑んでいた。
「あれは、主人公になりきって台詞言ってみた……っていうのもあるけど、私的にはこの観覧車が終わったら紘君の静歌君なりきりデートが終わるからって意味でもあったり……」
千紗の言葉に思い切り、溜息を一つ吐き捨てた。
「知ってるよ。今日、何回か君ハモの主人公の台詞言ってたし。それにデートの演出なのか時々暗い顔もしてたから本気で焦った」
「……暗い顔? してたっけ、私」
「カステラ屋さんのあたりだったか、そこで何か一瞬だけ表情暗くなったから……」
「え、あ、ああ……そう、あれも演出だったの! 迫真の演技だったでしょ?」
頭に手を回しながらそう言う千紗の手を改めて握り返しながら、俺はその手の甲にそっと唇を落とした。
「俺、本当に本気で焦った」
「……うん」
「こっちはこんな真剣なのに何で笑ってんのかな~? 千紗さん」
にやけている千紗の両頬を引っ張りながら、首を傾げれば、千紗は頬を赤く染めながら、
「ごめん、こんな状況だけど何て言うか……紘君に言ってもらえた言葉が嬉しかったし、て……手の甲にキスとかゲームの中だけだと思ってたからその……っ」
千紗の腕を引いて、思い切りその小さな唇を塞いだ。
そっと離せば、そこには何度もして慣れている筈なのに顔を真っ赤にした千紗がいて思わず小さく笑った。
「ごめん、静歌は頂上で主人公とキスしたのに再現出来なかった。というかつい抑えきれなくて」
ふと気が付けば観覧車も終わりに近づいていた。
あんなに怖かった観覧車も地上が近づけば何も怖くない。そして何より、大好きな彼女が隣に居れば、残り四十五度も耐えられる。
不意に隣に座っている千紗が強く俺の手を握りしめ、
「今日は紘君に完敗だよ。大好き」
と、俺を睨みながら(しかし怖くない)言ったので俺の頬が緩んだ。
(静歌の物語には振り回されたけど……大好きって言ってもらえるのは悪くないな)
降車付近になり、そのまま一緒に立ち上がろうとすれば不意に手をするりと抜けられたので「え?」という言葉と共に首を傾げる。
「紘君、静歌君なりきりお疲れ様でした。お家に帰ったら、明日のキャラクターのクジを引こうね。残すところ、『一之宮 春稀君』と『芳野 雪君』それから『結城 柳之助先輩』。紘君の明日の運命はいかに――!? 乞うご期待!」
千紗の最後の言葉に思わず、頬が引きつったのは……言うまでもない。
To be continue....!