君のいる日常に恋をした
「私達、大きくなったら結婚しよっか」
小学校からの帰り道不意に隣を歩いていた幼馴染みの捺実が口を開いた。
「結婚?」
「そう、結婚」
俺の質問に対して念を押すように力強く喋る捺実の目は輝いていた。
そんな彼女を訝しみながらも再度尋ねてみる。
「結婚なんて如何したの急に?」
その問いに対し彼女は何も答えなかった。
そんな彼女を横目に見ながら俺も無言で歩いていた。
そもそも僕等はまだ小学校四年生だ。
正直、結婚しようなんて急に言われても漠然としたイメージも湧かない。
唯何と無く一緒に暮らすことかなぁ、というくらいのものだった。
「昨日テレビで見たの」
俺が結婚に対してイメージを膨らませているとボソボソと彼女が喋りだした。
「男の人と女の人がお互いの事を好きになったから結婚するみたいな内容で、その二人が凄く幸せそうな顔で結婚式を挙げてたの。それを見て私もあんな風になりたいなって・・・・・・」
「ねぇ、ちょっと待ってよ。その男の人と女の人はお互いの事を好きだったんだよね?」
照れ臭そうに話す彼女の言葉を俺は制した。
「・・・・うん」
「捺実は俺のこと・・・・好きなの?」
少し間の空いた質問。
それに対し彼女は、
「好きだよ」
ほぼ即答で答えられて俺は少し戸惑ってしまう。
「隼は私のこと好きじゃないの?」
「ん・・・・どうだろ」
その問いに俺は答えなかったが、そんなもの始めから決まっていた。
俺は漆原捺実のことが好きだった。
母親よりも一緒に居たいといつも思っていた。
始めて会った時から俺はいつでも彼女の事を気にかけていたのだ。
「ねぇ、どうなの?」
捺実が急かすように聞いてくる。
内心では「好きです」と答えられるのだが、それを口に出すのは何と無く気が引けてしまう。
だから俺は、
「好きか嫌いかで言ったら好きだよ。嫌いになる理由ないし。」
こんな本心に無いことを口走ってしまう。
「本当!?じゃあ結婚しようよ」
捺実の声は歓喜に震えていた。
「うん良いよ。大きくなったらね」
恐らく内心では俺の方が捺実よりも喜んでいると思う。
ただ表には出さないだけで。
「じゃあ約束だね」
その証拠に俺は自分の右手を彼女に差し出していた。
小指だけを立たせたその形は世間でいう指切りというやつだ。
しかし彼女は、
「ううん、違うよ」
思いもよらない返事を繰り出してきた。
突き出された小指には触ろうともしない。
「え?」
(まさか騙された?もしかして弄ばれた?おいマジかよ勘弁してくれよ。幼いうちからトラウマになるぞ!?)
俺の頭の中で自分が暴走していた。
今までの全てが嘘だというなら、これだけ舞い上がっている俺はどうしたらいい。
今や彼女の前に突き出した小指もその場で固まってしまい、気づくと歩いていた筈の足も止まり少し奇怪なオブジェのような格好になっていた。
そんな俺を見て彼女は、
「こういう時は、契約を結ぶって言うんだよ。」
俺の目をしっかりと見てそう言った。
「契約?」
聞き慣れないその言葉にまたも俺は単調な疑問を投げかける。
「そう、約束よりも大切な約束で破ることは許されないんだってお兄ちゃんが言ってた」
「へぇ、約束よりも大切な約束ねぇ・・・・」
どうやらこの話し自体は嘘ではなかったらしい。
その安堵からか、凍りついていた俺の身体は再度活動を開始していた。
歩みも順調。しかし小指を突き出したまま歩いているのが玉に瑕。
「じゃあ、この約束忘れちゃ駄目だよ」
そう言うと彼女は走り去ってしまった。
いつしか俺の家の前まで来ていたようだ。
彼女の家はここから百メートル程離れたところにある。
走り去る彼女の背中に俺はバイバイと手を振った。
玄関を開けると俺は一目散に二階にある自分の部屋に駆け込んだ。
その瞬間、俺の感情は爆発する。
「ーーーーー〜〜〜〜!!」
声にならない叫びをあげ俺はベッドに倒れこんだ。
ずっと好きだった幼馴染みに結婚を申し込まれてしまい、そのうえ契約とやらも結んでしまったのだ。
えもいえぬ幸福感が身体を支配していた。
「約束よりも大切な約束」
もう一度俺は天井に向かってそう呟いた。
耳元で鳴り響いたサイレンの音で目が覚めた。
音源に向かって手を伸ばし静かにさせる。
時刻は午前六時を指していた。
俺は身体を起こし軽く伸びをすると、ハンガーに掛けてあった学校指定の制服に手を伸ばす。
俺は今、高校二年生になっていた。
この家から自転車で約十五分のところにある高校に通っている。
部活は特に入っていないし、学力は平凡。
特に特出したところの無い学生だ。
一階に降り洗面所で顔を洗ってからリビングに顔を出すと、母親が朝食を作っていた。
只今絶賛反抗期中な俺は特に挨拶もせず席に着くと、母親お手製の朝食に手をつける。
「おはよう」
その声に視線だけリビングに通じる廊下に目をやると父親が立っていた。
「・・・・・・」
俺は聞こえなかった風を装い朝食を口に押し込み続ける。
廊下側からは未だに視線を感じる。
明らかに父親からのものだろう。
その視線に耐えあぐね父親の方に目を向ける。
「・・・・なんだよ」
「おはよう」
さっきからそれしか言わねぇなこの父親は。
九官鳥にでも転職したのかと疑う程だ。
これだけで少しイラついてしまうのは反抗期ゆえだろうか。
「・・・・おはよう」
「ハハハ・・・・」
俺が渋々答えると同時に父親は笑いだす。
どうした?何か病にでも掛かったのだろうか?
俺が訝しみながら見ていると。
「いや〜、お前全然反抗期じゃ無いな」
「は?」
父親の突然の発言に面食らう。
「そんなんじゃ全然駄目だ。俺が反抗期の時なんかはもっと凄かったぞ」
そう言うと父親は再度笑いだした。
朝から少し元気過ぎやしないか、こいつ。
俺は急いで席を立つと鞄を担いだ。
「なんだ、もう行くのか?まだ七時前だぞ」
「・・・・あぁ」
後ろで九官鳥が笑っていたが気にしない。
口に芋虫でも放り込めば黙るだろう。
母親からの「いってらっしゃい」の声を背に家を出ると、夏の暑さが際立っていた。
この時間でこの暑さなら、昼時は何度だろうな、などと考えてしまう。
車庫から自転車を引っ張り出し高校に向かっていると、途中で捺実の姿を見つけた。
今日は珍しく徒歩での登校。
自転車はパンクでもしたのだろうか?
俺はそんな彼女を見つつ、横を通り過ぎて行った。
彼女とは中学生の頃から疎遠になってしまい、高校に上がってからはほとんど口も聞いていない。
高校は偶々同じ場所を志望していたらしく、一、二年とクラスも一緒になったがほとんど関わらなかった。
そんな彼女を俺は今でも好きだった。
(小学校の時の約束なんて、もう忘れてるんだろうな・・・・)
そんな事を思いながら俺は高校に向かった。
高校に着く頃には時刻は七時半過ぎで、教室は三割型の席が埋まっていた。
それぞれの生徒が各々好きな様に過ごしている。
俺は一番窓際の自分の席に着くと、そこから見える昇降口を見つめていた。
捺実の姿を探していた。
それが今の俺の癖になっていたのだ。
授業中でも、登下校中でも、休み時間でも、俺はいつでも彼女の姿を探していた。
(これじゃまるでストーカーだな)
そんな事を思いながら俺は自嘲気味にはにかむ。
病的なほど俺は捺実の事が好きだった。
その日の一日はいつも通りダラダラと過ごし、あとは帰路に着くだけとなった。
教室では三週間後に控えた夏季休業について話題が上がっていた。
俺はそんな教室にザッと目を走らせるが捺実の姿はもうなかった。
(もう帰ったのかな)
そう思い、俺も帰ろうと席を立つ。
下駄箱から靴を出し履き替えると、自転車置き場に向かった。
そこから自分の自転車を取り出して帰路に着く。
夏の暑さに辟易しつつ走っていると、朝見た景色が目の前にあった。
俺の前を捺実が歩いていたのだ。
俺は捺実に近づき意を決して話しかける。
「後ろ、乗っていくか?」
彼女は振り返ると少し驚いたような顔をしたが、少し間を空けて小さく頷いた。そして荷台に横座りになると右手を俺の腰に回してきた。
俺の心臓は馬鹿みたいに跳ね上がっていた。
出来るだけ平常心を保ちペダルを踏み込む。
徐々にスピードを上げる自転車。
俺の心臓に比例してるかのようだ。
「・・・・ねぇ」
不意に後ろから声が掛かる。
「ん?」
俺は緊張しているのを気付かれないように短く答えた。
捺実は少し間を空けると、
「あの時の約束、覚えてる?」
そう呟いた。
俺の中で時間が止まった。
あまりの衝撃に口が上手く動いてくれない。
「やっぱり忘れてたか・・・・」
寂しそうに彼女は呟いた。
そんな彼女をそのままにしておきたくなくて俺は急いで答えた。
「覚えてる。忘れてなんか無いから」
もっと他にも言いたいことはあったのに今の俺ではそれくらいしか言葉に出来なかった。
そこから先は二人共無言で、気づくと彼女の家の前まで来ていた。
ありがと、と言いながら彼女は自転車を降りる。
玄関を開け入る寸前で彼女が振り返った。
「また明日ね」
そう言い軽く手を振ると彼女の姿は見えなくなる。
俺は暫く彼女が入って行った玄関を見つめ、自分の家とは違う方向に自転車を走らせた。
今は家に帰る気分じゃない。
少し頭を冷やしてから帰ろうと思ったのだ。
どこか遠くでサイレンの音が聞こえた。
近くで規則的な機械音が聞こえる。
かすかに消毒液のにおいがした。
(なんだ、俺今なにしてるんだ・・・・)
そう思い身を起こそうとするが身体は動かなかった。
それどころかさっきから真っ暗で何も見えない。
声を出そうにも口が開かず、しゃべることは出来なかった。
ただ何と無く自分が横になっていることは分かった。
(何か・・・・凄く眠いな・・・・)
真っ暗な中で俺はそう思った。
いつも真っ暗なせいで、今が昼なのか夜なのかすらわからない。
それどころか、自分が起きているのか寝ているのかすらわからなかった。
しかし、こんな生活を続けていて分かったことがある。
どうやら俺は今、市内の病院でお世話になっているらしい。
いつだか誰かが側でそんな話をしてくれた。
他にもいろいろ聞かされた。
あの日、捺実を家に送って帰った日、俺は居眠り運転の車に轢かれたらしい。
あのまま素直に家に帰っていればこんなことにはならなかった。
そして俺の意識が戻ることは無いことも誰かが教えてくれた。
もう二度と捺実には会えないのだと悟った。
あの日、あの時見た彼女の姿と、彼女とした会話が俺の最後の思い出だった。
ある日誰かが話しかけてきた。
もしかしたらそれは夢かもしれないが、現実には寄っていたと思う。
ねぇ隼、元気?起きてる?
あの日隼が事故にあったって聞いて、その日のうちに病院に駆けつけたんだけど手術中で会えなかったんだよ。
凄い心配して病院でおもいっきり泣いちゃった。
でも隼が生きてるって聞いて凄い嬉しくて。
だから一昨日くらいかな?会いに来たら隼はこんな姿で。
先生に聞いたらもう意識は戻ることは無いって聞かされて。
隼が生きててくれて嬉しいはずなのに私その場でまた泣いちゃって。
だから今日は泣かないようにするからね。
ねぇ隼、あの日の会話覚えてる?
私ね、凄い嬉しかったんだよ。
隼が忘れちゃってると思ってた私との約束覚えていてくれて。
私ね、隼のこと始めて会った時からずっと好きだったんだよ。
隼は私のことどう思ってたのかな?
・・・・ねぇ隼、聞こえてる?
今から約束しておくから覚えててね。
私ね大きくなったら隼の所に来るからさ。
だからそれまで死んだりしたら嫌だよ?
そしたらさ、二人共が大きくなったらさ、
結婚しようよ。
それが俺が最後に聞いた誰かの声だった。
俺はそれから三日後に 死んだ。
なんでもこれでもしぶとく生きたらしい。
本当なら即死レベルの事故だったんだと。
意識があるうちに最期に一つ。
・・・・捺実、俺はお前の事が好きだった。
お前が俺のことどう思っていたかは別として。
こんなことになるならもっと自分に素直に生きてれば良かった。
そんなことを思いながら俺はもう二度と会うことのない捺実に、バイバイと手を振った。




