R-099 ウルドへの来襲
仮想スクリーンには、グリードの巣穴の様子が映し出されている。
高感度カメラの画像が映し出す巣穴はどこまでも下に向かって続いている。まるでタグの巣穴のようにも見えるが、良く見ると少し違うのが分かる。
「タグの巣穴よりも広いようじゃな。それに壁が滑らかじゃ」
「それだけ外に出るグリードに壁が擦られたんでしょう。滑らかだけど、表面は擦り傷だらけだ」
いったいどれだけのグリードがここを通ればこれほど滑らかになるのだろう? 顎で土を掘り、外に運び出すならかなり凸凹になるはずだ。まるでシールド工法で仕上げたように丸い断面をしてるぞ。
「タグであれば地表よりさほど深くは無いはずじゃが、この巣穴は更に深いようじゃな?」
確かに深い。現在は40m程に達しているようだ。
だが、それから直ぐに、終わりが見えて来た。通路の先が冠水しているのだ。地下水脈にぶつかったのだろうか?
水に浸った通路をロボットが進んでいく。直ぐに映像が切れたのは伝送信号が遮断されたためだろう。自律偵察を行えるようだから、戻って来るのを待つしか無さそうだな。
「これでは一方的な殺戮を行えるぞ。あの雪のような物をどんどん巣穴に投げ込めば良さそうじゃ」
「生物であれば、炭酸ガスはかなり有効じゃな。殺虫剤ではないから、環境を破壊することも無かろう」
確かに有効だ。だが、ヨルムンガンドの南には、いったいいくつの巣穴があるんだろう。全てを潰すのはかなり難しい事だと思うけどね。
何日か過ぎて、ユング達がウルドの砦にやって来た。
ナパーム弾を大量に置いて行ってくれたけど、キャルミラさんはラッキーストライクのカートンを手に入れて喜んでいた。
「炭酸ガスは良い方法だと思ってたんだけどな……」
「問題があったのか?」
俺の質問にユングが問題を色々と話してくれたんだが、一番の問題はスクルドの巣穴の一部が水封されていた事らしい。
「あれだけドライアイスを入れたんだが、3日もすれば巣穴から這い出して来たんだ。巣穴の空気を入れ替える手段があったんだろうな。それと地下水を使ったトンネルの水封を組み合わせているらしい。アリの知恵とでもいうんだろうけど、あれだけの数が集まって一つの頭脳のような働きをするのであればとんでもなく知能が高い事になる」
「一つの頭脳として働くということができるのか?」
「分からん。だけど、油断はできないぞ。ドライアイスはひょっとしたらで始めたようなものだから、それほど役に立たないと分かれば十分だ」
それほどというからには、少しは役にたったということだろうな。
現にグリードの数を、2日以上抑えたという実績は残っている。
「耐性と環境破壊が問題になるが、再び殺虫剤を使うしか無さそうだ」
「森林火災を起こすためのナパーム弾攻撃と巣穴への爆弾投下は継続してるんだろう?」
「まあな。それを怠ればたちまち5割は群れの数が膨れるぞ。かなりの森林を焼いたことは確かだが、今でもあの通りだ。森林の復元力は馬鹿にはできない」
焼野原になっても5年も過ぎると再び草木が伸び始める。
再生能力が高い事は良い事なんだろうが、ユング達の努力が報われないんだよな。
「枯葉剤を使いたいが、あれは長期的に影響が出るからな。遺伝子変異を誘発する物質でもあるんだ。これ以上、事態を拡大したくはないぞ」
ユングが嫌うくらいだからかなり問題なんだろう。せっかく、ルシファー達が全滅したんだから、これ以上の生物兵器ができるようでも困るからね。
「美月さんも、少し考えてるみたいだな。現状の作戦自体に変更は無いらしいが、ラミィに色々と相談を持ち掛けている。相談自体は、ラミィを百科事典代わりに使っているようなものなんだが……」
それ位なら、バビロンから供与された端末で調べれば良いのだろうけど、面倒なのかな? 意外と手抜きをしたがる性格だからね。
「何を調べてるんだ?」
「アリと蜂の生態らしい。アリは蜂の進化種らしいから、蜂まで調べるのが美月さんらしいな」
果たして、それだけなんだろうか?
姉貴は蜂の大群も視野に入れているって事にならないか? だが、一度進化した種が先祖がえりをするとは思えないけどな。
「俺もそう思うぞ。アリと蜂が同じ進化樹の枝にあるとしても、その変化は遥か昔に行われたものだ。今まで俺達が遭遇した生物のほとんどは、新たな進化もしくは他の生物との融合の産物だ。一部例外はあるがな」
「大森林地帯の恐竜……」
俺の呟きにユングが頷いた。あれは進化ではない。どこからか出現したものだろう。
進化でも無く、生物融合でもないとすれば……。
「たぶん、超磁力兵器の大規模な同時投入は時空の歪をたくさん作ってしまったんじゃないかな? だがそれはあまり長続きしなかったようだ。バビロンやユグドラシルの神官に頼んでシミュレーションをしたんだが、100を超える大きな歪が発生したぞ」
「他の世界からの生物の来訪と、その後の遺伝子変異の暴走……。それがこの世界ではあるんだよな」
「ああ、だが俺達の暮らす世界でもある。形は変わったけど、あの頃俺達が暮らした未来なんだから、少しは努力をしないといつも考えてはいるんだが」
「まるで我には理解出来ぬ話じゃ。結局、何か問題でもあると言う事か?」
「ユングは、まだ我等の知らぬ歪が、この大陸の南の地中深くにあるのでは、と疑っておるのじゃ。ミズキの質問もそれに類した物であろう。系統樹の枝を共にするのであれば、新たな生物が歪を越えて来てもグリードは敵対するとは限らぬ。それ以外はグリードが始末してくれるであろう」
そう言う事か……。アリの近縁種であれば、敵対せずに共存することも可能だと言う事だな。
だが、グリードはルシファー達が作り上げた種であり、系統樹に乗る筈のない種でもある。考え過ぎにも思えるけどね。
「ところで浚渫船の方はどうなってるんだ?」
「明人が考えているようにはいかないさ。飛行船に大型バケットを積む方法で考えてはいるが、1隻で何とかしてくれ。他は爆撃に転用したい。グリードの数を減らさない事にはサンドワームが根絶やしになりそうだ」
「すでにグリードの群れが優勢です。サンドワームの群れが集まってはいるのですが……」
フラウの言葉にアルトさんが絶句している。
やはり数の暴力には敵わないというところなんだろうな。
将来的にはヨルムンガンドの南には生物のいない土地になるんだろうか?
それも、この世界全体の環境に大きな影響を及ぼしそうな話だ。
「仕方ないな。土砂の堆積はそれで何とかするよ」
「一段落したら、転用は容易だ。それまで我慢してくれ」
飛行船を完全な爆撃仕様にはしないと言う事だろうか? 現在でも3隻の飛行船が毎日爆撃しているはずだ。さらに、ユング達が色々と小細工を仕掛けてるんだが、それでもグリードの群れはやって来る。
「だが、ヨルムンガンドの工事は順調だろう? グリードに邪魔されなければ3つの工事区域が順調に運河を掘り進めているはずだ」
「北側の土塁と鉄道工事も含めてね。それは確かに順調だ」
「かつてスクルドを北に向かったグリードも今では全て壊滅している。北大陸に駐屯していた部隊も3つの砦に移動しているはずだ。砦の人口が更に増えるから工事も捗るんじゃないか?」
そんな話は聞いていないが、一応安全になったのだろうか? それなりに危険な生物はいるから全てをこちらに移動することは別の問題が出てきそうだな。
まあ、姉貴がその辺りの調整は取ってくれるだろう。
やって来た戦力を、工事に向かわせれば良い。
ユング達が去ってから、数日後に待っていた浚渫用の飛行船が現れた。
大きなバケットを投下して砂を取り除いていくのだが、1日掛かりでトラック10台分というところだろうな。先の長い浚渫工事になりそうだ。
ウルドには今のところ脅威が押し寄せて来ない。
サンドワームとグリードの戦いは300km程南の地だから、イオンクラフトも今のところは偵察が主になる。
偵察機からの報告にも特段の変化が無い今日この頃だ。
いつものように、仮想スクリーンでヨルムンガンドの工事の進捗を見ているのだが、俺達の去ったスクルドは東西に工事区間を延ばしている。
バジュラを使った工事の速さは驚く限りだ。1日で10kmは伸びているんじゃないか?
すでに東西へ300kmも伸ばしているから、西のベルダンディとは1か月もしないうちに連結できそうな感じだ。
線路が単線でも開通したら物資の補給と土塁の強化工事が一気に進むようにも思える。
「1年後が楽しみじゃな。ヨルムンガンドが連結しそうじゃ」
「問題は、その影響です。海流と潮汐力でどのような事が起こるかは予断を許しません」
バビロンの神官達がシミュレーションした結果では、運河の幅が広くなるとの事だが、それだけではないだろうな。
中央部に土砂が堆積しないように大きな池を作ったが、あれだけで済むかも怪しいところだ。
現に、ウルドから西に数十km離れた閘門には土砂が堆積し始めているからな。
できるだけ浚渫しておくに越したことはない。
退屈な日々が続いたある日、偵察から帰ったイオンクラフトからの報告が入った。
「報告します。グリードの群れが北を目指しています」
「何じゃと! 奴らの足では3日も掛かるまい。それで規模は?」
「単位長で1千ほど、北北東に進んでいます」
単位長とは10Mの群れの長さを表す言葉だ。4倍にすれば時間当たりの侵攻数になる。1時間で5千を少し下回るな。グリードの群れが膨らんで北を目指したのだろうか?
「ウルドに明日までに入港できる船はそのままで良いが、2日目以降の商船は北の港に移動するように伝えるんだ。いよいよウルドがグリードの洗礼を受けることになるぞ」
アルトさんに砲撃の指揮を頼み、キャルミラさんにはイオンクラフトの指揮を頼む。飛行船による爆撃も三分の一はウルドに押し寄せる群れを叩いて貰おう。
西に迂回されることが無いように装甲列車の運行も視野に置かねばなるまい。
矢次早に、指示を出してグリード来襲に備える。
スクルドと違ってウルドは堅固な作りになってはいるが、スクルド方向に移動を始めたらせっかく工事が進んでいる運河工事が停止ししてしまいそうだ。それだけは避けなければならない。




