R-098 ドライアイスを使おう
線路は1日辺り200mほど伸びてはいるようだ。
工兵達が頑張っているのだが、いかんせん距離がとんでもなく長いからな。
この工区だけで、数年以上掛かるんじゃないか?
「1日2回の爆撃では、いずれサンドワームは淘汰されてしまいじゃろう」
「毎日3tの爆弾と2千発の銃弾を浴びせておる。これ以上の消費は時間稼ぎの作戦では取れぬじゃろうな」
アルトさんとキャルミラさんがサンドワームとグリードの激闘を眺めながら話をしている。
圧倒的な数の生体兵器の前には、サンドワームの一大営巣地と言えども無力なのか……。
数を減らすには、グリードの生産拠点である営巣地を攻撃する外に手は無いが、姉貴の作戦は焦土化だからな。確かに食料調達を絶てば良いのかもしれないが、先の長い話ではある。
一度焼き払っても、ジャングルが再び緑の大地に戻してしまうようだ。広範囲に焼けば良いのだが、それにはナパーム弾の更なる生産をせねばなるまい。
仮想スクリーンを見ると、ジャングルよりは草原に近い植生になって来てはいるようだ。種まで焼くとなるとかなり面倒には違いない。
連合王国の商船が10日程の間隔で3隻、砦内に作られた港に入港して来る。飛行船よりも遥かに荷を積んで来るが、3つの砦に分配するとあまり余裕が無いのも確かだ。食料は半年分以上あるのだが、弾薬や爆弾はどうしても消費量がかさんでしまう。
「どうした。少しは休めるだろう?」
「スクルド時代よりは楽になったな。それで、頼んでいたものは?」
たまにユング達が様子を見にやって来る。
相変わらずグリードの繁殖地を焼いているユング達だが、疲れた様子はまるでない。ナノマシンの身体でも、神経は疲れると思うのだが……。
「これを見てたのか。だいぶ昔と変わったろう? 反復して焼いているから、その内にあれた砂と岩ばかりになるだろうな。これほど広範囲に緑を消すことになろうとは思わなかったが、さほど炭酸ガス濃度は上がらないとバビロンの連中が話してたぞ」
「人類とは、環境破壊の権化に思えるよ」
ディーが持ってきてくれたコーヒーを飲みながら、タバコに火を点ける。ユングもバ
ッグから1本取り出して指先で火を点けた。
「ところで、例の船は何とかなりそうか?」
「するしか無さそうだ。将来的にはヨルムンガンドの幅は100mほどに広がるかも知れないが、あちこちに砂が堆積することは間違いないらしい。半年ほど過ぎれば2隻は運んでこれそうだ」
浚渫船は何とかなりそうだな。港もたまに掘らなければカニが上がって来そうな感じもする。港の海底を動いてる姿がたまに目撃されているようだ。
「再度、バビロンに分解速度の速い殺虫剤の使用を打診している。俺としても気乗りしないんだが、あの数だからな」
「ああ、アルトさん達がサンドワームが淘汰されかねないと心配してたよ」
俺の言葉に頷いたところを見ると、ユングもその懸念を持っているようだな。
何とか数年は時を稼ぎたい。ヨルムンガンドでグリードの侵攻を阻止できた時が俺達の戦が終わる時だ。
「ダメなら、ユング達が最初に使った天然素材の殺虫剤はどうなんだ?」
「まあ、効果はそれなりなんだが……、劇的ではないんだよな。待てよ、効果はあったんだ。うん! さすがは明人だ。良いアイデアだぞ。あの殺虫剤の効果期間は1日以上あるんだ」
椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がると、「また来るぞ!」と言い残して指揮所を出て行った。フラウが俺の顔を見て首を振っている。
まあ、あんな奴だけど、ちゃんと面倒を見て欲しいな。俺の唯一の親友なんだからね。
そんな昼間の話をキャルミラさん達が戻ってからしてみると、2人とも考え込んでいるようだ。
何を悩んでいるのだろう?
「効果時間が長ければそれだけ継続的にグリードを始末できるじゃろう。だが、あの殺虫剤の効果は良いところ3割程度じゃ。となればどこで使うかが問題じゃろうな」
「ここでは無いのか?」
キャルミラさんの言葉にアルトさんが地図で示した場所は南の森からグリードが荒地に出てくる場所だ。
森の中ならせっかく作った殺虫剤が太陽光で分解してしまうのもある程度防げるだろう。効果期間も少しは伸びるかも知れない。
だが、そこに危険があるのが分ればグリードは、その場所の手前から荒地に出てくるんじゃないか?
結果的にはヨルムンガンドへの到達点が西にずれる形になりそうだ。
せっかくサンドワームが相手をしてくれているんだから、その場所は止した方が良いだろうな。
「俺なら、ここだな」
そう言って、山脈地帯に広がるグリードの巣穴群を指差した。
「直接巣穴に放り込む方が効果が高いだろう。爆薬もそれ程必要無いし、巣穴の中に拡散してくれればありがたい話だ」
「巣穴を狙うのじゃな……。待て、それならもっと効率的な方法があるぞ。炭酸ガスもしくは硫化水素を使えば良い。殺虫材ではなく天然素材そのものじゃ。しかも地下に対して使うなら効果は殺虫剤を凌ぐと思うが?」
「窒息死させるのですね。それならバビロンも文句は無いでしょう。ユング達に伝えておきます」
確かに、その手は考えなかったな。硫化水素を発生させるのは面倒でも、炭酸ガスならドライアイスを大量に巣穴に投げ込めば良いんじゃないか?
空気よりも重いガスだから以外と効果があるかも知れない。
一か月ほど過ぎた時に、ユング達から飛行船でグリードの営巣地帯に向かうとの連絡が入った。
炭酸ガスの効果を確認するとの事だ。
1tほど投入してロボットを巣穴に入れて様子を見ると言っているからおもしろい映像が見られるかも知れないぞ。
何にせよ、グリードの数が減る方法なら何でも試す事になるんだろう。姉貴達も期待しているんじゃないか?
時間は今夜実行するようだが、ユング達は睡眠の必要が無いからな……。
今のところ急ぐことは何も無いから、4人でグリードの巣穴を眺めてみるか。
4人で指揮所の椅子に座り仮想スクリーンを拡大して眺める。
ホットコーヒーを飲みながらのんびり見物だ。何といっても安全なのが良い。
「まだ始めぬのか?」
「周囲にナパーム弾を投下して巣穴の入り口を露出させてからだそうです」
アルトさんのイラついた言葉にディーが状況を説明している。
時間というのをあまり気にしない正確になって来たな。まあ、今夜中には終了させることは間違いないだろうけどね。
タバコに火を点けようとした時に、仮想スクリーン内が炎に包まれた。
「やっと始めたようじゃな。あの炎だけでも効果があるじゃろう」
俺達は食い入るように画像を眺める。10分程経過すると炎が収まり始めた。ジャングルの木々はかなり水分を含んでいるようだ。
とはいえ、焼けた大地のあちこちに巣穴の入り口であるクレーターが見える。
そのクレーターの1つが急速に大きくなっていくと、突然拡大が停止した。
「地上20m程と推測します。グリードの巣穴の大きさな推定で、直径3m程になります」
タグの巣穴のクレーターよりも大きいみたいだ。
それだけ巣穴から出やすい構造を取っているのだろう。
「あの白い氷のようなものは何なのじゃ?」
「炭酸ガスと言って、炎を消す性質のあるガスです。それを冷やして固めた物です。白い煙のようなものが見えるでしょう? あれがガスなんです」
地上10m程の高さまで気球を下げると、ドラアイスを巣穴に投入しているのが見える。
飛行船の船倉の中では、ユング達が一生懸命にスコップでドライアイスを投げてるのかな? 間欠的に落されているからそんなユング達の姿が頭をよぎる。
1分以上せっせとドライアイスを投入したところに、水が落される。グリードの巣穴からモクモクと白い煙が溢れて来た。
巣穴の中はどうなってるんだろう? そんな俺の思いをよそに、ユング達の飛行船は次の巣穴に向かって移動していく。
10か所程の巣穴にドライアイスが投入され、こんもりとクレーターのように盛り上がった巣穴の入り口は炭酸ガスで白い靄が漂っている。
あれならかなりの効果が期待できるんじゃないか? 他の巣穴からは続々とグリードが這い出して来るが、炭酸ガスで蓋をされた巣穴から這い出すグリードは全くないからな。
だが、せっかく楽しみにしていた巣穴の中の観察は、あの状態では不可能だろう。巣穴の中も靄がかかっていたら観察はできないに違いない。
ユング達も時間を潰す考えでいるようだ。
別の巣穴に移動して、巣穴の中に小型の焼夷弾を投げ込んでいる。
小さなタルに原油を詰めて爆裂球を数個取り付けた簡易版のようだが、効果のほどは分らないな。
炎の中から這い出して来るグリードがかなりいるようだ。
「つまらんのう……。明日の朝に画像を見るとしようぞ」
そんなアルトさんの言葉に、俺達は頷いた。
まだまだ、靄が晴れそうにない。それなら一眠りした方が良さそうだ。
翌日。急いで朝食を終えると、仮想スクリーンを開く。
すでに巣穴に偵察ロボットを投入したようだ。あのカブトムシみたいなロボットなんだろうが、ネコより大きいんだよな。初めて見た時には驚いたけど、ユングの話では結構使えるらしい。
「手榴弾が入ってるから、自爆させることもできるぞ」
そんな事を得意そうに言っていた姿が目に浮かぶ。
映し出されたトンネルは綺麗に円形の断面をしているようだ。そんなトンネルの至る所に動かないグリードがうずくまっている。
「死んでおるようじゃな……」
「あのガスでは呼吸もできぬはず。殺虫剤よりも強力ということになりそうじゃ」
アルトさんとキャルミラさんが食い入るようにスクリーンを見ている。
確かに効果が高い。これなら、専用の飛行船を作ってドライアイスを投入していけば絶滅させることも出来るんじゃないか?
画像の右上に数字が見える。
あまり変化が無いが、どうやら地表までの高さを表示しているらしい。現在は23mと言う事らしいが、この巣穴の深さはどれ位あるんだろう?
その下の数字は酸素濃度らしいが、1%も無いようだ。完全に酸欠状態だな。この通路に入っただけでグリードの動きが止まってしまうに違いない。
さらにロボットが巣穴の奥へと進むにつれ、グリードの死骸も多く見えるようになってきた。
ガスを避けるために巣穴の奥へと本能的に逃れたんだろうか?




