第5話
「コンサート? 3DCGでコンサートやっちゃうの?」
「いや、ええと、そうでなくて」
秋子の中のアイデアが、なかなか言葉になってくれない。
秋子はもどかしげに頭をかいた。
「ええと、そう。
複数箇所で同時に、開催できると思うんですよ! ライブビューイングみたいに!」
和哉は首を傾げる。
秋子はなんとか言葉を紡ぎながら、自分のアイデアを形にしていった。
出演者はどのライブ会場にも入らずに、モーショントレーススタジオに入る。
スタジオで演者の動きと音声を拾い、リアルタイムでデータとして各会場に送る。
トレースされた動きは3DCGを通して再現され、送った音声とともに各会場で再現する。
また、3DCGは高精細の最新鋭ホログラム投影装置を用いて投影し、ぱっと見には実像と遜色ない光景として観客の眼前に出す。
秋子がなんとかアイデアを言葉にし終わったとき、和哉は興奮しきっていた。
「――それ『Time Festival』でやってみようぜ!」
アイデアはプロデュース会議の俎上に上がり、詳細に検討された。
その結果、アイデアの実現には障害が二つあることが洗い出された。
一つは技術的な問題、もう一つは、演者と会場のテンションの問題であった。
技術的な問題としては、転送データの大きさと、モーションデータと音声データが遅延のためずれることがあることだった。
だが、この問題は専用の高速回線を用意することで比較的容易に解決できた。
もう一つの問題のほうが深刻で、特に演者のテンション管理は難しいかの様に思われた。
だが、秋子はだれも思いもしなかった解決策を打ち出した。
各会場に設置した三六〇度カラと集音マイクを用いて、モーショントレーススタジオにリアルタイム映像を中継し、仮想のドームを作り出してしまったのだ。
結果的に、この試みは成功を収めた。
各会場からの映像を切り替えることで、演者は会場の熱気をほとんど同時に把握し、各会場のコールや反応を同時に拾うことができた。
また観客は自分たちの反応がダイレクトに伝わっていることを実感し、演者がこの場にいないことを理解しつつも、いつもと同じように盛り上がることができたのである。
このときに『Time Festival』は名実ともにトップアイドルへとのし上がったと言える。
その後、秋子は、和哉と相談しながら、この優れたアイデアに様々な付加要素をつけていった。
決定的なアイデアは、音声合成技術とミックスしたことだった。
携帯電話を用いずとも、別の「中の人」を別に用意することでリアルタイムにしゃべらせることができるようになった。
このアイデアを元に、完全にバーチャルなアイドル、通称ロイドルが産み出されるのは時間の問題だった。
事実、初のロイドルは秋子がリリースした。ロイドルに関する特許は秋子たちが当時所属していた芸能事務所『高原芸能』がほぼすべてを取得し、その後も秋子は数多くのロイドルのメインプロデューサーを務めた。
ロイドルは失敗もあったが、成功した事例もそれなりにあった。
特に成功を収めたのは、今の『月崎愛里紗』のように、昔活躍していたアイドルの分身として産み出されたロイドルだった。
ロイドルの活躍は秋子の名を存分に高め、小さな零細事務所だった高原芸能を一躍中堅、いや、それ以上にまで引き上げたのだ。だが――
――あの人が目指した未来は、たぶん――
「秋子さん?」
「え? あ、ごめんなさい」
「たしか、このシステム作ったの、秋子さんでしたよね?
すごいよな。今じゃロイドルばっかで、昔みたいなアイドルはほとんどいなくなったもんな。
そういえば、ロイドルって、『アイドル』にはぴったりですよね」
修一の言葉には持ち上げるような空気はなく、心の底からそう思っているようだった。
だが秋子は、そんな素直な賞賛に「そう?」と素っ気ない返事を返した。
修一の顔に、若干の驚きが浮かんだ。
「だって、英語で偶像って意味ですよね?」
「偶像にだって、実体はあるわ。実体があってこその虚像よ」
「へぇ」
修一は、秋子の思わぬ反論に鼻白んだようだった。
「ロイドルの生みの親が、それを言うんですか?」
ほんの少しの皮肉が入った言葉に、秋子は苦笑した。
「そうよね。おかしいわよね」
「ま、いずれにしても、これからはやっぱ、ロイドルですよね。じゃ、ボクはこれで!」
強引に話を打ち切ったようにも見えたが、修一は爽やかな笑顔で去って行った。
秋子は、修一や他のクルーがお互いに声をかけつつ次々部屋を出て行くのを見送りながら、じっと何かを考えていた。
最後にエンジニアが部屋を出て行くとき、秋子が残っていることを少し気にしたようだったが、結局何も言わずに出て行った。
一人スタジオに残った秋子は、モニターディスプレイに目をやった。
ついさっきまで月崎愛里紗の幻影を映し出していたそれは、今は黒光りするばかりで何も映してはいない。
「おかしいわよね……か」
静かな声で、自分の言葉を噛みしめる。
それはあたかも、自らに何かを問いかけているかのようにもみえた。
(終)