R-007 兵站を支える者
盛夏が過ぎ、リオン湖を渡ってくる風は既に秋の気配だ。
庭の外れにあるベンチに腰を下ろしてのんびりと釣りを楽しんでいる。少し前にキャルミラさんがやって来て、オケの中の戦果を確認して微笑んでいた。
楽しみに待ってる人がいると嬉しくなるな。既に人数分は釣り上げているから、少し多めに釣って燻製を作ろうと思う。
「こんにちは」
男の声に振り返ると、壮年の男と若い男が立っていた。
服装を見ると連合王国の士官のようだ。釣竿を畳んで立上がり俺も挨拶を返す。
「依頼の件を纏めてきました。かなり課題がありますよ」
「ひょっとして、兵站士官?」
「そうです。アキト様の宿題はこの、ランドル少佐がまとめました。私が数値を再確認しています」
「立ち話もなんですから、どうぞ中へ。生憎と俺とディーだけですがお茶ぐらいは出せます。詳しくお聞かせください」
皆で渡りバタムを狩りに出掛けているのだ。冬に備えて少しは稼がないと、なんて言っていたが、自分達の楽しみである事は間違いないだろう。
俺と、ディーでのんびり留守番していたのだが……。
俺達がテーブルに座ったことを確認してディーがカップを配ってくれる。今日はコーヒーだな。2人が珍しそうにカップをのぞいている。
「まだまだ一般には出回りませんが、コーヒーと言う飲み物です。苦味が強いですけど、まあ、物は試しということで……」
一口飲んで感触をみている。口に合わなければ改めてディーにお茶を入れてもらおう。
2人が顔を見合わせながら飲んでいるところをみるとそれ程違和感もないようだ。タバコに火を点けて2人の報告を聞くことにする。
「依頼は1個師団に供給する兵站はどの様にすればよいか、ということでした。現状では西に1個師団。東に2個師団を展開していますが、その物資の供給は魔道機関にによる貨車、鉄道を使用しています……」
現在の状況は防衛戦だ。だが、戦線を維持する為に連合王国から、20t積載貨車が数量編成で物資を輸送している。
戦線は大食漢だ。膨大な物資をたちまち飲み込んでしまう。それでどうにか戦線を維持できているのだが……。
当初、俺達は西の堤防に展開している1個師団をもって反攻作戦を計画していたのだが、その師団が消費する物資の量は1日に30tを超えている。
積載量20t飛行船を3隻では到底追いつかないぞ。
「3隻の飛行船が運べる物資は5日で60t。1個師団の補給量の半分にも足りません。先行輸送を考えても10回程度で運ぶ量では一ヶ月未満で消費してしまいます」
「対応策はあるのか?」
「飛行船そのものを大きくするか、海上輸送を行うかになるでしょうね。更に南への進攻を考えると、物資の集積場からの輸送も考えねばなりません。ガルパスでの物資輸送は100頭を用意しても20t程度になります。戦線の南下に合わせて小型飛行船、若しくは軽便鉄道輸送が必要になるでしょう」
輸送部隊だけでも、数百人の規模になりそうだ。集積場の警備と荷役を考えると更に膨らむぞ。
元々飛行船は戦略爆撃用のものだから、輸送を考えている訳ではない。やはり、爆撃用と輸送専用に区分して考えたほうが良さそうだ。
商船を使った輸送も平行して行えば、いたずらに数を増やさないでもいいんじゃないかな? これはユング達と相談だな。まだ小型飛行船を作っているはずだから、今なら間に合うだろう。
「資材の内訳はできているのか?」
俺の問いに、若者がぶ厚い資料の束を取出した。
「詳細はこれを御覧ください。補給物資の基本量は西の師団への補給量とパラム王国への支援物資を合算しています」
「ありがとう。それで十分だろう。姉貴達の作戦で少しは増減するだろうが、基本量が分かっていれば数値の変更が容易になる」
「アキト様、ひとつお願いが……。レイドルを反攻作戦で使ってくれませんか? 私の後継者となりえる人物です。十分使える人物です」
「分かりました。ですが、総指揮官と調整をしてください。俺達はオブザーバーです。作戦立案の提言ぐらいはできますが、人材を含めて資源配分の裁量は総指揮官ですから」
「内諾は得ています。これで、何とか部局の参加を得ることができます。決まってからでは反対もできませんからね」
そう言って壮年の士官が笑いだした。兵站の重要性は士官学校で十分に教えているはずだが、戦の表には立たないからな。発言力もよわいのだろうか?
2人が帰ると、ディーに留守番を頼んでユングの家に向かう。
ぶ厚い資料を袋に入れると、通りを歩いて行った。
時刻は昼近く、通りの両側に咲く夏の草花は誰が手入れをしているんだろうか?
生活に余裕ができると、こんな公共的な楽しみを行う余裕もできるのだろう。俺達の始めた事業は成功しているけど、他の村も同じような苦労はある筈だ。そちらはどうなっているのかと考えてしまうな。
州の民生局が頑張っているとは思うけど、底辺はあるはずだ。狩猟期にはそんな民生局の合同会議も予定されている。その辺りを確認しても良さそうだな。
ユング達の暮らす家の玄関前に立って、インターホンを使うとフラウが扉を開けてくれた。飛行船の製作でエントラムズに行ってるかと思っていたが在宅らしい。
「明人さんだけですか? ユングは在宅してますからどうぞこちらに」
そう言って、俺を招き入れてくれる。
俺の来訪を知って、仮想スクリーンを前にしたユングが俺を見ないで手だけで挨拶してくる。
案内されたソファーでタバコを取出した。
一服していると、ユングとフラウがソファーにやって来る。
「1人とは珍しいな。どうした?」
「ああ、ちょっと相談だ。例の飛行船なんだが……」
兵站を維持する為の輸送問題をユングに提示する。
バッグの袋から資料を取りだして、2人に見せると直ぐに俺の危惧を理解してくれた。
さらに、パラム王国からの話をすると2人共頷いている。
ユングがタバコを取出すのを見て、フラウが俺達にお茶のカップを渡してくれた。
「そもそもは美月さんに問題があるんだよな。確かに反攻作戦の兵員移動は現状の爆撃機を輸送機に改造することで可能だ。だが、兵站を維持するとなると厄介だ。それは俺も失念してた……」
「でも、それ程問題でしょうか? ディーや亀兵隊の一部が持っている大型の魔法の袋の収納容量は2㎥はありますよ。食料ならば1tは入れることが可能です。100枚用意すればそれだけで100tを輸送できます。軍需物資の輸送は大型飛行船2隻もあれば十分と美月さんは考えているのではないでしょうか?」
「それなら容積も重量も大したことにはならないな。20tを袋に入れて、収納しきれない機材や人員の輸送に飛行船を使えばいい」
「だが、魔法の袋は個人用品の持ち運びに使われているのが現状だ。荷役用となると工夫がいるぞ」
「袋というよりはコンテナ型になるんだろうな。……だとすると、一度に榴弾砲を沢山詰め込めるな。俺がその辺りは考えておくよ。そのコンテナに積み込む上で、積み荷も定形の方が楽になるぞ。だいじょうぶだ。それも何とかできると思う」
ユングのことだからコンテナ輸送のシステムを考えているんだろうな。
そうなると、残りはエイダス島の人間達だ。
「それからエイダスだが、俺もその案には賛成だ。元々はネコ族が平和に暮らす島だったらしいぞ。あの、『できちゃった騒動』で政争に敗れた貴族達がエイダス島に落ち延びて行ったんだが、明人は知らないだろう?」
そんな昔の話を持ち出して、おもしろそうに俺を見ている。
かなり昔の話で、今では話題にすら上がらないのだが、ひょっとして俺にも関係があるってことか? あの人間達は昔から住んでいたわけではないんだな。
「それに、彼等は一度ネコ族の王国を滅ぼしかけたことは確かだ。レムルのお蔭で再建してあのような国家を作ったんだが、最後に残ったサンドミナス王国も内戦で滅びて、今では何人かの指導者の下に集結して暮らしている。派閥争いは続くんだろうな……」
「大陸で距離を取れば対立は緩和できる。うまく運べば国家を作ることもできそうだな」
「ああ、だが、あの大陸はこの周辺よりも、変わった獣が多く棲んでいる。西部開拓史の現代版になりそうだ」
「俺達が拠点を作り屯田兵が開拓をしていけば、食料需給の目処がある程度立つだろう。南進にあわせて拠点を広げて行けば、大きな砦と耕作地が残る。そこを彼等に与えることを考えているんだが……」
「ならば、3年後ぐらいで考えた方がいいぞ。ある程度版図を広げたところで一部をエイダスの連中に与えればいい筈だ。農業が軌道に乗れば連合王国からの物資の輸送量を低減できるからな」
俺達が西の大陸に拠点を作って3年後ということだな。
獣が闊歩しているのでは安心して農業もできないだろう。直径100km程の版図を得たところで入植させればいいか。最初は屯田兵に守って貰う事になるかもしれないが、少しずつ役目を委任して行けばいいだろう。それでも周辺部の監視は10年以上俺達が継続しなければなるまい。悪魔軍との直接戦闘の危険性が減ったところで俺達は手を引けばいい。
「連中に渡す武器も考えておけよ。少なくとも現状の武器は与えられない」
「先込め式の散弾銃を考えている。かつてレムルが考えた物だが、獣相手には十分だろう。スラッグ弾を使用しても有効射程は100m程度だ。連合王国から入植者が出てきても最初の争いで決着がつく」
エイダス島の迷宮で使用するために作ったらしいが、パラム王国再興時の争いにはだいぶ役に立ったらしい。
散弾銃自体は形を変えたが、今でも迷宮に入るハンターの必需品になっているそうだ。
その初期バージョンならば獣相手には十分だろうし、悪魔軍にもある程度は対応できる。単発のパレトと呼ばれる拳銃と合わせて、入植者の男子にはどちらかを与えておけば十分だろう。
「あまり、過度にならないようにしろよ。だが獣には十分に対処できるような武装は必要だぞ」
「ああ、良く分かってる。だいじょうぶだ」
ユングの俺を見る目は、あまり信用してはいないようだ。だが、それ程、心配する必要もないと思う。弾丸の供給量は連合王国側で管理しておけば反乱は起こらないだろう。