R-096 スクルドを後に
グリードの進路変更作戦が始まった。
大型飛行船2隻によるナパーム弾攻撃で、大陸西岸を南北に連ねる山脈の西側が5日間も炎に包まれていた。
あれでは、再びジャングルの再生が終わるまでには10年以上の年月が掛かるだろうな。
その後ユングの飛行船が、グリードの巣穴1つずつ丹念にVXガス爆弾を投下している。それで這い出してくるグリードの群れは、大型飛行船で丹念に潰している様だ。
北東に向かってタトルーンが巻いた魚が良い具合に日干しになっている。
あの跡をたどってくれれば良いのだが。
「約3日間の空隙がグリードの群れに出来ると言う事じゃな。次の群れは魚を目指すのじゃろう。いよいよ我等は移動できると言う事になる」
「移動と言っても、今度はウルドですよ。交易船が積荷を運んできますから、スクルドのように戦ってばかりもいられません」
「それは商会に任せれば良い。我等は、グリードをウルドに近寄らせないことを考えれば良いのじゃ」
「荷物を纏めて荷台に積んでおいてほしいな。俺達の出番になったら、この砦には戻らずにウルドに向かうからね」
元々俺達は荷物をあまり持たないけれど、念のために伝えておく。
たぶんディーの持っている大型の魔法に袋に全て入ってるんだろうけど、今でも木製の風呂オケを入れてるんだよな。その中にごっそり荷物を入れてるから
取り出すのに苦労してるのをたまに見掛けることがある。
ユングもたまにフラウが魔法の袋を漁る時は中々大変だと言ってたから、整理整頓が出来ないのはオートマタの標準なんだろうか?
だけど、ラミィにはそんな事は無いみたいだ。姉貴が、身の回りの世話までしてくれると言ってたからね。
「特に、余分な物は持ちこんでおらぬぞ?」
アルトさんの言葉にディーとキャルミラさんがうんうんと頷いている。
まあ、それなら良いんだけどね。
すでにキャルミラさんがイオンクラフトの荷台に200kgのナパーム弾を4個と105mm砲の弾丸を転用した爆弾を20個程積んでいる。ナパーム弾は木材で作った斜路に乗せているから、ストッパーを外せば転がり落ちる筈だ。爆弾の方は10kgと少し重いが両手で落とせば何とかなる。
強化型の爆裂球も木製の箱に詰め込んであるから、機銃よりは効果的に使えるだろう。
仮想スクリーンでグリードの様子を眺める時間だけが過ぎていく。
やはりVXガスは効果的だったようだ。上手く巣穴の中まで浸透しているなら、かなりの数を葬ったことになるな。
もう少し効果時間が長ければ良いのだろうが、バビロンの出した条件が12時間後に分解するとの事だ。
明日の朝には再びグリードが溢れて来るのだろうか……。
翌日。朝食を食べながらも、拡大した仮想スクリーンに目が移る。
まだ焼け跡にグリードの姿はどこにもない。
すでに十数時間が経過しているから、スクルドに向かってくるグリードの群れの最後尾から100km程の空隙が出来たことになる。スクルドを取り巻くグリードの数が有限になったのだ。これからは増えることが無い。倒すだけこの砦を取り巻くグリードの数が減るのだ。
「全滅したのでは?」
夕刻になってもグリードの姿が見えない。
「まさかとは思うけどね。まだまだ巣穴の数が多いことは確かだ。ユングが北部の巣穴を片っ端から攻撃したからじゃないかな。少し南を見てみるか……」
仮想スクリーンの拡大率を縮小して広範囲に監視が出来るようにする。その状態で南に画像を動かしていくと……。
森が動いている。
いや、森のように辺りを埋め尽くす数のグリードが北に向かっている姿が見えた。
「やはり無理じゃったか……。前よりも幅が広がっておるぞ」
「それでも、最初の画像から南に100km程離れています。現在こちらに向かって進んでいるグリードの群れの最後尾からは200km以上離れていますよ。多分姉貴もこの画像を見ている筈ですから、明日にも攻撃が開始されるでしょう」
とは言ってみたものの、もう少し様子を見るかもしれないな。
すでにタトルーンで餌を北東にばら撒いている。そちらの方向にはまだジャングルさえ残っているのだ。
前と同じ進軍ルートを進むと分かるまでは攻撃を手控えて、爆弾を温存するかも知れないな。
翌日の朝にはジャングルの焼け跡にグリードの群れが到達した。
少し東に進路を変えたようにも見えるがまだ明確ではない。姉貴達やサーシャちゃん達も攻撃を加える様子は全くないようだ。
「やはりこちらを目指しているようにも見える、餌には食いつかんようじゃ!」
「そうでもなさそうじゃ。かなり東に動いておる。ジャングルが残っておる場所を選んでおるから、まだ進路は確定していないのではないか?」
仮想スクリーンをもう1つ開いて、現状の進路を取った場合の進路を衛星カメラで写した大陸の上に表示してみる。
進路予想図まで入っているが、その進路の方向はスクルドをわずかに外れている。とは言え、10km程の違いだから依然として進路が変わったとは言えないようだな。
一夜明けると、グリードの群れは焼け残ったジャングルに沿って東に移動しているのがはっきりとわかった。
明らかに依然と進軍方向が異なる。予想進路の表示では、スクルドから200km程東にずれている。
「以前のコースをたどる群れがいるぞ。数は少ないがこちらに来ると厄介じゃ」
アルトさんが小さな群れを見付けて声を出した。
姉貴が危惧していたのは、必ずしも群れの本流では無さそうだな。こんな事態もあると考えていたのだろう。すでに飛行船を向かわせていると考えた方が良さそうだ。
午後になって姉貴の作戦が分った。
飛行船からナパーム弾を次々と以前のコースに落としている。
これであの小さな群れは一網打尽にしたわけだが、予想進路上にもたくさんのナパーム弾が投下されていた。
「フェロモンを焼却しているのじゃろう。僅かな痕跡でもあればアリはそれを辿れるようじゃ」
「フェロモンとは何じゃ?」
「匂いみたいな物質だよ。それを辿ることでアリは行列を作れるんだ」
姉貴の事だ。明日も再度焼却を試みるに違いない。
一旦途切れたグリードの群れが東にどんどん進軍している。このまま大陸の東に到達するのかと見ていると、300km程東に進んだ後に荒地を北上し始めた。
どうやら餌を見付けたらしい。餌は北東方向にばら撒いているはずだから、更に東に向きを変えるのだろう。
ヨルムンガンドへの到達地点は、スクルドから300km程まで東に移動している。
前の群れはすでにスクルドを取り巻く群れに合流を果たしているから、ようやく終わりが見えたことになる。
スクルドを取り巻く群れの数は30万というところだ。まだまだ時間は掛かりそうだが、これからは倒せば数が減る一方になる。
「これで終わりじゃろうな。大陸南部まで攻略したかったが、ヨルムンガンドを阻止線として守ればいずれ滅びるじゃろう」
「第4段階を完遂することは出来ないけれど、バルハラ作戦は一段落と言う事なんだろうね」
「ミズキはヨルムンガンドの完成と、東西の鉄道が連結した時に完成を報告するじゃろうな。まだまだグリードとの戦は続く事になろう」
キャルミラさんは姉貴をしっかりと見ているな。
大陸南部に手が出せないなら、大陸南部からの侵攻を確実に止める手段の完成を持って終了宣言をすると言う事に俺も賛成だ。
とは言え、今までとは違った戦になるだろう。
今までのような力づくで阻止するのではなく、少しは計画的に戦が進められるんじゃないかな。
毎日仮想スクリーンで新たなグリードの侵攻方向を確認していた。すでに、到達予想地点はヨルムンガンドの運河が完成している地点にまで移動している。
スクルドよりも、ウルドからの方が遥かに近い。
「このまま東にそれれば、ウルドに到達してしまうぞ!」
「まだウルドからは500km以上離れている。すでに餌は無いんだけど、あまり北に方向が変わらないね」
それも不思議な気がする。グリードは何を求めて方向を変えないのだろうか?
最初の方向付けがそのままイニシャライズされているようにも見える。
突然荒地が渦を巻いた。
乾いた大地なんだが、まるで大きな湖面のように大地がさざ波を立て、渦を巻いている。
グリード達が足を取られて行軍を停止したように見えた時、たくさんのサンドワームが姿を現した。
グリードの大きさを考えると、地上に出ている部分だけで長さが数mはあるし、先端の牙が取り巻いた口の大きさは50cm以上あるんじゃないか?
蛇が獲物を襲うように次々とグリードを咥えて土の中に潜って行った。
ユングが、メキシコ湾があった辺りはサンドワームの巣になっている、と言っていたのはこういう事か。
数百どころじゃないな。どんどん荒地の奥から集まってきている。
グリードも地中生活をする昆虫なんだろうが、サンドワームの方が地中では動きは良い様だ。次々とサンドワームに食われている。
「逆の場合もあるようじゃな」
キャルミラさんの言葉に、仮想スクリーンを良く眺めると、1匹のサンドワームに数百のグリードが取り付いているところを見付けた。
1匹ならサンドワームの餌になるが、数が多ければ逆転するようだ。
あまりの騒ぎに土埃で視界がどんどん悪くなっていく。
この戦はどちらが勝つんだろう? 姉貴はそれについては言葉を濁したな。
翌日朝早く、俺の部屋の扉を叩く者がいる。急いで衣服を整え扉を開けると、通信兵が立っていた。
「ベルダンディから連絡です。『イオンクラフトで北に向かうグリードを阻止せよ。ウルドからバジュラも出撃。両砦の指揮官を入れ替える』以上です」
「了解だ。アルトさん達を起こして、エイルーさんとミーア隊長を呼んでくれ」
いよいよだ。装備を身に着けて部屋を一回り見渡し忘れ物が無い事を確認する。
指揮所に行くと、従兵がお茶を出してくれた。
長い間ここで暮らしたけど、いざ去るとなると思い出もたくさんあるな。
バタバタと足音を立てて3人が指揮所にやって来た。少し遅れてエイルーさん達もやって来る。
「どうしたのじゃ。残ったグリードの総攻撃でも始まったか?」
「いや、そうじゃない。姉貴からの指示がやってきた。いよいよ出掛けるぞ。直ぐに飛び立てるように準備してくれ」
アルトさん達は返事もしないで指揮所から駆け出して行ったぞ。
早いとこ俺も行かないと文句を言われそうだな。
「エイルーさん。長らく世話になったけど、俺達とサーシャちゃん達が砦の指揮を交替する。スクルドの新しい指揮官は今日中には着任するだろうが、それまでの砦の防衛はエイルーさんにお願いしたい。ミーア隊長もエイルーさんを助けてくれ」
「分かったにゃ。月姫様がやって来るなら私等も頑張らないといけないにゃ!」
エイルーさんの言葉にミーア隊長も頷いてくれた。2人に握手をして、肩を叩くと、後ろを振り返ることなく指揮所を後にする。
1階に下りて外に出ると、玄関先にイオンクラフトが横付けされていた。
慌てて荷台に乗り込み、ベルトのカラビナにロープを通して、準備完了をアルトさんに伝えた。
キャルミラさんの操縦するイオンクラフトが急上昇して、スクルドの上空を1回転すると、南東方向に加速を始めた。




