第2話
三々五々に後片付けを始める人々の中で、エンジニアは下げていた頭をようやく上げた。
「すいませんでした、秋子さん」
「いいわよ。どうやってもたまにはあることだわ。それに今日は、急場しのぎとはいえ男性の声でやってたわけだし、彼の声質の問題もあったでしょ?」
ブースから出てきた男が、「そうなんですか?」と言いながら、その会話に割って入った。
「ボク、ちゃんと抑えるよう意識してたんだけどなー。ダメでしたか?」
彼の言葉で、エンジニアが申し訳なさそうに、軽く目を伏せた。
秋子と呼ばれた女性は、それをちらりと横目で見た。
「あなたが抑えようとしてるとかしてないとか、そういうのは関係ないの。技術的な問題だからね。
それより君の場合、気にしなきゃいけないのは演技でしょ、関崎修一クン?」
秋子は挑発的な笑みを返す。男の顔から、さっきまでの軽い笑みが消え去った。
「ダメでしたか?」
彼の声には、強い緊張感とわずかな不快感が浮き上がっている。
「まあ『月崎愛里紗』っぽくはあったんじゃない?
ちょっと媚びすぎかなって思わなくはないけど。
その辺は役者とはいえ、男性の限界よね」
「そうですか。どの辺が?」
「そうね、語尾とか?
男性の考える女性の語尾、って感じよねぇ?
女優や、声優があえてそうすることあるけどぉ?
それはぁ、そういう効果を狙ってのことだから?」
秋子はわざと、媚びたようなものの言い方をした。
修一は注意深く、言葉の音を聞いている。
「なるほど、そんな言い方になってましたか」
「ま、ちょっと大げさにやったけどね」
彼女はふっと息を吐き、意地悪げに浮かべていた笑みを消して微笑んだ。
「でもま、お疲れ様。
突然こんなことを頼んだのに、快く引き受けてくれてほんとに助かったわ。
シュウちゃんにしか頼めないことだったし」
修一は軽く首を振って、頬を緩めた。
「あの榛名秋子プロデューサーの頼みを断れるやつなんていませんよ。
それに、おもしろそうな仕事でしたしね」
二人の会話が始まり、少し居心地の悪そうにしていたエンジニアに、秋子は「あ、お疲れ様、今日は本当にありがとう」と声をかけてひらひらと手を振った。
彼はほっとしたように、一礼して去って行った。
「ねぇ」
修一に向き直った秋子は、「ロイドルの中の人、やるの初めて?」と問いかけた。
(続く)