R-074 アナコンダの確認
スクルドの南に集結している敵の総数は15万を超えている。続々と南西方向から集まってきてるのだが、一部は、更に東北東に向かって進んでいる。ウルドの西を通り市のまま北上してミーミル付近で激戦が行われているらしい。
阻止線を構築する柵は、かつてサーシャちゃんの考案した戦車を多数使っているらしいから徐々に南へと下げられているようだ。ミーミルの航空部隊にかなり痛めつけられての敵軍は連合王国正規兵の防衛線を突破できずにいる。
武装が充実した5千の将兵がいるのだ。早々抜ける筈がない。大陸中央部に向かう敵軍もいるようだが、そこは大型のタグやサンドワームのいる世界。俺達が手を出さずとも彼らが始末してくれる。
かろうじて突破した悪魔軍にはカルート兵が待っている。1個中隊が正規兵の後方を守っているようだ。
「どこの戦線も頑張っておるようじゃな。士気を保つには丁度良いじゃろう」
「でも、サーシャちゃんなりに考えがあるんだろう?」
「ミーアは後方を蹂躙するはずじゃ。アキトは南西から攻撃するがよい。さすれば、このように敵は動くじゃろう。ミーミルへの流れが加速するが、エイダスの連中なら問題がなかろう」
スクルドの南にたむろする敵軍の数を減らすってことだな。ただ減らすのではなく、移動させるってことに近い考え方だ。
スクルドで消耗させる数よりも、北東に移動する数の方がはるかに多くなる作戦だが、ウルドとミーミルの砦から爆撃するつもりなんだろうな。北で待ち構える正規軍に到達する敵軍は3割程度に減るんじゃないか?
次々と士官が攻撃準備の完了を報告しに、指揮所にやってくる。時刻は夕暮れが始まったばかりだ。今夜は忙しくなりそうだな。
夕食を終えると、アルトさんの待つイオンクラフトの発着場に向かう。
攻撃は俺達の乗る1機で十分だと言っていたけど、他の10機程のイオンクラフトも攻撃準備が整っている。どのタイミングでサーシャちゃんは残りのイオンクラフトを投入するんだろうな。
「我らだけというのも面白いのう。荷台にたっぷりと積んであるのじゃ!」
どれどれと荷台を見ると、即席の爆弾のようだ。鉄パイプに爆裂球を詰め込んでるな。そんな爆弾が束になって6つほど積まれている。1つ12個だから70個程だな。
「これもじゃ!」と言って渡された袋には、鎖を巻きつけて紙を張った強化型の爆裂球が入っていた。数個だが意外と使えそうだぞ。
イオンクラフトには、操縦者のキャルミラさんと助手席に乗るアルトさん。荷台には俺とディーが乗るようだ。
助手席の床に袋が積みこんであるから、右側面に付けた機関銃で銃弾を撒き散らしながら爆裂球を落とそうと思ってるに違いない。
「攻撃開始5分前です。マスター、荷台に移動してください」
ディーの言葉に、イオンクラフトに寄りかかって一服を楽しんでいたんだが、タバコを携帯灰皿に入れて荷台に飛び乗った。
丁度、バジュラが青い燐光を放ちながら南に消えていく。
「まだ、出発せぬのか?」
「時計を見よ。まだ3分前じゃ!」
アルトさんがキャルミラさんを急かしているようだけど、キャルミラさんは動じないようだな。
荷台からの落下防止用のロープのカラビナをベルトの金具に取り付けておく。ディーならば落ちても助かるけど俺には無理だ。
「出掛けるぞ!」
キャルミラさんの声とともに、俺達を乗せたイオンクラフトは一路南へと飛び立った。
「あれは、バジュラじゃな。派手に後ろを叩いておるぞ!」
上空に上がった時に、南に広がる火球を見てアルトさんが叫ぶ。
敵を追い立てるように東西に動きながら荷粒子砲を放っているようだ。俺達の役目は西に膨らんだ敵を阻止するだけでよさそうだぞ。
「あの火球を食らわないような西の地点を探して、俺達は南北に往復するんだ」
「了解じゃ。あの火球の飛距離は短い。1kmも飛んでおらぬから、当たる事はなかろう」
キャルミラさんの言葉とともに、コースが少し右寄りになる。
ディーが、急造爆弾を束ねた紐を切って、荷台に並べ始めた。床には毛布が敷いてあるから少しぐらい揺れても転がる心配は無さそうだ。
「現在、高度200mじゃ。時速50kmで南に向かっておる。爆撃開始はアキトの判断で良いぞ!」
そんなことをアルトさんが言ってるけど、俺には下の様子が見えないぞ。
「マスター、後部の扉を開きます。私の合図で投下してください」
後部の扉が開くと、眼下に蟻の大群のような敵兵の姿が見えだした。
荷台すれすれまで急造爆弾のパイプを移動すると、紐を握ってディーの合図を待つ。
「投下!」
紐を引いてパイプを蹴飛ばす。ディーは少し遠くまで投げているようだ。荷台に足を投げ出すようにして座り込み、次の爆弾を手にすると再び蹴り落とす。
10回ほど繰り返すと、イオンクラフトが大きく旋回を始めた。
水平飛行に移った時に次の爆弾を準備する。
油を含んだ樹脂を入れているようで、落とした場所に火炎が広がる。先に落とした爆弾が松明のように荒れ地を照らしていた。今度は敵がよく見えるぞ。
爆弾をばら撒きながら、北に飛行して南に戻る。
爆弾の中には重油を詰め込んだものまであるようだ。一際大きな火炎が広がり周囲を明るく照らしている。
「バジュラがスクルドに向かったぞ。爆弾はまだあるようじゃな。今度は少し東にも移動するのじゃ」
「分かった。残り20個程だが、爆裂球もあるからな。全部使わないとサーシャちゃんに文句を言われそうだ」
後ろを振り返ってアルトさんが教えてくれたけど、俺の言葉を聞いて再び爆裂球を落とし始めた。
もう一往復したところで、今度は銃弾を浴びせながら西に大きく迂回してスクルドに北側から帰る事にした。
駐機場に下りると、あれほどあったイオンクラフトが1機もいない。全て出撃していったようだ。南方の壁が騒がしいのは敵との交戦の最中なんだろう。アルトさん達を残して、俺はディーを連れて館の2階を目指し駆け出した。
館の2階は、2個分隊が壁から少し離れた位置で、石塀を上ってくる敵兵を狙撃している。石塀の近くには長剣を持ったアテーナイ様が獅子奮迅の働きを見せている。
「おや? 婿殿じゃな。左を頼もうかの。予想よりも敵が多い」
「了解です。ディー、石壁近くの敵兵をレールガンで吹き飛ばしてきてくれ!」
敵兵の亡骸が溜まって丘になってるんだろう。これほど多くの敵兵が2階にたどりつける訳がない。
壁の左手から2階に上がってくる敵兵をAK47で狙撃していると、敵兵の刻まれた体の一部が石壁の向こうに2度ほど吹きあがるのが見えた。
途端に、敵兵が2階に上がってこなくなる。やはり、倒れた兵士を足場に使ってたみたいだな。
AK47を背中に背負うと、近くにあったグレネードランチャーを手にする。
2階の守備兵が渡してくれた弾丸を装填して運河の向こう側に向けて発射する。守備兵達も半数近くがグレネードランチャーを持ち出してきた。
「凌いだようじゃな。群れは北東方向に向かっておる」
「後は、イオンクラフトで数を減らすことになります。まだ数万以上の勢力ですからね」
「まあ、後はミーミルと正規兵に任せられるじゃろう。ウルドもあるしのう」
腰のベルトからパイプを抜いてタバコを詰めだしたアテーナイ様に、ジッポーで火を点けてあげる。俺も、タバコを取り出して成り行きを見守った。
確かに、敵兵の流れは東に変わった。運河の水が20km程の先まで届いているから、その辺りを北上するのだろうが、スクルドを東から強襲することはないだろう。
彼らの行先は北米大陸東岸を北上してカナダ国境付近だろうからな。既に彼らの拠点が無いことを、彼らは知っているのだろうか? ひたすら仲間を食らいつつ北上している。
「マスター、サーシャ様が呼んでいます。アテーナイ様もご同行をお願いします」
俺達の後ろに現れたディーが告げてきた。
一応の戦闘を終えたということだろう。守備兵に後を託して、3人で指揮所に向かう。
まだまだ戦闘中なんだが、サーシャちゃんからすれば、すでに終わってるって事なんだろうな。短砲身砲は片付けられて、長砲身砲が南東方向に向けて弾丸を発射している。
叩けるだけ叩くのは嬢ちゃんずの流儀だから、俺達が乗っていたイオンクラフトもアルトさん達が爆弾を積んで出掛けたようだ。
指揮所に入ると、サーシャちゃんとユング達が相談の真っ最中だった。
南米大陸の出城を作っていると思っていたが、相変わらずヨルムンガンドの工事に駆り出されているのかな?
「やって来たのう。おもしろくなってきたぞ。今回の夜襲も都合よく使えるじゃろう。これを見るがよい」
仮想スクリーンに画像が映し出される。
これはサーマル画像だな。いつもの通りの敵軍の進行状況に見えるぞ。
次に、画像が切り替わった。敵軍の中にナパーム弾を投下したようだ。炎の帯が長く3条程連なっている。
その明かりで、敵軍の状況が良く見えるようになった……。何だ? こいつは。
「出てきたぞ。アナコンダだ。 胴の直径は50cm程だが全長は20m近い」
「ああ、驚いたな。だが、予想通りって事だろう? もうすぐラティが届くだろうから、ここまで来る間に十分準備が整うんじゃないか?」
ユングの言葉に俺が答えると、彼は首を振った。
まずいのか? 新たな敵の兵器だろうが、それほど脅威とは思えない。画像を見る限り数も少ないようだ。イオンクラフトを使えば途中で倒す事も可能じゃないのか?
「数が少ない。気になって奴らの進軍ルートを逆にたどってみた。そこで見たのがこれだ!」
直径10m程度の小さな池に、アナコンダがのたうっている。背中を半分程齧られているようだ。
「およそ10km位の距離をとって南のジャンブル地帯に続いていた。……来るぞ!」
「何がだ? ……まさか。群体アリ!」
ゆっくりとユングが頷いた。
ドカリと、椅子に腰を下ろす。来るとなればとんでもない数が押し寄せて来る。タグの群れなんてかわいく思えるほどに違いない。
「まだ見ぬ敵に恐れをなすような婿殿は初めて見るぞ」
「タグはご存知ですね。あれよりもっと凶暴なアリの群れです。何とか直撃を避けませんと……」
「奴らは、アナコンダを餌にして誘導するつもっりだ。アナコンダに俺達を襲わせるのではなく、軍隊アリを誘導する餌としてこちらに向かってる」
対策は急務だな。画像に軍隊アリが映っていないから、まだまだ集結中なんだろうが、休みなく北上してくるはずだ。姉貴のベルダンディだって危ないんじゃないか?
ここは、もう一度集まって対策を考えねばなるまい。




