8.逃亡
一ヶ月経って熱が下がった。シュンの腕は、なぜか治っていた。本人に聞いたら、私の光魔法によるものだって言ってたから驚いた。
いつの間にそんなことしてたんだろう?
おまけにダンジョンを攻略していたらしい。
大金やらアイテムやらと一緒に二人で地面に転がっていたというから驚きだ。シュンはプラチナの証が左手の甲に刻まれていた。これで間違いなく、あのダンジョンを攻略したのはシュンということになる。
「二人とも、いきなりダンジョン攻略しちゃうなんて常識外れもいいとこだよ」
ゼスが呆れながら言っていた。
ーーそして今、私は桃色のドレスに身を包んでいた。ちなみに見た目は子供のままじゃなく、年相応の姿だ。
ちなみにこれはアイテムの効用によるもので、自分のなりたい見た目年齢に変化できるという飴だった。
割とレアなアイテムらしく、ダンジョン攻略の報酬に十個くらいついてきた。
「真白!」
「シュンっ?」
ノックもなしに扉が開いて、シュンが入ってきた。シュンは私を見るなり顔を輝かせると、こちらに歩いてくる。
シュンの服装は黒いスーツで、高そうなんだけど着方がだらしないから台無しだ。まぁそれがシュンらしいのだけれど…ちょっとホストみたいって思ったのは本人には黙っておこうと思う。
「うわ、すげー可愛い!超可愛い!あのちびっ子が生長したらこうなんのか!」
ペタペタと無遠慮に身体を触ってくる。
「きゃっ、シュン、くすぐったいっ」
「セクハラで捕まえるぞ、シュン」
「いっで!!なにすんだよゼスっ」
「ゼス!」
ゼスは文句なしにカッコよかった。とにかくカッコよかった。キラキラしてた。どうしてそんなにかっこいいのってくらいかっこよかった。
白い軍服がよく似合っている。
「マシロ、綺麗だよ」
「ふぇっ!?」
見惚れていたせいで声が裏返って変なものになってしまった。でもしょうがないと思う。だって、今のゼスは絵本で見た王子様そのものだ。
「なに目ぇハートにしてんだよ」
「ふにっ、いひゃいよひゅんっ」
急に不機嫌になると、ほっぺをつねってきたシュン。そういえばシュンは仲間外れが嫌いなんだった、と思い返す。
「ひゅんも、ぜふかっこいいっておもうれひょ?」
そう話しかければ、シュンは面食らったような顔してゼスの方を見る。…というか、ガンとばしてる気がするけど。
それから目を子犬のようにうるうると涙でにじませて私の方を睨んできた。
「っ…真白のあほっ」
あほっ!?なんでいきなり暴言はいてきたの、シュンったら。軽くショックを受けていると、ゼスがため息をついた。
「はぁ…ほら、さっさと行くぞ。国王がお待ちだ」
ーーそう。ダンジョンをクリアしたために、その称号をこの国を治める王にもらいに来たのだ。
こちらの世界も国が幾つかに分かれていて、【デスウォルの神域】があったこの国はサーラン王国というらしい。
規模も領土もそこそこで、王国というだけあって王様の住む城は大きいとゼスが言っていた。
馬車に乗って王宮に向かっている途中でゼスは向こうで困らないように、この国の情報を教えてくれた。
「国王の名前はアルフェリド・サーラン。王子アルフェリック王子だけ。王位継承者が一人しかいないせいで、王は王子に甘いから結構なワガママに育っている。
シュンはくれぐれも粗相しないように気をつけろよ。
ダンジョン攻略した報酬として支払われるのはこの国の飲食店でタダで食べられるとか、武器屋でまけてもらえるとか、そういうのだな。
それと報奨金として、金のチップが百枚」
シュン曰く、金貨が一枚で十万円の価値があるって言ってたから…単純計算すると一千万円だ。すごい金額だ。
「でも正直なところ、俺らは金はいらねぇんだよな。ダンジョンクリアで必要な金は入ったし」
シュンはそう言って、興味なさそうにしてる。急に私たちのところに国王からの使いの馬車が来て、連れ出されたのがよほど気にくわないらしい。
「まぁ、王に謁見するのはダンジョン攻略者の義務みたいなものだから。頼むから粗相するなよ」
「そんな何回も言わなくてもわかってるっつーの」
ゼスの目は本気だ。でもシュンは面倒くさそうにあくびしてる。目もとろん、としてて今にも眠ってしまいそうだ。
「…シュン眠いの?」
「んあ?あぁ…ちょっとな」
少し寝たほうがいいんじゃないか、と声をかけようと思ったところで、乗っていた馬車が止まった。
「着きました」
ーーーーーーーーーーー
「面をあげよ」
なんて、小説の中でしか聞かないような言葉を聞きながらゆっくりと顔を上げた。目の前にいるのは、それはそれは…丸々とした国王様とその隣に控えているのは王子様?瓜二つだ。双子なんじゃないかってくらいだ。
軽く想像と現実のギャップに衝撃を受けていると、王様がおもむろにそのおちょぼ口を開いた。
「そなたらが噂の二人組か。思ったよりも若いのじゃな」
「お目にかかれて光栄にございます」
スラスラと言葉を紡いだのはシュンだった。びっくりしてシュンのほうを見れば、顔には完璧な笑みを浮かべている。
そういえば、シュンの家はお金持ちだって言ってた気がする…なんて、今更再確認する。いつもふざけているからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
「その女の方」
「へ、あ、はいっ」
急に話しかけられて、慌てて返事をする。ゼスはシュンが粗相をしないか心配してたけど、私の方がよっぽど危ない。
気をつけなきゃ、と気を引き締めた。
「そなた、女神にならんか?」
「め、がみ?」
「この世界は女神がいなくなってからおかしくなった。ダンジョンを攻略したそなたなら、十分女神になりうるじゃろう」
じっとりとまとわりつくような視線に、怖くなった。冷や汗が出て、異常なほどに喉が乾く。
「わ、私は、」
「お言葉を返すようですが、彼女を女神として差し出すことはできません」
隣から、凛とした力強い声が聞こえた。
「シュン…」
ホッとして息をついた。けれど、そう安心してもいられなかった。
「お主はわしの言葉に逆らうのか?」
国王がシュンに向けた瞳は冷たく、言葉は刺々しい。まるで敵を見るような目でシュンを見ている。
それに国王様の言い方だと、私が女神の代わりになるのが決まっていたような含みがある。私はなるなんて、一言も言ってないのに。
「待ってください、私は女神様には、」
なれません、と続くはずだった言葉は、途中で遮られた。兵士に掴まれそうになって、それよりも早くシュンに引き寄せられた。
「これは既に決定事項じゃ。お主以上に女神の器に相応しいものはおらん!その反逆者をひっ捕らえよ!」
シュンは舌打ちすると、私を担いだ。そう、担いだのだ。
お姫様抱っこでもおんぶでもなく、米俵のように!
「俺は報酬なんていらない。大人しくしてるつもりだったが…真白を俺から奪うというなら、話は別だ。
ダンジョン攻略者を甘く見んなよ」
シュンは駆け出すと、向かってくる兵をひょいひょいと器用に避ける。怒り狂う王様の声が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。
「行くぞ、真白っ!」
楽しそうなシュンの声とともに、浮遊感に襲われた。
なんだか異世界っぽくないっすね。どうしても会話文ばかりで、内容が軽くなっちゃうのが最近の悩み。心情描写って難しいですね。