R-071 アナコンダ?
南軍は動かない。イオンクラフトによる爆撃で数は減っているものの、梯団を作って散開しているから、攻撃の成果はあまりかんばしくは無かった。それよりは進軍してくる連中を爆撃した方が効果があるという事で、昨日からは100km程南西の敵軍を爆撃している。
西の敵軍は2日で殲滅できた。昼夜を問わず攻撃したから、見る間に数を減らしていったが、サーシャちゃんの顔に喜色はない。やはり、西の部隊は敵の死兵と見ていたようだな。その間は、イオンクラフトの攻撃を西に集注していたから、更に南の敵兵の数が膨らんでいる。
「すでに10万近い数まで増えているぞ。一度に押し寄せてきたら、いくら兵器が優れていても3千で迎撃することは困難だ」
「小型飛行船で爆撃する予定じゃ。20kg爆弾とナパーム弾をまんべんなくばら撒けば少しは効果が出よう。それよりも、ヨルムンガンドの掘削は順調なのか?」
ユングとサーシャちゃんの話が続いている。俺は、のんびりとタバコを咥えながら2人の会話を聞いていた。
やはり、両者とも南の敵軍の数を心配しているようだ。
だが、少し観点が異なるようだ。ユングは更なる増援を考えているようだし、サーシャちゃんは以下に敵を減らすかを考えている。
まあ、どちらの方法でも対処できるのだろうが、この砦に増援を送るのは現時点であまり期待できない。そして、敵軍の削減についても散開した状態ではやはり効果がそれ程出ないんだよな。
俺としては、敵が攻勢に出たその時こそ、敵軍を徹底的に叩くチャンスだと思っている。ヨルムンガンドに炎の壁を作れば敵が南側に停滞する。その時こそ、爆弾や砲撃で敵を効果的に殲滅出来る筈だ。グレネードランチャーを使っても、ヨルムンガンドの対岸攻撃できるからな。
「……やはり、増援は必要か。北の部隊からでは歩兵2個中隊がやっとじゃろう。柵を少しずつ南に移動しながら敵の殲滅を行っているそうじゃ。あまり兵を移動するのも考えものじゃ」
「それだが、エイダスの協力を得られないか? 既に人間族の植民がこの大陸に始まっている。パラム王国軍は3個大隊だが、屯田兵の部隊が1個大隊いるはずだ。既に1個大隊を派遣してもらっているが、2個中隊なら何とか答えてくれるんじゃないか?」
「そうじゃな……。連合軍の方はいまだにレイガル族との戦が続いている以上、これ以上の出兵は困難じゃろう。大陸東岸の利権は譲らねばなるまいが、それで2個中隊を新たに派遣して貰えれば十分じゃ」
リムちゃんと何やら話を始めたが、直ぐにリムちゃんが通信機を取り出して電顕を打ちだした。チカチカと光る通信機の光を読むと、相手はミーミル砦のレムリアさんのようだ。エイダス軍の総司令官だからな。上手く増援が出来れば良いのだが……。
「ところで、砲列はこのままで良いのですか?」
「南に短砲身砲、その後ろに長砲身砲で十分じゃ。先込めの砲は門に配置しておけば良い。門に数門配置すればブドウ弾で十分な戦果を期待できよう」
とりあえずは、現状を見守るしか無さそうだ。アテーナイ様も退屈そうにパイプを煙らせている。何も言わないところを見ると、サーシャちゃんの手腕を楽しんでいるのかな?
戦闘工兵達は、東に柵を何段か作って、地雷を仕掛けている。敵の歩みが遅くなればそれだけ射撃時間が取れるって事だろう。残った兵達がユングとフラウが切り刻んだブロックで石壁作りを頑張っている。門の両側に塔が出来てきたから、その上で狙撃や指揮も出来るだろう。直径4m近い塔の中は弾薬保管庫として活用できる。
1日2回のイオンクラフトによる爆撃と機銃掃射、そんな日々が続いていた時、姉貴から緊急連絡が入った。
ベルダンディの方向に進軍する敵軍は既に無い。小型飛行船による爆撃をククルカン近くにまで拡大して行っていたのだが……。
「どうやら、次の新型が現れたようじゃ。大蛇じゃな、スラバよりは大きそうじゃ。推定で、胴の太さが2D(60cm)、全長は80D(24m)を越えているとのことじゃが……」
「毒蛇かのう?」
スクリーンに映し出された生物の姿をサーシャちゃんが解説すると、アテーナイ様がすかさず質問を投げかけた。
「どう見ても、アナコンダの巨大化だな。本来は毒は持っていないはずだが、一応どんな機能が追加されてるか分からないぞ。元々猛獣並みだからそれなりの攻撃力は持っているはずだ」
俺の話にユングが頷いている。確かにあの姿なら定期的に水場を設けなければなるまい。現在までに4か所も作られているし、更に数は増えつつある。
「水場を破壊するのも面倒だな。爆弾の信管が上手く作動しない恐れがある。収束爆裂球で水場の水を吹き飛ばすことは可能だろうが、次々と水を運んでいるから直ぐにまた水場が出来るだろう。それより早めにラティを運んだ方が良くはないか?」
「確かに、あれでは兵達の持つ銃で殺せるとは思えんのう……。じゃが、ラティとは聞かぬ名じゃ」
サーシャちゃん達が亡くなってから作ったんだっけかな。直ぐに、ディーがスクリーンにラティの画像を投影した。興味深かそうに、嬢ちゃん達とアテーナイ様が聞いているぞ。
「我の親指よりも弾丸が太いのじゃな。ライフル銃並みの狙撃が出来るのであれば好都合じゃ。至急取り寄せる必要がありそうじゃ」
「連合王国の総指揮所に事情を話せば、送ってくれるでしょう。直ぐに連絡を入れます」
リムちゃんは忙しそうだな。あの大きさなら確かにラティの出番だろうな。もっとも、砲撃で倒せれば都合が良いんだけどね。だが、ラティの数はどれぐらい残っているのだろう? 今でも山岳猟兵や東の堤防で使って入るのだが、数百年前よりはだいぶ数が減っているんじゃないかな。
「とりあえず30丁もあれば十分じゃ。ウルドやベルダンディにも必要じゃろう」
サーシャちゃんの言葉に俺とユングが顔を見合わせてしまった。お互いそれ程使うとは思わなかったようだ。
「あの像狩りに使った弾丸も使えそうです!」
「そうじゃ! それなら亀兵隊の無反動砲で打ち出せよう。じゃが、まだ残っておるかのう……」
ミーアちゃんの言葉にサーシャちゃんが追従してるけど、直ぐに気が付いたみたいだな。あれから1千年近い年月が過ぎている。残っているとは思えないけど、リムちゃんが総指揮所に連絡を入れてるぞ。どっかに仕舞ってあるのかな? 先端が石で作ったモリだから残っていれば直ぐに使えるだろう。
「無ければ作ればよい。時間はあるのじゃ。その間に更に石を積んで防衛力を増すことも出来よう」
そんな言葉でサーシャちゃんが軍議を締めくくった。
その後はユングとコーヒーを飲みなが状況を確認し合う。タバコに火を点けると、アテーナイ様が傍に腰を下ろして、俺のタバコケースから1本抜き取ってライターで火を点けた。
「婿殿。やはり銃を使うつもりか?」
「ええ、ラティがあればグライザムさえ簡単に倒せます。ただ、相手がヘビですから、そう簡単には倒せないでしょうね」
「我も、それが気になっておる。幸いに、一騎当千の婿殿達がおるのが唯一の対策じゃと我は思うておるのじゃ」
銃より剣で頭を落せ! ってことか?
アナコンダは南米の危険生物でもトップに立つんじゃないか? その動きは通常のヘビを想定しているととんでもないことになると、海兵隊の軍曹が話してくれた。軍の作戦で一度南米に行ったようなことを言ってたな。そうだとすれば、銃の過信に気を付けねばなるまい。
「俺とフラウは長剣でも戦える。ディーとアキトもそこそこ行けるよな?」
「一応使えるぞ。ただし、刀として使えるだけだ。ディーは力任せだが、使う得物が得物だからな」
一番重い長剣をねだったのはいつだったかな。それに背負っているブーメランも長剣並みだ。
「サーシャ達には無理じゃろう。もし、ラティとやらが効かぬようなら、我らで対処しようぞ」
アテーナイ様の言葉に俺とユングが小さく頷く。
姉貴が渡してくれた、姉貴の家に伝わる忍刀はいまだに刃こぼれも曇りもない。あれも神が成し得た技の1つなのだろうか? 直刀に近いがその使い方は姉貴のお祖父さんに十分に教え込まれた。ただ一言、『お前には雅が無い』との事だが、生死に雅を要求するのはどうかと思う。だが、剣道をたしなむ友人にその話をしたら、納得した顔で俺を見ていたな。その眼は俺を憐れんでいたのを今でも覚えている。
だが、同じ話をユングにしたら、あいつは俺を見て頷いていた。それは同類を得たという目だったんだが、その違いは何だろう?
「婿殿。我もその2つは対極に思える。じゃが、我は悪いこととは思えぬ。生死は一瞬に決まる。そこに雅を求めてなんになるのじゃろう……」
思考を読まれたか……。だが、お祖父ちゃんも同じことを言ったんだよな。『それは悪いことではない』とね。
しばらく刀を使っていなかったが、昔のように使えるだろうか?
「我と打ち合ってみるか? 真剣ではなく、同じ長さの棒切れで良いじゃろう」
「アテーナイ様の武技は初めて見ます。アキトと同格とは聞いていたのですが、どうしても信じられません」
ユング……、恨むからな。アテーナイ様がやる気を出してるじゃないか。
「という事じゃ。友に実力を見せるのも同じ友としての務めじゃと思うが、どうじゃ?」
「肩慣らしという事で……」
「良いじゃろう」
まったく、戦闘狂なんだから、困った人だ。
普段は、良い人なんだけどね。
俺達3人が連れだって外に出ると、ディーとフラウが後に続いてくる。目ざとくミーアちゃんがそれを見て、結局指揮所にいた全員がぞろぞろと池で休んでいるバジュラの前までやってきた。
「この辺で良かろう。アルトや見物は構わぬが、我らの動きは少し尋常とは異なる。周りに人が入らぬように注意しておれ!」
そう言って、腰のバッグを開けて魔法の袋を取り出す。
「婿殿、どれでも良いぞ。退屈しのぎに作ったものじゃ」
袋には大小の木剣が入っている。木剣でも俺達が使ったらと思うと、背中に汗が流れるけど、今更後には引けないしな……。
「片手剣2本で」
「では我は、長剣じゃ!」
互いに装備ベルトを外し、剣を持って対峙する。
辺りには勝負の行方を見る連中が続々と集まってきているようだ。アルトさん達がそんな連中を大きな輪にして中に出ないように注意している。
軽く片足を前に出して両手に持った剣を前後に構える。
対するアテーナイ様は、数mの距離を隔てて片手で長剣を持ち、肩に担いだ格好だ。まるで隙だらけに見えるが、そんなことでは騙されないぞ!
「婿殿、準備は良いか?」
「いつでも!」
俺の言葉に、ゆっくりとアテーナイ様が俺に向かって足を進める。
戦闘用オートマタの体を手に入れたというから物騒な話だけど、ディーとは違ってアテーナイ様には気を感じることが出来る。ユングやミーアちゃん達も同じだ。
ならば……、静かに目を閉じる。相手の動きを目で追っていては遅れるからな、気のわずかな変化、動きを読んで攻撃に転じなければなるまい。




