第2話 苦行のインストラクション
『俺がお前を守るから、お前の弱みも全部受け止めていきたい。こんな俺の手を取ってくれるか?』
1.手を取り、頷く。
2.手を取らない
→3.手を取り、胸に飛び込む。
全力で蓋をしたくなるようなくさい台詞と、選ばなくてはいけない三択肢を目前に、俺は眉間に皺を寄せた。何故なら、一番上と一番下の選択肢のどちらを選べば好感度が上がるのか、裏の裏をかいて考えなければならないからだ。
此処でミスをすれば、後ろで見張っているヒロインからダメだしの嵐が発生する
不運なことに今日は先月出た休日出勤の振り替え日なので、仕事が休みだ。
(何故、俺は今日を振替日にしてしまったんだ……千紗にうまく言いくるめられて今日休みにしたんだっけ……)
心の中で悲しみ、過去の自分を悔やむ。
しかし、今日が休みだと千紗は知っていたから、「明日、一緒に沢山勉強しようね」と昨日言ったのだと理解する。その言葉通り、今日は薄い本を見せられたり、お気に入りのゲームを朝からプレイさせられている。
初めは男とのラブシーンに嫌悪を感じ、スキップボタンを連打し、全て好感度が下がる選択を選び、最速バッドエンドに辿り着いた。だが、黒い笑みを浮かべた千紗に「自分を乙女と思いなさい」と理不尽な指導を受け、同じキャラで二週目を強要された。
だがしかし、慣れとは恐ろしいもので、リップ音や過剰なスキンシップ以外は、鳥肌を立てながらもゲームを進められるようになってきた。
そして話は冒頭に戻る。
「その選択肢によって、エクセレントエンドに行けるか分かれるよ」
不意に俺の頭に顎をのせて千紗がそう呟いた。朝から俺がゲームと薄い本ざんまい(千紗に強要されている)で寂しくなったのだろうか? 甘えたい時間かと思い、ゲーム機器をテーブルの上に置けば、千紗がそれをまた俺に握らせたのでいくつもの疑問符が頭上に浮かぶ。
「違うよ、甘えたいとかじゃないから。私はね、紘君がゲームをエクセレントエンドで迎えてくれた方が嬉しいからね」
有無を言わせぬ圧力を感じる。
どうやら甘えたかったのは俺の様だ。肩身を狭くして、再び画面に目を向けた。とりあえず、一度セーブをしておこう。
此処は上品に手を取って頷くべきか、それとも大胆に胸に飛び込むべきか。悩みどころである。もし自分がこの攻略キャラの立場だったら……そうだな。女子には抱き着いてきてもらった方が嬉しいよな。
「よし、俺はこの選択に決めた!」
思わず大きな声を出しながら【3.手を取り、胸に飛び込む】のボタンを選択する。すると、攻略キャラは口元に手を添え、顔を赤くしているイラストに変わり、『み、みんな見てるだろ……少しだけだぞ』と照れている。
(いや、お前のさっきの台詞の方が恥ずかしいだろおおおおお)
冷めた表情でキャラを見ていると、頭の上から見ていた千紗がふと鼻で笑った。そして、俺から離れるとその親指を突き立て、「良い選択だ」と呟いた。
◆◇
「ということで、四人のキャラを攻略してもらったけど。だいぶキャラは掴めた?」
千紗が用意してくれた夕飯を頬張りながら、俺は首を一度だけ縦に振る。
「……まあ、何周もさせられましたからね」
「それでは、紘貴氏! 今日攻略したキャラ四人の名前と属性を答えよ!」
突然振られた課題、此方を見るその輝いている瞳から目を逸らす事は出来ず、俺は必死にクリアした殿方の事を思い出す。
「一人目が『一之宮 春稀』属性は俺様クールだけどデレを見せると甘い」
「おお、わかってるねえ」
「二人目は『相笠 静歌』属性は明るく元気。元気で笑顔を見せる事が多く、体を動かしたり歌うことが大好きな設定」
「ちゃんとやってくれて千紗は嬉しいよ」
「三人目は『芳野 雪』本の中から出てきた王子様みたいな人。四人目は『結城 柳之助』頼れる先輩キャラ。背が小さいけど心が大きい人だよな」
「うんうん、的を射ているよ」
両手を合わせながら、嬉しそうに千紗が言った。その喜んでいる姿が可愛くて思わず俺の頬が緩む。それにしてもよくこの四人をクリアしたと思う。自分を褒めてあげたい。そう思っていると、不意に千紗が俺の頭に手を伸ばした。
小さな手で優しく俺の髪の毛を撫でると、
「よく頑張りました」
天使のような満面の笑みを向けてくれたので嬉しくなり、席を立とうとすれば、すぐに千紗は俺から手を離し、代わりに一本のゲームの入れ物を俺の髪の毛にコツンと当てた。
上目でそれを見つめ、俺の顔から笑顔が消えていく。
「おめでとう、最後の一人だよ。ご飯食べたら攻略してね」
千紗からゲームを受け取り、俺は小さなうめき声をあげた。
「そういえば、明日から早速キャラになりきってもらうんだけどね」
その発言に背筋が凍り、額に冷汗が一滴流れた。乙女ゲームを攻略した先にはその地獄が待っていた事を思い出し、俺は泣きそうな気持ちになった。
「やっぱり、乙女ゲームらしく、初めはお触り禁止にしようと思うんだ。軽いスキンシップは有りね」
「はっ!?」
衝撃的な発言に勢いよくテーブルに両手をついて立ち上がった。だが、千紗は動揺する事もなく両腕を組むと、その口角を上げた。
「紘君のなりきりに私がドキドキしたら少しずつ解放していくって感じでどうかな。まあ、一日経ったらキャラが変わるし、またリセットされて一からだけど」
「な……何でそんな過酷な条件を……」
「沢山の乙ゲーをやって紘君は理解したはずだよ」
千紗は頭を掻きながら溜息を一つ吐き捨てたかと思うと、俺に向かって力強く人差し指を向けてきた。
「初めて出会った頃は、お互い触れる事もしない、興味も少ししか無かったはず! よって、触れる事は徐々に紘君がキャラになりきることが出来たら許可しよう!」
ぐさりと見えない弓矢が俺の心臓に突き刺さった。よろけそうな足を踏ん張り、目を閉じて呼吸を整える。
動揺してはいけない。俺が完璧にキャラをこなせれば問題ない話だ。
「……なるほど。分かった。千紗は乙女ゲームを貫くんだな。それなら俺は全力で明日から指定キャラを演じる!」
「ええ、その意気よ、紘君。でもこれだけは覚えておいて。紘君が攻略すべき相手は――この私よ! 一筋縄でいかないから覚悟してね」
人差し指を銃に見立て、片目を閉じながら俺に向かって「バンッ」と発砲する真似をしてきた。とりあえず、それに乗って、心臓を押さえながら悲痛な声と共に床に倒れてみる。
「髪の毛とかは私が朝にセットしておいてあげるから安心してね」
ふと、明日の事を思い出し、俺は勢いよく体を起こした。
「ちょっと待って。明日ってまさか、俺仕事休み?」
「忘れちゃったの? 明日から一泊二日で紘君が予約とってくれた、箱根旅行だよ。ちなみに私は準備完了済み。てへぺろ」
舌を少し出しながらそう言った千紗を前に、俺は床に顔を伏せた。
(何で俺は、ここに、この日に箱根の旅行をいれてるんだよおおおおおおお。どんなタイミングだ……。いや待てよ……千紗が箱根旅行をこの日にしたいって言ったのは、まさか、まさか! 全て計算済みだったのか――!? 何て恐ろしい子なんだ!!)
青ざめた顔で千紗を見れば、俺の傍にしゃがみ込み、首を横に一度傾げている。
ふと手元を見れば、先ほどまで持っていなかった小さな箱を持っており、俺も首を傾げた。
「さ、紘君。千紗特製のクジをひいてくれる?」
箱からは何か黒いオーラが溢れ出しており、嫌な予感しかしない。
おそるおそる箱の中に手を入れ、一枚の紙切れを手に取った。
速まる鼓動の中、手にとった紙切れを開けば、そこには『永坂 蒼月』と書いており、やはりこのクジはなりきるキャラを決める為の物だったのと落胆する。
それと同時に、見た事のない名前に首を傾げた。
「あ、箱根旅行の一日目は蒼月君なんだね。紘君、早く最後のゲームやらなきゃだよ!」
「見た事のない名前だと思ったけど……さっき渡された最後のゲームのキャラ?」
「うん。とっても魅力的で可愛い人だよ。明日からすっごく楽しみだな」
千紗の笑みに俺も思わず頬が緩んだ。
明日からどれほど過酷なミッションを課せられてたとしても、千紗の為なら頑張れそうだ。心の中でそう呟き、俺は再び食事に戻った。
――だが、最後のキャラクターの性格に衝撃を受け、絶望を感じたのは、また別の話。
To be continue....
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