四月下旬(1)
午前七時二十分、1年B組教室前。
「ここか、俺がこれから一年世話になんのは……」
確か……五十人くらいはいたはずだ、このクラスは。
担任は入景祐鶴、男、担当教科は確か科学。
出遅れだと学級委員とかはもう決まってるだろうから良いけど、でも委員会とか勝手に変なの入れられてそうだなー……まぁ仕方ないか。
この俺でももう出来上がってるであろうクラスの雰囲気の中に飛び込むのは至難の業だが、なんとかするしかないよなぁ。
あー。憂鬱。
「まぁうだうだ言ってもしょうがないな……」
ドアを開ける。なかなか綺麗な教室だった。
さすがにこの時間に人はいないようだ。
机や椅子を見て回ったが、名前は書いてないらしい。しかも何も入ってない机も割とあってどこが俺の席かはわからなかった。残念。
とりあえず適当に座ってみる。何も入ってない机だし運がよければ俺の席だろう。一番後ろの窓際だし。
「んー……暇だ。朝はやっぱり予鈴ギリギリで教室に滑り込むのが一番だなー……」
適当に独り言を言って『少年ジャンプ系主人公』っぽくしてみる遊びをやる。
嵐の前の静けさ、みたいな。
反応は無い。
うん、寂しっ。
「そこ、僕の席なんだけど」
反応あった。
慌てて声のする方を見ると、女の子……いや、男か?男がいた。
言葉遣いに気をつければ声が低めの女の子だと言える程度に高い声。
着崩していない制服に、デカくて黄色いリュックを背負っている。
まったく痛んでない、肩の少し上らへんまで伸びた茶髪。
白い肌に、中性的な整った顔立ち。
有り体に言えば、美形だった。
…………こいつ、モデルか何かか?
「聞いてるかな。君が座っているのが僕の席だから、どいて」
「あ、悪い」
俺の席じゃなかったようだ。
俺は慌てて立ち上がって、そいつに席を譲った。そいつはこっちを見ずに、そのまま席に座ってリュックを下ろした。
…………そういや、ドアの音が聞こえたような気もしたな。
しかし、なんかこいつとっつきにくい感じがするなー。
周りを見ても、こいつと俺以外は誰もいなかった。ちなみに時間は七時三十分。
まだ誰も来ないのかよ……。
どうするかな。こういう奴が出遅れの席なんて知ってるとは思えないんだが……むしろクラスに誰がいるかとか、担任とかも興味ない感じがする。かといって暇つぶしになるようなもんもってきてないしなー。ううむ、どうしたことか。もうちょっと人が来るまで、学校探検でもしてみるかな?
「田中陸、で合ってるよね。田中くん、君の席なら僕の右隣だよ」
思わず振り向いてみた。
美形がこっちを見て頬杖をついていた。
名前と外見、座席を把握されていた。
「ついでに言っておくと、君は美化委員会になってる。たまに休日出勤してゴミ拾いしたり学期末に大掃除の指導したりするやつ。学級委員とかはないよ」
委員会まで把握されていた……。
何だこいつ!?
「怯えてるね。でも別に君のストーカーとかじゃないよ。名前は単にクラス名簿で見たのに初日の自己紹介で聞いていない名前と見たことの無い外見だったからそうだとわかっただけ、席や委員会は誰がどこなのかを全部覚えているだけ。ストーキングなんて必要に駆られない限り絶対やらないから馬鹿にしないでね」
「へぇ、それ凄い記憶力だな……って必要ならストーキングするのかよっ!?」
こいつ何なんだ!?
なんかやばい!?
「酷いね。次はせっかく席が隣なんだから学校案内と教科書の貸し出しくらいやってあげるよと言うつもりなのに」
「いやちょっとお近づきになりたいタイプじゃ……って隣っ!?」
「さっきからエクスクラメーションマークとクエスチョンマークが君の言葉の常連になりかけてるね」
こんな美形で変な奴と、隣の席!?
あぁでも確かにさっき聞いた気がする、その直後のインパクトで頭から吹っ飛んだけど!
「………………………………………………?あぁ、大丈夫だよ僕異性愛者だから」
「そこの心配はしてねーよ!!」
俺は男にいきなりそんなこと考える奴じゃねーよ!?
「え、っと僕、自分に関係ないなら同性愛だろうと獣姦だろうと応援するけど僕自身は普通に異性愛者で同種族間オンリーだから僕に気があるならやめた方が……」
「心配しなくとも俺もそうだよ!やめろ、顔青ざめんなちょっと引くな!俺にその趣味は無いっ!」
「あ、うん、そっかそういう設定なんだね……」
「設定違うマジな話!!やめて目をそらさないでお願い!誰かに見られたら誤解される!」
「あ、その心配なら不要。後ろを見て」
「後ろ?」
後ろを向いてみた。
現在時刻、午前八時三分。
人、沢山。
遠巻きに眺める奴らの視線の内訳、なんだあの黒髪:黒髪可哀想に:腐敗臭で、4:3:4。
…………………あれ?いつの間にこんなに人がいるんだ?
ていうか、腐敗臭?
……………………………………………………………………………………あれ?可愛い女の子との青春、詰んだ?
左隣のヤツを見る。にっこり満面の笑顔だった。
俺もぴきぴきと引きつった笑顔を作る。
「なぁ、お前殺して良いか?」
「嫌だよ?あ、そうそう田中くん」
「なんだ?」
「せっかく席が隣なんだから学校案内と教科書の貸し出しくらいやってあげるよ」
「……………………そうかよ」
これからの学校生活がものすごく不安になった朝だった。
高校生、一日目。