R-093 グリードの進路を変えるために
スクルドの南に池が出来てから半年も過ぎると、ようやくグリードの数が200万を下回った。
スクルドを囲む石塀の防衛に、今では各辺とも2個小隊で対応できるまでになったから、どうにか小隊単位で休息を取らせることができる。
「我等の役目は終わったようじゃな」そう言って、サーシャちゃん達はウルドの砦に帰って行った。
残ったのはアテーナイ様だけど、しばらくはここにいるみたいだな。
戦場にいる方が落ち着くんじゃないだろうか? 何かそんな気がしていた。
「皆帰ってしもうたが、依然として囲まれておることに変わりはない。小型飛行船2隻でこうも変わるとは思わなかったがのう」
「ウルドの港があればこそです。贅沢に爆弾を落せますからね。進軍して来るグリードと合わせても、俺達を囲む数を日に10万以上削っています」
単純計算では200日で全滅と言う事になるんだろうが、北に向かうグリードの数も減っている。それらの爆撃や砲撃を行っている部隊を南に向ければ更に日数を減らせるだろう。
「ミズキが何時、群れの向きを変えるかが楽しみじゃな」
「問題はその時期です。ユングはいまだに南の密林を焼いています。高温多湿のきこうですから、火では時間が掛かるでしょう。気になるのは、その破壊工作を東から西に向かって深く火災を作り出している点です。東の森林にはほとんど手を付けていません」
仮想スクリーン映し出される森林はそんな形だ。破壊されずに残った森林をグリード達が使うと姉貴達は考えているようだ。
「確かにそうじゃな。遮るものとてない荒地を移動するよりは、この森林伝いに移動する方が遥かに容易いじゃろう。北に向かうは餌としての生物を食うためであるのなら、どのように進路を変えても北上することに変わりはない」
それが一番の問題なんだよな。これで種族を増やす事を止めようとする連中では無さそうだ。タグであれば一定の縄張り意外に進出しようとはしないから扱いは楽なのだが。
「やはり作戦は、サーシャちゃん達の工事進捗で左右しそうですね」
「現状では3000M(450km)に満たぬか……。ヨルムンガンドを迂回されると厄介じゃな」
ウルドではサーシャちゃん達が1個大隊の亀兵隊を使って大規模に運河掘削を行っている。バジュラを重機代わりに使っても、地図上で見るとあまり伸びているようには見えないんだよな。
それとは別に一時中断していた鉄道の複線工事も再開されたようだ。単線では装甲列車の運用に問題があるのかな?
線路は50kmごとに北に向かって引き込み線が作られている。引き込み線の長さは2km程だが、監視台を兼ねた砦を作るんだろうか?
「今日のノルマをこなしてきたぞ!」
入るなり、アルトさんが俺達に言葉を投げてテーブルに着く。後から入ってきたキャルミラさんが指揮所の扉を閉めてくれた。
アルトさんのそんなところは昔から変わらないな。
「強化爆裂球でも倒せる数が減っておる。群れはだいぶ散ってきたようじゃ」
キャルミラさんがタバコを取り出してプカリと吸い始めたけど、いつ見てもシュールだな。異世界だと自覚できる。
「この画像でもそれは分かる。だいぶ減ってきよったが、ミズキの次の手がいつかは分からぬ」
「まだ、これが続くと言う事じゃな。全く、退屈な日々じゃ」
もったいぶった言い方が3人だから、話を聞いてるとちょっと引いてしまう。
王族と言う矜持はいつまでも続くんだろうな。
「明日は、ミーアの部隊の半数を南に回そうと思う。すでに北に向かうグリードの数は5千を切っておる。南を叩けばそれだけ北に向かう数も減ろう」
「となると……」
3人が仮想スクリーンを前に頭を寄せているぞ。
どんな案が出るのかは分からないけど、あまり効果が出るとも思えない。
ユング達が作った直径2kmの湖の周辺にグリード達が集まっているのだが、横幅は精々数百mと言うところだ。
この湖を作ったのは失敗なんじゃないか? 作るとしても、もっと後にしても良かったと思う。返ってやり辛いことこの上ない。
・・・ ◇ ・・・
そろそろヨルムンガンドを作り始めて3年が過ぎようとしている。
東西3500kmの一大事業だ。科学衛星の大陸を写した画像にもはっきりと見えている。
完成部分は約半分。東が約700kmで西が約1000kmだ。残り半分は、ユングの落した爆弾で位置だけがどうにか分かる程度だ。
問題は、その中間地点で東西数十kmしか工事が出来ていない俺達ウルド砦の状況なんだよな。
さらにグリードの数は減っているがそれでも100万を超えている。
こいつらが邪魔になって、全く工事には着手できない状況だ。
この状況からすると、後3年はこの砦で過ごすことになりそうだ。
「よう! 頑張ってるか?」
突然扉が開いてユングとフラウが入ってきた。
何か新しい情報を持ってきたのかと、アルトさんとキャルミラさんが顔を上げる。
俺の前の席に腰を下ろすと、バッグから取り出したのは1カートンのタバコだ。それをキャルミラさんに渡すと、キャルミラさんが直ぐに1個取り出してライターで火を点けた。どうやら切らしていたらいい。
「良いニュースだ。エイダス島の移民計画が終了した。大型飛行船が1隻余ることになる。これを使ってさらにジャングルを焼けるぞ」
「それはユングに取っての良いニュースじゃないのか? 喜ばしい事は分かるが俺達にはあまり関係なさそうだ」
「そうでもない。これを見てくれ」
ユングが仮想スクリーンを拡大して説明を始めた。
10tの荷載能力のある飛行船に、200kgのナパーム弾を40個搭載してジャングルを焼いて行くそうだ。今までの小型飛行船より遥かに大規模にジャングルを焼くことになる。
「ナパーム弾と言っても、簡単な油脂爆弾だ。でないと、新たに工廟を建てなくてはならないからな。30個はジャングルの破壊に使うが、10個はグリードの群れに落としてくる。北上するグリードの群れに沿って落とせばかなりの効果が期待できるぞ」
「問題は頻度だな。10日毎では、それほど効果が出ないと思うが?」
「1日おきに爆撃する。更に、従来の小型飛行船も使えるからかなりの効果が出るぞ」
「だが、俺達の工事再開はグリードが向かってくる限り困難といわざるを得ない」
そう言った俺の顔を見て笑ってるところを見ると、とんでもないことを考えているな。
「ミズキさんがついに決断してくれた。グリードの北上ルートを変えるぞ。今は、こんな具合に奴らは進んでいるんだが……」
南米大陸の西に集結して、荒地を斜め東に北上して来る。これは昔の悪魔軍の北上ルートを踏襲していることに他ならない。
すでに西の北上ルートは山津波を作って閉ざしている。おかげで、全ての群れがこのルートを使う事になったのも確かだ。
ユングが示したルートは前に説明してくれたルートと同じだ。荒地に出る前に、ジャングルを東に向かわせる。大陸の半分以上を過ぎた辺りで北上させるということになるが、そこにはサンドワームの巣があるし、そのまま北上すればスクルドの運河にぶつかる。運河に到達した群れを今度はスクルドに誘導するらしい。
「サーシャちゃんが怒るぞ。だいじょうぶか?」
「ミズキさんが説得したらしい。嬢ちゃん達の妥協案は運河を1000kmに伸ばしたら……。と言う事らしいぞ」
別の仮想スクリーンを立ち上げて、スクルドの工事状況を確認する。
バジュラを使って大規模にやっているな。当初の計画よりも運河の幅を広げているのは、グリードの阻止を考えての事だろう。
線路も単線はだいぶ伸びている。工兵達もこれで工事場所に移動しているのだろう。複線化はようやく300km程だな。
「スクルドも運河工事で手いっぱいだろう。だいじょうぶか?」
「かなり工事が進んでいる。どちらかと言うと、ウルドからスクルドの方向に伸ばした方が工事が捗るだろうな。ウルドから西はミズキさん達が引き続き工事を担当する」
「俺の役目は、グリードの牽制になるな」
「そう言う事だ。10日後にもう一度来ることになる。アキト達のイオンクラフトをスクルド用にして、新しいのを運んで来るからな。航続距離を延ばして、荷台も大きくしたそうだ」
ユグドラシルからの援助って事かな? 積載量はともかく航続距離が延びるのはありがたい。
小型円盤機のようなイオンクラフトから比べると多用途に使えるからな。
「頑張れよ!」と言ってユング達は帰って行ったけど、上手くグリードの向きを反らせられるかが問題だな。
一度、ユングと姉貴で反らせてはいるが、進行方向の角度を変えただけだ。今度は90度近く方向を変えることになる。焼いたぐらいで方向が変わるとも思えないが……。
「イオンクラフトが変更されるのじゃな?」
「そう言っていましたが?」
「となれば、ウルドを我らが去ることも視野に入れることになりそうじゃのう」
新たに1本タバコを取り出しながらキャルミラさんが呟いた。
ひょっとして、工事の出来ない俺達とサーシャちゃん達を入れ替えるってことか?
そうだとすれば、ウルドを去ってもグリードとの戦は続くことになりそうだ。
運河を広げてはいるが、グリードはアリだからな。自分達で筏を作ったり橋を作ったりすることは出来るだろう。
俺達だけでなく、イオンクラフト部隊が是非とも必要になりそうだぞ。
10日目に、約束通りユング達がやって来た。
今使っているイオンクラフトよりも少し大型化しているな。軽のトラックと大型トラックの違いがあるぞ。
「積載量は2tだ。50kg爆弾が20個以上積める。荷台の両側に機関銃が付いている。屋根は無いけど、操縦システムは完全防水だから心配ない。最大速度は時速200km。航続距離は1300km。または12時間になる。それと、これは必要だろう」
渡してくれたのは、ゴーグルの入った袋だった。
操縦席の後ろと荷台の左右にはアイボルト用のネジ穴がたくさん付いている。
安全帯とロープも荷台に載っているから、荷台で作業していても落ちる心配はないだろう。




