R-079 グリードの先遣隊
12機のイオンクラフトが東西に分かれて南に向かって飛んで行った。襲撃機が母体だから、50kg爆弾2個に6丁の機関銃が装備されている。その内4丁は機内に機関銃が斜めに取り付けられているから、2人の乗員が円盤形のマガジンを交換できる。
それに、後部ハッチを開けて爆裂球を落しても効果があるからな。
たぶん鎖を周囲に巻き付けた強化型を20個程持って行ったに違いない。
「バジュラが戻って来るかもしれん。アルトさんに知らせておいてくれ」
「了解です。それと、先ほど観測班が屋上で配置に着きました。屋上に2分隊です」
「それなら、長距離砲以外の砲の観測射撃は砲兵隊に一任できるな。その旨連絡してくれ」
射撃レンジが数kmならば、観測班と連携した方が状況に即した砲撃ができるだろう。
長距離砲は、相手を散らすだけなんじゃないかな。
「戻りました。2階テラス急造トーチカ、通路、屋上共にいつでも迎撃できる体制です。屋上に移動したエイダス派遣軍の兵士にステンを4丁供与してあります」
「ご苦労さん。場合によっては俺達も迎撃に出ないといけない。それまではここにいてくれ」
ディーが俺の脇に座ると、2つの仮想スクリーンを眺めている。
ディーなりに心配しているんだろうか?
悪魔軍と戦っているグリードの群れの中に白い光が広がった。
爆弾の炸裂という事は、この後に機銃掃射が始まるって事だな。イオンクラフト1機当たり500発以上の弾丸を掃射することになる。12機で6千発なんだが、こちらに向かって伸びる群れをどれだけ削減できるか……。
「ミーミルより飛行船がやってきます。到着時刻2230。爆撃の後で弾薬を届けると連絡がありました」
「指揮官に礼を言っといてくれ。弾薬はありがたい名。いくらあっても困ることは無い」
伝令に礼を言って下がらせる。
時間が経つほどに条件が良くなる感じだ。サーシャちゃん達もバジュラでの攻撃をミーアちゃんに任せて、着々とウルドの砦から線路を伸ばしてるんだろうな。姉貴もユング達に戦略爆撃をやらせて、ベルダンディの堤防を着々と東に伸ばしている。
これが姉貴達の作戦なんだろうが、ここを抜かれたら今までの苦労が水の泡だぞ。
バジュラの側面攻撃はサーシャちゃんの援護と言うよりは、それ位やらないとスクルドが抜かれると思っての事だろうし、ユング達の後方攻撃も、姉貴の作戦の内だからな。
ミーミルからやって来る小型飛行船での爆撃が、俺達に対する好意って事になるんだろう。それでも、砦の運命がぎりぎりからどうにかに代わったぐらいで、依然としてピンチって事に変わりはない。
帰還したイオンクラフトは次の出撃に向けて爆装をして、機銃に新たなマガジンを装着しているそうだ。30分以内で次の出撃が可能だが、待機して貰おう。
グリードの群れの先端は砦から10km程までに到達している。
長距離砲の射程に入ったな。
「砲兵隊に連絡だ。『D-3.5に、規定数砲撃せよ。次回以降の砲撃は5分間隔。炸裂弾と焼夷弾を混ぜて3斉射』以上だ」
テーブルの端に座っていた伝令が、メモを手に慌てて通信室に走って行った。
長距離砲は本来数を減らす事が目的だ。併せて攻め手の状況を知る手段でもある。
その点、短距離方はある意味殲滅兵器だ。ここで着弾点を指示するよりは。屋上の観測班と連携した砲撃が一番だな。
エイダス派遣軍の砲兵隊だから、短距離での運用は任せても安心だろう。
「長距離砲、着弾しました。敵の流れに200m程の空隙が出来たようです」
「それが、襲撃の間になる。長い戦だからな、ちょっとした攻撃の手が緩む時が無ければ、守り手も耐えられないだろう」
「バジュラも攻撃を中断してスクルドに移動しています。数分で池に入るでしょう」
「それはアルトさんにも伝えてやってくれ。伝令! この画像を見て、グリードがこの線を超えたら、スクルドまで20M(6km)、ここで、10M(3km)だ。線を超えるたびに、部隊長に連絡してくれ」
伝令が俺の後ろに立ったので、ディーが近くの椅子を持ってきてあげると恐縮して何度もディーにお辞儀をしている。
じりじり待ってるのは辛いだろうからな。なるべく情報は流しておくに限る。
「屋上の様子を見て来る。何かあれば、屋上に連絡してくれ」
「ならば、伝令を連れて行ってください。小型の通信機を持たせますから、彼らを通して全体の指揮も執れるでしょう」
奥の通信室から壮年の男が「とんでもない」と言う顔つきで俺に懇願してきた。
まあ、彼の言葉も理解できる。
「分かった。武装して付いてこい」
直ぐに若い兵士が大きなバッグを持ってやってきた。背負っているのはステンだな。弾丸ポーチには6個マガジンが入っているはずだから、少しは役に立つだろう。
指揮所を出て通路を東に歩くと屋上に出る階段がある。
1人で登るには余裕がある階段だ。屋上の跳ね上げ式の扉は開いている。そのまま上がっていくと、東端の低い塀から少し離れた位置に木箱を4個並べて観測班が距離計を乗せている。いくらネコ族でもこの暗さでは、精々2kmが限度じゃないか?
木箱を防壁にして1分隊が待機している。専用の通信機を木箱の中に置いてレシーバーを付けているから、すでに準備は整っているようだ。
15m四方の屋上だが、木箱と盾を連結して、階段口を簡単に囲っている。予備の弾薬や食料等はそこに蓄えているのだろう。
ドドォォン! と長距離砲が一斉射撃を行っている。
どれだけ撃ち込んでもグリード達の進軍ルートに変化はない。
「ディー、グリードの先端はどれぐらいまで近づいてるんだ?」
「距離5千2百。一直線に向かってきます。残り時間30分程でやってきます」
「400M(ミル:6km)を切っているようだ。そろそろ見えて来るぞ」
周囲の兵士に伝えると、一斉に俺に向かって頷いてくれた。士気は低下していないな。タバコを取り出して一服をすると、数人がパイプを取り出して火を点け始めた。
のんびりできるのは今の内だ。次に一服できるのは何時になるか分からない。
「通信兵、キャルミラさんに連絡だ。『南方200M(3km)に火炎弾を数個投下せよ』以上だ」
「了解!」と俺に伝えると、直ぐに電鍵を打ち出した。
30秒も経たずに、イオンクラフトが1機南へと飛び去る。
距離が短いから火炎弾の着弾がここからでも見える。その明かりを頼りに観測班が仕事を始めた。
20門以上の短砲身砲が一斉に砲弾を吐き出す。すでにレンジ内にグリードが侵入しているって事だな。
テラスには戦闘工兵達が1個小隊が展開しているようだ。後ろのトーチカにも1個小隊がいるから抜かれることは無いだろう。テラスへの扉に向かう射線が抜けているから、撤退も容易なはずだ。撤退の援護は屋上のネコ族達がしてくれるだろう。
石塀の上にも兵が配置され、4隅の塔の屋上にも人影が見える。迎撃態勢は整っているようだ。
イオンクラフトが上空から舞い降りて来た。
遠くから遠雷のような音が聞こえるのは、小型飛行船による爆撃によるものだろう。
攻撃しただけ、相手の数が減る事に間違いはない。
短砲身砲の何回目かの一斉射撃が終わると、かなりの砲弾が焼夷弾だったらしく、火炎が中々治まらない。その火炎の中でうごめきながらこちらに押し寄せて来るのがグリードなんだろう。
俺にも見えるという事はすでに1km程になっているのだろうか?
「敵、最前列まで1.4km。そろそろ指揮所に戻りますか?」
「いや、最初のぶつかり合いはここでも良いだろう。敵が空を飛ばないのが救いだな。それに、拳銃弾でさえ有効なのもありがたいと思わねば」
「一応、長剣も有効です」
ディーが小さく呟いて、バッグの中から長剣を取り出して背中に背負った。
「集まってください! 【アクセラー】を掛けます!」
息を切らして階段を上がってきた魔導士が俺達にまとめて身体機能上昇の魔法を掛けていく。
半日以上有効だから、結構役に立つだろう。
テラスを見ると、同じようにまとめて【アクセラー】を掛けている魔導士が見えた。
連合王国なら、1分隊に1人は【アクセル】を使える兵士がいるのだろうが、エイダスからの派遣軍にはそのような魔法を使える者が少ないらしい。
塀に詰めた兵士達が無反動砲を構えている。いよいよ近くまで迫ってきたようだ。
テラスの上でも、トラ族の兵士が少し大型の無反動砲を構えている。
あれは金属管の中に防水加工された爆裂球を入れた物だ。約2ℓ近い原油が金属管の中に入っている。広範囲に火炎が広がり、しばらくは燃え盛るから、照明弾代わりに使うつもりのようだ。
一斉に無反動砲が南に向かって発射される。
集束爆弾がさく裂したように南に着弾して、あちこちに火災が広がった。
思わず息を飲んでしまった。見渡す限り大地がグリードで埋まっている。
10個程直ぐ南にあるヨルムンガンドの運河に原油を入れたタルが浮かんではいるが、まだ着火させるのは早いだろう。とんでもない数だが、これは先遣隊に過ぎないのだ。
砲撃以外の音がしない。
統制は執れているな。弾丸の数が限られている以上、無駄弾を撃つ訳には行かないからな。
「マスター、小型飛行船が着陸しました。兵士達が荷を運んでいます。木箱30と言ったところでしょうか」
「銃弾でも砲弾でも、爆裂球でも構わない。あればあるだけ使えるからな」
「キャルミラ様から連絡です。『銃弾と砲弾が半数ずつ』との事です」
「銃弾は助かるな。円盤型マガジンだと尚助かるんだが……」
円盤型マガジンは銃弾を詰め替えるのが面倒なのだ。まあ、無理を言っても始まらない。
グリードが地雷に掛かったところで、一斉に南の壁から銃弾が発射された。
使っているのはAK47だけだろう。MP-5等の強装拳銃弾を使う武器は接近戦でのみ使う事になっている。でないと、あっという間に弾丸が無くなってしまう。
銃撃が下火になると、今度は無反動砲が使われる。
南にまた火が広がった。銃撃で傷ついたグリードは、仲間によってたちまち食われてしまう。
それでも、南の大地にはグリードで埋め尽くされている。俺達が囲まれるのは時間の問題になってきたな。




