R-087 ルシファーが滅んだ?
砲弾と銃弾があれば何とかなる。
スクルドの守備兵はそんな事を考えているに違いない。
睡眠時間は何とか確保すれば、砲声の中でも眠れるみたいだな。それだけ疲れが溜まっているんだるけど……。
スクルドから北に延びるグリードの群れは、細い流れだが留まることは無いようだ。
その流れの先で行われる殺戮がグリードの勝利で終わらない事を祈るだけだな。
大型タグとグリードの監視はミーミルからイオンクラフトで監視しているようだ。北の港の周囲は新たに城壁を築いているようだが、役に立つ事が無い事を祈るだけだ。
1個中隊のカルート兵がいるのだが、彼らにできるのは精々数千が相手だからな。
「すでに二か月が経過しておる。いまだに南からの流れは止まらず、北にグリードの進軍を許しておる。兵の士気は高いが、疲れが見えるぞ」
「グリードの北進は計画通りじゃ。さすがはミズキじゃな。東西に向きを変えぬよう誘導攻撃も上手くいっておるぞ。このまま進めば10日もせずにタグとの戦闘が始まりそうじゃ」
アテーナイ様は悲観的だが、サーシャちゃんは嬉しそうだな。
ミーアちゃんとリムちゃんはタブレットサイズに仮想スクリーンを開いて北の状況を見ているようだ。
「ウルドの守備兵とスクルドの守備兵を交替させるのも良さそうだ。サーシャちゃん、何とかならないか? 10日程の休暇を順番に取らせてやりたい」
「2個大隊が駐屯しておる。1個大隊なら可能じゃろう。その辺の計画はリムに任せるぞ。エイダスからの派遣部隊は航空兵と砲兵じゃから、ミーミルのレムリアと相談じゃな」
リムちゃんが頷いてくれたから、少しは兵達の体を休ませてあげられそうだ。
「やはり現況を絶たねばなるまい。ベルダンディの飛行船はユング達が使っている小型船じゃ。殺虫材とナパーム弾を投下しておるが、効果はいまひとつじゃな」
「それでも、流れが細くなっています。バンカーバスターでの巣穴攻撃が効果を出しているのかも知れません」
かなりの量を事前に運んだとは言え、ユング達の爆撃回数はかなりの頻度だ。
よくも、爆弾が尽きない物だと感心してしまう。
現在仮想スクリーンに表示された数字は1252.4。だいぶ減ってはいるが屋上で周囲を眺めた感じではまるで減ったとは思えない状況だ。
姉貴の思惑は当初の計画通りに進んでいるのだろうか?
作戦開始よりすでに2年近い月日が流れているが、俺達は最終段階であるヨルムンガンドの構築に苦労している。
東西3千km以上の運河を掘るなんて、人類史上かつてなかったことなんじゃないか?
進捗率は3割を超えた辺りだろう。場合によっては数年ほどグリードの侵攻にさらされることになりそうだ。
だが、グリードを超える生物をルシファー達が作る事も考えなければなるまい。
テーバイ東の堤防の戦闘に終わりが見える頃になれば、更に兵力を投入できるのだが……。向こうの戦闘もまだまだ続きそうだ。
「ユングの話では、移民用の大形飛行船も物資輸送に転用するそうだ。連合王国の兵器工廟も1棟増設するらしい。それまでは、反攻計画用に集積した資材で賄うとのことだから、細々とした補給になるだろうが途絶えることは無い」
「とはいえ、1度の補給で砲弾が数百ではのう……」
「バジュラの砲撃も1日10回が限度じゃ。このような事があるのであればもう少し性能を上げておくべきじゃった」
短砲身砲の一斉射撃も1日数回だからな。バジュラの性能は今でも十分すぎると思うぞ。それ以上性能を上げてどうしようと言うんだ?
「で、婿殿はこのまま敵を引きつけるつもりなのか?」
「それしか無さそうです。まだまだ運河工事は東西の砦ともに勧めているでしょうし、ここに引きつけねば工事がますます遅れますよ」
最終的には一か月を何とかしなければなるまい。
仮設も良いところの運河を接続するためにはそれ位が必要なんじゃないか?
その期間をどうやって作るか。それが、ヨルムンガンドの最大の課題になるんじゃないか?
「1個大隊をもってしても、ヨルムンガンドの運河と土手を作るのは1日100D(30m)がやっとじゃ。グリードを考えると運河の幅を200D(60m)としておきたかったのう……」
「すでに工事はかなり進んでおる。先ずはこの幅で完成させねばなるまい」
そう言えば、姉貴のところは戦車を盾にして工事を進めていたな。最初に戦車の思想を取り入れたのはサーシャちゃんだったが、あれから性能は上がったんだろうか?
今でもエンジンは付いていないと聞いたけど……。
仮想スクリーンを小さく自分の前に開く。仕様書を読んでみると、重さは200kg程だ。6輪が付いているけど、相変わらず人力で押して進むようだ。
武装は、75mm短砲身と夜機関銃だが、機関銃を2丁装備しているものもるぞ。
比率は半分位だな。姉貴はこれを数十台並べて、簡易な移動要塞として運用しているようだ。
円陣を組んで屋根を掛ければ、グリードに取り囲まれても短時間なら持つんじゃないか?
鉄板で補強しているみたいだから、強化爆裂球を近くで炸裂させる位は何ともないだろう。
俺達も、砦では無くスクルドの要塞化を考えるべきだったのかも知れない。
・・・ ◇ ・・・
グリードとの戦を始めて、三か月が過ぎ去った。
大型飛行船が交互に砲弾等を運んでくれるから、砦内にグリードが親友してくる事態は1日に1,2度で済んでいる。
原因は士気の低下よりも疲労が原因だろう。各大隊から1個中隊ずつウルドに送り込んで休憩させているから、当初の守備兵が2割方減っているからな。
ウルドの2個大隊の片方を呼び寄せる手筈だったが、ヨルムンガンドの工事を遅らせるわけには行かないようだ。
「グリードの投棄、終了しました」
そう言いながら、ディーが指揮所に帰って来た。
侵入するグリードは200匹を超えることは無い。その亡き骸を石塀の外に放り投げてくるのが、この頃のディーの大切な仕事になっている。
「ご苦労さま。変わったことは無かったかい?」
「特にありません。アルト様の部隊が守備兵に襲い掛かるよりも早く駆け付けているようです」
疲れないのかな? アルトさんも俺と同じ生身の体だ。サーシャちゃん達の手前、頑張ってるんだろうけど、少しは彼女達に任せても良いと思う。
ミーアちゃんなら十分にアルトさんの代わりが務まると思うんだけどね。
「アキト様、ユング様から連絡です。『作戦会議を開く』以上です」
通信兵が、指揮所に頭だけを出して俺に伝えてきた。
「ディー、各部隊長を呼んでくれ。時間を伝えて来ないなら、直ぐにやって来るぞ」
「連絡終了。直ぐにやってきます。これですね。小型飛行船が西から向かっています」
仮想スクリーンを開いて確認したようだ。20分も掛からずにやって来ると教えてくれた。
だが、この状況でやって来るのはおかしくないか? 西から来たって事は姉貴も一緒だと考えるべきだろう。また、とんでもない作戦を考え付いたんだろうか?
指揮所の扉が開き部隊長達が次々と訪れる。アルトさんは不機嫌そうだな。部下に侵入してきたグリードを殲滅させるのが不本意なようだ。
サーシャちゃん達も武装してやってきたぞ。顔ぶれを見ると……、揃ったようだな。
「急に何用じゃ? 我らは色々と忙しいぞ」
「ユングから作戦会議の提案があった。小型飛行船は西から来るから、姉貴が一緒だろう。今後の作戦を仕切り直すんじゃないかな?」
バタンと音を立てて通信兵が入って来る。
「小型飛行船が着陸しました。もうすぐ4人がやってきます」
4人? ラミーも一緒なのか? ベルダンディの指揮は誰が執ってるんだろう。
そんな考えは俺だけではないようだ。サーシャちゃんも首を捻っているぞ。
「お待たせ! アキト。頑張ってるじゃない。アテーナイ様もお元気そうで……」
いつも通りの賑やかな姉貴だな。俺の隣に腰を下ろすと、ユング達はテーブルの横の方腰を下ろした。
従兵が俺達にお茶を運んで来る。
アチチと言いながらお茶を飲み始めた姉貴を見てアルトさんが口を開く。
「ミズキよ。作戦の見直しは必要じゃが、それを戦の最中に行うのは問題じゃ。何をそれ程急ぐのじゃ?」
「そう、それよね。ここは観察者であるラミーに説明して貰いましょう。その後で、今後の対応を考えなくてはならないわ」
壁一面に大きく仮想スクリーンが開くと、ラミーがレーザーポインターを使って、説明を始めた。
ラミーはベルダンディに配属されてから、ずっと南米大陸の観察を続けていたようだ。
目的は、ルシファーの殲滅という事らしいが、地中深くに築かれた都市を発見するのは根気のいる作業だな。俺なら精々一か月続くかどうかだと思う。
ユングが爆撃に頑張っているのもこれが原因だろう。ベルダンディでジッとしてると手伝わされるのがオチだろうし、姉貴にはまず無理だ。やれと言ったら別の方法を考えるんじゃないか?
ともあれ、ラミーはひたすらルシファーの地下都市を探し続けたようだ。たくさんの振動センサーを大陸にばら撒けば、ユングがたまに落とすバンカーバスターで地中内部の振動の遅れや断絶で空間の有り無しが特定できるらしい。
「何じゃと! 16カ所も地中都市があると言うのじゃな?」
「衛星都市を含めると28カ所になります。地下300mに作られた都市はバンカーバスターで破壊することができません」
「やはり最後は地下に向かわねばならぬか。かつてのタグ退治を思い出すのう……」
そんな事もあったな。だけどあれは比較的浅い場所だったぞ。
ルシファーの都市に向かうだけでどれだけの犠牲を払う事になるんだろう。全く前途多難ってやつだな。
「感想は最後にね。ラミー、続けて」
「はい。この位置と数により、我々がルシファー攻略を行う事は不可能と判断します。
ですが、位置が分かれば内部を調査できる可能性もありますから、甲虫型偵察機を数百個送り込みました。全て爆薬付ですから、1個あたり爆裂球3個分程の威力があります」
たぶん同じ場所に何度も送り込んだのだろう。
彼らの都市の構造が少しずつ見えて来た。巨大なアリの巣のようにも見える。
とは言え、通路や建物の表面は滑らかだ。どんな工作機械があれば、あのような曲線の多い建物ができるのだろう?
ラミーの説明は続いているのだが、俺達は仮想スクリーンに映る彼らの都市にクギ付けになっていた。
「……ということで、どうやらルシファーは駆逐されたようです」
「「「何だと(じゃと)!!」」」
俺達は一斉に腰を上げてラミーに大声を上げた。
パンパンっと姉貴が手を叩く。
俺達は互いに自分達の姿を見て、慌てて椅子に腰を下ろす。
「ちゃんと聞いていたの? 私も最初は驚いたけど、ある意味当然の結果という事かしら。自分達の作り出した兵器に自分達が滅ぼされたという事になるわ」
姉貴ですら予想つかなかったという事だろうか?
それにしても、こんな結末ってあるんだな。




