R-086 目には目を
各砲門ごとに100発が補給されたが、この状況下では雀の涙になりかねない。
前にも増して、間隔を広げた砲撃が行われている。
グレネード弾2千発も4面の部隊に分ければ500発に過ぎない。これも直ぐに無くなってしまいそうだ。
爆弾は3回の出撃分だが、小型の油脂性焼夷弾が半分あるし、爆裂球も千個が届いた。鎖を巻き付けた強化型だからイオンクラフトで落とせば爆弾並みの効果があるだろう。
機関銃の円盤型マガジンが100個に小銃弾と拳銃弾が1万発だ。
微々たる弾薬よりもタバコと酒が補給物資に入っていたのを守備兵が喜んでいたな。
次は数日後と言って北に向かって帰ったが、北の港が段々と整備されているんだろう。
輸送用の飛行船は更に台数が欲しいくらいだ。それに搭載量も増やしてほしいが、これはどうにもならないんだろうか?
飛行船が北に帰った翌日に、東からやってきた飛行船がグリードの群れに大量のナパーム弾を投下した後、俺達の砦に着陸した。
下ろした弾薬はグレネード弾と爆裂球等で2t程らしい。
「どうだ? まだまだ頑張れそうだな」
そう言って指揮所に入ってきたのはユングとフラウだった。
「まあ、座ってくれ。そう簡単に抜かれないさ。ところで開発はどうなってるんだ?」
ユング達が席に着くよりも早く質問する。
フラウが従兵に何かを渡して、ユングの隣に腰を下ろしたところで状況を説明してくれた。
姉貴達は、ヨルムンガンドの運河と堤を更に東に伸ばしているらしい。
グリードの群れが大陸中央を目指しているので工事自体は捗っているとの事だ。
「お前を心配して様子を見に行ってくれと頼まれたんだ。連合王国からナパーム弾を運んで群れに落としたから少しは効いただろう。AK47と円盤型マガジンも少しは運んで来た。この状態で故障したらたまらないからな」
従兵が運んで来たコーヒーを美味そうに飲みながら話してくれる。
そう言えばしばらく飲んでなかったな。
ありがたく一口飲んで、タバコに火を点けた。
「出来れば更に飛行船が欲しい。もっと大量の荷を運べる奴だ」
「今作っているエイダス島からの移民用飛行船を転用するつもりだ。積載量は2倍になるが爆撃はできん。移民計画は少し変更になりそうだが、元々海路を考えていたからな。エイダス側からは問題視されなかったのが救いだ。早ければ1週間後にはやって来るぞ」
「圧倒的砲弾が足りない。数は脅威の一言だ」
「分かってるさ。だがアキトなら何とかしてくれると誰もが信じてる。それに例の殺虫剤も少しは目途が付いた。ミーミルを知っているな。ミーミルを補給基地として小型飛行船が奴らを殺虫剤で叩くそうだ。後続を遮断すればお前のところの戦もある程度先が見えてくるはずだ」
あの自然に優しい殺虫剤を大量生産したのか?
少しは効いたみたいだけど、決定的じゃないんだよな。
「ミズキさんの考えは俺には少し理解に苦しむことがあるけど、グリードの群れをそのまま北に向けても良いのではないかと思っているようだ」
「待て、そうだとすると北のカルート部隊では収拾がつかないぞ。更に北の伸びた場合は爆撃することだって部隊が足りないし、爆弾も南に使って欲しいくらいだ」
つい大声で言ってしまった。俺も焦りが出てるのかな。
「俺も同意見だ。いくらイオンクラフトを更に作るのは難しいだろう。だが、ミズキさんはそうは考えていない。このスクルドですり減らして、グリードの群れを北に向かわせるに違いない。確か補給地点を北に作ったと聞いたことがあるが?」
「すでに使い果たした。それ位消耗が激しい。スクルドの砦内にも何回か侵入を許したことがある」
待てよ、この砦から北にグリードが進軍すると北米大陸の中央に向かう事になるぞ。
確かそこは……、大型のタグがいるとユングは言ってなかったか?
グリードは以前狩ったタグよりは小型だ。それよりはるかに大型のタグであれば……、なるほど、そう言うわけだな。
北に向かうグリードは、放っておいてもタグが始末してくれると考えてるようだ。
「姉貴の考えが少し見えて来たぞ。タグを使うつもりだ」
「あの大型のタグか? 確かに奴らの版図は大陸中央部だ。かなり生息しているぞ」
たぶん姉貴の事だから、生息範囲と数位はバビロンの神官辺りに調査させているんだろう。となると、カルート兵達の役目は敗残兵の始末になるんだろうけど、タグの餌になってしまうから、生息域を脱出できるグリードはいないんじゃないか?
「相変わらずの考え方だ。目には目を、グリードにはタグを……、という事だな。確かに方法ではある。北米大陸のタグとグリードを比較すれば子犬と狼程の違いがあるからな」
遠い目をしてそんな事を言ってるという事は、タグと戦ったんだろうか?
うんうんと頷きながら温くなったコーヒーを飲んでるぞ。やはり一度相手にしているな。
「ミズキ様の作戦は理解できます。ですが、そうなりますとこのスクルドがグリードの通り道になってしまいますよ。それに、タグがグリードを追って南に移動することは無いんでしょうか?」
「タグは普通のアリと同じで巣穴を起点に周囲10km程を縄張りにしている。巣穴は彼らの防衛起点なんだ。縄張りの最大距離には進出するだろうが、それ以上追うことは無い。どちらかと言うと、このスクルドが心配だな。ミズキさんの作戦もこのスクルドが抜かれる事は想定外だ」
フラウの質問にユングが自分の考えを纏めながら説明している。
声に出す以上に、互いに通信を交わしているんだろう。声に出したのは俺に知らせる為か……。
だが、それには砲弾が足りないぞ。
四方の石壁の外に作られる攻城櫓を吹き飛ばす手段が必要だ。
根本的に籠城戦の方法を考えねばならないのか?
姉貴の考えだと、スクルドを餌にグリードを集め、その群れを北に送るって事になるんだろうな。
スクルドで敵の壊滅を考えなければ余裕は出て来るって事になるんだろうか?
敵への攻撃はまばらで良いはずだ。大群に取り囲まれてはいるが、銃弾とグレネード弾があれば何とか砦内への侵入数を限られた数で押さえられる。
やはり、最後は弾薬って事になるな。1.5会戦分の弾薬を持ち、3会戦分の弾薬を蓄えていたんだが、現在の弾薬量は補給品を全て放出して1会戦分残っているのかも怪しい限りだ。
「あまり深刻に考えるなよ。アキトならば可能だとミズキさんが言う以上、アキトならば可能なはずだ」
慰めてくれてるんだろうな。だけど、それには全力を出し切ればと言う言葉が隠されてるんだぞ。
「さっきの話に戻るが、少しおかしくはないか? タグが巣穴の周囲10kmを縄張りにするというのは、何となく理解できる。確かに、巣穴を中心にタグは活動してる。だが、グリードもアリなんだぞ。巣穴から遠くに移動することがどうしてできるんだ?」
今度はユングがタバコに火を点けた。俺に箱を投げてくれたので1本取り出すと胸のポケットからジッポ―を取り出して火を点ける。
投げ返したタバコを受け取ると、ユングが話を始める。
「確かに……。最初は軍隊アリを元に遺伝子変異を行ったと思っていたが、そうなると女王アリがいるはずだ。長い距離を移動するときには必ず女王アリが一緒のはず……。
だが、固体の大きさがはっきり違うから、バビロンやユグドラシルの神官なら分別ができるはずなんだが、そんな話は聞いてないな。
となると、グリードは本能まで操られているとしか考えられない。生体を自由に変異する技を持っている位だ。巣穴を出てひたすら獲物を求めているのかも知れないな。
そうだと仮定すると、寿命が問題になる。アリの寿命は長くは無いんだ。精々3年以内に死滅する」
そんな生体兵器だとすれば、目的はこの大陸内の制圧という事になるんだろうか?
待てよ、それよりもルシファー達はグリードを亡ぼすことができるのか?
ユングの話の通りに、女王アリを殺せば3年以内に死滅するのであれば、女王アリを抹殺する簡単な方法があるって事になる。
グリードが跋扈する大陸である限り、ルシファー達は俺達の大陸に足を延ばすことができなくなるからな。
「だが南米大陸には億単位でグリードがいるんだろう? グリードを生み出す場所はどこなんだ? そこをピンポイントで爆撃することも作戦として成り立つと思うんだが……」
「奴らの体温は周囲とあまり変わらないからな。それ程調査できる対象ではないんだ。とは言え、何もしてないわけじゃないぞ。振動センサを搭載したプローブを投下して、奴らの地中での活動を何とか見極めようとしてるんだ。テーブルマウンテンの前線基地も撤収したよ。悪魔軍には効果があるがグリードには無意味だからな」
数百mの断崖も登れるって事か。
この砦はユング達がレーザーで切り出したから、表面がすべすべだ。それでグリードは苦労してるんだろう。
「そんな状況だという事は理解しといてくれ。またしばらくは殺虫剤を投下してくる。次の飛行船には榴弾よりも焼夷弾が多いはずだ。虫は焼くに限るからな」
最後に頑張れよの声を残してユング達は帰っていく。
姉貴の人使いは相変わらずだな。ユングも嫌がらずに付き合ってくれるのがありがたい。
ヨルムンガンドの工事は航空部隊に引き渡したらしいが、南方の監視とグリードの間引きを請け負っているのだろう。俺のところに来たのはちょっとした息抜きかも知れないな。
残ったコーヒーを飲み干して、アテーナイ様達のいる屋上に上ることにした。
短砲身砲が、半数ごとに砲弾を撃ちだしている。長距離砲はお役御免のようだ。帆布で包まれているが、上手く使えば十分に障害物として使えそうだな。
近くに塹壕を作って砲兵達が潜んでいるのが見える。
「あの2人は帰ったようじゃな。飛行船をっ低空飛行させて銃弾をばら撒きながら西に向かった」
「少し姉貴の作戦が見えてきましたよ。やはり俺達を餌にしています」
「そうじゃろうな……」
アテーナイ様は、AK47を構えて素早く数発発射した。
「全く、しつこい奴らじゃ。まあ、数があまり減らぬから仕方ないのかも知れんがのう」
そんな事を言いながら、パイプを取り出して火を点けている。
「どうやら、目には目をという感じですね」
「どんな例えなのじゃ? 初めて聞く言葉じゃが?」
俺を向いた顔には疲労感など全くない。いくらオートマタの体でも、神経的に疲れることは無いのだろうか?
簡単に昔の逸話を離してあげると、妙に感心している。
「なるほどのう。そんな法律で裁いたと言うのもおもしろい話じゃ。それをミズキが言ったという事は……。タグという事になるぞ」
「この北。大陸北部の中央の大地には大型のタグが生息していると、ユング達の調査で分かっています。この砦におびき寄せ、更に北に向かわせればグリードとタグの戦が始まるでしょう。ユングの話ではグリードよりも3倍程大きいという事でした。悪魔軍でさえ大陸中央部には足を踏み入れていません」
アテーナイ様が俺を見てニコリと笑う。
「こんな体でいようとも、婿殿といれば退屈はせぬのう。であれば、我らの役目はあくまでグリードを間引くだけで良い。長く伸びる北への進軍路はイオンクラフトで襲えば良い。あまりグリードを北に送ってもタグを太らせるだけじゃろう」
そんな事を言って大笑いするから、屋上のネコ族の連中がアテーナイ様を目を丸くして見ているぞ。




