第3話 Act 永坂蒼月
「アイロンで流して……っと。顔のパーツはともかく、雰囲気だけでも蒼月君の完成!」
じゃじゃーんと交換音をつけて、千紗は両腕を広げた。
鏡に映った俺はサラサラの髪の毛を片耳だけ掛け、右に流した前髪は片目が隠れるようにかなり引っ張られた。正直、目にかかっている前髪がかなり邪魔だ。
「ほら、ロマンスカーに間に合わなくなっちゃうから行こう」
荷物を持って、家の扉の前で思わず足を止めた。
「さあ、始まるよ。紘君――いえ、蒼月君!」
躊躇うのも当然である。何故ならこの扉をくぐったら俺は『永坂 蒼月』となるのだから。
突然ですが、山下紘貴の説明しようの会
永坂 蒼月――年齢は十七歳。私立魔法学園に通う二年生。得意魔法は火炎系。乙女ゲーム、『ラブと魔法の恋の時間』に登場するキャラクターの一人だ。
性格は、わがまま俺様男子。そしてナルシスト。何故かヒロインは自分が好きだと初対面から勘違いしている。
だが、次男という事もあり、長男と比べられる事が多く、誰も本当の自分を見てはくれていないと冷めた感情も持ち合わせている。
そんな時に出会ったのがヒロインであり、彼女と交流していく中で人として大きな成長を遂げていくのだ。
そんな彼のキャッチコピーは『孤独に飲まれた狼』
「ねえ、紘君はどうして一言も喋らないで頷いてるの?」
ロマンスカーの座席に着き、荷物を置いて席に座った瞬間、千紗は俺に問いかけてきた。
そう、俺は此処に辿り着くまで、一言も言葉を発さなかった。いや、発せなかったの方が近いのかもしれない。
「あ、あんな人前で、できるわけ……じゃなくて、お、俺の声をお、お前以外に聞かせたくない……からな?」
これであっているのか自信が持てず、疑問符を浮かべながら言い訳を述べた。ふと千紗を見れば眉間に皺を寄せて俺を見ており、不意に胸倉を掴まれた。
「そんな羞恥心を兼ね備えた芝居をして、蒼月君を舐めとんのか?」
冷汗が一気に流れ出てきた。両手を胸の前に広げ、
「とんでもございません。これからしっかりやらさせてもらいます」
俺の言葉に千紗は一度頷くと、両腕を組みながら椅子に腰を掛けた。
「あのね、紘君。蒼月君のキャラはね、なりきらない限り、羞恥心は消えないよ。思い切って超わがまま俺様になれば良いと思うの。私は、紘君が一生懸命、蒼月君になりきってくれたら嬉しいんだよ」
キャラになりきれなんて、理不尽な事を言われているが、千紗が俺を見て微笑んだ。その笑顔に拳を握る手に力が入る。
(やって……やる)
一度だけ深呼吸をして、昨日やりこんだ蒼月を思い出して、俺は蒼月が肌身離さず持っている鏡を鞄から取り出し、身だしなみを整える。
「おい、見ろよ。今日の俺も髪形がバッチリ決まってるぜ」
「ほら、電車動いたよ。これから箱根に旅行、すっごくワクワクするなあ」
(おい! あれだけ言っておいて、俺の渾身の演技見ろよおおおおおおおおおおおおお!!)
◆◇
箱根につくなり、千紗の提案で箱根彫刻の森美術館に行くことになった。
「千紗、そういえば何で此処に来たかったんだ?」
登山鉄道に降車して、美術館へ向かう道のりで千紗に問いかける。千紗は顎に人差し指を添え、横目で俺を見た。
「おススメ観光スポットだったからね。面白い紘君が見れるかなって思って」
(あ、今、プレッシャーをかけられた気がする)
駅からすぐの場所にある美術館。
「チケット買わなきゃね」
そう言い、バッグから財布を取り出した千紗の腕を俺は勢いよく掴んだ。
「何財布なんか出してるんだよ。此処は俺様が――」
そこまで言って不意に千紗の人差し指が俺の唇に添えられた。
「紘君、旅館とか電車代とか沢山出してくれたでしょ? せめて場所代くらい、私に払わさせてよ」
山下紘貴、何故か男前な彼女に完敗です。
落胆している俺を他所に、千紗はチケットを俺に手渡すと、そのまま俺の腕を取り、子どものように入口へと走り出した。
「ね、ナルシストな紘君」
(何かその言われ方嫌だな!!)
心の中で突っ込みながらも、前髪を触りながら「何?」と返答する。
千紗は片手に携帯を持ち、笑顔である場所を指差した。
「はい、それじゃ、全ての彫刻の真似をしてナルシスト気味に写真をお願いします。時々、遠近法を使って取りたいと思うので、とりあえずまずはあそこにいる不思議なポーズをしている彫刻からいこっか」
「いやいやいや、ちょっと待って。こんな人が見てる前で何故俺だけ! いくら永坂蒼月が自分の写真撮るの大好きでも、俺は――っ」
「……紘君はやってくれないの?」
涙目の彼女に俺の良心が痛む。俺は千紗の肩から手を離し、彫刻へと歩みだす。彫刻に触れ、俺は思い切り目を見開いた。
「撮れよ! 彫刻よりも美しいこの俺様を!」
彫刻の横で、大胆なポーズを取りそう言えば、千紗の表情が一気に明るくなった。
「楽しいね、紘君!」
(俺は恥ずかしいけどね―――――――!!!!!!!!)
その後、全ての彫刻の真似をさせられたのは言うまでもない。
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