R-077 赤い絨毯がやって来る
広場の南端は1m程の 銃眼を切り欠いた塀を設けてある。塀にもたれるようにして、数人のネコ族の男達が南を睨んでいた。
ここからなら、10km離れた位置で、待機している敵兵の集団が黒々とした塊になって見える。
グリートの接近で、あの部隊がどう動くかも問題だ。依然として10万を超える軍勢だからな。
「アキト殿ですか……。今のところ変化は見られません」
「だが、油断しないでくれ。いよいよ大群がやってくる。その動きいかんではあいつらが動くからな」
ネコ族の男は、俺の言葉に小さく頷いて、再び南を睨み始めた。
現在、館はネコ族が1個小隊で防衛しているのだが、グリード接近時には動かした方が良いだろうな。指揮所のある3階の屋根なら都合が良さそうだ。夜間視力に優れているから夜戦にだって対応出来るし、ボルトアクションのライフル銃の腕は一流だからな。
広場には丸太を数本重ねた簡易な柵も作られていた。如何に相手を足止めするかを理解しているようだな。
南から小型飛行船がやってきて砦の中に着陸した。大きさからユング達の乗る飛行船のようだ。殺虫剤の入った爆弾を積み込んでいるから、再び爆撃に向かうのだろう。それなりに効果が確認されているから、量産することになりそうだ。
指揮所に入って、テーブルに着く。
仮想スクリーンを展開して、現状の確認をしてみると、悪魔軍の進行が停止しているぞ。最後尾から1千km程の距離にグリードの群れが北を目指している。
何匹か同行させているアナコンダは途中の泥沼に置き去りだな。
あのまま悪魔軍が進めば、スクルドの南の敵軍は20万程に膨らみそうだが、ミーミルからの飛行船が爆弾を投下しているようだ。
此方もイオンクラフトで爆撃をしているから、数はそれほど増えないだろう。やはり本命はグリードになるな。
「ここにいたか。次の大型飛行船がステンを運んでくる。200丁に弾薬が30連マガジンで5千個だ。3会戦分だが少しは役立つだろう。残りの殺虫剤を落として、ベルダンディに向かうが、爆撃で参加するからお前を陰から応援できるぞ」
「ああ、分ってるさ。何とか数を減らしてくれ」
こんな時は頼りになるユングだが、今回はベルダンディの防衛任務に着くはずだ。
出掛ける前に、兵站情報を教えに来てくれたんだろう。
「殺虫剤を入れた爆弾は一応有効だからな。もう少し小型にしたものをばら撒くつもりだ。だが、時間がかかるな」
ある意味試作品だからな。量産体制には至ってなかったか。それでも残り90発を有効に使えばかなりの被害を与えられるだろう。
バッグからタバコをカートンで取り出して俺に渡すと、ユングは作戦指揮所を出て行った。
1箱の封を切って、タバコに火を点ける。
4日後にはのんびりしてるなんてことは出来ないだろうな。
しかし、ステンとは考えたものだ。MP-6では作りが複雑だが、ステンならプレスでバレル以外は作れそうだから、量産できるってことだろう。
問題は弾丸だが、徹甲弾位には仕上げてるんだろう。近接戦闘なら機関銃の代用になりそうだ。エイダスからの派遣軍とユグドラシルからのエルフ部隊なら自衛用に丁度良い。砲兵の連中にも渡せるし、残ったら通信兵にも持たせられそうだ。
グリードの群れの先端はスクルドから800km程の距離を北上している。
ベルダンディからの小型飛行船2隻による爆撃で北東に針路が変わっている。姉貴の方への直接的な脅威は去ったようだ。
一時避難していたヨルムンガンドの工事部隊も東に向かって進んでいる。スクルドが強襲を受ける頃には再び工事が始まるだろう。
「やはり予定通りやってくるようじゃな」
「ええ、明日の午後にはイオンクラフトで爆撃できそうです」
「ウルドのサーシャ達は何をしてるんじゃ? さっさとバジュラで磨り潰せば良いものを!」
アルトさんの疑問は俺の疑問でもある。サーシャちゃん達はヨルムンガンドの掘削工事を急いでいる感じだ。
すでに100km以上北側の堤防が出来つつあるし、堤防に沿って複線の線路を延びている。
1個大隊とバジュラを使って毎日数十mずつ堤防は延びているのだが……。
「あれから補給が無いが、このままグリードを迎え撃つのか?」
「ミーミルが小型飛行船で砲弾を運んできます。燃料の焚き木も一緒ですから、あまり数を期待できないでしょうね」
それでも数百は運んでくれるに違いない。短砲身砲は速射出来るからいくら砲弾があっても困る事にはならないのだが……。
翌日の朝、小型飛行船が届けてくれた砲弾の数は1千発を超えていた。長砲身砲の砲弾も300発程別に運んでくれた。105mm砲弾だから少しは使えるかな?
午後のなって、スクルドからの最初の爆撃が俺達専用のイオンクラフトで行われる。
まだ距離は300km以上だから、本格的な攻撃には程遠い。鎖を巻いた強化型の爆裂球を投下して、強化型の威力を確認することが目的だ。
アルトさん達も乗り込んで、銃弾の威力もついでに見てくると言っていたが、退屈してたんだろうな。
各大隊長や副官が見守る中、爆撃が開始された。
赤い絨毯に次々と爆裂球が落とされていく。数秒の時間差で炸裂しているが、はたしてどれだけの威力があるのか……。
「バビロンからの画像解析では被害半径10m程度。3個の集束型では18mに広がっているそうです。銃弾は全て表皮を貫通しています。あれならウインチェスターも使えそうです。……最終報告。強化型爆裂球50個でのグリード殲滅数、約240体。集束爆裂球20個での殲滅数約520体。機銃等により約200体に損傷を与えたようです」
イオンクラフトの1回の出撃では上出来だろう。それでも0.1%にも満たない数なのだ。全く数の前には戦術等無意味な気がするな。
「それなりに効果はあるようだ。今夜からイオンクラフトによる本格的な爆撃を行う。爆弾を落として、地上を掃射しろ。砲撃は明日になりそうだが、スクルドに来る前に1匹でも多くグリードを倒すんだ。
現在、館の2階を守っているネコ族の兵士は3階に移動させろ。全員にグレネードランチャーとステンを持たせれば2階の南の広場を援護してくれるだろう。明日には激戦になるぞ。爆裂球、予備の弾丸を身近に用意させて、朝食は早めに済ませるように。水筒の水もたっぷりと補給しとけよ」
「すでに準備は整っています。今夜は早くに休ませましょう」
どれぐらい持ちこたえられるかが問題だな。
横幅10km程の赤い絨毯が押し寄せてくる。ベルダンディの爆撃で北東に針路が変わっているからスクルドに真っ直ぐ向かってくる。
絨毯にくびれが何箇所か見られるのは、ユング達の殺虫剤爆撃によるものなんだろうが、連続して攻撃出来ないから失われた空間は後続のグリードが埋めてしまっている。
何回か攻撃を繰り返さねばなるまい。
もうすぐ戻ってくるイオンクラフトの燃料を補給したら、再度の爆撃を依頼することになりそうだ。
深夜になって指揮所に残っているのは、俺とディー、それに通信兵達だけになる。
アルトさん達は3度目の爆撃に向かったようだ。50kgの即席ナパーム弾を10個積んで行ったから、グリードの火に対する耐性も分るに違いない。
「ユング様とサーシャ様が動きました。ユング様は小型飛行船でグリードの中間付近を目指しています。バジュラは正面に立ちそうですね」
仮想スクリーンの表示に2つの緑の輝点が移動している。ユングの方はゆっくりだが飛行船だからそんなものなんだろう。バジュラは音速を超えていそうだ。
「場合によってはバジュラがスクルドのプールにやってきそうだ。このタイミングで間引いてくれると助かるな」
「日の出とともに、私も出撃します。レールガンで狩り取る事は可能なはずです」
ディーの言葉に黙って頷く。
少しでも、強襲時の衝撃を小さくしたい。スクルドは立派な石塀に囲まれているから、最初の衝撃を跳ねのければ、それなりに時間が稼げるだろう。
仮想スクリーンを作戦地図から、科学衛星の画像に切り替えると、バジュラからパルス状に荷電粒子砲が発射される様子が映し出されていた。
攻撃が東側に偏っているように見えるのはウルドへの接近を抑止しているんだろうが、そうなるとますますスクルドに向かってくることにならないか?
数千度を超えるプラズマの球体のようなものだからな。あれが1km以上地表を進むんだから1回の砲撃で千匹は倒しているのだろう。10回も攻撃すれば1万を超えるのだが、それでも0.1%に達しないのだ。
やがて攻撃をおえたバジュラは真っ直ぐにスクルドに向かって来ている。プールで燃料を補給して再度攻撃をするのだろう。
「プール周辺にアルトさんの部隊がいるはずだ。バジュラが来ることを伝えてくれ」
通信兵に伝えると、作戦地図をスクリーンに投影した。
座標メッシュが500m間隔ではしる。このスクリーンでの最大表示範囲は東西30km南北20kmだ。
もう1つ、仮想スクリーンを開いて半径200kmを表示させる。砦周辺だけでは戦局を誤りかねない。
「130kmで最初の爆撃をミーア隊長に指示してくれ。しばらく横になる」
ディーにそう伝えて、片隅に運んだベンチで横になる。
アルトさん達も、明日に備えて休むだろう。変化があればディーが起こしてくれる筈だ。
指揮所の騒がしさで目が覚めた。
大隊長達が情報収集にやって来たようだ。時計を見ると、4時間程寝たようだな。6時を回っている。
ディーが何も言わないところを見ると、状況に大きな変化はないようだ。水場に出掛けて顔を洗う。
タバコを取り出して周囲を見ると、まだ静かなものだ。起きているのもいるけど、当直の連中なのかな?
まだ、余裕はあるが、今日の午後おそくにはグリードが押し寄せてくるはずだ。押し返すことは困難だが、どうにか砦は守りたいと思っている。
タバコを携帯灰皿に入れてポケットに仕舞い込む。
指揮所に戻ると、従兵がお茶を運んでくれた。さて、状況を眺めてみるか……。




