R-089 アテーナイ様の違和感
言いたい事だけ俺達に伝えて姉貴はユング達と共にベルダンディに引き上げて行った。残った俺達は、これから作戦を考えねばならない。
「バジュラはあまり期待するでないぞ。スクルドの守護で手いっぱいじゃ」
「我とミーア隊長の航空部隊で数を減らすことになりそうじゃな」
「長砲身砲も使えると思うよ。それに殲滅しろとは言っていない。A区域を進むグリードの数を1万匹以内にすれば良いだけだ。ディー、現在の総数はどれ位だ?」
「現状では1万5千と言うところでしょう。衛星画像から、指定区域の総数をバビロン経由で表示します」
スクルドの周囲200kmの画像が拡大すると、その右上に砦を囲むグリードの総数が表示されるのはいつものことだが、その下に赤い表示でA区画を進むグリードの総数が表示された。
現時点では14,560と表示があるが下2桁はかなり変動しているな。
「単位は100匹で良い。そうすると、145.6って事だな。この方が見やすい」
「約5千を減らせば良いのじゃな。さほど困難とは思えぬが……」
「そうでもないですよ。1万を越えぬようにせねばならないですから、実際には9千を目安に攻撃することになります。長砲身砲で北を叩きながらイオンクラフトで爆撃と銃撃を浴びせる事になります。ミーア隊長の率いるイオンクラフトは1個小隊12機ですから3分隊で反復攻撃して貰う事になります」
3時間間隔で爆撃に出て貰おう。1個分隊を整備と予備兵力にしておけば不測の事態にも耐えられる筈だ。キャルミラさんの部隊はスクルド防衛に努力して貰わねばなるまい。
直ぐにミーア隊長が副長を連れて指揮所を後にしたから、1時間も経たずに北の進軍部隊の爆撃が行われることになるだろうな。
「長砲身砲の部隊も北に狙いを付けられるよう、場所を移動します。砲弾は各砲とも80発程度ですから、進軍地点の手前を狙う事でよろしいでしょうか?」
「それで、十分だ。砲弾の量が足りないけど、なるべく群れの濃い場所を狙ってくれ」
砲兵部隊はエイダスからの派遣軍だ。
ミーミルにエイダス派遣軍の司令部があるんだが、この砦に派遣されても頑張ってくれている。レムルの作り上げた軍隊は戦力は少ないが精鋭ぞろいだ。
俺に頭を下げると、指揮所を出て行った。
「イオンクラフトが砦の防衛に使えぬとは少し面倒じゃな」
「それでも3か月で半数近くに減らしたのじゃ。更に3か月も過ぎれば殲滅できるじゃろう」
アテーナイさんの呟きにサーシャちゃんが希望的な感想を言ってるけど、状況はそれ程甘くないんじゃないかな。
短砲身砲の砲弾はたっぷりと補給してくれたけど、兵士達の疲労が蓄積してるのが良く分かる。
「打って出るには相手が多すぎる。やはり籠城戦を続けるしか無さそうじゃ」
「だけど、南方については大型のバンカーバスターで穴掘りをすると言うんだから、少しは楽になるんじゃないかな?」
「それじゃが、場合によってはグリードが東西それに北に向かう可能性が高いぞ。再びこのスクルドを狙えば良いが、群れを拡散せぬかと心配になる」
「それは、あれじゃ! 小型のナパーム弾で群れの進行方向に炎の壁を作ればよい。イオンクラフトが出払っておるから、バジュラで投下することになるが、あの甲羅に乗せれば問題なかろう。ミーア、出掛けるぞ!」
嬢ちゃんずがバタバタと指揮所を出掛けていく。アルトさんも一緒に行ったのは、指揮所が退屈だったに違いないな。
「全く、バタバタと落ち着きがないのう。まあ、我と婿殿はここで結果を見ていればよかろう」
アテーナイ様は従兵にコーヒーを頼むと、俺の隣にやって来て腰を下ろした。
仮想スクリーンを眺めるには都合が良いが、どう見ても年頃のお嬢さんに見えるから、俺の方が意識してしまう。アダルトアルトさんそのものだからな。
「数の上では半分じゃが、見た限りにおいては変化が無いのう」
「相変わらず10万単位で南から北上しています。ユング達も努力はしているのでしょうが……」
仮想スクリーンに表示された数字は9,987千匹だ。どうにか2千万を半減したが1千万近い数がいまだに砦の四方を囲んでいる。
ドロドロという低い砲撃の音が聞えて来た。
早速、北に向けて砲撃を開始したようだ。10分程の間隔で撃ち続けるに違いない。
「イオンクラフトの部隊が北に向かいました。3機の出撃です」
「ありがとう。現在の防衛の状況は?」
「いつも通りです。本日の砦への侵入数は約1200」
明日は2千を超えるかも知れないな。
イオンクラフトの一斉爆弾投下は面でグリードを倒せるのだが……。
「明日は少し多そうじゃな。アルトが喜ぶじゃろうが、我には少し物足りぬ」
「長砲身砲の砲撃と、イオンクラフトの爆撃箇所を移動しますから、東は賑やかになりますよ。いよいよ出番かもしれません」
「そうじゃろうか? あまり変わり映えしない気もするのじゃが」
それだけ守備兵が頑張ってくれてるって事なんだろうな。
どうにか、小銃弾とグレネード弾は切らすことなく補給がやって来るし、食料だって十分に食べている。野菜や果物が足りないようにも思えるが、乾燥野菜や、ドライフルーツの形で運んで来るからそれ程兵達の不満は無いようだ。
戦闘状態だという事で、酒やタバコの配給すら行われている。
この状況を維持するのが姉貴達の狙いだから、まあ今のところは問題が無いようだ。
「俺が危惧するのは、南に大型爆弾を投下した後です。今は南の攻撃が一番激しいですけど、爆弾の投下によって東西の石塀にグリードが集まる気がします」
「アルトが喜びそうじゃのう。我も下りた方が良かろうか?」
「屋上にいれば、全てを見通せるでしょう。このままで十分かと」
そうであったな。なんて言っている。確かにアルトさんが忙しくなりそうだが、万が一の場合は屋上から飛びりて救援に向かって貰えそうだ。
アテーナイ様一人で、1個大隊に匹敵する強者だからね。
もっとも、サーシャちゃん達がそれを見逃すとは思えないんだよな。我が先に見付けたのじゃ! 何て内輪もめを起こさないとも限らないのが恐ろしくもある。
砦内へ侵入したグリードの奪い合いをアテーナイ様達がやっていると、大型飛行船が連合王国より飛来してきた。
「あれじゃな。どれ位の距離をおいて落とすのじゃ?」
「教えてくれなかったけど……、ユングが使ってる奴は近くに落とすんじゃないかな。大型は、最低でも500m以上離して落とさないと、スクルドの石塀が崩れてしまいそうだ」
南の壁を守る守備兵を石塀から撤退させて様子を見守っているのだが、テラスの簡易トーチカに籠って迎撃してる兵は、銃が赤熱するほどに発砲を繰り返している。
屋上にもいつもの倍の兵士が集まって狙撃をしているから、結構狭く感じるぞ。
やがて飛行船が高度を下げて爆弾倉を開いたのが分かった。
スクルドをかすめるように西に向かって爆弾を投下する。
落した爆弾は2発。ヒューっと特徴のある音が聞こえた途端、300m程先の大地が炸裂した。
土砂とグリードの破片が俺達に降り注ぐ。
「これはたまらん。次も同じ場所を狙うのじゃろうか?」
「少し南に移動するようですよ。大型爆弾を落すのはもう少し先になりそうですね」
ディーがいれば今の2発でどれ位グリードが殲滅できたか分かるのだが、生憎と南壁を越えて砦内に侵入したグリードの殲滅処理に忙しいからな。キャルミラさんの部隊が手伝ってるらしいけど、今のところ連絡が無いから問題なく殲滅してるんだろう。
次の爆弾がさく裂した跡には南に向かう溝が出来ていた。あの跡地に重機を投入すれば簡単に運河が出来そうだが、この世界にはそんな便利なものが無いからな。
数回東西に移動しながら爆弾を投下すると、飛行船が高度を上げ始めた。
高度1000m程の高さから落とした爆弾は、今まで見たことも無いような巨大な爆弾だ。
炸裂と同時に数百mまで土砂が飛び散る。
パラパラと小さな爆弾を降らせて、飛行船は東に去って行った。
爆煙が治まったところに残っていたのは直径100m近い窪地だ。
十回以上こんな攻撃をすれば、確かに池が作れそうだな。
バジュラが石壁付近のグリードを薙ぎ払ったところで、城壁の上に守備兵が配置されたようだ。これでいつも通りになったのだが、グリードの群れがどれほど散れたかが問題だろう。
屋上の兵士達が互いに【クリーネ】を掛けて体の汚れを落とすのを見て、アテーナイ様と自分の汚れを落とし指揮所に戻る事にした。
仮想スクリーンを立ち上げ、周囲200kmの状況を確認する。
爆弾投下から現在までの記録を速度を上げて再現してみた。
「やはり膨らんだようじゃな。じゃが、気にするほどではない。それに、その後の記録では再び砦に向かって動いておる」
外から短砲身砲の発射音が聞ええ来る。
南の石塀の戦いはますます激しくなってきているようだな。
「大型飛行船1隻による爆撃で葬ったグリードは1万と少しか……」
「グリード殲滅は付録ですからね。殲滅を意図するなら小型爆弾をたくさん降らせるはずです」
「まあ、そうじゃが。もう少し数が多いと想定していたのじゃ」
ん? 待てよ。
アテーナイ様の体はオートマタに変化しているから、その計算能力は遥かに強化されているはずだ。過去の経験を加味した判断はディーとは比べ物にならないはずだ。
そのアテーナイ様が少し少ないと感じたとなれば……。




